堀井On-Line



667, 「成功する読書日記」-読書日記

2003年01月31日(金)

読書日記帳の基本パターンは

・署名   成功する読書日記
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・
・著者名  鹿島茂
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・
・出版社  文芸春秋
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・
・刊行年 2002年 10月10日
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・
・買った・借りた日付け   1月19日
          ・・・・・・・・・・・・・
・定価(本体  1429 円+税)
             ・・・・・・・・・・
・買ったところ  長岡中央図書館
      ・・・・・・・・・・・・・・
・読んだところ 新幹線
      ・・・・・・・・・・・・・・
・評点   ☆☆☆
      ・・・・・・・・・・・・・・・

 
・引用・レジュメ


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・コメント


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ーこの本の引用とレジェメー
これに、書き込んでファイルに溜め込む。
大学ノートに一冊読んだごとに書き込めばよい。
引用やコメントは初めは無理して書なくてよい、そのうちに自然と
書き込むようになる。

とりあえずこれを続けることに意味がある。
・量がたまってきたら,しめたものである。
・その為には無理をしないで、事務的に書き続けることだ
・遭遇時情報も大事である。
 新聞で見つけて買ったとか、図書館で何時借りて何時返したとか。
・その評価の☆とりも大事の一つ
・レジュメー特に自分がここが印象的という主観でよいから
 書き留めることー写す
・本選びは、自分の気に入った本屋を数軒決めて、定期的に行くこと。 
 図書館もだ。
・トイレ、書斎・居間・通勤電車などの本を、そのつど決めておく
・飛ばし読みOK


これを続けていくと、たんに読んだ本を書きとめているより、むしろ
「収集」しているのではないかという感覚になる。
ある程度の量になるとそれがジャンル別になってくる。
そうすると体系化への志向が生まれ、、それ自身が意思を持ち始める。
コレクション的になってきて喜びが生まれてくる。


読書日記や映画日記を続けていると、何時しか、コレクションが
「開かれる」という現象が起こってくる。
一つに集中していたジャンルに、ある日そこに夾雑物が混じりこんできて、
その夾雑物が次のジャンルを導く。これが繰り返されて色々なジャンルが
できると、ジャンルそのものの比較検討が可能になる。
SF小説、冒険小説、推理小説、時代小説などなど。
そのジャンル相互の類似と差異が目に付くようになる。
そして「小説」そのものについて、批評意識を抱くにいたります。

量がある域を超えると、「質」という問題を意識にのぼらせる様になる。
この量を超えて「質」を掴めたということは,そのまま「抽象」
を行ったことを意味する。
「量」というのは、思っているよりはるかに重要である。
これを軽んじるものは「質」で躓く。
「量」をこなしてない批評家は信用できない。
随想日記を書き続けていて、その感覚は解る。

 理想をいえばー
自分では一切本を持たないで、図書館の本を徹底的に利用することである。
図書館から借りてきた本から必要部分をすべて引用しておき、読書ノートを
書庫代わりにすることだ。但し図書館がすぐ近くにあることが条件だ。

・・・・・・・・・
ーコメントー

以上が大体のこの本のレジェメだ。
これを読んでいて、私の旅行に似ているのに驚いた。
アフリカ大陸、ユーラシア、南米、インド・シルクロード、
オセアニア、イスラム世界といつの間にかジャンルができてしまう。
そして今度はどこのジャンルのどこにしようかという見方で
選択を始める。

そしてジャンルー南米とアフリカの類似と差異を見たり、
アフリカだったら、ケニアとタンザニアの差異と類似が見えてくる。
その為には、とりあえずある量ー回数をこなさなければならない。

この本を読んでいて、何でこれだけ量を読んでいながら読書日記や
映画日記をつけなかったか今更悔やまれる。
こういう本の存在を見つけられなかったからだ。
実際に何回か挑戦したが、ノートに引用しているうちに、書く事に
気をとられてしまい、そのマイナスが大きく足を引っ張ってしまった。
でも、読んだ本と、著者、出版社、買った動機、借りた図書館、
日時位とちょっとしたコメントは書けたはずである。

この習慣は必ず身につけることを誓う!!


666,「読書・映画日記」

2003年01月30日(木)

月に2〜3回はまったく何を書いてよいか呆然とする。
逆に言えば9割がたは何か書くことを抱えていることになるが,
実はそうではない。
従って常に何を書いてよいかアンテナを張っている。
これが一番のプラスの要素になる。
本当のところ止めてしまおうかと数ヶ月に一回の割合で考えてしまう。
特に冬の散歩ができないときは、発想が枯渇してしまう。

好きで書いているから続けられるが、仕事や強制されたものであったら
苦痛は数倍になる。
毎日書き続けていると考えていることが平易に表現できるようになる。
20人か30人に向かって話しかけているとイメージして、楽しんで
書いているのも事実である。

書いているとプロの凄さが見えてくる。それはキャリアの絶対量の差からくる。
仕事にして売れなくては食べていけない、ぎりぎりの状態から来るものだろう。
時間とともに深く広くなっていくのは当然の事だ。
しかしあるところを突き抜けてしまえば面白いだろう。

今度からこの随想日記に「読書・映画日記」を取り入れることにした。
直近に読んだ本と映画のタイトルとレジェメやコメントを書けば、
下手なテーマより内容が充実するし、テーマが枯渇した時などよい。。
実際もう既に「4行日記」と「日本経済の破断界」を書いている。
次は「成功する読書日記」である。
この本がヒントになったが。


665, 連れ合いーつり合い

2003年01月29日(水)

以前ある大手の人事部長に「人の見分ける一番の虎の巻はあるのですか?」
と聞いたことがあった。
「奥さんを見れば、ほぼその人が解る!」
「なるほどな〜、下手な相手とは結婚できないんだ!」
25歳の金沢時代だった。

考えてみれば、その人レベルの相手と結婚するものだ。
酒に酔って思わず「出来ちゃった婚」もあるが、その程度のレベルだ。
知人の長男がそれで結婚し子供ができたが、嫁はもともとの男と
逃げてしまったと聞いた。
養子にして育てているが張り合いができて毎日が楽しいとか。

ある知人の奥さんが子供ができた後、子供が病気になって血液検査の
をしたら何と父親が違っていたとか。奥さんは子供を連れて蒸発
したという話を他の人から聞いた。
「事実は小説より奇」というが、正しく色いろあるものだ。

結婚相手を選ぶということは、人間にとっての最大の決断である。
失敗確率が30数佑世ら、当たり外れは実際に結婚してみなくては
解らない。お互いの家庭環境に違いもあるし、隠された過去もあるだろうし。

私が独身の時は「家柄ー両親、人柄、学歴、センス、相性」の5項目を
分けてそれぞれを20点として合計100点で判断していた。
でもこれ嫌な感じがするが、一生のスパンで考えると野球の戦力分析に似ている。
やはりバランスがとれていたほうがよい。長い人生このアンバランス
が必ず出てくる。
ある知人が結婚の相談に来たので、この判断基準を教えてやったら相手の全てが
80以上であった。納得して結婚したが離婚をしてしまった。
資産家のお嬢様で商売系の家に入ってしまった為か馴染めなかったようだ。
あとは本人しだいという事だ。

割れ鍋にとじ蓋というが、金鍋に金蓋というものもあってよいものを。
あのクリントン元大統領をみると一見金鍋に見えたが、やはり割れ金鍋に
とじブタだ、いや金蓋か?

本論に戻るが独身時代、恋愛と事業を立ち上げの両立は無理と経験上?
判断をしていた。そしてここで結婚をしなくてはというタイミングに家内
の話しがあり、自分の目で5項目とも80佑犯獣任靴拭
その判断が正しかったかどうかはいまだ解らない?世の男は全てそうだ
ろうが。
「結婚をしてから大体ー事業も家庭も上手くいっている?また後悔をしてない
のだから良しにしよう!」と自分に言い聞かせている。
家内もそうだろうが??


