堀井On-Line



726, 結婚式で思う

2003年03月31日(月)



 私は結婚式と葬式に参列するのが好きだ。
その中に色いろな人生の圧縮がみえるからだ。

 一般には「人生で集まって褒めてくれる」のは、
「生まれた時と結婚式と葬式の三回」だけだ。
そのうち結婚式だけが、「意識のあるうち」に祝福される。
「人生は結婚式で道半ば」ともいう。
それで人生の大半が決定してしまうからだ。
当たりか外れは神のみぞ知るである。
今はジミ婚になってきて「社会の体面や家どうしの対面」というより
「本人同士のお祝い、かつメルクマール」という面が強くなってきている。
以前よりは結婚式に対しては、気楽な式になったようだ。
若い二人が夢を持っての門出を祝うのは気持ちのよいものだ。

 つぎは葬式である。
本来葬式はお祝いであるべきだ。
その人が人生を終えて、無に帰っていくのを送る儀式である。
人生の卒業式である。
悲しみであると同時に、その人にとって大きい意味を持つものだ。
参列して思うのは、その人の生き様がそのまま現れていることだ。
その厳粛な雰囲気がなんともよい。
その人の「魂と社会と世間がそのまま圧縮されている」といってよい。
人が一人亡くなるのは、その人の積み重ねた人生が無に帰ることである。

ごくわずかな身内の人達の心のこもった葬式が好きである。
それぞれの社会的なものもあろうが、今は生き残った人の体面の場になっている。
葬式もそれぞれの残されたものの価値観があるから、とやかくいう問題ではないが。
最近は葬式に出席すると、いつも遺影を常に自分の顔に当てはめて考えてしまう。
その目で会場の人達を見ると、何ともいえない気持ちになる。
「死んでしまえばお終いよ!」と。


725, 今日の結婚スピーチ

2003年03月30日(日)

 今日は会社の女子社員の後藤早苗さんの結婚式だ。
何か祝辞をいわなくてはならないが、これはというのが出てこない。
気持ちの入らない祝辞ほど聞いていて、いやなことがないのを知っているから
流す事もできない。こういう時は自分の話しをすればよい。

結婚観をそのまま話をするしかないと思ったが、そうはいかない。
初めて図書館で「祝辞・結婚スピーチ」のコナーを覗いてみた。
「結婚スピーチー死ぬまで忘れられない話」斉藤茂太著があった。
さすがだ、といってそれを読んでいる時間が少ないので、
やはり自分の話しをする事にした。
今日の11時10分あたりに話している内容を先に書いて出かける。
  ・・・・・・・・・

・まずはうちの会社の女性ーすなわち花嫁の褒め殺しとして、  
 彼女が陽気であることを紹介します。
 陽気は最大の美徳であり、素質であります。
 陰気は罪悪です。

・結婚は決してよいことことばかりではありません。
 「二つ良いことさてないものよ」という言葉がありますが、この言葉を
 一番実感するのが結婚です。離婚がいまや三割を超えているといいます  が、家庭内離婚を入れたら過半数は破綻です。
 これだけは家電と同じで、当たり外れは長い時間を経って見ないと解りま せん。あとは神のみぞ知るのみです。
 当たりであることを心より願っています。
 
・また結婚は二人の権力闘争です。それも死ぬまで続く泥沼の死闘です。
 これも仕方がありません。それでは如何したらよいか?
 「過去の事は持ち越さない、ぶり返さない」ことです。
 それしかありません。

・私の家内と本当に結婚してよかったと思います。 
 いやそう自己暗示を与えています。
 陽気であり大らかさからです。
 最後は泣くか笑うかです、なら笑う人が良いのではないかと思います。
 
  まあこの程度にしておきます。
 ライオンに食べられそうになったら、耳元にこっそり次の事を呟けば
 ライオンは逃げ出すそうです「私を食べる前に、少し長い演説をさせてく れ!」と。

良い家庭を築いてください。
それと収入の10%以上の天引き預金を習慣にしてください。
以上です。お幸せになってください。

斉藤茂太の「結婚スピーチ」の抜粋は明日か明後日書きます。


724, プロ野球開幕

2003年03月29日(土)

 昨夜からプロ野球が開幕した。
他に面白いプロスポーツやアメリカの大リーグ中継をNHKが衛星TVで開始した
ために,以前ほどの興味がなくなったが、それでも始まれば別である。
ON時代に育った為に、どうしても巨人中心になるが、それでもよい。
NHKも衛星TVで民放の巨人戦にぶつけて、録画をゴールデンタイムにぶつけてきている。
見るほうも同時に2画面で見るから、その差がシビアに見えてくる。

 今の巨人のトレードはやりすぎという感がする。
その豊富な戦力の巨人を長嶋の支離滅裂の采配で壊していくのが何とも面白かった。
しかし去年それが無くなった原監督巨人は、当然優勝をした。
今年も原監督に気の緩みがない限り優勝するだろう。
昨夜は上原の開幕投手の巨人と、松坂の西武が敗れてしまった。
これだからおもしろい。

 私の好きのタイプは目立たない自力ではい上がってきた選手である。
巨人の清水、斉藤あたりである。
嫌いなタイプは清原のような常に日に当たってないと枯れてしまう優等生である。

 毎日新聞がこの時期に「スポーツ記者による優勝予測」を毎年おこなっている。
セリーグでは中日、パリーグではダイエーが一番多かった。
私の予測は巨人と、ダイエーだが。

 大リーグでは、今年が松井が話題の中心になるだろうが、イチローと
比較されるのは酷である。
イチロウとはレベルが違う。イチロウは自分で自分をつくってきた男。
松井は巨人につくられた男でしかない。
大リーグに対する日本の興味はますます大きくなることは間違いない。
ますますカウチポテト族になっていく。


723, 仰げば尊しー卒業式

2003年03月28日(金)



 三月といえば卒業式の時期である。誰もが昔の卒業式を思い出す時期でもある。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と卒業式の記憶は鮮明である。
かすかな記憶だが書いてみる。

幼稚園ーその日に多くの玩具を貰ったのが印象深い。
    何か絵本や、その付録のようなものがあった。
    その日のことはいやにリアルに憶えている。
    あまり悲しいとかというの記憶はない。
    その時の同級生数人と今でも会うことがある。
小学校ー何かふてくされていたような気がする。
    壇上に卒業生が全員上がり、呼ばれたら大声で答えたのを憶えている。
    拍手で送られてたのが少し記憶に残っている。
中学校ーこれも校門を拍手で送られたことが記憶に残っている。
    まとまりのあるクラスで、全員がいやに親しみ感じていた。
    「よいクラスの仲間たち」という感じだ。
    数年前まで20年以上クラス会を開いていた。
高校ー校内問題があって、変わった荒んだ卒業式だったようだ。
   この最後の3年のクラスもイヤに変なまとまりがあった。 
   このクラス会も20年近く毎年開かれていた。

大学ー卒業式としては、一番感激した卒業式であった。
   チャペルでお祈りの後の卒業式が印象的だった。
   一人一人が壇上で総長?から卒業証書を貰った。
   その後、学食で卒業パーテーが開かれ、全員がビールで乾杯の後、
   全員でコップを一斉に床に叩きつけ割ったのがよかった。
   学生時代との決別という意味だったのだろう。
   その後、父やゼミの武澤先生と同期の連中と写真を撮った。
   その時に何かこの学校がますます好きになったのを憶えている。
   「もう二度と会わないのでは!」という互いの感慨があったために
   最後の別れという気持ちが強かった。
   その一月前の2月末から四日市のジャスコに既に就業していた。
   卒業後10年単位で、学校が主催で同期生があつまる会がある。
   4分の1の5〜600人が集まる。これも本音でお互い話し合えるよい会である。

   卒業式をキーワードに、過去の節ふしを振り返ると、
   実に恵まれていた時代だった。時代も全てが光り輝いていた!ように思える。
   教授に先輩に友人に両親に、心から感謝ができることが最大の収穫だ。
 
 卒業式からみても一番よい時期というとやはり大学時代だ。
 とくに私の場合恵まれていたようだった。


722, 「日本酒について」

2003年03月27日(木)


新潟といえば「酒と魚と米」と美人?である。
新潟の酒に対して書いてみる。
朝日山の「久保田」とか「越の寒梅」などの全国的に知られている酒がある。
全国的でないが、ほぼ匹敵する酒として「麒麟山」や「雪中梅」や「〆張鶴」
「八海山」「マスカガミ」など数え切れないほど美味しい酒が多い。

私レベルの評価なので、かなりの先入観が入るが、「ごく普通の新潟の酒飲み」
の実感を書く。
・「越の寒梅」は確かに美味しい、といって「麒麟山」や「〆張鶴」などの酒と比べて
 ほとんど味のランクは変わらない。ブランドという自己満足という事だろう。
・「麒麟山」と「〆張鶴」と「越の寒梅」を並べて飲んでも、銘柄を当てる事が
 難しい。
・私の好きな酒は朝日山の「吟醸古酒」である。
 ただ一時期飲んだが、今は飲んでない。ワインを飲んでいる感覚になる。
 あとは「〆張鶴」と「辛口菊水」である。」
・地味だが、長岡の老舗の酒の「吉乃川」も美味しい。

あるレベルを超えると酒は同じ味に感じるのも事実だ。
ところで次元の低い話だが、日本酒の場合、二種類の酒を混ぜると
美味しいほうの酒に味が移行する。自分のブレンドをつくるのもよい。
以上のことは新潟の酒好きの人は大体同じことをいうはずだ。

新潟はこと酒と米と魚は間違いなく美味しい!
あとは美人か?

http://www.sakesake.com/kurabetu/12.html


 以下はあるホームページよりコピーしてみました
  ・・・・・・・・・・・・・
  ーー新潟のお酒を楽しんでみましたーー
               ー投稿者 渋谷の庄助
 
 新潟の酒というと、「越の寒梅」「久保田」「〆張鶴」「吉乃川」「満寿鏡」
「八海山」・・・などなど、いくらでも飲みたい銘柄がでてきます。
多くの酒と出会うのが楽しみで、4合ビンで楽しんでいます。
一升ビンに比べると割高になるのが玉に傷。仕方がないか。

ー【越の華】中澄み吟醸酒 冷や
 醸造元:新潟・新潟市  越の華酒造株式会社
 感想:洋梨のような香りが鮮明にして、すぐに消える。含むと岩清水のような
爽やかな喉ごし、やがて口中でキリットしまった辛さと苦味が感じられる。
飲んだ後に鼻からやさしい洋梨の甘い香りが抜けていく。
料理との相性:
.▲欧半松菜の煮びたしなど、さっぱりとした和風の料理に合う。

ー【越の初梅】純米吟醸酒
 醸造元:新潟・小千谷市 高の井酒造株式会社
 感想:芳醇な香りがほんのり伝わり、飲んだ感じはすっきりとして岩清水を飲んだ感じ。
喉の奥にいくと辛口のしびれる刺激が伝わり、すっきりとしたさわやかな感じにもどる。
そして、豊かな純米酒独特の味わいがでてくる。味わいがしっかりと感じられるお酒である。
料理との相性:
‐樵按劼院淵ぅ、松前昆布、数の子の醤油漬け)、
▲織蛙檗淵織魁胡瓜、ワカメ、酢)、
D察▲僖廛螢ピーマン、干しブドウの洋風サラダのフレンチ・ドレッシング和え。
いづれも酒と料理の互い味が引き立ち、両方の味に旨味がでる。
酸味のある料理に良く合う。そして、後味がすっきりとした。
鴨のネギ間とは合わなかった。鴨の味が強く、酒の味が消された。
     
ー【初花】純米酒(吟醸造り60%精米)
 醸造元:新潟・新発田 金升酒造株式会社
 感想:冷やで飲んだ感じはフルーティなやさしい香り、スッキリとした味わい、
喉の奥で深いコクが感じられる。後口にほのかにフルーティな香りが鼻から抜ける。
純米酒の感覚でなく吟醸酒を飲んでいるようだ。
料理との相性:
仝娜擦肇献礇海稜鬟乾沺Ε泪茱諭璽栽造

ー【峰の白梅】吟醸酒・耀
 醸造元:新潟・西蒲原郡 福井酒造株式会社
 感想:冷で飲んだ。淡麗辛口タイプ。
穀物のような香りがほんのり香る。白梅を想わせるような爽やかな喉ごし、
口中でキリットしまった辛さと酸味と苦味と旨味がやさしく調和してすっきりと
した味わい。後味もすっきりして鼻からほんのり穀物の香りが抜ける。
料理との相性:
サワラの唐揚げをポン酢で食す。お互いの旨味が引き立つ。
和食のあっさり味の料理に合う。    

ー【八海山】本醸造酒
醸造元:新潟・南魚沼郡 八海醸造株式会社
 いわずと知れた淡麗辛口の本道をいくお酒。「飲みやすく、飲み飽きしないお酒」
を目指しているので、おでんなどと一緒に飲むとどんどん行けてしまう。
ラベルから見ると濃厚な感じがするが、手間暇かけて造っているので吟醸の感じさえする。


ー【越乃燦月】 特別本醸造
醸造元:新潟・新潟市 今代司酒造株式会社
 感想:ほんのりフルーティでさわやかな口あたり。吟醸酒かと思わせる。
ラベルの絵のように月の光が海を照らすような、穏やかだがキラキラした印象だった。
料理との相性:
.織海療眇瓢匚腓─覆舛腓辰肇團蠅ら)。
 肴が刺激的だったせいか、お酒が柔らかく感じた。


ー【無冠帝】 吟醸酒
醸造元:新潟・新発田 菊水造株式会社
 感想:冷やで飲む。オレンジを思わせるフルーティな香りで清涼感ある上品な
口あたり。今まで体験した吟醸とは趣が違い、香りに特徴を感じる。
食前酒または食中酒としておすすめの酒である。
これは、お気に入りのお酒の1本として自分の好みの酒として登録した。
日本酒度+5、酸度1.4の辛口。ふなくち菊水一番しぼりも有名。
料理との相性:
.織海筌ぅ、カニなどの洋風サラダとの相性もよい


721, グルメ

2003年03月26日(水)

「貴方は美食家ですか?」と問われれば答えは「ノー」である。
たまたま海外旅行が好きで各地で美味しいものにいきあたったことと、
流通にいた事で外食が多かった事と、過去に箱物をいくつかつくり、
そのプロセスで会食の機会が比較的多かった?

