堀井On-Line



566, ある時間の断片ー8

2002年10月31日(木)

             1968年9月22日
       ーセミナーハウス二日目ー
8時10分前に起床、同室者はまだ二人とも寝ている。
朝食後、セミナー開始。

ーケーススタデー
討論開始、いい加減なことをいって恥ずかしい!
もっと深く考える必要があった。
ほかの人がよく学んでいるのが判った。
考え方もベースができているのに今更の感がする。

昼食後、全員で相模湖へ行く。
私と大島君と東レの研修員3人と同乗する。
ー君は一年後輩、呼び捨ては同期、さん付けは
東レの研修派遣の人ーで使い分けているー

東レの野村さんの女性論が面白い。
冗談と真実の紙一重の話がさすが大手の人事部の人は
センスが違うと感心した。車が逸れるが、現地で落ち合う。
早速、釣りをする・・・・・。

帰りは高木の車でセミナーハウスへ帰る。
高木の人間的魅力の深さに驚く。

再び「愛」について討論、最後に国家愛に行き着く。
印象的だったのが
「所詮バケツいっぱいの精液が、愛でしかない!」が印象的だった。
終了後、焼き鳥とビールで夜半の12時過ぎまで語り合う。


ある時間の断面 −
                 1968年 9月23日  
 ーセミナーハウス三日目ー
8時10分前起床、食後、討論に入る。
「将来の日本」についてのパネルデスカッション。
パネラーは田口、石川、小島、鳥山、高嶋さんであった。

小島君の安保、自衛隊の批判に反論が出る。
かなり白熱した内容であった。

昼食後一時に解散。
高木の車で帰路に着く、東名高速は初めて乗ってみたが名神
より車が多く外国に行っているような錯覚におちいった。

帰寮後、夕飯に出ると大学の知人にばったり会う。
ITAという海外旅行研究会の部長で、昨年欧州行きで知り合った。
寮の近くにバイトに来ているという。奇遇であった。
私の部屋で話をする。アメリカに留学するという。

何か考えていることや話している内容がスケールの違いを感じた。
圧迫を受けてしまった。
彼を見ていると自分にもその力がある筈なのに、どうしてこうも
違うのだろうか?同じ力がある筈なのに。


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感想ー
段々と社会に出る切迫感がこれからの日記に出てくる。
かなり無理をしている自分がそのまま書いてある。
自分の子供を見ているようでもある。
丁度息子の歳ごろだ。
でも行動的であったのに驚いてもいる。


565, ある逸話ーインドで見たこと

2002年10月30日(水)


インドの空港で帰国の時である。
修行僧のいでたちの男、杖一本をつきながらやって来た。

素足で身に付けているののはパンツ一枚である。
それで飛行機に乗ろうというらしい。
急を聞きつけた警察が数十名が周りを取り囲んだが誰も手を出せない。
空港の制服の女の人が間に立って説明をしているが、どうしても
折り合わないのだ。
パスポートも持たないでパンツ一枚で国際線に乗ろうとしているのだ。

恐らくカースト制で身分が高いのだろう、素裸の男の態度がでかい。
大声で入国査察官を怒鳴りつけているのだ。
恐らく「神の指示で乗れといわれたのに何故乗せぬ」と言っている
ようであった。
最後の結末をみないで飛行機に乗ったが、インドの社会を最後まで
見せ付けられた出来事であった。

インドは普通の感覚では考えられない身分社会なのだ。
牛が堂々と街を我が物顔で歩いているのだ。
宗教上で神聖な生き物なのだ。

以前にも書いたが、20佑里△覲級は餞民で人間とみなされないのだ。
交通事故死でも警察が取り合わないという、牛なら騒ぎになるが。
実際その経験談を読んだ事がある。同乗した車が餞民を轢き逃げしたが、
その後新聞でも何も載ってなかったとか。
轢いた本人も犬を引いた程度としか思ってなかったのに驚いた、
と書いていた。まあ凄い社会である。
一度はこういう社会を見てみるのも必要な事だ。

4年前に書いた文章をコピーしておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

H1011 インド旅行記 ー私のみた北インド 

“インドとは...”など滞在一週間のツア−では表現できない。
面白いほど多様な国である。まず印象を列記してみよう。
汚く、臭く、多種多様な人種、動物が“ごった煮”されている国であった。
映画の“深い河”や二本のTVドキュメント、本は五冊読んで実際行ってみて、
ここまで貧しく、奇異に感じるとは!