664, 「日本経済の破断界」

2003年01月28日(火)

十数年前から日本経済の破滅を言い切ってきた元三菱総研専務ー高橋乗宣の
本のタイトルである。
去年の秋に新潟の紀伊国屋で買おうかどうか迷って買わなかった本を
図書館で先日借りてきた。

ー要約を書くとー

・日本経済が凋落した原因を、「ニクソン・ショック」としている。 
 今になって世界機軸通貨のドルが暴落して騒いでいるが、ニクソン・ショック
 の時点で終わっていた。

・アメリカがIMF体制をつくった当初、世界の金保有量の66佑鯤殕していた。
 アメリカは35ドル1トロイオンスの金の交換ルートでIMF体制をつくった。
 その体制の前にどこの国もドルを欲しがった。それを利用してドルをばら撒いた。
 ドルをばら撒く事がプラスに働いた。
 ドルが機軸である限り必ずアメリカへ戻ってきた。
 
・ところがドルを手にしてもアメリカ製品を必ずしも買わなくなった。
 日本やドイツが製品をより良く安く売り出したためだ。
 それが日本やドイツを中心に溜まりだした。
 それと同時にベトナム戦争でつかったドルが更にヨーロッパや
 アジアに流れていった。
 それが外国に山のように溜まり、アメリカの公的準備金が激減しだした。
 ヨーロッパやアジアの国は金を持ちたがる傾向にある。
 アメリカの金が減りだし、発行した金の交換量をはるかに超えてしまった。 
 それがドル危機である。たび重なるドル危機で1971年に金とドルの交換を
 停止する宣言をする。これの意味が深いのだ。

・資本主義は、金を通貨の基準でなり立っている。
 その瞬間、ヨーロッパ諸国は固定的な為替関係を放棄した。
 しかし日本だけは一週間にわたり、一ドル360円のレートを守ろうとした。
 大失態だった。すぐに固定相場を放棄せざるを得なかった。
 ヨーロッパとくにイギリスのサッチャーはロンドンのシティーを開放し、
 金融のウインブルドン化を行った。
 日本は10年かけて金利の自由化を図ったが、市場にゆだねるための規制撤廃
 は一切行わなかった。いまだに当座預金のペイオフすら延期するような幼稚な
 レベルで留まっている。最悪である。市場主義の流れさえ全く理解してない国民
 と政治家のレベルを露呈してしまった。

・過去の資本主義の最終段階に入っているが、日本は小手先の自民党の最終漫才
 の自己逃避に国民もなすすべもない。自民党はその寄生ー規制で潤っている
 業界から献金を受けている為、規制撤廃ができないのだ。
 なすべき決断を下さず、実行せず、もう大丈夫、もう大丈夫と繰り返していると、
 市場はある日突然、暴力的になる。市場の「自己矯正メカニジム」が働く。
 この先送りのツケが必ず来る。
 シートベルトをしっかり締めつけ、下げた頭を両手で抱えるー飛行機のハード
 ランニングが始まる。まずは2003年の3月がどうなる事か??
 先延ばしの典型のダイエーが最終の失敗の露呈を始めた。
 ーーーーー
 
以上が大体の私がまとめた本の要旨だ。

ほぼ大筋は外れてはいない。まずはこの3月がどうなる事か。
イラク戦争と朝鮮戦争をどうこなしていくかが問題だ。
この国の民度ー自民党のあのパフォーマンスー自己逃避をしているレベルを
民度というのだ。

それも仕方がないのか奴隷国家ー西アフリカの奴隷国家以下の現状。
自民党は歴史に残る劣悪政党だ!その猿芝居を信じているのが今の日本だ。
あの歴史的国辱の彼等が
「我々自民の主流派の定義は国家の行き先を真に考えているかどうかにある。
我々は先行きを真剣に考えている故に主流派という」
とのたまっている。

万死にあたいする劣悪集団が、こうも脳が狂ってのたまう。
彼らはいう「自分たちは、こういう劇場政治にとっての生贄だ」
ゴミのー盗人の最後の泣き言だ。
「盗人に三分の利?」いい加減にしろと言いたい。

おそらくこの文章は、私のまだ見ぬ孫や曾孫が見ると思うが
「私の時代にこの劣悪集団と子狐どもが貴方の時代と同じようにいたと、
タイムマシーンのように時空を超えて伝えたかった」という事だ。
如何でもよいことだが。

 


663, 小売業売上げの推移

2003年01月27日(月)


朝日新聞の経済欄で、百貨店とスーパーの「既存店の売り上げ」
が6年連続前年割れと出ていた。
グラフで見る限りの6年間のダウンの数字合計が約20佑任△辰拭
これを見る限り既存店の多くの店が赤字という事になる。
それも開店した2年目からの店と、勝ち残っている店の平均値である。
これではスーパーなどは新規の店を出し続けないと維持できない。
百貨店は老人狙いやの詐欺商法!!やブランド商法で何とか数字を
つくっている?

大雑把にいえば、デフレの値下がりに比例しているともいえる。
ここにきて更に10涌幣紊稜笋蠑紊殴瀬Ε鵑箸いΔら、
殆ど限界を超えている。厳しい中どうしているのだろうか?
他人事でないが。うがった見方をすればあくまで発表している数字、
実際はこんなものでないはずである。

業種は違うが、街中で見かける自動車の主体が「軽自動車」になった。
以前はマイナーの立場で、スズキやダイハツが隙間を狙い特化していたが、
今や大手の売れ筋の主流になっている。
一台あたりの単価が大きく下がっている。
総売上は大幅に下がっているはずだ。

医療費の3割負担や実質賃金ダウンで更に財布を締めるのは当然のこと。
更にイラク戦争や朝鮮半島の緊張が高まれば、消費に更に水をかける事になる。
何がおきてもおかしくない事態になってきた。
恐慌はそれまでの売り上げの7割まで下がるそうだ。
その事態になった時の体力が、弱体した日本に残っているか心配だ。

マクロの経済政治を考えると、マイナスしか考えられないのが現状である。


662,  「他人の血で自分の傷口を洗うな!」

2003年01月26日(日)

この言葉を初めて聞いた時、その意味をしばし考えてしまった。
相手を傷つけてしまう事は「何らかの意味で自分の問題を相手に投影
してしまった」という事でないか。

いじめっ子は家庭の不和の子が大部分だ。
そのトバッチリを学校で弱い相手を捜して攻撃する卑劣の行為だ。
これが「他人の血で自分の傷口を洗おうとする行為」の典型だ。
あと戦前の日本軍の古参兵の新兵虐めもそうだった。
「新兵の時の虐めをやりかえす」という行為で傷口を洗っている愚劣の行為だ。
必要悪の部分もあるが。

傷ついて膿を心に持っている精神症(精神病)の人も、その苦しさの
あまり血の匂い嗅ぎつける。
「自分の人生失敗だった」という敗残者もこういう傾向が強い。
精神に深い傷を持っている。

といって正常の人でも、誰でもその傾向はある。
その軽い症状が「他人の噂しか話す内容を持たない人種」だ。
教養を積んでこなかったオバちゃんだ。男ー子狐もいるが。

これには大きな落とし穴がある。
他人の血で傷を洗うという事は、その傷を目先癒すが
逆にどんどん傷を深くし、さらに黴菌が入ってくる。
それこそ「無知の涙」である。

他人の事といっていられない自分の問題だ。
誰もが心の傷を持って知らないうちに他人を傷つけている。
そして傷つけてきた??・・!!
それに気がついているかどうかのだが。

「恨んだ相手は高いびき」
その相手になっているのではなかろうか?