父が「美食は贅沢」という質素倹約の思想の為に、社会に出るまでは殆ど
美食の経験がない。もっとも時代背景も今ほどの豊かさはなかったが。
考えてみて、美味しいものを食べた記憶が少ないのは美食家ではない為だろう。

ー海外編の印象の深い順に書いてみる。
1、バンクーバーの中華料理店と、北京で食べた「北京ダック」
 これは絶品だった。やはり数千年の歴史の為だろう。
2、ニュージーランドのクウィーンズタウンの中華料理店と
 カナダのロッキーのバンフで食べた「伊勢海老の刺身」
 TPOSもあるだろうが。
3、36年前になるが初めての海外旅行の機上で食べた「ヒレステーキ」
 やはりその旅行で、オーストリアのウイーンの郊外の「ワインと生ハム」
4、シルクロードのホータンから新羅ウイグル地区への道すがら
 の「ラーメン?」と「シシカバブ」
5、サンフランシスコのローストビーフ専門店のローフトビーフ

ー国内では特定しにくいが、大雑把にいうと
1、新潟の駅前のある小料理屋で出してもらった「ふぐ刺し」と「白子のから揚げ」
2、父が亡くなる直前にある長岡の老舗の料理屋が、最後の外食ということを
 知っていて出してくれた、「アンコウと牡蠣料理」
3、ある社長の代理で出席したベルギー大使館の、あるパーテーで
 食べた「フランス料理」
 フランス料理は国内外で美味しいものを食べる機会が多かったが、
 何か違うのだ。
4、佐渡周辺でとれる生牡蠣
5、その朝とれたばかりの鮭のイクラ
6、以前経営セミナーで通っていた箱根にある料理屋の「海老の刺身と海老のみそ汁」

こう考えるとやはり日本の魚料理に美味しいものが多い。
現在のささやかなグルメは長岡駅の「セゾン」にある全国チェーンの魚屋で、
月に3回位買ってくるマグロである。
丁度帰りの時間が半額になっているので価値は充分あるが、買い続けていると、
「これは!」というマグロのトロにいきあたる。
その時間には寿司屋の女将やオヤジが買いに来ている。
まとめ買いをしているから判るのだ。

当り前のことだが、老舗や門構えのよい店の料理は外れはない。


720,  「お金の哲学」ー3

2003年03月25日(火)


 デフレになって、お金の価値が物の価値より上がってきて、日本ではタブーの
お金に対して関心が増してきている。
過去何千年も祖国を追われていたユダヤ人は特にお金にシビアであるのも、
最後頼るべきはお金や金ダイヤなどの貴金属ということが骨の髄まで解っている
からである。

日本人がお金に対して「お金は汚いもの」とか、「お金のために生きているのではない」
とか言っていられるのは、島国の環境の為である。
世界中にお金を汚いとか、甘く見ているのは日本人だけである。
 
 江戸時代の幕藩体制下の宮仕えの貧乏藩士の建前意識が、美徳としてごまかされ飼い
ならされた結果でしかない。それを儒学で覆い被せて、それしか世界をしらない田舎侍たちを
無垢に信じさせていただけの事。上手く金は汚いものと洗脳してしまったのだ。
惨めな話だが、それがそれだけの世界ならそれでよかったのだろう。
その意味でまだ日本はその影響下にあるのだ。

 「もう人生を終わってしまった敗残者か、成功した人が外装としての理屈」
の為に集まって、鼻声で儒学を楽しんでいる分にはよいが。
これから一生を妻子を養っていかなければならない真っ当な人間に、
その教えをまともに教えている無知な人種がいるのが問題なのだ。

 現在日本がこのような状況にある根本原因は、この「虚勢犬意識」が国民的
潜在意識にあるからだ。
もし一億のお金を貯めようとしたら、5百万の預金をしたとしても20年はかかる。
その為には2000万の収入を20年続けなければならない。
その能力のある人は1000人に一人?いるかどうかだろう。
それだけお金を蓄積するのは時間を要するものである。
実際のところ
二代三代をかけなくてはならない。
 
 商人であった両親から学んだ事は、お金の大事さと、その使い方である。
晩年になってよく父が言っていたのは「お金の使いかた」である。
見栄でなく、本当に自分の好きな事に納得して合理的に、使うことだ。
そこには一点の隙があってはならない。
稼ぐと同じくらい前向きに合理的に楽しむことだった。

 それを聞いていた割に全く身についてない自分は何故??
装置産業の為に、大借金をしているためであるー言い訳か!
大儲けをして現金の山を見たことは一度もない。
「健康法説いて あの世に先に逝き」ではないが、
「金のこと説いてた あのバカ夜逃げをし」ということになる
可能性もあるからあまり偉そうな事を書かないほうがよい。


719, 「私の無名人名語録」

2003年03月24日(月)

永六輔の「無名人名語録」があるなら、「私の無名人名語録」もあってよいだろう
と考えてみた。

・「会社を良くしようと思ったら、よい人間をどんどん入れることだな!ゴミがすぐ
 浮いてきて出て行くんだ」ーあるセミナーの隣席の社長が言っていた。

・「事業で大失敗をするほど、どういうわけかその都度大きくなるんだよな〜」
 これも事業を立ちあげた社長から聞いた。

・「地方って3流の人物が親の財産をバックにしてさ、一流と思い込んでいる奴が
 多いだろう。おれは田舎のプレスリーって奴」ー周囲にそのレベルしかいないん
 だから仕方がないか。

・本当にあった話だそうだが、もう亡くなった往年の二枚目俳優の田宮二郎が
 ある地方の温泉街を歩いていると、「田宮二郎一座」という劇場があった。
 面白がって入ったが途中で腹が立ってきて、座長の所に終わってから行った。
 文句を言うと戸籍を出して、田宮二郎が実名ということが解った。
 ところがその座長曰く「いいですよ、私の名前をそのままつかっても!」
 と逆に言われたそうだ。これこそ無名人?語録である。
 変な逸話をおもいだした。

・「女にしても物にしても、並べて比較するとどっちがよいかすぐ分かるよ。
 比較ほど簡単な科学はないよ」これわたしの経験から出た言葉。

・「オカマって、寝ると凄くいいんだってさ!」高校の同級会である男が言っていた。

・やはり先回の会で、その男に「おまえ市会議員になったんだって?」と聞いた。
 冷かしをかわすつもりで「市会議員になるほどバカではないよ!」と答えた相手に
 すかさず「てっきり市会議員になるほどのバカと思っていたよ!」と言ってしまった。
 本人「・・・・」ムッとしたのが露わだった。「お前は言葉のアルカイダーだ!」
 と言われた。私は言葉の遊びで言ったつもりだったが。

 時間をかければ幾らでも思い出すだろうがすぐ出てくるのはこの位だ。


718, 「無名人名語録」ー永六輔ー 読書日記

2003年03月23日(日)


 無名人、普通人、一般人……の片言隻句の集成である。
 誰かが言いそうで、オレが言ってもおかしくない、と思わせる言葉だ。
 こう言っている人はどんな人かと想像を刺激する言葉に満ちている。
 普段バカ話を話している時、こんな事をいつもいっていし、高尚な哲学の話より
 ずっと親近感を感じる内容だ。
 こうなると言葉の収集家といってよい。

ーまえがきー の一部
考えてみると老人たちが何げなくつぶやく「道家」も、江戸時代の「無名人命語録」だ。
少し並べてみる
:堪忍袋の袋を常に首にかけ 破れたら縫え破れたら縫え
:今日ほめて明日悪く言う人の口 泣くも笑うも嘘の世の中
:ぶらぶらと暮らすようでも瓢箪は 胸のあたりにしめくくりあり
:手や足の汚れは常に洗えども 心の垢を洗う人はなし

・「若い奴には教養がないっていいますが、その教養を身につける素養というものが
 ありませんねェ」
・「美人の浮気を不倫というの、ブスの浮気は不貞というの。・・・これも美輪明宏語録」
・「美輪明宏が言っていたけど、美人は三日で飽きる。ブスは三日で慣れる」
・「夫婦喧嘩しててね、ダンナ言葉の言葉に、お国訛りが出てきたらそろそろ注意するの。
 訛ったら、その次は暴力なの。だから、相手の言葉遣いをよく聞くようになちゃった」
・「良く風呂が熱いと文句をいただくんですけど、私どものように団体の多い温泉宿は
 風呂を熱くしておきませんと、とても汚れがひどくてねェ。
 ほどよい湯加減ですと、どうしても浴槽の中で身体をこすります。この汚れがバカに
 なりませんので」
・「生きにくい世の中ってのはわかるけれど、/死ににくい世の中でもあるんですよね」は、
 病床の爺さんだろうかだろうか。
・「旅行をリョコウって読まないでさ、リョギョウって読めば、少しは厳しい感じが
 するけれどね……」は、ツアーコンダクターが言いそうな気がする。
・「インドから日本に来て、驚いたことがあります。
 紅茶にレモンを入れることです。/安い、悪い紅茶を使っているからだと思います」
・「狂言では歩くと言いません。/身体を運ぶと言いますね」 通人のセリフである。
・「死刑囚には/最後にタバコをすすめるのですが、/肺癌になるからと断って/刑場に向かった
 男がいましたよ」
・「農業をやっている事に誇りを持てって言う奴がいるけどさ。
 どうやって?どうやったら誇りを持てるんだよ。
 歴史上、農業をやって誇りを持った奴がいたら逢いたいよぉ!
 誇りなんてものは、周囲を見下したとき持てるものじゃないのかい」
・「日本人妻という言葉があるのに日本人夫と言わないのは何故ですかね。」
・「暴力団がいなくなるようだったら、もうその町は活気が無いってことです。」
・「住宅ローンのこと、子どもの受験のこと、親の介護のこと、そして女房のことを考えている
 うちに自殺しちゃったんだって・・・・。/駄目だよ、バラバラに考えなきゃ。」
・「生きるということは、/生き残るということです。」
 「面白い話はいくらでもある。/でも、面白い話し方は滅多にない」

・「しなやか、したたか、つややか、この三つ、
 これが長持ちするコツだすな」

 『無名人名語録』
  永六輔
 (講談社、1987)
  2003年03月10日
  長岡中央図書館
 ★★★


717, 温帯魚

2003年03月22日(土)



 事務所で温帯魚を飼っていた時、よく熱帯・温帯魚の専門店に餌を買いに行った。
その時に店の片隅に小さな鯉が、タライにいっぱい入っていた。
場違いの存在に「何でこんなものを売っているの?」と聞いた。
店主が「餌だ」とばつの悪そうに答えた。思わずゾッとした。
料理屋の生簀の魚を見ても何とも思わないのだから、不思議なものだ。
鯉は20~50万が孵化して、選り分けられて数匹以外は肥やしか、餌として売られる。

 事務所で温帯魚を飼っていたとき、2^3日に一匹の割合で魚が消えていった。
不思議だと思ってみていたら、ハリセンボンが目の前で小さな魚を追いかけていた。
まさか、ハリセンボンが食べていたとは想像すらできなかった。
一匹の魚は頭を岩の間に隠したまま、尻尾のほうが三分の一食べられて死んでいた。
もちろんすぐに隔離をした。

 ある種類の温帯魚だけを数匹飼っていたときに不思議な現象をみた。
ある一匹が他の一匹を執拗に追いかけていた。
ところが一番大きい一匹がいつも中に割ってはいるのだ。
たまたまそう見えたのではと思ってみていたが、そうでなかった。
どういうことなのか今でも理解できない。

 ある温帯魚を飼っていたら、あまりにも巨大になり鑑賞用としては耐えられなくなり
全てを店に返してしまった。そして現在は金魚だけである。
ランチュウだけに絞って10匹を飼っている。
 温帯魚を飼っていたときは、どんなに見ていても飽きないのだ。
はたから見ていたら不思議な姿だろう。


716, 「新潟日報」をやめて50日

2003年03月21日(金)



地元紙の「新潟日報」をやめて50日になるが、それによる不便は何にもない。
べつに日報に恨みがあるわけでないが、止めてよかったというのが感想である。
自宅で毎朝見ないと何か不安だけだったのだ。

 恐らく次は朝日新聞を止める可能性も出てきた。
家内が朝日新聞を気に入っているから、当分は止めないだろうが。
しかし私の場合、会社に来れば全紙見れるし、各紙のWeb上の新聞でも充分に
こと足りる。
 
 はっきりいって、サイト上の新聞が便利で面白いのに驚く。
さらにブロードバンドのためか映像の内容が面白いものが目立つようになってきた。
本当に時代が変わったと思う。