661,イチロウ−3

2003年01月25日(土)

彼の話は過去に2回書いている。
一つは、数字を書いたテニスボールをマシーン2百数十舛播蠅温ませ
見きわめる練習。いま一つは、小学生の時の日記だ。

最近ある新聞のスポーツ欄にイチローが連載していた中で、印象的だった内容が
あった。ーアメリカの1のピッチャーと対戦した時の話だ。
「癸韻療蠎蠅里箸は、決め球を避けて失投を待つ。
自分は違う、彼の一番の決め球を待った。
投手は決め球を投げるために投球を組み立ててくる。
勿論バッターはそれを知っていて他の球を打とうとする。
自分はそんな球に興味はない。ただひたすら決め球を待った。
そしてやっと来た、そしてそれを打った。」
超一流の選手でなくてはいえない言葉である。
具体的に1球目、二球目と全てのボールを憶えていて書いていた。

その球を打つために何回も投手のビデオを見て、タイミングや組立てを
熟知したうえに練習を重ねた言葉である。
彼の言葉から感じるのは、練習の裏づけと情報とロジックである。
その場面をきっちり理路整然と説明できて至極当たり前である。
右脳ーイメージと、左脳ー言語構造が両方交互に全開している状態である。
やはり天才であろう。
自分でも天才かもしれないと書いていた。

あらゆる場面のことを明確に記憶をしていて、イメージとしても脳に残っている。
やはり集中力が異常に高いのだろう。
柔道の山下の講演で同じような事をいっていた。
「相手の一瞬の動きに身体が瞬時に対応するまで練習をする。
考えてできるものではない。全ての行為は練習で完璧に出来上がっている。」
天才いや超一流の所以は、そこまで練習での基礎のレベルが高いという事だ。
凡人はそこが見えない。


660, 夢のない話

2003年01月24日(金)

ツアー旅行をしてると、添乗員から色々な面白い話を聞ける。
ネパール旅行の時の30歳位の女性の添乗員の話が印象的だった。

新婚ツアーの添乗が凄いという。
お互いの旦那のランクが時間とともに、お互いに解るという。
それと女の自分達の評価も見えてくる。
そうするとナンバーワンの旦那に皆が憧れを持つ。
そういう心理が見ていて何とも面白いという。

成田離婚など当然の事。
お互いにこんな筈でなかったと冷めて激しい喧嘩が始まる。
数組が本当に成田離婚になるという。
二組のカップルがお互いの相手を好きになって、編成替えをしてしまった
ケースもあったとか。これにはさすがに驚いたという。

添乗でいろいろなカップルを見ていると、結婚だけはしたくなくなると
言っていたのが印象に残っている。
底の浅い男女が表面的なものでお互い結ぶついているのが、露出
して見えるからだ。

そのまま小説になるような題材だ。
サ??のついたオスメスの集団を束ねていくのだから、
これほど人間の生態として面白いものはないだろう。
今は3組に一組は離婚する時代だ。

30年近く前の勤めていた時の話だが、結婚しているはずの人が
駅でオニギリを食べていた。何気なく冗談で「かみさんに逃げられたの?」
と聞いた。本人「・・・・・・」
数ヶ月後、その人が離婚した事を聞いたが後の祭りである。
いろいろある。

「毎日こうもくだらん事をよくかけるな!」という声が聞こえてきそうだ!


659, 人間-女心

2003年01月23日(木)

ー宗親流に書いてみるー

人間の心ほど、いや自分の心ほど面白いものは無いね。
単純で複雑で自分でもコントロールが不可能なものだね。
だからノイローゼになるんだろうな。
それにさ男女の下が絡んでくるからね。
 「女の身体の真ん中辺にシンショぶっちゃる穴がある」
という都都逸があるがね。これを即興でつくりかえるとこうなるよ。
 「男の身体の真ん中辺に陸釣り用の竿がある」
 少し品が無いね!

暇だからさ女という生き物について書いてみるね。
あれほど割り切ってみると単純で可愛い生き物はないよ。
姉が4人もいて、女の職場にいた為に鍛えられたね。
この単純でかわいい存在に。
要するにエゴの塊、これも生理からきているからね。
いつもある姉に言われていたね。
「女なんてね、やられる振りしてやる動物なんだから気をつけな!」
ってね。

女を制すれば世界を制することができるというが、性欲がそれを
鈍らしてしまうんだよ。
女は知っているんだ人間をね、男と比べたら数倍もね。
初めは大人しくしていて、段々図々しくなっていく仕方。
あれは戦術なのか戦略なのか?両方だろうがね。

単独に彼女と接するときは真摯に徹すること。
複数を対象にした時はエテコウー猿のレベルと割り切ることだよ。
泣いているときは、一緒に泣いてやるのさ。
笑っているときは、一緒に笑ってやるの。
合わせ鏡に自分をしてしまうのさ。
彼女たちは、長い時間の中で知恵を持っているのさ。
男の甘さの嗅覚を。だから真っ当に相手にしては駄目だよ。

昔からいうだろ
「怒れば泣く、甘やかせればつけ上がる、殺せば化けて出る」
これ本当だよ。
でもねあつかう時はね「怒り、甘やかせ、褒め殺しにしなくてはね。
理屈じゃないんだから。でも好きだね女。

まあこんなところが大体の男の視点!
じゃあまたね。             − 宗親


658, 躁鬱について

2003年01月22日(水)


人間は躁鬱質か分裂質かどちらかか、その中間を浮いている存在だ。
そのコントロールが利かなくなって第三者に迷惑をかけたり、
抜け出れないのが精神病になる。
束ねている元が壊れてしまうと精神病か。

北杜夫は躁鬱で有名だ。
彼の随筆を読むと面白い。
彼の場合鬱が長く、躁は短いタイプという。

自分のことを書ているから、彼の躁鬱の話が面白い。
躁はある説によると、子供に帰ってしまう事だという。
そうー躁すると未来志向になってしまう。
欝は逆に過去に向かって沈むことをいう。

大体沈んでいる時は、過去の嫌なことをや嫌な人間に囚われている時だ。
うきうきしている時は、何か明日や将来の楽しみを考えている状態だ。
過去の楽しい状態を考えていることは少ない。
その意味で躁は未来志向の時で、鬱は過去に向かっている時というのは肯ける。

身近に万年鬱が数人いるが、急に20年前の恨みつらみの電話をする。
電話を受けた人は、ただ驚愕をする。

万年躁の人もいる、躁仮面をかぶっているだけかも知れないが。
ある自殺未遂三回の人は鬱の人だ。悪臭が周辺に漂っている。
自分に甘い人で、周辺に甘さからくる膿をばら撒いている。

昔の日記を面白がって随想日記に書いているが、一種の鬱かもしれない。
楽しい鬱などないのだから違うか?

躁病7年説というのもあると書いてあったが、私の周波が7年であるのは
躁質の体質なのかと考えてしまった。三年躁で四年鬱あたりか。
人間は創造をする時は「躁造」−造語ーといってよい。
準備を積み上げた上に「躁の状態」でなければ、そうそう創造は出来ない。

女性などは生理があるのだから多かれ少なかれ躁鬱だろう。
誰でも精神質はある。


657, 四行日記−2

2003年01月21日(火)



わずか四行を毎日書き続ければ間違いなく自分が変わっていく。
このポイントは最後の「宣言」を肯定語で締めくくる事だ。
これは肯定思考の訓練になる。
毎日書き続けることで、自分の気持や注意に客観的なれる。
「何とか性格構造を変えたい!」と思っている人には良い習慣になる。
 
また起承転結の訓練にもよい。。
起ー事実、承ー気づき、転ー教訓、結ー宣言
これを書き続けることは、文章作法をそのまま身につけることにもなる。
課題ーテーマ発見、論理性、問題解決、肯定思考を少しずつ身につける
訓練そのものになるのだ。それも身近な事を一つづつ取り上げて。

何気ない事だが、この記号もよい。
事実ー■、
気づきー◆
教訓ー●
宣言ー★
これを決めておけば、目安になって( ..)φメモを楽にかける。

話が変わるが
、私の考えた「知情意とその他」の4項目日記も
手前勝手だがよい。自分で試みで明日から手帳に書いてみよう。
面白そうだが初心者には向いてないか?

昨日だったら
・知ー送ってきた本に目を通すが面白い。
・情ーー昨日見たDVDの映画が面白かった。
 タイムマシーンの設定が良いのだろうが、その画面のリアルが
 素晴らしい。
・意ー何か時代の変わり目を感じるが、節の面白さを劇画的に見る自分が
 可笑しい
−(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿ヽ(^o^)丿
でもやはり四行日記の方がわかりやすい!
昨日の四行日記を書くと
■ー四行日記がおもしろい
◆ー身近なことを具体的に考えるのに便利だ
●ー随想日記は少し抽象的過ぎたか?
★ー四行日記を非公開で少し書いてみよう

習慣は第二の天性である。如何によい習慣を多く身につけるかが
その人の能力といってよい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
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オーエス出版社
「四行日記」
   小林恵智 著
副題  たった4行のポジティブな言葉が、未来を拓く!

 <もくじ>
STEP1 所要時間一日5分の「日記術」
STEP2 4行日記って何?
STEP3 4行日記を続けることで身につくさまざまな力
STEP4  何はともあれ、4行日記を書いてみましょう
STEP5 実現効果を高める「宣言」の約束
STEP6 4行日記が導く目的・目標のある人生
STEP7 味方にすべきは潜在意識


4行日記の効能
・自分の強みがわかる
・自分の人生目標がわかる
・論理性、課題発見、問題解決、行動計画能力が身につく
・毎日が、人生が、楽しくなる!
 他にもいろんな効能が─詳しくは本書にて!


656, 四行日記

2003年01月20日(月)



新聞広告を見て買おうか迷ったが、先日また同じ広告が
出ていたのでやはり買うことに決めwebの紀伊国屋で注文した。

一昨日とどいて要点読みをして要点を把握した。
 届くまで自分が4項目にするならどうするか考えてみた。
 以下のとおりである。
・新知識ーこんな事知らなかった   −知
・感情ー喜怒哀楽、感謝感激     −情
・こんな事してみたい        −意
・ 他・・・・
以上を考えた。

実際の本の内容は
。事実   −その日の出来事で、心のアンテナに反応した事を一つ選ぶ
。気づき  −「あっ、そうか!」と気でいたことを書く
。教訓   −その気づきから学んだ事
。宣言   ー「ありたい姿」を力強く断言

毎日これを続けて書いていけば、膨大の知識と経験が蓄積されるし、
感覚が鋭くなっていくだろう。
小説家は何らかの形でこれを毎日続けている、データーベースの為だ。
日記は
・その日に起きた事実を書き
・その感想ー意見をまとめる
・時系列であるのが特徴だ。

私が続けている随想日記を上級?ならば初心者向きだが、
明快で毎日続けるにはよい。
プロセスは全く同じだ。
「明日は何か書くことが無いか??」が常に頭から離れない。
好きでやっているのだから苦痛はそうでもない。

いざ始めようと思ったら、この四行日記がいい。
一日何らかの出来事はあるはずだ。
それを提起して、感想を書き、その中の学んだ事を書いて、
最後はより広い高い視点を書き込めばよい。
上さんと喧嘩をした時
・まずその内容ー事実を書き
・そういえば、最近あまり会話が足りなかった事に気づき
・話すのが面倒でも、聞き役にはなれるはずだ
・明日から朝晩に5分はその時間をつくることにする 
 定期入れにその誓いの文を暗号でもよいから書いておく。
これで日記に十分なる。   
                −続く


651, 自分の一本の木

2003年01月19日(日)


「自分の一本の木を見つなさい!」を考える。

これは二つの事が考えられる。
・何処かの山や近く川端などの具体的な木を見つけておく。
・心の中の目標やゆめである。

まず具体的な木を考えてみる。
これを見つける為に近くの福島江の桜の木や長岡の悠久山の木を探したが、
まだ見つけてはいない。自宅の松ノ木あたりなのだろうか。

こういう木があって、これが自分の一本の木と真に思えれば、
その木と対話ができる。それが独り言だとしても、その木を通して違った会話に
なるはずだ。生命体として反応するとみてよい。

その木がアンテナとして、宇宙の霊に通じている可能性もある。
祈る時に両手を合わせるのは全ての宗教の共通した事だが、
これはアンテナになるからだという。

一本に木を買ってきて、庭に植えるのもよい。
それを自分の木にする事も可能だ。
いずれにしても早く見つけなくては。
「心が疲れたら、鉢の花を買ってきて語りかけなさい。
心が休まる」というが、鉢物の木を買ってきて手軽にしてしまう方法もある。
全くしないよりずっとよい。

心の中の木を考えてみる。
目標・夢である。
ツリー図で実際書いてみると面白い。
大目標・中目標・小目標を幹・大枝・小枝と書き加えればよい。
そうすると根の存在が面白くなる。
「枝葉を切って根を養え!」という時期もあるが。
それと土壌と環境の問題を合わせ考えると幾らでもヒントが出てくる。
難しく考えないで取りあえず幹と枝を感えてみるといい。

実物の木を3月を期限に最終決定する!!


650, 債務返済年数

2003年01月18日(土)


最近この言葉が新聞や本などでよく見かけるようになった。
会社の利益などや償却での現金収支の額が返済に充てると
仮定して債務完済まで何年かかるかをいう。
ー総借り入れをキャッシュフローの金額で割った数字をいう。

当社は今のところ12年である。
装置産業の当社として、無借金と同じ状態が8〜10年であるから
あと2~3年でその状態になる。
といって大きい事件がおきて、日本の総生産が2〜3割ダウン、
利益がマイナスになれば、一挙に20〜30年になる可能性がある。

地銀などの「審査能力の崩壊をきたしているところが、
ただ審査基準を当てはめている」のが今の日本の状態である。
当方も危ない会社にされかけたが、貸しはがしの陰湿な口実
だったかもしれない。

今朝の日経新聞に「過剰債務、中小が深刻」と書いてあった。
大手で平均12年に対して、29年という。
深刻なすうじである。
他人事でないのが経営である。
新幹線にテロなどがあったら、売り上げが激減する。
小説といっていられない北朝鮮が控えている。

あと2~3年でかなりの減量感が出るが、今の日本も似た状態だ。
本格的な倒産の嵐を耐えねばならない。


649, 損切り

2003年01月17日(金)


ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90佑含まれている?

その概要を書くと以下のとおりである。

・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 −不採算部門の切捨て
 −不良資産の切捨て
 −不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
 −まだまだ不動産の大放出が続くと思え
 −より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
 社長は先手を打って資産を守るべし
 ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
   −貸してくれない銀行には返さないこと。
   −手元流動性資金の確保が絶対に必要
   −絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
   −担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
 −国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
 −不動産の金融商品化が本格的に始まる。
 −円資産だけでは危ない時代。
  ゴールド・円でドル建て預金
 −事業こそ最大の資産だ。
  その事業を良くしておく事
  それはデフレに勝ている事業だ。

・・・以上がその内容である・・・

「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。

この数年は負け組みの最後の整理が控えている。


648, 流通業界を考える

2003年01月16日(木)

実家も勤務も前業も流通業界の出身の為か業界のウネリに興味がある。
一般小売店と地方百貨店はほぼ壊滅。その流れが都心の百貨店にきている。
そごう百貨店の倒産、西武流通グループの解体と西武百貨店の再生法。
東急もしかり。三越の不祥事の連続の事態。
これからは高島屋の隠れた問題が吹き出るはずである。

百貨店といっても、その実体は不動産業でしかない。
問屋とアパレル業やメーカーの場所貸しでしかない。
それに優勝劣敗の管理を加えている位だ。
当然、スーパーや大手専門チェーンに侵食される運命だった。

その勝ち組であったスーパーがおかしくなり始めた。
マイカル・長崎屋・九州の覇者の壽屋・ヤオハンの倒産である。
ダイエーは解体過程、西武流通グループは完全解体、西友は外資に
買収された。原因は多角化の失敗である。
アメリカのNO・1であったスーパーのKマートが去年倒産したが、
これはシアーズの生活総合業の真似によるエネルギーの分散の為である。

ダイエーは、野球やリクルートとホテルなどの多角化が本体のエネルギーを
そぎ落としてしまった。他もそうだっだ。
勝ち組と見られるヨーカ堂とジャスコは売り上げ経費率が25〜28佑發△蝓近々大量出店を見込まれるウォールマートの16佑裡嫁楸瓩ぁ
10年後の流通図が、この数字に全て暗示されている。
この2つが合併しても16佑砲修落とす事は無理だ。