 先日知人が事務所に来て言っていたが、これからはTVからのインターネット
が主流の時代になるとか。
光ファイバーにパソコン経由か何かで、TVにそのままインターネットが繋がる時代が
もう目の前にきている。

 地元紙がこれだけ早く家庭内から消えるとは思ってなかった。
週刊誌も月刊誌もインターネットをやりだしてから読まなくなった。
またTVも地方局はほとんど見なくなった。
衛星局かDVDの取りだめかレンタルDVDが中心になってきた。
決してオーバーに言っているのでない。

光ファイバーが家庭に本格的に入りだしたら、それに対応してTVやパソコンの
端末もできてくるだろう。面白い時代になってきた。


715, 「退場宣告」-読書日記

2003年03月20日(木)

 
 借りている手前、銀行の現状を書くことができないのが現在の中小企業経営者。
「よく書いてくれた!」というのがこの書である。
実際現場で起きていることは、大手の不良資産の処理の肩代わりを中小企業に
押し付けている。大手がつぶれると、その資産圧縮に中小企業の貸しはがし
を露骨にしている。担保が足りないとか、金融庁に指摘されたとかいい辛辣に
貸し剥がしている。
 旅行先などで出あう中小の経営者は、貸し剥しの辛辣さに口を揃えて非難の嵐である。
一番の利益の元を虐待をしていれば、必ずその逆襲にあう。
担当には若い役のついてないのを遣し、トップ直談判で貸しはがしと追加担保要求をする。
暴力団と手口は同じである。直接間接の脅しである。
ここまで落ちたかというのが現状である。
この不信感は銀行にとって数年後には致命傷になるのは目に見えている。

 ある人の話だが[地元の「大蔵省の天下り先専用の銀行」に行ったら、「その件は前例がない
から全く考えられません」と50代後半の次長がのたまったのに驚いてしまった。
50代後半の次長にも驚いたが、その旧体質の空気がすべての今の日本の現状をそのまま
現していた。70歳位の頭取が今でも時たま新聞に出てきて、自画自賛をしている姿は
??としかいいようがない。]といっていた。
彼らの言い分も解らないでもないが、金融庁から尺度を急に変えてきて
その基準で自己保全をやれ!ということだから。
といって現場にとって、それは暴力団になれということだが。

ー大筋は以下の通りである(これは私の主観で書きうつしたものだ)

・銀行の経営者はお気楽なエコノミストとは立場が違う。それを忘れてしまっている
 のではないか。彼らは結果を日々問われるプロなのだ。
 不振の言い訳を考える暇があるのなら、難局を打開するスーパープレイにトライし続ける
 べきだろう。それが出来ないのなら、経営者のポジションから潔く立ち去るべきだ。

・日本には昔から「法律は破ってもいいけど、村の掟は守らなくてはならない」
 という感覚があった[田原]

・「金を借りたら返す」という当たり前のルールをみんなが守らない限り、
 自由主義はだだの暴力主義になる[木村]

・日本経済はおかしい。中小企業は失敗したら退場必至の資本主義だが、
 大企業はどんなに失敗しても退場しなくてもよい社会主義。 
 中小企業は貸し渋りにあって続々潰れていくのに、大企業は失敗したら
 債権放棄で救ってもらえる。中小企業の経営者は、包括の連帯保証で身ぐるみはがされる
 のに、子会社に更迭されても、悠々自適の生活が待っている。天と地の差がある。
 アンフェアそのものである。ー田原

・いま中小企業経営者の怒りは,すべて銀行に向かっている。
 日本の構造改革をこばむ元凶は銀行ということだ。
 銀行の本部に行くと必ず言われるのが「金利を上げてもよければ融資の応じる」
 というセリフである。融資されないのだから仕方がない。融資を申し込むごとに
 金利が上がっていく。
 そして経営を軌道に乗せたところで、当然金利の下げを頼みにいくと「業績が上がる、
 つまり利益が上がれば金利を下げてもよい」というセリフ。
 しかし、そもそも金利が高いから利益が上がらない。利益を上がらないようにしておいて、
 それを理由に金利を上げていくのである。ー木村

・木村氏は日本の銀行のことを「不動産質屋」とカンパしたが、まさしく平成不況の
 元凶は銀行であり、さらにそういう銀行の構造改革を進めることのできない金融行政にある。
                                     −田原
・ノンバンクが勝手にリスクを取ってくれて、銀行は一括で大量貸し出しをすればよい
 だけですから。銀行は卸で儲けているんですから。
 卸しなんですよ。どんどん銀行免許を認可する事です。一挙に不良債権のない銀行
 ができるのですから。世の中がいっぺんに変わりますよ。ー木村

ーこの本を読んでいると、怒りと絶望感と哀れみを今の日本に感じる。
 こんな姿を見ようとは思ってなかった。しかしこの中で生き抜いていかなければ
 同じ穴のムジナでしかない。知恵を搾り出して自分を変えていくしかない。

「退場宣告」
著者/訳者名
: 木村剛/著 田原総一朗/著
出版社名
: 光文社
発行年月
: 2002年09月
ISBNコード
: 4-334-97361-2
 
 目次
第1章 構造改革を阻む「日本村の掟」(「日本村の掟」と「グローバリズム」のギャップ
  に気づかない政治家と官僚
  誤った企業を守ることに終始したのが「失われた十年」だった ほか)
第2章 世界のルールを知らなかった大蔵省の罪(「ジャパン・イズ・ユニーク」と
 「アイ・ラブ・USA」しかない日本の金融外交
  ロシアにマクドナルドを開店したのは、アメリカの通貨戦略だった ほか)
第3章 行き詰まった小泉改革、逆転の秘策(自民党は田中角栄がつくったビジョンに
  いまだにしがみついているいまの日本の状況はミッドウェー海戦以降に似ている ほか)
第4章 退場宣告―日本独自の潜在能力が開花する時(粉飾決算をめぐる日米の決定的な差


714, 難関ー困難性

2003年03月19日(水)


 学生時代読んだ本に「困難に出会ったら、チャンスと思いなさい。
それを躓きの石にするか、土台の石にするかは貴方の意思できまります」
という言葉があった。
その時これから生きていく人生のキーワードでないかと思った。
事業を立ち上げる目標を掲げていたので、この言葉がストンと頭に入ったのだろう。
 
 そして早速に「修行と事業の立ち上げ」で常に壁が立ちふさがっていた。
今日止めてしまおうか、放棄しようかという時に「土台の石、土台の石、土台の石」
と念仏のように繰り返していた。
他にも「困難性は宝の箱である、そこには必ず鍵穴がある。キーを捜せば必ずある。
キーさえ見つかれば宝が手に入る」という言葉もあった。
また「どんな大きい岩でも筋がある、その筋を叩けば必ず割れる」ともあった。

若い時から事業を立ち上げてきて、段々この意味が実感できるようになってきた。
「次々くる困難のウエーブを乗りこなすことが事業そのもの」と解ってきた。
そうなると、困難に当たることがむしろ面白くなってくるのだ。
一づつこなしていくうちに、どの辺が最大の困難性かも解ってくる。
こうなると、ゲームになってしまうのだ。
こなしていることが脳の奥のほうで面白くなってくる。

若い人が、何かに挫折して断念をしているのをみると気の毒に思うことがある。
精神論そのものになってしまうが、あと一ミリ一センチのところに秘密があるのにと
つくづく顔(ーー゛)を見てしまう。
自分で知識を捉え、それを経験してみなくては解らないことだ。
成功体験とはそういうものである。
小さい成功体験を、徐々に大きくしていくしかない。
最後は成功体験である。それは困難の乗り越え経験である。
それを方法まで、手順になるまで経験で身につけるしかない。


713, 「メシのタネはどこに行った」ー読書日記

2003年03月18日(火)

 邱 永漢 著の「メシのタネはどこに行った」が面白い。
現在の日本の現状をわかりやすく書いてある。
東南アジアや中国にその工業生産地の地位を奪われ、まさに
地方は空洞化で劣化の道を歩んでいる。
首都圏が世界に向けての工業地帯ー企画と高品質化を提供する発信基地となり、
地方からシフトの変更をしている。

 地方の時代といわれたが、一瞬で終わってしまい、いまや寒風が吹き荒れている。
もう二度と春は来ないであろう。次ぎの日本鉱脈を探っているが、海外に資本と
ノウハウをもっていくしかない。
「国がどうなるかと考える前に、自分が如何したらよいか考えるべきだ」
と日本人一人一人につきつけられている。
みんなで大損をして再出発の時である。
フローが細ってしまえば、ストックは減るのは当たり前のことである。

 ー以下はあるホームページの要約のコピーである。
以下の要約を何回か読めば大筋がわかる。

 ・・・・・・・・
「メシのタネはどこに行った」
 邱 永漢 著
 経済界 刊
  1238円+税金
 発効日 2002年8月8日
 中央図書館 3月15日
   ☆☆☆

1.工業的豊作貧乏のトップ・バッター日本

 日本の富の大半は工業生産によってもたらされたものであり、工業生産が付加価値を
生み出す限り、日本経済は安泰だったし、サラリーが貰えなくなる心配はなかった。
それどころかサラリーは年々上がり続け、円高のせいもあるが、遂にアメリカを追い越して、
世界のトップに立ってしまった。それでも世界中にマーケットがあり、
メイド・イン・ジャパンを売り込める余地が残っている間はまだよかった。
ところが全く予期していなかったことが起こった。輸出で財を築いた日本だが、
輸出で稼いだお金で日本国中が資産インフレになると、一大消費ブームが巻き起こったのも
束の間、国内消費が壁にぶつかってしまったのである。

1989年の株高を頂点として日本の株価も地価も反落に転じたが、それがきっかけになって、
日本が不況に陥ったわけではない。実は工業化社会に転じてからの日本が欠乏と不足を
充たしてほぼ飽和点に達し、豊作貧乏に見舞われるようになったことが日本に大きな変化を
もたらしたのである。
日本の景気を左右するのは実は国内の消費動向であって、輸出の好調、不調ではないのである。
消費の減退は日本経済に重くのしかかっており、お金の流れそのものを変えてしまったのである。
実はそうした認識を私自身もつい最近までは持っていなかっ た。これはひょっとすると60年に
1度あるかないかの大恐慌かもしれないと考え直すようになった。
今の日本で起こってい ることは世界で類例のないことであり、日本がトップ・バッターとして
世界ではじめての経験をしているということにほかならない。
では世界に先んじて日本がおかれている社会条件は何かというと、いち早く工業化に成功して、
世界のトップを行く工業先進国になったということである。その成功によって世界中で最も
稼ぎの多い富裕国になったわけである。

工業化によってつくり出された過剰生産は人間自身がストップをかけない限り、
ライバルが敗退して姿を消すまで続く。従って一時的な勝者はあっても、永遠の勝者はなく、
息の長い殺し合いが繰り返されることになる。ダイエーやマイカルやそごうの業績不振を見れば、
過剰生産のもたらすデフレが企業をどういう形で痛めつけるか、いやでもわかってしまう。
欠乏と不足の時代は終わってしまった。
これから工業化による豊作貧乏の時代が始まろうとしている。

2. 日本の大企業がメーカーでなくなる日

物の不足した時代と物のありあまる時代を昨日の続きの今日と考えてはいけない。
供給が完全に需要をオーバーし、物が売れないことが目立つようになると、値段を下げるか、
生産をコントロールするか、二つに一つもしくは、同時に二つとも手を打つか、以外に方法が
なくなってしまった。
戦後の日本が豊かになったのは工業生産に従事することによって付加価値を生み、富を創造する
ことができたからだが、同じことをやっているうちに付加価値を生まなくなってしまったら、
鉱石の出なくなった鉱山、湯の出なくなった温泉になってしまったようなものだ。
今回必要とされているコスト・ダウンは既に省エネと省力の限界をきわめたあとに更に
要求されているものである。従って、生産工場をもっとコストの安い外国に移動するか、
現地の生産工場に生産を委託して、それを自分たちのルートにのせて売るか、二つに一つの
選択枝しか残っていないところまで一挙に追い込まれてしまったのである。

3.職人日本を襲う戦後最大の危機

日本人はものづくりには熱が入るが、財産を運用してふやすということについて全くと言って
いいほど無関心だった。それに比べると、中国人は物づくりより金づくりに熱心だから、
自分で物をつくるよりも、右のものを左に動かすことによってその差額を稼ぐことに力を
入れてきた。日本に比べて工業化が遅れを取ったのは、むしろこうしたお金優先の思想が
ブレーキになっていると言ってよいだろう。先ず中国人にとって工業化は金儲けための
手段だから、効率が高くてあまり時間がかからない方法を選ぶ。
そのために資本や技術も外国に頼ることをためらったりしない。
世界中の資本と技術がますます中国に集中すると見て間違いないだろう。
また、技術やノウハウを外国に頼りすぎるので、少なくとも近未来では、独自のブランドを
つくりあげることは難しく、極端に言えば、諸外国の委託工場に徹することになる。

日本人の場合は、現地の生産に資本と技術を投じるのだから、そこからの利益が日本企業の
収入になるし、また国際間の格差を利用した流通過程からあがる収入も日本企業の収入になる。
労賃として支払われる分と税金分が現地に落ちるだけで、成熟した日本の取分は資本と経営が
もたらした分に集約されることになる。日本人はグローバル化の中で自分たちの生産者としての
役割をはっきり見定める必要がある。日本のメーカーは今後も世界的規模で生産を展開して
行くのか、それともユニクロのように計画とデザインは日本でやって加工は現地企業に
任せるべきなのか、二者択一を迫られるところまで来てしまったのである。
足元の明るいうちに流通分野だけ残して生産過程から退去する道を選ぶべきだろう。