傍で見ている分には面白いが、これから始まる大競争時代を象徴している。
解体と再統合の繰り返しの始まりだ。

これは今の銀行の先行を明確に現しいている。
地銀以下レベルは40年前の日本の流通業に酷似している。
どう収れんされていくのか? 今年からその再編成が始まる。
これは日本の根底の再編成になる。


647, ハッピーバースデー

2003年01月15日(水)


ツアーの宿のホテルで食事をしていると時おり人だかりができる。
宿泊客の誕生日に、レストランのコックやボーイが全員集まって、
ケーキに火をつけハピーバースデーの歌を歌っている。
小さいレストランの場合は全員が合唱をする。
何ともいえず心が和むひと時だ。
そして本人がケーキを持って各席に持って回って配るのだ。

彼らキリスト教徒の誕生日に対する思い入れは日本人と比べるとずっと強い。
それはキリスト教の教えにあるという。
神から頂いた生命の記念する日に、その場に居合わせた人は神の意思である。
従って祝うほうも心からその人に祝福する。
またケーキもその祝福としてお互い分け合う。
与えるほうも貰うほうも目出度いのだ。
あの場の暖かさはキリスト教の背景があるのだ。

数年前までは1月15日は休日の誕生日、必ず一人で飲みに出ることにしていた。
それも入った事のない店に飛び込む事にしていた。
この日だけは家内は一人休日に飲みに出ることに文句を言わない。
休日のために殆どの店が休んでいるが、飛び込みで入って事情を
話すと歓待される!勿論それを狙っているのだが。
これを年中行事にしていた。
休日だから面白いのであって、最近は家に大人しく帰る?
勿論今日も会社から貰ったケーキを持って!

誕生日ほど自分と第三者の差が大きい。
子供の頃の家庭では「正月に一度に祝うのだから、誕生祝の
必要はない」と一切やらなかった。
勤めていたときや、以前の会社では朝礼で全員でハッピーバースデーの歌を
歌いケーキ贈り、寄せ書きをしていたが。
今は会社でメールで祝いの文章をお互いに送ることにしている、それとケーキを。


646, 教育を考えてみた

2003年01月14日(火)

昨日は成人式だった。少し硬い教育を考えてみよう。

過疎の学校の生徒の成績は普通の学校の生徒より
かなり落ちるという。
学校の統合や廃校で父兄が反対運動をするが、これは生徒の側から
見たらマイナスである。

常識的に考えれば、一人当たりの先生の比率が圧倒的に多い
過疎の方が成績が良くなってよいはずだ。
それが反対に悪くなるのはどういうことだろうか?
いろいろな問題が含まれている。

あまり管理が行届いて、子供の遊びや工夫の目を摘んでしまう事や
子供同士の動物的刺激が最小に済んでしまうからだろう。
小学校高学年から中学にかけての虐めや、ライバルとの闘いが意外と
人間性の基礎をつくっているのかもしれない。
多くの人間との接点の中より人間の基礎がつくられるのが
真実ということだろう。

小学校5年までにその人の能力の基礎は確定してしまっている。
そこのベースより抜け出せないともいう。
小学校や中学を見渡しても、大化けした同級生は全くいない。
逆はいくらでもいるが。

これからの時代は、今までのような学業の成績だけでは
判断されないから難しい。
自分で自分の特性を早く見つけて、自己育成を早い段階で積み上げなくては
ならない。

昨日の成人式でノーベル賞をもらった小柴さんが
「やりたいことを見極めて」と言っていた。
「自分のやりたいことを見極めることは、そう簡単なことでない。
食わず嫌いせず、いろいろな事を自分で試してください」と。
もう遅いのか?最後のチャンスなのか?

「あなた何がしたいの?」とある若い人に聞いた。
「何にもない!ただ流されるまま生きていければよい。
 この時代何をしても上手くいくはずがない。時代が悪いのだ。」
 開いた口が塞がらなかった!でもこれが若い人の半分以上を
占めている感覚である。
大学を卒業しても就職口ない時代、自棄になるのは解らないでもないが。
そういえば地元の??
問屋の??2代目が同じことを言っていたのを
母から聞いた事を思い出した。
親父が「俺なら幾らでも創業のネタがあるが、ああなっては人生終わりだ」
という内容だった。

「人生どんな時でも前向きに切り開いていく能力」が教育の基本だが。
今の日本の中途半端の挫折がこういう雰囲気をつくっている。
最後は悲観的になったが、教育はすべての基本だ。


645, お金はむき出しの真実

2003年01月13日(月)

以前にもお金についての一考察を書いたが、さらに書いてみる。

・お金で不幸になるというが、それは他人のお金をいう。
               −そのとおりだ!!
・事業、それ他人のお金だってさ!! −それ当たり前の事??
          自己資金の範囲ー無借金の場合、事業といわない?!
・どんな人間でも買収されないものはない!!
 ただ問題はその金額である。       −凄いシビアの話だね。
                 でも考えてみれば誰でもそうだろう。
・お金は自由の塊である。その金に縛られている馬鹿がいる。
                   −気づいているかどうかだがー
・貧困が犯罪の母であるなら、知恵の不足が犯罪の父である。
                  −この合体が刑務所の中の真実??
・お金は不平等を平等にする。それだけ絶対的な威力だ。
          ー 世の中の不幸は不平等からきているもんね!
・お金は「力」だけでなく「言葉」である。
                 −意味をたっぷり含んだ言語だ。
・借金は自由の人間を束縛する監獄だ。
              ー 私など懲役刑。

渋沢栄一の「必要なら樽の水は飲んでもよい。しかし絶対に漏らすな!」
学生時代に「雄気堂々」という小説で読んで、いらい金銭哲学にしている。
それと「樽の水は常に水位は一定にしておく」(これは私の金銭哲学だが)

そういえば「お金の苦労だけはしたくない」は、父がいつも口にしていた。
その為か常に念頭に入れて事業計画を立てていた。
それでも厳しい時代になってきた。

私が見る限り、お金にたいしての知識が一般に薄いように思われる。
特に縁のない人ほど、無さ過ぎる。
馬鹿丸出しで「お金に対してあまり興味が無いんだよね」とのたまう。
それは自分の卑しさー人間の奥底の卑しさに、まだ気づいてないからだ。
特にお金に対して窮したことがないからだ。可愛いものだが。

ものの本に「世の中の悩みの90佑呂金やそれに伴なうトラブル」と書いて
あった。金の考え方がその人といってよいほどだ。

「財布に10万持って、5千円の買い物をするのと、一万円を持って買い物を
するのと、5千円で買い物するのと、借金で買い物するのとではまったく違う
ものだ」という話を聞いた事がある。それから財布の中身を倍にした。
それと他にヘソクリを持つようにした。そうするとたまに衝動買いする以外
あまり物が欲しいと思わなくなった。次ぎ考えようという余裕が持てるのだ。

反対もあるが。財布は最小にしておくという方法もあるらしい。
2000円以上持たない主義の人もいる。
身近に金の汚い人がいるが、その人は持たない人だろう。
やはり気持ちに余裕が持てなくなるのだろう。

ーお金について ーのホームページよりコピーしたものです。
ーー故伊丹十三監督・制作の「マルサの女」の一場面:巨万な富を築き最後には、
 隠し部屋が見つかりマルサに尻尾を捕まれた脱税者を演じる「山崎努」が、
「どのようにしてこんな財産を築いたのか?」の質問に対し、
「それぞれの器があるが、今ここにお金を水に例えて、コップの中に少しずつ貯めて行く。
 殆どの者が少し貯まると喉の乾きからその水を飲み干してしまう。
 そのような事をすると貯まるものでも貯まらない。
 自分は、そのコップに少しずつ貯めて水がコップを溢れるまで飲まない、
 溢れた水はゴクンと飲んでは駄目!舐めるのだ!」と
 すぐ買うことが出来るから普段は買わないそうである。
 庶民は、買いたいものがあれば直ぐ買ってしまう。 ーーー

こんなものだろう。
・・・・・・・・・・・・・・
参考のために、以前書いた文章をコピーしておく。

ーお金について -事業百訓より

[112] お金について
以前お金の事に対して書いた、それにより人も殺すし人を助ける事もできる。
体も売る、売春で普通の子女が売春に走る値段は、新卒の給料の一週間分の値段が世界の共通という。日本なら4〜5万というところか。