712, 光ファイバー導入半年の実感

2003年03月17日(月)

 以前も光ファイバーのことを書いたが、導入後半年の感想を書く。
強引に営業に入れられてしまったが、それでもよかったと思えるようになった。
月に一万円もするが、この4月から6千円に値下げの予定とか?
電話代が一切かからないから、5〜6千円あたりが適正プライスだろう。
ADSLでもよかったのではないかと疑問が今でも残っている。
今までの100倍、ADSLの10倍に近い速度だ。
時間が経つほど、その能力の凄みを実感している。
特にホームページが映像に移行しているしているのがよく解る。
古館伊知郎のホームページ「トーキングブルース」8本が
3ヶ月間で5千円とか。

この普及はホームページだけでなく、IT電話など根こそぎ時代を変えるだろう。
実際どうなっていくか誰も解らない。
先日も書いたが、本の読み方が全く変わってしまった。
1度目を通し後に、その本の題名をキーワードにいれて書評を読むのだ。
その後読んだ方が効率的になる。

たまたまネットウエーブで知った人の読書日記を読むと、
今のベストセラーの概略と書評を読むことができる。
8割がたは?内容を把握できる。
それができるのも瞬時にホームページが出てくるからだ。
まだブロードバンドの入り口しか立ってないが、想像すらできない時代に
入ってしまったようだ。

  ・・・・・・・
ー以前に書いた文章をコピーしておきます。
2002年09月20日(金)
  525,−光ファイバー

昨日から、会社のランが光ファイバーでネットされた。
今までの電話線の10涌造ぅ優奪販繕發妊灰好肇僖侫ーマンス
はよくなったが、諸経費等が65万である。
1~2年で元はとれるが、それで1000倍近い速度だ。

自宅では来月半ばに入る。
長岡で導入の一号だそうだ、その証明書も出してくれるという。
何か営業に強引に加入されてしまったが、一号の証明書をもらって我慢だ。
月9000円で、来春5800円に下がる?そうだ。
電話代が無料になるから、その辺が入り時という。

ブロードバンド ポルノと検索入力して、はじめは 定番から
入るしかないか?
「ブロードバンドと何々」の何々をこれからキーワードに
意識をしていくと、面白いものに行き当たるだろう。

愛犬家だったら犬と入れると、犬の画像が出てくる。
おしゃべり日記といれたら、何か話している人の画像が
出てきたりする?
自宅ではADSLが一月前に入ったが、早速ブロードバンドとポルノ
と入れたら、リアルな映像が出てきた。
それから見ていないが、あれはこっそり見るもので、
パソコンで見るのに適してない?

美術館とか博物館などが早速取り入れてくるだろう。
それとサービス関係のホームページも。
これに携帯が連動してくると、さらに面白い時代なってくる。
今まで写真中心の海外旅行のホームページが、写真が出てくるまで
時間がかかりすぎて、見るのに躊躇していた。
その問題は軽くクリアーするだろう。

二紙とっている新聞を一紙にしようかと、今月中に結論を出す。
トレードオフだ。
以前は3紙とっていたが、日経をまずやめた。
この時はWOWOW に加入した時だった。

次は朝日か?新潟日報か?どちらを残すか。
会社に行けば見れるのだから。

今の若い人は新聞を見ない傾向にあるという。
インターネットでネット新聞を見ているという、もちろん無料だ。
死亡広告がなかったら日報もやめたいのだが、全くつまらない!
考えてみたら、とってないのもいいかもしれない??!!
新聞社の斜陽が更に進むだろう。

ヒカリファイバーで3年先には大きな社会的な変化が進むだろう。


711, キャッシュポイント

2003年03月16日(日)


 このシビアの言葉が気に入った!
ヤクザが恐喝のネタを掴んで「これ脅せる、銭になる!」という瞬間が
キャッシュポイントといってよい。。
 人生の中で、自分では気がつかないポイントがあったはずだ。
私のごく身近の人に、集ることを人生のポイントにおいている人が数人いるが
「これをいっちゃお終いよ」の世界だが。
子供が資産を受け継いだその瞬間も、その人にとってキャッシュポイントである。

 「キャッシュポイント」は、その人にとって経済的に豊かになってしまう、
豊かさの源泉のポイントである。これは誰にでも必ずある。
成功する人は人生のある時点でこのキャッシュポイントを見つけている。
この、「自分の内奥に眠る資産」を現金化する方法を見つけてしまえば恐れるものは
ない。このキャッシュポイントをいかに探って掘り当てるかが重要なテーマである。
これを見つけ、実際にお金に変えることができると、この上ない幸福感を感じる。
本人にとっては「これでお金をもらっていいの?」と考えてしまう感覚である。
そういうものをどんどん掘り進めることがポイントになる。

 しかしこのポイントは結果としてしか解らないことが多い。
この反語としての言葉、失禁ーいや失金ポイントがある。
私も何回かある、致命傷にならなかったから事業が生き延びているが。
キャッシュポイントより失金ー失敗ポイントのほうが厳しいのが現実である。
事業は14勝一敗では駄目で8勝7休の方が優先されなくてはならない世界である。
それまでの蓄積を一瞬に奪い去ってしまう。
上手くいった時も失敗した時も、そのポイントにいきつくまでの準備に全ての
原因が含まれている。

 この言葉はチャンスポイントとも言い換える事ができる。
チャンスはそうあるものでない。やはり準備をしっかりしておかなくては
その一瞬を捉えることができない。
このキーワードをレンズとして過去を振り返ってみると面白い。
やはり自分の意志がチャンスポイントをつくっていることが解る。
逆に危機ポイントをみてみると、その裏腹である。
チャンスは危機であり、危機はチャンスでもある。


710,「逆さ仏」の時代

2003年03月15日(土)


 親が子供の葬式を出す意味である。
戦前生まれの人は、成人までに自然食で育った。
しかし戦後インスタントラーメンが丁度出始めた頃から防腐剤の入った
食品が出始めた。また農薬の散布で毒入りの農産物を口にするようになった。
農家は出荷する農作物と自分たちが食べるー農薬なしの農作物を分けているとも聞く。
最近の人間の骨は腐らないという、防腐剤がたっぷり骨に入っているためだという。
 
 上記の理由で、20年位前に西丸震哉が40歳寿命説を言い出した。
先日も親戚の人が98歳で亡くなったが、7人の子供のうち3人が亡くなっていた。
逆さ仏も今は珍しくない時代になってしまった。

 ある薬局を経営をしている人から、絶対に缶物は口にしないことと教えてもらった。
それと内臓物ー焼き鳥やタラコーや白砂糖やカップヌードルなども毒を口にしている
のと同じとか。緩慢なる毒殺をされているのだろう。
その意味ではスーパーの食品売り場は毒物売り場そのものだ。
少しでも注意をしていれば、その量を減らす事はできる。

 あるホテルの人から聞いた話だが「離婚調停でホテル住まいの母子が半年間
三食インスタント物を部屋で食べていた」と聞いたことがあった。
聞いていて背筋が寒くなってしまった。


709, シンプルー2 −ワンプライス・ショップ

2003年03月14日(金)

 私の経営するホテルはワンプライスホテルである。
ホテルは値段を数種類にしておいて、繁盛時期ー夏期や連休や、
週間単位では火水木曜日に高い値段の比率をあげて売るのが常識であった。
それを一切無視してお客本位にしたのが当ホテルだ。
100円ショップもそうだ。

スナックでも、時間性で3千円とか5千円という店がある。
九州の境内の土産物屋で、中学生がいっぱい入っている店があった。
千円均一の店であった。修学旅行の中学生に一番手ごろの千円に絞って品揃えをしてあった。土産物屋でも業態が可能であったのだ。

居酒屋で300円か400円の均一の店を出せばと思うのだが。
料理や酒すべてワンプライスにすればよい。おそらく多くある筈だ。
おでん屋もよいのではないだろうか。
今なら不況なので200円均一にして、ビールなら生ビールだけにして、
千円のセットー5品から出せばよい。
格安なセルフの讃岐うどん屋が流行っているが、これも100円ショップにすればよい。
素うどん100円、トッピング100円とか。

 すべての事にいえるのは「絶対に例外を認めない!」ことだ。
一つでも認めれば意味がなくなる。100円ショップで「200円コーナー」
をという誘惑にかられそうになるが。例外なく均一100円だからよいのだ。
値札をつける必要もないし、値下げの必要もない。ヘドロ商品は2個100円に
すればよい。メーカーも問屋も分かりやすいし、お客の方もそうだ。

 ワンプライスでなくても、ファミリーレストランや居酒屋チェーンでは値段を
3〜5種類に絞っている。「シンプルイズベスト」の典型である。
駄目な店ほど多いアイテムの商品と値段の店が多い。
無知の涙を地にいっている。
こういう眼で見ていると、飲食店ウォッチグになる。


708, シンプルー単純の勧め

2003年03月13日(木)

「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に」というが、
「難しいことをシンプルに」とも言い換えることができる。
何事もまずはシンプルにである。

チェーン理論の基本は「シンプルに、それをスタンダードにしつづければ、
スペシャルになっていく」である。「スペシャルをスタンダードにしていけば、
シンプルになる」ともいえるが。

 デジタルは10進法を0・1の二進法に置き換えたところから出発している。
アメリカの大統領だったレーガンは全ての問題をー「テーマとそれに対して
3分類、それを3分類、さらに3分類と27分類にした報告書を出させて、
それに従い判断していた」という。
この分類こそスタッフの最重要な仕事である。

 自分の生き方をはっきり決めておけば、自然とシンプルになっていく。
それに遵って生きていけば、判断と決断は簡単になる。
複雑になっていくのは、自分のルールや生き方が確立されないからだ。
自分で判断をする主体性があれば、全てがシンプルになっていく。
私の場合は早いうちに創業をしたのが最大のメリットであった。
正しいかどうかは別として、とりあえず主体的に判断せざるをえなかったからだ。

「最期は独り」ということを常に自覚していれば、シンプルに生きられる。
複雑に考える必要もないし、悩みも最小になる。
何事も単純に単純に単純に考えれていけばよい。
画家の山下清などは、それがプラスに働いたのだろう。
シンプルということは、ABC分析でいうAに絞る事でもある。
エネルギーの集中ということだ。


707, モンゴル大相撲

2003年03月12日(水)

 先場所の各段の優勝は序二段を除いて全て外人が取ってしまった。
今場所からは、両横綱とも外人である。
外人力士が50数名いるうち8割がモンゴル出身である。
下位の有望力士の大部分が外国力士という。数年後は幕内上位は
大部分がモンゴル人に占められる可能性が出てきた。
今の横綱の朝青龍より強くなりそうな素材を持ったようなのが
私の目で見ても数人はいる。
更に彼らはモンゴルの大地で羊の肉を食べ、馬に乗り自由に生きているため
骨格からして違う。
更に所得が日本の100分の一しかないために、関取になれば数ヶ月で
モンゴルの一生の生活費が稼ぐことができる。
目の色が変わるのは当然の事である。今の日本人が敵うわけがない。

 日本の相撲のルーツはモンゴル相撲という説が有望である。
グローバルの時代、それでもよいと割り切ったほうが良いだろう。
一時代前には考えられなかったことだ。
ロシアに朝鮮にアメリカにモンゴルと面白くなってきたが、
日本人だけと割り切っていた方がよかったのかもしれない!
巨人・大鵬・玉子焼きの時代は終わったのか。


706, スーパーTV-コンビニ戦争

2003年03月11日(火)

 昨日の21時のスーパーTVの番組が面白い。
私の初めの事業の立ち上げが、郊外型貸しビルであった。
ところがドルショックがカウンターパンチになってしまった。
誰もテナントが入らないのだ。
これが良かったのか悪かったのか?!
いかなる場合でも最悪を想定しなくてはならないことが、骨の髄まで知ることになった。
その一角で養老の滝のフランチャイズに参加して、日本で初めての郊外型居酒屋を始めた。
日経流通の記事に大々的?出た。まあそれはそれでよい!

 二年前に長男が失業した時に、息子の仕事にコンビニと考えた。
そしてまずは情報を取った結果は、すざましい内容で、
開いた口が閉まらない世界であった。
土地持ちの酒屋や、自然消滅寸前の小売店を狙った搾取商売そのもの。
無知の敗者を狙った残酷物語。しかし自殺より良いのかもしれない。
出店では当たりと外れの部分がある。
当たりると本部は、その店を基点として周辺に店を出すのだ。
卑劣そのものの世界である。しかし彼らからすれば他の競合店が出る前に
自社の店を出すのは当然のことである。

 当たり外れは実際のところ店を出してみなくてはわからない。
セブンイレブンの場合、当たりは一日あたり100万円、外れは50万円だ。
平均が62〜63万万である。
外れは、そのマニュアルがあってハイサヨナラの世界。
当たりの場合が、それをダシにして他のオーナーに売りこむ。
無知ー無力のオーナーは、如何にもならないのだ。
「よくやるよ!」という世界である。今の北朝鮮のドン様と人民の世界である。しかし契約の世界なら仕方がないのが現実である。
 
 当然家庭内は崩壊のケースが多くなる。
子供の非行や離婚や自殺が多いのは当然の事だ。
何よりも、商売がなによりすきかどうかが問題になる。
そうでない人が安易にやるから、こじれるケースが多い。
好きな人がヒットしたらこれほど面白い仕事もないだろう。
したがって決してなるべきでないといってはいない。
やる前に熟考して、覚悟をしてやるべきだといっているのだ。
 
 フランチャイジーの立場から見れば、家賃分は入るし一日60万の売り上げがある。
しかし、オーナーは大体夫婦一人当たり時給7百円位の人件費の収入にしかならない。
それで満足するかどうかである。人の褌で相撲をとるとロクなことはないが、能力が
ないことには仕方がない世界である。


705, 古館伊知郎の世界

2003年03月10日(月)


 古館伊知郎といえばトーキングブルースである。
この15年間おこなっているトークショーである。
今の時期にBSTVで放映しているが、毎年の楽しみになっている。
今年は「言葉」で、去年は「脳」であった。
一人で2時間、このテーマで話しまくるが、息を尽かさない中味の濃い内容だ。
会場を暗くしてスポットライトを照らし出した中で話すのだが、次から次へと話題が
出てくるものだと感心をする。
見えない相手に対して、独り言をいっている姿がこの「随想日記」に似ている。
ミニトーキングブルースというところか。
ホームページからこの紹介文をコピーしてみたー

[TalkingBluesは、「嘆きや悲しみ」を音楽として綴った黒人達に倣い、楽器をマイクに、
詩をトークに換え、人間が普遍的に持っている悲しみ、嘆き、苦しみを、古舘伊知郎が鋭い
感性で表現すると言う目論みで1988年に始まった。古舘伊知郎が、自分自身の生活や生き方を
ネタとし、世の中を自分の鏡とし、また、自分を世の中の鏡として、不浄な煩悩の奴隷として
生きるしかない自分を含めた人々の嘆きの真意に問いかけてゆく。
そのために、古舘はTalkingBluesの舞台に立ち続ける。]

さらに今回の「言葉」もほとんど忠実に紹介されていた。
詳細は「随想日記の引き出し」コーナーにコピーしてある。
こういうのも情報化社会の一片なのだろう。
 以下はやはりインターネットで調べたインタビューをコピーしておきます。

 ――世の中に情報があふれ返ってます。
「受け手の側が自主性を取り戻すには、情報のラマダン(断食月)か安息日をやるしかない。
たとえば、天気予報の音声を消してモザイクをかければ、だれもが降水確率のあいまいさに
気づくでしょう。窓を開け、湿気やにおい、草いきれを感じて、『よし、傘なしだ』となる。
自分が予報士になれるんです」

 ――テレビをどう位置づけていますか?
 「テレビは受け身で垂れ流し、完全看護じゃないと視聴者に受け入れられないダメな
メディアになって います。テロップ(文字説明)の多用もそう。画面に新聞記事が映って、
赤線引いてくれるなら初めて新聞を読む。そんな層がいる」
 「映画や本なら、投資して自発的に選ぶ。たとえ錯覚でも、人生観が変わったという思いで
感慨を得たいのです。映画や本が本格医療マッサージなら、無料のテレビは15分間クイック
マッサージ。視聴者は目先の刺激を追い求めるインパクト難民だよ。
気持ちが良ければ治療しなくてもいい。それを、いやしとか和みという言葉に差し替えて
いるだけです」
 ――そこでやりとりされる情報も軽く、空疎になっているようです。
 「テレビの視聴率は内閣支持率と似ています。どちらも中身は問われない。
国民は怒ったふりはするけど、小泉さんの支持率が80%でしょ。耳当たりの良い情報だけが
流通している。テレビより石器ねつ造の考古学者のほうが偉いよ。掘って、埋めて、見つけて。
テレビはそういう地道な作業さえしてないもの」
 ――インターネットや携帯電話でのコミュニケーションについては?
 「パソコンでも携帯の画面でも、あやしく無機質に光るものに文字が踊っているのがOK、
という感覚が若者などにありますね。携帯のカバーがはやってるでしょ。
無機質の上に別の無機質をツルとかぶせるわけです。人とつながりたいといっても、
それは近所づきあいじゃない」
 ――若者は人づきあいが苦手なんでしょうか。
 「グルメだったりブランドだったり、自分に情報をまとわせ、武装しないと自己表現が
できない人が増えている。人間関係が空洞化し、心のすき間にインターネットという
勝手口から御用聞きが入ってくる。出会い系サイトなんか典型じゃないですか」

 ――情報社会はこの先どうなるのでしょう。
 「手をかえ品をかえ、情報のインフレ状態が続くでしょう。ただ、もっと長いスパンで考えれば、
情報は要らないという所まで行き着くかもしれない。本当のいやしとか和みとかを希求して
やまない時代になれば、半径5メートルで家族が仲良く暮らせればいい。新聞もテレビも消え、
実感を伴った周囲との意思疎通に回帰していくわけです」
 ――テレビ人として何を極めたいですか。
 「NHKがお茶会の干菓子なら、民放は完全看護のお客様にソフトプリンを出している。
その客が『これから感動モードに入るぞ』と、はるばるプロジェクトX(NHKの人気硬派番組)
へと渡っている状態です。おれも骨のある番組をやりたいと思うよ」
 「たとえば、無名の人が無名のまま生き、何も起こらないという番組。地方の農家の平和な
生活をカメラで5年追い、普通に放映してみせる。『CMの後、予想外の展開が!』の反対です。
スポンサーはつかないでしょうが、どこかの民放がやるならノーギャラで引き受けますよ」

(朝日新聞/2002.1.12)




704, [つかず離れず]ー群れない為に

2003年03月09日(日)


「つかず離れず」は人間関係の基本である。
「和して同ぜず」ー和同の精神である。
(仲良くはしても、お互い同じでない事を理解することだ)
「隣の芝生は緑に見えます」「隣の花は赤い」は 同じ意味だ。
「味噌汁の冷えない位の距離」は嫁姑の距離である。

以上は相手が良く見える距離を保つことの必要性をいっている。
人間関係には「親しき仲にも礼儀あり」という基本ルールがある。

離婚した女性を見ていると、この距離感の果たす役割の解ってない人が多い。
スナックや居酒屋のママは離婚経験者がほとんどだ。
フレンドリーで、お互いに距離を置かないのが逆にプラスに働くのが
皮肉といえば皮肉である。
お客は群れに来るのだから丁度フィットするのか。

 群れといえばこういう話しがある。
私のある姉が東京圏で、サラリーマンに嫁いで団地に住んでいる。
そこで色々な家庭を見ていて、子供の数の理想は3人以上と言っていた。
「3人以上だと群れという感がする」
「家庭は群れの場、その為にはその数が必要と見える」
といっていたのが印象に残っている。
人間は孤独を求めると同時に、何らかの形で群れてないと生きていけない。

 カナダやアラスカで一人で荒野に住んでいる人が街に出てきて人に会うと、
ハイになって話しまくるという。スナックなどでは多く見かけるという。
何か解るような気がする。
都会のスナックの片隅で一人飲んでいる人は、人間の持つ両面を裏表にした姿である。
群れの中で自分を見失わないためには、自分の世界をしっかり持ち距離を保つことが必要だ。

 朝鮮人は儒教の影響が非常に強く、家庭の結びつきが日本に比べ格段に強い。
それに比べ日本は幕藩体制を300年続けてきた為か、組織に対する所属意識が
強い。侍は藩に〜百姓は5人組に組み込まれていた。
韓国人ー朝鮮人と結婚した人はその文化の違いに驚くという。
基本的には日本人と全くかみ合わない。
とくに男女間の距離感が違うという。韓国では結婚した男は妻以外の女性とはどんな形でも
付き合ってはならないという不文律があるらしい。
夫婦間の愛情は濃密で老夫婦でも小さな布団に一緒に寝る。

 韓国人は情が厚く、寂しさに耐えられないために、家族間の人間関係は深い。
他人同士でも一つの共同体になったときには「親しき仲にも礼儀あり」という日本的習慣は
通用しないという。親しくなったら甘えてもいいという発想があるという。
今でも地方では日本でも強く残っている。韓国人は親しくなればなるほど相手を騙す。
馴染みの店から不景気だから来てくれと電話がかかったら、それはサービスをするという
意味でなく、馴染みだから高い金を払ってくれということになる。
あの北朝鮮の金王朝の異様さは、この濃密さを政治体制にくみ込んだためである。

 韓国的濃密さは日本では一番嫌われる。日本人と韓国人の結婚の話が少ないのは文化の
違いがあまりに大きいからだ。
朝鮮人が日本で「つかず離れず」のスタンスで住むには最適であろう。
在日朝鮮人にむしろいえることか。

いつの間にか朝鮮人論になってしまったが、「つかず離れず」とは正反対の文化である。
逆にいえば、「つかず離れず」こそ日本人の文化といってよい。
色いろな社会に属すことを好む日本人は、「つかず離れず」が一番良いスタンスになるからだ。
属している共同体が、それでいて最優先にする。


703, 「金持ち父さん貧乏父さん」読書日記

2003年03月08日(土)

この本を読んで、読めば読むほど納得する事が多い。

もうこの歳でいまさらというひとがいたら何回か読んで、
自分の子供にぜひ説明すべきだ。
貧乏父さんなら失敗談として尚更である。
読んでいて気がついたことは、大阪商人に似ていることだ。
徹底的に節約型で、合理的である。違うのは投資に対しての積極性だろう。
金持ち父さんと貧乏父さんの考え方の違いを書き写してみる

ー金持ち父さん・・上段ー 貧乏父さん語録・・下段ー
・「どうやったらそれを買うためのお金を作り出せるだろうか?」
 「それを買う為の金がない」
・「一生懸命勉強をしろ、そうすればいい会社を買う事ができる」
 「一生懸命勉強をしろ、そうすればいい会社に入れる」
・「この家は負債だ。持ち家が自分にとって最大の投資であり、最大の投資
  という人は大いに問題がある」
 「この家は私たちにとって最大の投資であり、最大の資産だ」
・「私が金持ちなのは子供がいるからだ」
 「金がないのは子供がいるかだ」
・「金は力だ」
 「お金には興味がない」 
・「私はお金のために働いているのではない、お金が私のために働いているのだ」
 「お金のために働いているのだ」
・ 「人は損をするのが怖くって、その為に損をする」

金持ちは自分のためにお金を働かせる
中流以下の人間はお金のために働く

「無知」が「欲望と恐怖」を大きくする。
「恐怖と欲望を大きくするのは無知だ。ある程度のお金を持った人の多くが、
金持ちになるほど、それを失ったときの恐怖を強く感じるのは無知のせいだ。
お金はニンジンなんだ。けして手に入らない幻みたいなものだ。
もし馬が自分の姿を遠くから眺めることができれば、自分の立場がわかり、
ニンジンを追いかけることが自分にとってためになるかどうか、考え直すかも
しれないだろう?」
人間の一生が「無知」と「啓蒙」のあいだの絶え間ない戦いである。
人間が自分を知るための情報や知識を求めなくなると、すぐに無知が忍び寄ってくる。

金持ちになりたかったら、お金について勉強しなくてはならない。
「お金の流れの読み方」は高層ビルの基礎に喩える事ができる。
・まずは資産と負債の違いを知ることである。
ー資産は私のポケットにお金を入れてくれる
ー負債は私のポケットからお金をとっていく

「どうやってお金を稼ぐか」でなく、「お金をどう使うか」である。
つまり「稼いだあとどうするか」だ。
一番悪いのは「稼いだ金は全部使う」ことだ、収入が増えた分、支出の増えるだけの事。
だから「馬鹿が金を持つとろくなことが無い」という格言がある。

 普通の人は、まずは夢の確立の為に、家を持ち、車を買い、家庭用品を買い揃える。
ある程度の自己資金を貯めてからすべきなのに。
せめて車は返済をかなりの額を返してから買うべきである。
これらの負債のために一生返済のおわれるのだ。

 著者の感心する言葉は次の言葉である。
ー私だって人並みに贅沢は好きだ。
「人並み」と違うところは、ふつうの人が贅沢品を借金で買おうとするが、
私はそうしないことだ。
借金で贅沢品を手に入れることを覚えた人は、周囲の人が持っているものを
何でも手に入れるという「罠」にはまっていくのだ。
何かほしいものがあると、人はお金を作り出すことでなく借りることばかり考える。
ーお金に関する私の哲学の基本は、資産欄に種をまくことだ。
これは、お金を作るための「公式」といってよい。
ー実践にあたって、いつも覚えておいてほしいことが一つある。
それは「楽しむこと」だ。これは単なるゲームにすぎない。
勝つこともある、負けてそこから学ぶこともある。
でも、どんな時でも楽しむ事だ。勝ったことが一度もない人は、勝つ気持ちより
負けるのを恐れる気持ちが大きいから勝てないのだ。

私の経験からして、要約をすると
・お金の知識について、もっともっと学びなさい。
・若いうちから、長期戦略を持って自分の財テクを磨き上げなさい。
・自分の収入の中で、種銭を作りー積み立てをして、それで財テクをしなさい。
・お金をつかうことと生活を楽しむ事はイコールではない。
・資産と負債の違いをハッキリさせること。
・考え方が人生を左右すること。
・本当の教育の基本はお金に対する知識であること。

お金に対する知識に対して、これだけ解りやすくストレートに書いてある本に
初めて出くわしたのが実感だ。
そして両親が夕食時にいつもお金と投資と商売の成功談を話していた。
それが最大の教育だったことが確認できたのが最大の収穫であった。


702, 心と魂

2003年03月07日(金)


以前に社内報の事業百訓で、「心」と「こころ」と「魂」の違いを書いた。
ーホームページH09/05-見聞皆師
ーhttp://csc.jp/~888888/fr/kenbun/bun_h09.htmー
ある本を読んでいたら、パソコンのハードデスクを「魂」にソフトを「心」に喩えて
説明していた。