仕事をしているとそれが鮮明に見えたり、全く見えなくなったり。
命の次でなく、命と同じくらい大事である。
といって死んだと同時に一円も必要でなくなる。しかし生きている限り必要なもの。

金のない人ほど金に対して軽く見ている。
見ているふりをしているかと思っていたが、そうでない。
私の実感は稼ぐは大変、失うは簡単!である。
銀行はまさしくその管理をしているのだから、解っているはずが全くその正反対というのがジョークそのもの。
一番面白い話、あの松下幸之助とかなんとか、下を向いて一生懸命書き物
をしていた。こっそり見たら、金かねかねと書いていたという。
自由の塊というところか、それとも神の代行業に対する神の謝礼か。

H0903 お金について -事業百訓より

 誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。これほど重要なモノについて誰も直視しない。触れたがらないのはその本質があまりにも“現金”だからである!。
ズバリお金は“自由の塊”である。世界の大部分のモノが引換に手に入る!人の心さえも。それほど強力な魔物である。
それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。反対に上手に使えば従順な召使いになる。

父がよくいっていた“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、その苦労はこの世で一番の苦労だ!。”“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!”“生き金は使え、死に金は使うな!”“お金の楽しみの(うまくいった仕事の)結果のもの。”“それは使わなくては紙に書いた絵でしかない。”“金・金・金!!とどのつまるところ、それだ、それ位重要である。

お金に窮してはじめてそれと気ずく。それを誰も直視しようとしない。世の中その為に首を吊り、人を殺しもする、盗みもする。それを認めた上で、それにとらわれるな!とらわれない為にはお金を貯めろ!”。

父の考え方は決して間違っていないと思うし一つの見方だ。でもお金に対して奇麗な人であった!

2001/08/18


644, 呼称の妙味

2003年01月12日(日)

雑誌の「宝島」が一月三日の読売新聞の全面広告が面白かった。
呼び名を変えれば、日本も変わる(かも)。

「呼称改革」と名をうって今までの呼び名を変えたら、中身もそれにつれて
古い何かが変わり始めるかもしれないという馬鹿馬鹿しい内容だが、
といって唸る内容でもあった。これを全面広告で載せるセンスがいい。
主観的の面白そうな順に並び替えて書いてみる。

女子アナ  −TVコンパニオンー変換を打ったら女子穴が出てきた。
官僚   −公僕員
国債   −前借
代表取締役 −代表取り締まられ役
警察官  −正義官
粛々と  −適当に
国会議員  −国民奉仕員
公的資金  −失策穴埋め金
道路公団  −迷路公団
外務省   −害務省
公約  -虚約
バツイチ  -マルイチ
風俗嬢  -ビタミンガール
未婚  -恐婚
年金  −幻金
テロリスト  −ゲロリスト
・・・・・・・・

大体こんなもんだが以下を考えてみた。

暴力団  −巧妙徒党恐喝集団
自民党  −利権擁護巧妙収賄党
社民党  −空想科学夢想党
地方名士  −痴呆迷死
ライオンズクラブ ーオニャンコクラブ
生命保険 −命対象賭け博打
談合   −検察黙認官民共同犯罪詐欺
商工会議所 −談合破り監視会・地域暇つぶし愚痴言い合い所
       痴呆名士様肩書き付け合いどころ
お歳暮  −ミニ収賄・贈賄
葬儀   −生き残り者の面子場・集り坊主集金祭事
政界   −政治業界

(^┰^;)ゞ  
       (;´Д`)
           (-.-;)y-~~~
(o_ _)ノ彡☆             _(_ _)ノ彡☆
      (・_・ゞ−☆   (/--)/



643, ハングリー?

2003年01月11日(土)


日本は「国は大変だが自分は大丈夫という!」という雰囲気で満ちている。
私もそれに近い感覚を持っている。
私の青年期の頃のあのハングリーさは、時代背景もあってか全く感じられない。
昔の日記をおりにつけて書きうつしているが、本当にハングリーであった。

「何かをやれば何かが叶う」という気持ちだ。
今の日本に一番欠けているのがそのハングリー精神だ。

ある逸話で
ーオーストラリアに移住した欧州人が、年中花咲くこの地でミツバチを
持ってきたら蜂蜜が欧州の数倍は取れるだろうと目論んだ。
しかし失敗に終わったという。
はじめの年は多く取れたが、年々収穫が下がり最後は全くとれなくなった。
蜂は寒い冬に備えて蜂蜜をとりこむ為に集めるのであって、
年中花が咲いている地ではその必要がなくなる為だという。
なるほどと考えさせられた。

現在アメリカの一流大学の合格者はベトナムやカンボジアの難民か、
その子弟が多いという。
ハーバードなどは20涌幣紊彼らで占めてしまって問題になっている。

またソニーの元会長の大賀氏がこの正月の紙面で中国に10数年ぶりに行って、
日本の丁度戦後10年に頃の熱気とハングリーを感じたと書いていた。
先年中国に行った時、現地の添乗員が話していた内容が印象的だった。
「日本に留学をした。そこで同じ人間として如何してこんなにまでまで
生活の格差があるのか義憤を感じた。勉強をして必ずあの生活を勝ち取る
つもりだ。」
聞いていていつか日本は中国に追い越されるのではと不安になった。

今の日本はオーストラリアに持ってきたミツバチそのものである。
もうじき大寒波が来るのに、いやすでにその一波がきている。


642,DVDのレンタルショップ

2003年01月10日(金)



DVDのレンタルショップが昨年末にオープンした。
新潟駅近くにある石丸電気が倉庫を改装して出店したが、
お客は入っている。売り出し期間ということで入会費は無料。
レンタル料がベラボウに安い。
7泊8日で100円と200円の二種類ある。
新作は3泊4日で200円である。
結構見ていて雑音が入ったりして見にくい部分があるが、
値段の安さは魅力である。
蔦やに行ったが、270円か450円の間である。

会社の至近距離にあるため非常に便利である。
先日も4枚借りて500円でしかなかった。
奥をみるとカーテンがあってピンクのDVDのコーナーがあった。
ある会で石丸電気に勤めていた人がいた。
販売でもピンク物がよく売れるといっていた。
そのコーナーには結構お客が入っている。
間違っても入ってみることはできない。

感じたのは商品の絶対量が足りない。
今の5倍の量になったらもっと入るだろう。
先日借りたのは「スターゲイト・SG−1]「AI]「ウォーゲーム」
「ザ インターネット」である。
昨夜は「AI]を見たがなかなか見ごたえがあった。
これで100円は安い。採算は合うのだろうか。

韓国産であればDVDのハードは1万円で買える。
時代は変わっている。


641, 動物と人間

2003年01月09日(木)

旅行をしていると、色いろな世界を垣間見れる。特に動物の話しが深い。
・シナイ半島で聞いた話だが、ラクダが面白い性格を持っているという。
 理不尽にいじめたりすると根に持って,
 隙を狙って人を殺すという。
 理屈に合ってたしなめながら調教なら恨まないという。
 人間の気持ちと同じという、何か解るような気がした。
・ケニアの湖の小さな舟の船頭に聞いた話だが。
 目の前にいるカバのグループ一匹が先日ある男を襲ったという。
 その男はいつも遠くからカバを馬鹿にしてからかっていたという。
 静かに船に忍び寄ってきて襲って、その後死体はあがらなかったという。
 何気なく現地の人が話すが内容は新鮮で迫力がある。
・中国ウイグルのホータンで聞いた話しが面白い。
 ロバと人間の関係がよい。
 労働力として運命共同体として運搬としてつかうが、死んだら墓をつくり
 埋葬するという。何かその地域の特性があらわれている世界だ。
・アフリカでは野生動物は自動車に乗った人間は絶対に襲わない。
 時間をかけた、といっても100年だろうが、お互いの契約ができていると
いう。
・ペルーのチチカカ湖の沖にの葦で作った島に住む住民の世界だ。
 驚いたのが、鵜に似た鳥が天敵がいなかったせいか人間を恐れないのだ。
 その島民も欲しいときにその鳥をとって食べるのだ。
 現場を見て自分の常識から考えられない光景に口を開けたまま呆然とし た。
・もっと刺激的なのはインドである。牛は神聖な動物とされて最下層の人より
 上に扱われているのだ。街で自由に闊歩している。当然誰より自分が上という
 事をしっている。餞民が交通事故の場合はほとんど問題にされないが、
 牛の場合は大きい問題になる。日本では考えられない。
・パキスタンでは、街の真ん中で羊を殺し解体している。
 日本では勿論、許可をえた場所以外屠殺は禁止されている。