ー書いてあった概要は以下のとおりであるー
 魂と心は厳密に言うと違います
・魂はパソコンでいうとハードディスクやCPUを中心としたハードウエアにあたり、
・心は基本OSを含むソフトと例えることが出来る。

 心の基本形成は、親の心のエネルギーを吸収しながら6才頃に、そのアウトラインが
ほぼ完成するという。
パソコンでいえばウインドウズのインストールを終えた状態。
・「こころ」の核となっているのが魂で、これは生まれながらのもの。
・魂は天命・宿命に関わり
・心は運命を左右します。
・そして双方の共同作業の結果が、あなたの「個性・能力」となって現れる。

魂の進化は心とともに ある。  
パソコンは平成8年春の製品でクロックは120しかありません
150以上を指定してあるウインドウズMeはインストールできない.
メモリーとハードディスクは最大限増設してあるが、クロック増設の手間と費用に
見合うだけの魅力がMeに有りや否や?
深層心理学者のユングは「魂はしだいに進化し、聖なる方向に向かっていく」と
いっている。この進化の方向に関わってくるのが心なのです。
Me(心の向上)を諦めたので、ハードウエアのクロック(魂)は120のままで
進化していません。
  こころの葛藤とは魂と心の綱引きをしている。  
魂は多くの業(ごう、因縁ともいいます)を持っていて、その業は縁あらば表へ出ようと
しています。それが自己本位の好ましくない事だったら、心がセーブをかける仕組みに
なっているが、本質的には「魂の方が強力」です。
魂が要求している事柄を実行して良いかどうか…を
・「判断するのが心なのです」が、
・「決断するのは魂」です。
心が「ノー」という結論を出すと、そこで魂と心の綱引きが始まるのですが、
魂が心の判断を無視して行動を起こすと、人間社会の中では往々にして問題行動となる。
40にして惑わず、という言葉があるように、どうやら人間は、その年代以上にならない
ことには、「魂を制御できるだけの心は完成しない」ようだ。

ー以上であるが、喩えが解りやすい。

 また他の本で「自己」と「魂」は似ているとか。
自己の背後にある大本が「魂」といってよい。
「自己実現」を「魂をつくること」と言い換えたほうがむしろ解りやすいことからも
納得できる。
魂の喩えとして
・心の親。
・心の故郷
・心の実家
・宗教心
・他己
・御祖先様
・心の積み重ね
・神ーラージX
「心を込める」と「魂をいれる」と言葉の重みが違う。
「魂を入れる」は全身全霊を入れるという意味合いにがある。
そうすると全身全霊ということか。
対象の物事に対して「魂がこもる」ともいう。
一生は「魂をつくること」ということか。
自己実現を図る事だ。


701, 「最強の勉強法」

2003年03月06日(木)


本屋のコーナーで何度か目に入っていたが、
衝動買いをしてしまった。ハウツーものとしては面白い。
今になって昔何故ハウツーものをもう少し読まなかった悔やまれる。
まあ仕方がないが。
事業と同じで「プロセスを楽しめ、成果をあげる工夫を徹底しろ」の二つに尽きる。
大体の本は、2時間で殆ど把握できるようになった。
1、まずは前書きと目次と終わりにを中心にポイント読みをする。
2、次に、本に折込を入れる。それぞれの章と目次と太字のところを中心に入れる。
3、インターネットでホームページをさがし、書評と概要を読む。
4、最後の章からポイント読みを逆に遡って読む。
5、できたら随想日記の読書日記に書くためにまとめる。
  以上が2時間だ。
6、一番大事な事は、読書日記に自筆で「目次とレジメを書くこと」である。
 これを過去40年何もしてこなかったのが、人生の最大の後悔といってよい。
 一ヶ月前から始めたが、これがよい。あとで読み直した時は赤のペンで
 書き足すのだ。
 この歳になって悔やまれる事があまりにも多い。 
 いまさら仕方がないが。
・・・・・・・
インターネットで調べた概要をコピーしておきます。

『 不可能を可能にする、最強の学習法!』
吉田たかよし・著
PHP出版より2002年8月9日刊行 
定価1350円(税別)

1.『吉田たかよし』とは
 日本で初めて、NHKアナウンサー出身の医師です。
また、衆議院議員の公設第一秘書として政策立案にも携わりました。
この他、エコノミストや報道記者としての顔も持っています。

2.不可能を可能にした学習法
 そんな『吉田たかよし』も、もともと記憶力は人並み以下で、大の勉強嫌いな普通の人間でした。
にもかかわらず、なぜ数々の不可能が可能になったのか。それは、誰でも成果を上げられる
画期的な学習法を確立したからです。
「ガンバレ!」「集中しろ!」「気合だ!」こうした、精神論だけに頼った勉強法では
結果は出ません。むしろ、あなたの多様な能力を萎縮させるだけです。
学習法には、あなたの秘められた能力を100%開花させるため、とことんまで合理的な技術や
工夫が必要です。また、単なる思いつきではなく、科学的、医学的に裏付けがあることが
求められます。
 これらすべての条件を満たした夢の勉強法、それが『吉田たかよし式学習法』だと信じています。

3.勉強が苦手だという方にこそ、読んでいただきたい
 この本は、ごく限られた『エリートくん』や浮世離れした『勉強オタクくん』を対象にして
いるわけではありません。勉強が苦手な方や勉強嫌いだという人にこそ読んでもらいたいのです。
こうした方こそ、効率的な学習法が必要だからです。自分は平凡だと思い込んでいる方も、
非凡な人生を送れる。それが『吉田たかよし式学習法』の真骨頂です。

4.見出し 本の中身をざっとご紹介します。
ーー目次 ーー
ー第1章 灘高校がすごいわけ
自己解放が能力を伸ばす! 灘高校は学習のルネッサンス。
サラリーマンも必読。暗唱ゴールデンタイムがあなたを救う!

ー第2章 異なる分野を同時に学べ
『理系』+『文系』でリストラも怖くない!
あれは何だ?東大の銀杏並木を白衣の自転車が爆走!

ー第3章 学習のための時間の使い方
永田町マジック!国会議員に学ぶ『朝飯学習法』
目覚めよ!遺伝子に刻まれた潜在能力。

ー第4章 記憶力倍増法
生放送も怖くない!NHKアナウンサーを救った『連想記憶術』
伝説の語呂合わせ『ハタチを過ぎたらオバン』には最強の論理があった。

ー第5章 最強の読書法
国会図書館を征服!「1週間に50冊」を可能にしたマル秘読書術
ツッコミのミラクル!読書の秘策は漫才にあった。

ー第6章 資格試験はワールドカップ
これであなたも合格!韓国チームの勝利に隠されていた試験突破の秘策。
官僚大国ニッポン!勝つためには敵を知れ!国家試験には霞ヶ関を知れ!

ー最終章 人脈を広げて、人から学ぼう
あなたもできる!堺屋太一さんの心をつかんだ私の右手。
一度見たらもう最後!たった一枚で人生を変えた究極の名刺。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
〜最強の語呂合わせには、最強の論理があった!〜
・語呂合わせは、学習の王道だ!
「鳴くよ、ウグイス、平安京」 794年、平安京遷都
「いい国造ろう、鎌倉幕府」 1192年、鎌倉幕府、成立
 この二つは、おそらく日本で最も有名な語呂合わせでしょう。
皆さん、どなたでも一度はお世話になったことと思います。
 しかし、世間では語呂合わせというと、なんだか邪道の学習法だというイメージが
持たれています。
語呂合わせで試験を乗り切ると、少し後ろめたい気分さえ残ることもあります。
それは、勉強とは難しくしなければいけないという変な先入観があるためでしょう。
逆に言えば、それだけ語呂合わせを使うと簡単に楽々と覚えられてしまうという
あかしでもあるのです。
 私は、年号を覚えるのに語呂合わせを利用するという工夫は、邪道どころか、
学習にとっては王道の中の王道と考えています。確かに、歴史をしっかりと理解し、
時代の流れを大雑把につかむことは最も大切なことです。歴史観さえ身に付けば、
「平安遷都は8世紀の終わり頃だろう」、「鎌倉幕府が開かれたのは12世紀の
終わり頃だろう」という推測はできるはずです。
しかし、794や1192という数字の羅列は、丸暗記するしかありません。
とりわけ、794の4や1192の2など、年号の最後の一桁は、歴史の理解とは
まったく無関係です。
 しかし、それでも、記憶しなければならない年号は、きちんと覚えないとテストは
乗り越えられません。そんな時、ためらわずに語呂合わせを活用してください。

・伝説の語呂合わせ、「ハタチを過ぎたら、オバン」が最強なワケ
 私も医学部時代、何度も語呂合わせのお世話になりました。
 たとえば、「BUNは20mg/dl以上が異常」という診断基準は、必ず暗記しなければ
なりません。BUNとは尿素窒素と言って、腎臓の機能の指標となっています。
血液中でこの濃度が20mg/dlを超えれば、腎臓の機能が低下している可能性があるので、
精密検査が必要です。医者ならば、反射的にこの数字が出てこないようでは、診療はできません。
 これを私は、「ハタチを過ぎたら、オバン」と覚えました。
ハタチは20歳。オバンは「悪BUN」、つまり異常なBUNと置き換えます。
この語呂合わせは効果てきめんでした。医学部の同級生たちも、みんな、この語呂合わせに
よって一発で暗記できました。しかも一生、忘れることはないだろうと言っています。
 あなたも、健康診断の血液検査の結果が返ってきたら、BUNの項目をチェックして
みてください。もし、ハタチを超えていれば、オバンです。医者に相談してみてくださいね。
 少しわき道にそれましたが、「ハタチを過ぎたら、オバン」は、
理想的な語呂合わせのあり方を示唆しています。
 まず、語呂合わせのフレーズにインパクトがあればあるほど、記憶は定着しやすいという
ことです。
とりわけエッチな語呂、口にするのも恥ずかしい卑猥な語呂は、すぐに覚えられますし、
なかなか忘れるものではありません。
また、できるだけ身近なフレーズの方、がしっかりと記憶できます。
間違っても、無理やり背伸びをして高尚な文言で覚えようなどとは思わないでください。
 インパクトという点では、「ハタチを過ぎたら、オバン」は文句なしに合格点でしょう。
確かに、何歳になっても美しく生き生きと活躍している女性に対して、実に失礼なフレーズです。
しかし、失礼であればあるほど、インパクトも出てくるものです。
 試しに、女医さんにこのフレーズを紹介したら、「女医は全員、オバンなのか!」
とお叱りをうけました。よく考えると、20歳未満の医者など物理的に有り得ないので、
全員がオバンになってしまうわけです。ちなみに、私は根っからのフェミニストで、女性の味方です。
「ハタチを過ぎたら、オバン」は、語呂合わせのための方便に過ぎません。
決して私の本心ではありませんので、あしからず。
 さて、話しを本題に戻しましょう。語呂合わせに求められるもう一つの条件は、
二つの概念が自然につながるように橋渡しできることです。
少ししつこいですが、再び、例として「ハタチを過ぎたら、オバン」の語呂で考えましょう。
この例でいえば、20という数字を置き換えたハタチという概念と、BUNの異常を置き換えた
オバンという概念が、自然につながっているのです。
このまったく異質な二つの概念を一つに結びつける掛け橋となっているからこそ、
「ハタチを過ぎたら、オバン」は語呂合わせとして値打ちがあるのです。
 この点では、「いい国造ろう、鎌倉幕府」の語呂も条件を満たしています。
1192という数字と歴史的事実とは、本来、まったく異質な概念です。
それが、1192をいい国と置き換えたことにより、「鎌倉幕府の成立」と見事に
掛け橋がかかったのです。
 皆さんも、語呂合わせで覚えるときは、こうした基礎的な構造をしっかり理解した上で
活用しましょう。そうすれば、語呂合わせのパワーをもっと引き出せるはずです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー他のホームページのコピーです。
「吉田たかよし式勉強法」
原理論
・機械的な暗記ではなく、興味のおもむくままに。自由に。(p.24)

・疑問を持つ習慣をつける。(p.27)

・新聞記事を読むとき、「この事件の背景は?」と考える。
・権威を信じ込まない。常に疑うことを忘れない。
・ユニークな発想を心がける。(p.31)
・全体像をよく把握しないと独創的な発想は出来ない。
・独自の発想をしようとすると、深い理解につとめるので、血肉となる。
・遠回りのようだが、結局は記憶が長持ちする。
 一方、丸暗記はすぐ消えてしまう。
・丸暗記は脳の細胞の一部しか使っていない。
・なんでも鵜呑みにせず、疑う。身の回りのこと。ニュース。
 考える。答えを推測することが、脳のトレーニングになる。
・テレビをみて、具体的、論理的な感想を持つ。

・アウトプットしてみることが大事。

・適度に運動をすると、脳全体が活性化する。(p.41)
・ストレスの解消にもなる。
・出来るだけ全身を使う。(例: 伸びをする)
・目を休ませる。
・緑の多い公園をジョギング。サイクリング。

・記憶するべきものは、大声で暗唱する。(p.45)
・腹式呼吸で暗唱する。
・出来るだけ肋骨の部分は動かさない。
・丹田(ヘソの2,3センチ下)に意識を集中。
・息を吸うときは、空気をお腹の中に入れるような気分で、 へその下が前へせり出すように。
 息をはくときは、 へその下の部分からせり出すように。
 腹式呼吸は交感神経を抑え、副交感神経を活発にする。
・朝一番に大声で暗唱(e.g. ネクタイをしめるとき)