動物との関係は風土や宗教により成り立っている場合が多い。
世界は好奇に満ちている。


640 ,ラスベガス

2003年01月08日(水)



去年の年末にBSTVでラスベガスのショーを連日放映した。
その華やかさにただただ驚いた。
NHKの紅白より豪華で格段の差があった。
センスといい規模といい比べること自体が可笑しいといってよい。
アルゼンチンでタンゴのショーを見て圧倒されたとき、ラスベガスの
ショーはこんなものでないのだろうと思った。

先日図書館で借りてきた本に偶然そのラスベガスを書いてあった。
浅田次郎の「絶対幸福主義」である。
彼は仕事の頭の切り替えにラスベガスに年5^6回行っている。
そこでこの街をわかりやすく描写している。

ーラスベガスというのは、カジノだけでなくホテルもレストランも、全体が堅気ではない。すべてが遊び場、夢の世界なのです。
だから24時間、私を別の自分にしてくれる。
こんな街は世界に二つとないでしょう。
何を求めて年に5回も行くかというとリフレッシュのためです。
いやリライフー生き返る・蘇生するという造語を言わせてもらう。

まずホテルからして面白い。私が滞在しているのは「トレイジャーホテル」ですが。
その名のとおり、コンセプトが「宝島」。で、地下のフロアーに行くと海賊がウロウロしているんです。隣の「ザ・ミラージュ」は、ホテルそのものが
ジャングルになっている。その隣の「シーザーズ・パレス」は、古代ローマそのままの内装なんであります。
街そのものがワンダーランド。ディズニーランド顔負けであります。
意外と思われる方も多いでしょうが夫婦や家族ずれで来るとさらに楽しいところだ。

どこに行ってもきれいだし、治安がいいし、買い物をするにも世界一というほどショップが揃っている。洒落たレストランもそこらじゅうにある。
この街の健全性に、私は感動してしまいました。
と同時に、いかに日本人が博打を罪悪してるかを再確認しました。
   ・・・・・・・・・
等々、目に浮かぶような描写である。
俗っぽく言えば「如何にお金を持つことが大事であるかと、またそれを使うには能力が必要」ということだ。

私の場合は秘境旅行をそのままこの文章に当てはめることができる。
「こちとらは、ニセモノのジャングルや古代ローマや宝島じゃないぞ。
本物なのだ」というのも金と能力の限られた人間の負け惜しみだ。
一度ラスベガス行ってみたくなった。
何時も乗換えで飛行場から遠く街を眺めていたがこんな楽しい街なら行ってみたい。
金をたっぷり持った人種に圧倒されて帰ってくるのが目に見えているが。


639, 自己疎外

2003年01月07日(火)



35年前の事だが経営学の野田一男教授の授業をうけて数ヶ月。
同級生が手をあげて「自己疎外とは何ですか?」という質問をした。
それに対しては一瞬詰まって「君にはちょっと早い問題だよ!」
と答えた。その時から「疎外」というキーワードが記憶に鮮明に残った。

これは大不況の今の時代にピッタシだから敢えて書いてみる。
組織や地域社会に所属していると孤立している感覚に陥ってしまう。
全ての人が自分をあざ笑っている感覚であり、取り残されている感覚が
疎外感である。誰もが持っている挫折感と絶望感の一番の空虚感である。
死や失業になった時に初めて気づくのだ。

自己疎外感は孤独のブラックホールといってよい。
全ての充実感や存在感を吸い取っていくのだ。
宗教業界の商品作成のデザインの一番の落としどころだ。
それを見抜いて神と共同体を与え愛をささやくのだ。

今の日本に自己疎外を持った人が満ちている。
それは絶対神ーラージXを持たない日本の弱点になっている。

大都会の酒場で一人飲んでいるほうが禅寺で座禅をしているより、
孤独感を感じるのは自己疎外に陥っている状態であるからである。
ところでこのホームページを開いてから自己疎外感が激減した。
疎外感退治にホームページを開くことを勧めます。

疎外感を感じている方が真実に気づいている事も事実である。


633, 不幸論ー中島義道

2003年01月06日(月)


図書館で借りてきたユング派の哲学者の中島義道の不幸論が面白い
内容であった。

幸福論の自己欺瞞を鋭く指摘したあとに、人間の最終結末の死をとらえて
不幸論を書いている。しかしあくまでも幸福論の批判であって、
不幸論そのものを見すえて論じてはなかった。

しかし不幸を座視にして幸福論を批判するのは、逆に幸福論をより鮮明に
浮かび上がらせて理解するのに良い。
幸福の構造は
1、自分の特定の欲望がかなえられていること
2、その欲望が自分の一般的信念にかなっていること
3、その欲望が世間から承認されていること
4、その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れてないこと
特に1〜3までの実現に4が生じてしまう。

幸福論というと、エピクロスの快楽主義が思い浮ぶ。
「人生において、面白おかしくしたい事をする事が全てに優先されるべき」
バランスが問題になるだろうが。

最近の幸福論としてヒルティやアランである。
・ヒルティの幸福論はキリスト教の理想的なカタチ
・アランは内省ー解釈の仕方ー気持ちの持ちよう
集約するとこんなものだろう。

私の幸福論はやりたい事を見つけどれだけやったかという
達成主義である。それもあくまで自己欺瞞でしかないのだろう。
愛・知・力という3点に自分の目標値は決め、達成のプロセスが=幸福という
単純なものだ。しかし死を宣告された時にその達成感など何の支えになるかと
考えると、その前に粟粒でしかない。

この不幸論の一番気にいったところを抜粋した

ーだいたい、幸福論を書こうという人の動機が気に入らない。
彼(女)は、
・まずだれでも幸福になるという基本態度を押し出す。
・次に、この磁石の上に、自分の体験を重ね合わせて、幸福とは大それたもの
でないことを、それは考え方を変えることで誰の足元にもころがっているという、
壮大な建造物ー砂上の楼閣を創りあげる。

これは幸福教の布教にすぎないまやかしである。
幸福そのものが虚妄なのではない。
幸福そのものが、じつはあまりにも高いところに位置する。
幸福が安直に手に入ると思う事が、虚妄なのである。

各人の幸福は自分の五感で探すしかない。
そしてヤコブが砂漠で神と格闘したように、全身全霊でみずからの
人生と格闘した後に、とうてい到達できない事を知って、絶望するほかない。
こういうことを悟った者は幸福でない。
しかし、幸福という幻覚に陥っている者より数段マシである。
・・・・・・・・
以上がだいたい彼がこの本で貫いている主張の要旨だ。
私の今の気持ちー敢えて気持ちと書くーは以下である。
両親や身近な人の死に様や生涯をみて、
一生かかって何かをやり終えた人生そのものの判断を幸・不幸という言葉で
論じるべきでない。
それは酔ってる気分の状態を論じているにすぎない。
「酔って気持ちが良いか、悪いかの」
まあ幸不幸は考えないのが一番幸福だ??


632, 自由化\(~o~)/

2003年01月05日(日)

日本が大きな曲がり角にきている最大の原因は自由化のウエーブである。

特に厳しい業界は規制により守られてきたところだ。
酒屋、米屋、ガソリンスタンド、スーパー、ホームセンター、金融ー銀行・保険、農家など殆ど全てといってよい。

自民党と結託した利権団体を隠れ蓑にした社会主義の実質共産党員社会
である。
その意味で今のこの混乱はソビエトが崩壊した十数年前のロシア共産社会の
混乱に酷似をしている。

今の自民党はロシアの共産党以下のレベルを演じている。
それを支持しているこの国の民度の低さがますます露呈されている。
その意味でこの3年間は更に激しい破壊の年になる。

システムや能力は激しい競争社会の中でしか進化をしない。
それを否定し理想社会を夢見たのが共産主義や社会主義である。
チャンス平等でなく、結果平等を求めた。
資本主義社会の矛盾の破壊の役割として有効に機能を一時果たした。
現在その役割を果たした日本的社会主義の終了過程にある。

自由化とは何か??いや自由とは何??
それぞれが自己責任を背負う事??
それを国家単位で放棄してきたツケがこの数年で一挙に清算過程に入った。

ところでこのホテル業界は規制が全くない。
結果的にこれが非常に良かった。競争対策を常に求められた。
一見大変そうだが、競争対策がシステムに組みざるを得なかった。
従って現在大混乱にある甘さがよく見える。規制ー寄生の甘さである。

例をあげてみると
スーパーが大店法に守られ競争対策が全くなされてない。
「存在意義が大店法の存在だけ」という事が露呈してきた。
地方豪族化の漫画的存在が周辺でも見られた。
あと5〜7年後にアメリカのウォールマートに制圧されるかどうかの
瀬戸際にたたされている。その前に自滅もあろうが。

ホームセンターやスーパーの1ロットが最低5000億の世界という。
地方では500億で大企業だ。
その行方が??


631, 文化と文明

2003年01月04日(土)



文明と文化の言葉の意味を明確にしておきたいと思い辞書でひいてみた。
1、世の中が開け、生活が高度に進むこと
2、人類のあらゆる時代を通じ、人間が自然に働きかけることによって、
 みずからも自然状態から脱して作り出してきた物質的・精神的ないっさいの成果。
 フンボルト以来物質的文化を文明、精神的文化を文化と呼び分けることが多い。
であった。

これまでは
文化の積み重なりとしての遺産を文明。
その現時点の花開いている集合体を文化と理解していた。
時間軸でショートスパンで捉えたものを文化。
ロングスパンのものを文明として捉えていた。

しかしインターネットでで調べてわかった事は以下の事である。
ー各ホームページから抜粋したものを纏めたものであるー

・文化は個々人の心(意識と無意識)であり、
・文明は人間を取り巻く環境(自然環境、建築環境、社会環境)です。

ー文明とは人間が造り出した目に見える物質的なものに対して向けられる言葉であるが、
ー文化とは人間の身につけた自らの行動を律する目に見えない精神的なものに対して向けられる言葉である。
 最近の言葉でいえば「ハード」と「ソフト」との違いと言うことになる

「文化」と「文明」という言葉のつく固有名詞を考えて見ればこの違いはより明確になる。
・「○○文明」と言われるものの多くは「インダス文明」とか「古代文明」などのように、特定の時代の、しかも特定の人々の社会もしくはその経済的所産を指しており、
 その多くはすでに歴史の流れの中で過去のものとなっている。

・これに対して、「○○文化」と呼ばれるものは「イスラム文化」とか「仏教文化」というように、たとえその誕生した時期や地域が特定されるにせよ、その時代や地域に制約されることなく、その多くは今日まで何らかの形で生きている。
 確かに文化と文明とは人間の歴史の中で一体となっており、文明なしの文化、文化なしの文明などあり得ないのであるが、これらは決して同一のものではない。

 高度の文化を持ちながら、しかもずっと低度の文明しか持たない民族がいる
 ――例えば古代インド人――一方、大いなる文明を持ってきたが、
 比較的低い寄せ集めの借りものの文化しか持たない国民――例えばローマ人、そして現代ではアメリカ人――がいるのである。
 歴史の隠れたドラマは、人類の内的価値と外的価値の永遠の闘い、精神と物質、文化と文明との闘争であるとさえ言いうるであろう。
 アメリカとアラブの闘いは文化と文明の闘いと思っていたが、
 文化と文化の争いでしかない?

 ーー自分である問題を提起すると、一瞬のうちに纏めができることに驚いている。
 幾つかのホームページの要点を張り替えただけでチョッとした学者並みの小論文が出来上がる。


630, クロスエンカウンター

2003年01月03日(金)



仏教学者の紀野一義の講演会で
「ー縁ーの英訳で迷った訳者がキリストの十字架との出会いと人との出会いを
兼ねてクロスエンカウンターと訳した」という言葉が印象的であった。

先日読んだ野口悠起雄の本に
大蔵省にいた時に先輩に「急に出先で講演を依頼された時などの緊急の話題
をつくらなければならなくなった時に、縦軸と横軸のキーワードを探して
話をまとめるとよい」という内容があった。

一つの例として学校でのケースで考えてみると
先生を縦軸、生徒を横軸にすると面白い内容になる。
即興で作ってみると
「生徒を縦軸、先生を横軸に考えてみると生徒と先生のそれぞれの立場
が明確になる。生徒の一生を縦軸とすると、先生やクラスは大きいメルクマールであり、
知識や性格形成にとっても大きい影響を与える。
逆に先生の立場を縦軸とすると、教師生活での担任は先生にとってもメルクマールになる。
その時々のクロスこそ教師にとっても生徒にとっても真剣勝負でなくてはならない・・・」
このことは時間が縦軸、空間が横軸といえる。

商店主の会なら、店主とお客の関係を縦横にして話の構成をすればよい。
取引先と店も縦横にできる。

これをもう一歩進めて「考える中心軸」にすればよい。
対象を縦か横にすえて自分との対比とか、
対立する対象を縦横にして考える軸にすればよい。

一生はクロスエンカウンターの繰り返しである。
そしてその中心は自分だったり神様だったりする。


629, 英国人はまず道具を揃える

2003年01月02日(木)



今回-パタゴニアの添乗の人がイギリスに詳しい人で色々のことを教わった。
その一つに
「イギリスではゴルフやハイキングをする時は思い切った良いものをまず揃える」「まずは形から入る!」この言葉がいやに説得力があった。
長い歴史の中からの知恵を感じ入った。
しっかりした道具を買ってしまえば簡単には止めることができない。
覚悟ができると言う事だろう。
目的を見定めて手段のしっかりしたものをそろえるという事だ。

道具だけ揃えて持つことを趣味にする人がいるが、それはそれで趣味なら
良い。
チャーチルが持ち物は若い時から超一流のものしか持たないことにして
いたという逸話を思い出したが、今回の内容と関係ないか?!

機能優先であまり物に拘らない生き方をしてきた事が果たして良かったのか?
少し疑問があった矢先に聞いたので印象に残ったのだろう。

ブランドものは値段の価値のあるものが多い。
といって、それだけを追いかけている人を見ると疑問を感じる。
ブランド=価値と勘違いをしてしまうからだろう。
しっかりした道具を揃えることとは意味が全く違うが。

道具はすぐ揃えるが、三日坊主の人があまりに多い。
私の場合三日坊主の経験は少ない、学生時代の英会話があったが。


628, お正月の意味

2003年01月01日(水)


今日はお正月、その意味をインターネットで調べてみた。

お正月の意味はお正月さま、年神様という先祖の集合霊をいう。
この霊が各家に帰ってくる。
12月13日は家を祭場する準備のすす払いの日という。
門松は神様の依り代で、神様が何処に帰ったらよいかの目印の
為に置くという。

お雑煮は帰ってきた神様に供えたものを下げて一緒に食べるごった煮
をいう。その餅に宿る霊魂をお年玉という。今はお金を貰うことだが
本来の意味は先祖の霊魂をいう。
子供の頃一家揃って年末の御参りをしたのも、年始参りもその為だ。
歳暮は、お正月に親元や実家で神様と一緒に食べる為に持ってくる
酒や食料をいう。
そういえば、旧家などで貰うお歳暮は貝柱だったりする。

お盆も同じように先祖を迎え入れる行事である。その準備を始めるのが
七夕だそうだ。
何かいつも何気なく過ごしている中に先祖崇拝の風習があったのだ。
日本的風習の中に盆暮れに実家に帰省をして仏壇参りやお墓参りは
良い。最近は海外旅行に変わりつつあるが。

ホームページのサイトをサロンに載せてある。

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