・ライバルがいる、競争がある、と勉強がはかどる。(p.48)

「四面楚歌」学習(p.53)
・覚えなければいけない事項を書いて、周囲に張る。

マルチ勉強論
異分野マルチ学習(p.58)
・全く異なった分野の勉強を並行して行う。関連性がないほうがいい。 e.g. 法律と数学

・効率が上がる(気分転換になる)。
・ユニークな発想をするには、ユニークなインプット
 → 異分野マルチ勉強。
・出来れば文系と理系の分野を同時に。
・理系は経済学。文系はバイオ、ナノ、ITがお勧め。
・勉強のテーマごとに本棚・机・文房具を分ける。(p.76)
 (吉田氏は、机(場所)や文房具まで分けた。)
・やりたいときが最も効率が上がる。飽きたり疲れたりしたら、 他の分野の学習に切り換える。
・精神的に安定していることが最も大切。スランプなのに無理して 勉強を続けるのは長い目で
 見てよくない。学習は根性でやるもの ではない。
・異分野を学習すると、複眼思考が身につく。(p.81)
  e.g. 医者の眼と、倫理学者の眼

時間活用法
勉強は場所と時間を選ばない(p.85)
・勉強部屋、机以外にも勉強できる場所はたくさんある。
・やみくもに「どこでも」ではため。効率を上げるにはTPOを考える。
・場所よりも時間帯の方が大問題。
・ホルモンの日内変動(サーカディアンリズム)に則った学習が大切。
・通勤時間はゴールデンタイム。
 毎日同じ時間を確保できる。
 景色が眼に入ってくる、雑踏の音が耳に入ってくるのもよい。
・自転車に乗りながら、歩きながら、知識を整理する。
 うろ覚えの事項を(頭の中で)暗唱する。
・読書など、吸収タイプの勉強は難しい。
「条件付け」が有効。 e.g. 「みなと未来」のビル群が目に入ったら勉強を開始する。
・5分に1回でいいから窓の外の風景を見る。
 → 眼精疲労の回復、メラトニン(睡眠誘発)からセロトニン(脳を活性化) への切り換え。
・駅から駅の間がワンセット。その間集中する。
・炭酸ガスを追い払うには「うそアクビ」(p.97)
・お風呂でも勉強。
 布製のガムテープにマジックで記憶したい事項を書いてはる。
 お湯の温度はややぬるめにする。
・トイレでも勉強。(p.100)
 トイレに入るごとに壁に張ったメモを読む。丸暗記によい。
 字は大きくする。またカラーで派手にする。
・就寝直前と起床直後に同じメモを見る。(p.102)
 人は眠っているときに記憶を整理し、脳の中で忘れにくい 形態に置き換えている。
 →就寝直前に覚えたことは、よく記憶に定着している。
→ それを起床直後に復習。
→ 長期記憶。

・文字を音として記憶するのでなく、写真を撮るように、映像で覚える。
・食事中も勉強
 よく噛む
・ニュースを見たり、雑誌を読んだり。
・耳でするものがいい?
・目覚めにもアイドリングが重要(p.110)
・タイマーつきスタンドを使って、光で目覚める。
 セロトニン、メラトニン。

記憶法
マンガを使うとよく記憶できる(要復習)
・映像の力は大きい
・記憶したいことは映像に置き換える(p.120)
・映像と単語が一対一になるようにする。
・喜怒哀楽をこめるようにする。
・ストーリーの力も大きい
・語呂合わせもいい。
・インパクトが重要。エッチなのとか。
・映像も思い浮かべる。
・記憶にはよく眠ることが大切(p.149)
・短期記憶を長期記憶にするには、よく眠ること。
・レム睡眠が重要
・最低6時間は眠りたい。出来れば7時間。

読書
・本は最初から最後まで読もうとしない。
・読むことが自己目的化してはいけない。 (学習効果が上がらなくては無意味)
・読書の下見をして、まず本の全体像をつかむ。
・ページをペラペラとめくって、軽く全体に目を通す。 (吉田氏は1ページ3秒)。
・必要な個所だけを熟読する。
・膨大な情報を取捨選択することが大切。
・ツッコミを入れながら本を読む。読書の最大の欠点は受け身であること。
・自分なりの感想を持つ
 e.g. 本「広さは3ヘクタールです」 自分「広いですね」
・最初は「凄いなー」「本当?」でよい。
・左脳(言語)、右脳(感想)、両方を活性化。
・新聞もまず眺めて、世相、時代風景のうねりを感じる。 (文字情報よりもまずレイアウト)

資格試験
資格試験では、超リアリストになる

・過去問を解いて、傾向を分析。出題者を分析。
・試験と同じ時間帯に同じ科目を勉強する。
・深夜の勉強は体内時計を狂わせるので、試験前はダメ。
・イメージトレーニングもいい。
「3日後のこの時間帯に試験を受けている。」
・コーヒー(カフェイン)を飲んで脳を活性化させるのもよい。
・ビタミン剤の中にカフェインが入っていないか、チェック
・職場の同僚や家族も味方につける。
 仕事の分量など、配慮してもらう。
 応援してもらえる。
・大学受験の参考書も使える(教養を深めるのにもよい)。
 勝利にこだわる「努力」こそが宝物である(p.204)

人脈構築
本当に大事なことは人に教わる(人脈構築)(p.208)
・人に会うと脳が幅広く活性化する。
・講演会を利用する。
・質問をして講師に食い込む。 真っ先に手をあげる。勢い良く手をあげる。
 声も大きくハイ!
・ 司会者の目を見る。 終了後の移動時に声をかけて名刺交換など。質問もする。
・電話で情報が集められる人脈づくり。
・名刺も自己PRに活用すべし。(裏面を有効活用)。
・合コンも人脈づくりに使える。
・人に教えることで自分の知識も整理され、深まる。
・勉強会で討論するのもよい。
「分かりました」はダメ。感想やまとめなどのコメントを心がける。
 他人と知識を共有するべき(教える、教わる、感動を伝える)(p.234)


700, お金の哲学ー2

2003年03月05日(水)

私の父親と家内の父親は「地方の金持ち父さん」の典型だった。
秘境旅行仲間の人も私を除いて?金持ち父さん母さんである。
 その共通点がある。
・長年をかけて、ひとつ事を成し遂げてきた。
・誠実で真面目な性格である。
・合理的な生活態度が徹している。
 −質素で堅実の塊りといってよいー
・生活の楽しみ方をしっている。
・女性関係は潔癖である。
・常に精神は安定している。
・群れる事を嫌う。

家庭にとっても、これがベースである。
家庭がしっかりしてないと、子供に何かが出てくる。
精神が不安定になったり、社会生活が苦手になる。
クラスの虐めのボスなどは100佑家庭が不和である。
全てが家庭生活、夫婦間の安定が基礎である。
離婚と家庭内離婚が半数以上というから今の子供は大変だ。
いや昔もそうか、下手に離婚できなかったからより大変だった?

話は変わるが、「普通預金に100万円以上」というのが意味深長である。
 これは「お金のたまる人たまらない人」(著者・マネーライター丸田潔)に書いて
あった内容だ。 細かい出し入れに気をつかわないで済むし、気持ちが豊かになる。
有利な運用にチャレンジするのは、普通預金に十分な資金をためた後にすべきといって
いる。サラ金も使わないで済むし、ローンもする必要もない。
今のような低金利の時は、むしろ一箇所の銀行の普通預金に潤沢なお金を入れておいた
ほうがよい。そして買物はデビットカードかゴールデンカードをつかう。
現金を持っているほうが有利の時代であるからこそ、「潤沢な現金を普通預金に」
という理屈になるのだろう。

私も定期にしないで全て普通預金である。会社に全てを投じているので
定期をするほどもないが。
でも何といっても気持ち豊かになる。

以前書いたが、私の場合は常に財布に多めのお金ー7~8万と、家内にわからないお金
(一般にはヘソクリという)がある。といって10万だが。
少し使いすぎたかなという時は、それを使う。
そうしていると反対にいつでもつかえると思うから、使わないで済む。

装置産業は、その装置がある日全くの不良資産になる可能性がある。
特に借入商売のためにデフレには非常に弱い。
これは価値が無いあるのかという自問自答の世界でもある。
話がそれた。

父は収入を土地と堅実な株(当時ー1960年頃ー電力株やガス株)に変えていた。
もっと徹底していたら、より資産形成ができたろうにと母が愚痴っていたが。
男の従業員には給料から天引預金をして、ある金額になるとガス株を買わせて、
その後自宅を造らせていた。
ベストセラーの「金持ち父さん貧乏父さん」の要約を、そのまま実行をしていた。


699,「ホームレス作家」−2 読書日記

2003年03月04日(火)


「ホームレス失格」しか読んでないので「ホームレス作家」は書評できないので、
あるホームページの書評をコピーする。

 周囲に実質ホームレス以下の人が多くいるー最下位5佑澄
周辺と家族にも見放され、誰にも認めてもらえず、数度の自殺未遂の狂言がばれ、
今もその辺を彷徨っている人間だ。
 もうじきホームページを持たない人を「ホームレス」という時代が来るだろう。

「ホームレス作家」 書評 
  ーー・・・−−
石井 英和
  評価:A
  ホ−ムレス生活を心ならずも実体験しつつ著者は、彼等の日々が
「はっきりと記すことは出来ないが、もっと切実で狂おしい何か」への渇望に満たされている
ことを発見する。人類が太古の闇に捨ててきた筈の、恐怖の叫びに満たされた心の地獄。
その底へ落ちてゆきたいという倒錯した欲望が、実は万人の心の底にある。
だから人間は、無理矢理発明した「社会のシステム」を機能させ、それにすがって、
やっとのことで命脈を保ってきた。システムのほころびにはまりこんだ著者は、
「自分は作家失格?夫失格?なおかつ浮浪者失格?」と律儀に自問を繰り返しつつ彷徨い、
この手記をものにする。その視線の先、欠陥だらけの生を送る人間たちとその社会は、
いつかもの悲しいコメディの様相を呈し始める。
世界は実は、一個の壊れたオモチャなのだと知らしめてくれる書。

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  今井 義男
  評価:B
  本書をホームレスの一般論として読むのは適当ではない。著者は現役の作家であり、
原稿を書く環境が整い、それを買い取る出版社があれば収入が見込めるのだ。
現にこうして本が出ている。住居を失ったとはいえ家族は施設で保護され、
なにかと気にかけてくれる人もいる。他のホームレスに比べればずいぶんと状況はマシである。
したがって、大変な事態には違いないのだろうが、著者の苦闘ぶりはどこか仮の姿のようで
あまり深刻な印象はない。本文中ボランティアや宗教関係者に対する強固な偏見が見受けられる。
他人が口をはさむ性質のものではないが、彼らがいなければ明日にでも生死にかかわる人たちが
いることにも目を向けてほしい。もの書きならなおさらである。本筋とは離れるが、
著者が三日でクビになったバイト先の<共同出版>の話は実に興味深い。
色んな商売があるものだ。

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  唐木 幸子
  評価:A
  この著者は前の年の年収が500万円、通常は1000万円の年収があったという作家だ。
妻子を養うに充分な収入だと私は思う。それでも、こんなにあっけなくホームレスになるのだ。
最近は、ホームレスになる恐怖にサラリーマンでもさらされている。
私だって23年間も月給を貰うのが当たり前の暮らしだが、そういう心配が全くないとは言えない。
でも本著を読んで私は学んだぞ。例えそういう事態になったとしても、
他のホームレスの人々と寄り集まって酒盛りだけはしない。酒を飲む金があったら、
体の汚れや臭いを落とすことに使う。ここが著者が再び社会に戻って来れた分岐点だ。
それにしても居丈高に登場しては著者を貶めるケースワーカーの女は本当に腹立たしい。
このように無知で程度の悪い人間を取り立てる行政は、一体、何の積りなのだ。
こんなのにも負けず、よく頑張ったなあ、この著者。今、どうしているんだろう。
この本が売れて、ちゃんとアパート借りて、奥さんや、あの可愛い娘、産まれた赤ちゃんと一緒に
暮らせていますように。待てよ、そうするとまたホームレスへと…。

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  阪本 直子
  評価:A
  ホームレス作家は、ホームレスではない。金と住む所のない作家、なのだ。
金も住む所もない人間は、普通の人の群れの中には入れない。他人が見てそうと気づかなくても、
彼自身が常に強くそのことを意識し続けざるを得ないのだ。
しかし彼は、ホームレスの群れの中にも入れない。だからホームレス作家は全く一人で、
真冬に夜通し歩き続ける。歩いていなければ、凍死するしかないから。
この本に書かれているのは今年2001年の、本当につい最近の出来事だ。ハードカバーの本だけれど、
雑誌に載る告白手記に近いような生々しさがある。告白手記というものの大概は、
文章を書くことを生業としていない人が書くものなので、殆どの場合、内容はともかくも文章
それ自体は大したことがない。ところが本書の場合はプロの物書きの手記な訳で、
その臨場感はただごとではない。真冬の都会の底冷えが背中に這い上がってくる。

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  谷家 幸子
  評価:A
この本を読み終わった直後、空腹を覚えた私は、コンビニに何か買いに行こうと思って
財布を探した。すると、いつも使っているバッグの中に見当たらない。あれっと思って、
部屋のあちこちを順に見ていったが、やはりない。
ちなみに、そのとき財布の中には珍しく7,8万入っていた。
そして、このとき私を襲った感情は、「恐怖」と呼ぶべきものだった。
つまり、軽いパニック状態に陥ったのである。
しばらくの間、文字通り部屋の中を右往左往した挙句、財布は無事みつかったが、
それにしてもこのときのうろたえぶりは、この作品のもつ強烈なリアリティ抜きには説明しにくい。
瞬間ではあるが、私は心底怖かったのだから。自身の、路上生活者へと到る顛末と、
その日々の実態や感情の揺れ動きを克明に描いたこれは、「ノンフィクション」
などという言葉では表しきれない凄絶さを持つ。必読の一冊だ。

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「ホームレス失格」書評と概要

−あの「ホームレス作家」の第二弾です。以前、本サイトでもご紹介しましたよね。
 普通に考えると、「そうか、あの企画、当たったもんな。ここは柳のしたにドジョウが
 7匹いる出版界だから、この路線でまた売るんだな」と考えてしまいますが、そうじゃないんです。
 この人、ホントは「連帯保証人」という作品を書いてたんです。
 ところが、これが終盤まで書いてどうも筆が進まない。編集者からは、
 「ホームレス作家という作品はたまたま書けただけで、もう、あなた、書けないんじゃないですか?」
 と言われる始末。でも、そうじゃなかったんです。
 「じりじりするようなリアリティ」が感じられなかったんですね。だから、どうしても乗れない。
 そんな自分を感じていたわけですね。

 では、じりじりするようなリアリティというのはどんなことか?
 それを述べる前に、この人が「ホームレス作家」という作品を出す前、
 出した後の状況変化について話しておきましょう。
 まず、出す前。文字通り、ホームレスでした。夜中の一時半から五時まで、吉祥寺界隈を
 歩き回っていたといいます。そして、始発と同時にホームに入る。 
 そうすれば、暖が取れますからね。食べるものもない。借金や食べ物を頼むと、説教だけされる。
 そんな毎日だったそうです。
 奥さんは子供を連れて出奔してしまいます。「貧乏はもう嫌だ」というわけです。
 小さい子供とお腹に第二子を孕んだ奥さんが頼るのは生活保護しかありません。
 それで、新宿、品川と流れていくんです。

 さて、出版後です。この企画は当たりました。
 出版と同時にテレビで再現ドキュメントなどが放送されるなど、社会的な注目も浴びました。
 しかも初版4万部ですよ。こんな数字は堺屋太一さんでもありませんよ。印税が600万円。 
 このお金があれば、ホームレスから足が洗えます。 
 実際、この人も版元の社長の紹介で家賃5万円のアパートを借りられたんです。
 一年分前払いです。まだまだ残る・・・と思うでしょ?
 ところが、数カ月すると、せっかく買ったテレビやプリンタを売りに行く始末。
 どうしてか?
 
 前に住んで自治体から請求が山のように来たんですね。市民税、健康保険、その他、
 そに個人から借りた返済もある。テレビを見たサラ金から、再び、請求が来る。
 あれこれ払ってると、もう手持ちが数十万円しかない。それだけではありません。
 もっともかかった費用。それは3人の弁護士に払った費用なんです。

 どうして、弁護士など雇ったのか。
 それは品川区の社会福祉部の横暴に対して、個人ではどうすることもできず、
 区議会議員や弁護士で対抗せざるをえなくなったからです。
 しかし、行政というのは勝手なもんですね。担当者は自己保身ばかりが先に立ち、
 てんで市民のことなど考えない。
 市民を騙し、区議会議員まで騙し、それで顔色一つ変えない。
 個性というか、人間性もない、機械のような、仮面をかぶった人たちなんですね。
 おかげで、これだけの印税収入が入ったのに、親子で暮らせないんですよ。
 会わせてもくれない。考えられます?
 それが法律上のことではなく、一担当者、一組織の見解として、邪魔するんですね。
 その理由は?
 どうも、法律違反をして、問題視されることを恐れて、隠しに隠す。
 そう、外務省や警察と同じです。公務員というのは、どうしようもない人種のようですな。
 ホームレスから脱出できた幸福感というか、安心感。
 そして、奥さんと子供たちと暮らせないという空虚。この二つの間を、著者は何度も
 行ったり来たり。「たしかに、この日、私は定住の場を回復して、ハウスレスではなくなった。
 しかし、ホームという言葉が家族の存在を前提とするのだとしたら、
 私はまだホームレスの状態を脱したわけではになかった。そして、これから先も長く、
 この状況を続けなければならないことを、このときの私は知りもしなかったのだ」

 このじりじりするようなリアリティを先に書きたい、そんな魂の叫びが随所に感じられる一冊。


698, 「都都逸」の世界

2003年03月03日(月)

 
・信州信濃のしん蕎麦よりも わたしゃあなたのそばがよい
・女房にいえない仏ができて 秋の彼岸のまわり道
・嫌なお方の親切よりも、好いたお方の無理が良い
・好きと嫌いとどれほど違う 命ただやるほど違う
若い頃に、このような都都逸を知りよく口ずさんでいた。
今でも「その味わいに感激した」のが印象に深く残っている。
7~8年前まで、いまは亡くなったが、近くの不動産の社長と
古町の料理屋で、芸者を上げて彼が都都逸を歌っていた。
なんともいえない雰囲気と味があった。
十数年通ったか?

インターネットで調べてみたらもっともっと味がある都都逸がでてきた。
何ともいえない味がする。そろそろ小唄か都都逸を年増のお師匠さんの
ところに習いにいく歳になってきたのか?
芸者でも上げて座敷で歌ったらおつなものだろう。

・都々逸は「七七七五」の二十六字詩。どどいつの起源は、寛政十二年(1800)
名古屋の宿場遊里・東海道宮の宿のお仲という熟女が唄い始め、三十余年
経て東漸したというのが定説である。
名古屋市熱田区伝馬町裁断橋のそばに「都々逸発祥之地」の石碑がある。
その囃し詞 から、どどいつ節といわれる様になったという。

  ・・・。。・・・
・お酒飲む人しんから可愛い    
           飲んでくだまきゃなお可愛い
・淋しがりや一本提げて
           淋しがりやに逢いにくる
・私にはしらふで言わせてそのくせずるい
           あなたはお酒に言わせてる
・可愛い女の寝顔にただの
           水がしみじみうまい夜
・あの人のどこがいいかと尋ねるひとに
           どこが悪いと問い返す
・弱虫がたった一言ちいちゃな声で
           捨てちゃいやよいった晩
・9分と9分と互いに許した心と口に
           はっきりいえないあと一分
・朝から嬉しく立つ茶柱に
           逢える布団を陽にあてる
・酒の相手に遊びの相手
           苦労しとげて茶の相手

・・更に・・
・赤い顔してお酒を飲んで 今朝の勘定で青くなる

・諦めましたよ どう諦めた 諦めきれぬと諦めた(伝:都々逸坊扇歌作)

・あついあついと言われた仲も 三月せぬ間にあきがくる

・色はよけれど深山の紅葉 あきという字が気にかかる

・色が黒うて惚れ手がなけりゃ 山のカラスは後家ばかり

・入れてもらえば気持ちはいいが ほんに気がねなもらい風呂

・梅も嫌いよ桜も嫌よ ももとももとの間(あい)がいい

・うちの亭主と炬燵の柱 なくてはならぬがあって邪魔

・団扇づかいもお客によりて あおり出すのと招くのと

・浮気うぐいす梅をばじらし わざと隣りの桃に咲く

・嬉しい首尾したそのあくる日は 仕事出しても手につかぬ

・岡惚れ三年 本惚れ三月 想い遂げたは三分間

・親の気に入り私も惚れる 粋で律義な人はない

・帯も出来たし箪笥も出来た そろそろ旦那と別れよか

・面白いときゃお前とふたり 苦労するときゃわしひとり

・おまはんの返事一つでこの剃刀が 喉へ行くやら眉へやら

・岡惚れしたのは私が先よ 手出ししたのは主が先

・逢うて心のくもりも晴れて ふたり眺める 蚊帳の月

・重くなるとも持つ手は二人 傘に降れ降れ 夜の雪

・鬼が餅つきゃ閻魔がこねる そばで地蔵が なめたがる

・可愛いお方に謎かけられて 解かざぁなるまい しゅすの帯

・顔見りゃ苦労を忘れるような 人がありゃこそ 苦労する

・君は吉野の千本桜 色香よけれど、きが多い

・君は野に咲くアザミの花よ 見ればやさしや 寄ればさす

・遅い帰りをかれこれ言わぬ 女房の笑顔の気味悪さ

・おろすわさびと恋路の意見 きけばきくほど涙出る

・お名は申さぬ一座の中に 命あげたい方がいる

・重い体を身にひきうけて 抜くに抜かれぬ 腕枕

・逢うたその日の心になって 逢わぬこの日も暮らしたい

・酒は飲みとげ浮気はしとげ 儘(まま)に長生きし遂げたい

・白だ黒だと喧嘩はおよし、白という字も墨で書く

・末はたもとを絞るとしらで 濡れてみたさの 春の雨
(伝:陸奥宗光作)

・すねてかたよる布団のはずれ 惚れたほうから機嫌とる

・千両万両の金には惚れぬ お前一人にわしゃ惚れた

・添うて苦労は覚悟だけれど 添わぬ先からこの苦労

・便りあるかと聞かれる度に 別れましたと言うつらさ

・猪口々々(チョクチョク)逢う夜を一つに纏め徳利(トックリ)話がしてみたい

・出来たようだと心で察し 尻に手をやる 徳利

・主と私は玉子の中よ わたしゃ白身で、きみを抱く

・花は咲いても身は山吹よ ほんに身になる人がない

・ひとりで差したる唐傘なれば 片袖濡れよう筈がない

・惚れた数から振られた数を引けば、女房が残るだけ

・惚れて通えば千里も一里、逢わで帰ればまた千里

・惚れさせ上手なあなたのくせに あきらめさせるの下手な方

・枕出せとはつれない言葉 そばにある膝知りながら

・ゆうべしたのが 今朝まで痛い 二度とするまい、箱枕

・横に寝かせて枕をさせて 指で楽しむ、琴の糸

・よその夢見る浮気な主に 貸して口惜しい、膝枕

・わたしゃお前に火事場の纏 振られながらも、熱くなる

・面白いときゃお前とふたり、苦労するときゃわしひとり

・おまはんの返事一つでこの剃刀が、喉へ行くやら眉へやら

・岡惚れしたのは私が先よ、手出ししたのは主が先

・逢うて心のくもりも晴れて、ふたり眺める 蚊帳の月

・重くなるとも持つ手は二人、傘に降れ降れ 夜の雪

・鬼が餅つきゃ閻魔がこねる、そばで地蔵が なめたがる

・可愛いお方に謎かけられて 解かざぁなるまい、しゅすの帯

・顔見りゃ苦労を忘れるような 人がありゃこそ、苦労する

・君は吉野の千本桜 色香よけれど、きが多い

・君は野に咲くアザミの花よ 見ればやさしや、寄ればさす

・・・・・・・・・・・・・・
http://www.ne.jp/asahi/rokusekitei/kamigata/doditu.html


697, ルーツー2(縦人脈)

2003年03月02日(日)

ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって
富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。
上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という
出城の城主であった。
 謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の
片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。
その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。
一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。

その後、そこで百姓をしていたようだ。
ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、関西ー富山ー新井
ー小千谷ー長岡の流れがある。
また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって変わってきている。
金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。
その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」であった。

その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。
上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。
長岡は10あるかないかで、新潟市では数人しかいない。

20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。
車を止めて、そこから独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない
気持ちになった。
何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ〜という感覚で、何かオーラに包まれたような
気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。
そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。
人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。

家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。
それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。


696, ルーツ −1

2003年03月01日(土)

自分のルーツを探って行けば、宇宙のビッグバンにいきあたる。
生物の起源、動物の起源、人間の起源、日本人の起源、そして家系になる。
家系は最近になって「家」の崩壊が始まっている。
佐藤愛子の「家系」が数年前にベストセラーになった。
10数年前にアメリカでも、ある黒人のルーツ探しのTV映画
が放映されて、ルーツ探しがブームになった。

私の家の家系の話をしてみる。
30数年前に父のところに遠い親戚の変わった?おじいさんが訪ねてきた。
「自分ー堀井のルーツを調べたいのだが、小千谷に郷土研究家から詳しい事を調べたい。そのためにはまとまったお金が必要だ。資金援助をしてくれ」
とのことだった。
その場で断ったが、父は「自分が調べて解ったら教える」と約束した。
そしてその小千谷の郷土研究家のところに行って調べてもらった。
そのコピーを子供たちや親戚に配った。勿論私も貰って手元に今もある。

実家の店の屋号が「池津屋」で、道具屋を戦前までしていた。
父は「山本五十六」や「ツガミ社長の津上退助」や「野本互尊」との付き合いがあった。戦前戦後と長岡ではこの「屋号」は老舗として一目置かれていた。
母が実家に嫁いだ時の資産が八萬円だったというから、地方ではミニ資産家
だったようだ。

小千谷の近郊に「池津」の村があり今でも30代続いている「大本の本家」がある。その時に両親が訪ねて行ったと聞いた。
幕末にある先祖が長岡に出てきて古道具屋を開いた。
その孫娘が婿をとって、分家の道具屋を開いたのが2代前の祖父祖母である。本家筋はもう商売を7〜80年前にやめた。
両親は戦争中に道具屋から仏壇屋に転進、戦死が多く大繁盛したという。
           
                          続く

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