大部分がバスの異動であったため、点というより線でインドを見れた。
“街の生活”や“田舎の街道”よりみた地域ごとの暮らしが印象に残った。
小さな節穴より垣間見た程度であったとしても沢山の事を見て、
感じ取ることができた。

ヒンドゥ−教の聖地ベナレス。生まれて初めて見た“美しい日の出”
その日の出がガンジスに反射する陽光!そこでの聖なる沐浴の光景!
三千年前とほぼ変わらぬ宗教的行事という。その岸辺での火葬の情景!
帰りの道すがらの物乞いの一団。
ふと気づくとライ病の集団に一人囲まれていた。

インドの2/3が最下層に属し、ほぼ乞食に近い生活をしているといって
オ−バ−でない。野良犬、野良牛、野羊と全く同じ感覚で一緒に生活している。
日本の80%が中流意識とは対極にあるといってよい。
帰ってきて今でも日本が逆に奇異にさえ見えてきた。
−完璧すぎる平等と潔癖症。そして豊かさが。

インドはヒンドゥ−教とカ−スト制を抜きでは理解できない。
おおよそ4階級に身分制があり、皮膚の色により白系(一億人)、
赤系(一億人)、黄色(一億人)、黒色(四億人)に分類されている。
我々が街で目にするのは最下層の人たちが主で、動物並みにしか上層の人より
見られておらず、本人達もそう思いこんでいる!
(ヒンドゥ−教の教えがその裏付けされている)。
白色ほど身なりがキチッとしているのは私達でさえ判断できた。
レストラン、ホテルなどそれぞれ決まっており、決して違う層は入れないという。



564, 一点集中主義−2

2002年10月29日(火)

少ない資源を最大に生かすには集中しかない。
例えで解りやすいのが「錐の論法」だ。
一点にエネルギーを集中することで穴をあける事が可能になる。
それと前回書いた虫眼鏡も然りである。
集中はその中で更に核爆発をも起こす。

集中は潜在能力への穴である。
人間は無限の潜在能力があるといわれているが、
その秘密のトンネルが一点集中である。

マクドナルドのハンバーグや、キューピーのマヨネーズ、
味の素など幾らでも事例はある。

分散も必要だ、一点に集中したものを分散する例として
セブンイレブンがいえる。
50坪の店を一万店出店することで、三越や本体のイトーヨーカ堂を
追い抜いてしまった。

資源が少ないのに、その少ない資源を更に分散をしてしまう。
淘汰されるのは淘汰されるべくしてされているのだ。

何かを始めようとしたら、それまでのやっていた事を全てを
いったん止めてしまう事だ。それか人に任せてしまうかだ。
空即是色である。
人間可能な事は、目前の努力だけだ、それも一点への。

以前書いた一点豪華主義をコピーしておく。

・・・・・・・・・・・・・
2001年12月12日(水) 267,一点豪華主義

1品豪華主義(一点豪華主義)趣味でも、仕事でもー

人生でも総てにいえる事だが、これだけは特別というものに
金をかける、人生の総てをかけることが重要だ。

反面それがアンバランスでもいいかという問題が残るが。
それでもいいかどうかは、やはり本人の問題でもある。

金も、暇も、能力もない人間でもこれは可能だ。
好きな何かを見つけ、一点集中的にエネルギーを注ぐ。
それを続けていれば、それについてプロの領域にたっする。

私のそれは、ご存知のとおり秘境ツアーだ。
他人の評価など全く関係ない、それが好きでたまらないからだ。

パソコンもあと2〜3年経つと、それに近い存在になるかもしれない。
旅行のネタをインターネットに載せるのも、一応理にかなってる。

「絵の好きな人が旅行先で景色を書いている」のを見ると、
人生の一番の奥義を見ているようだ。
一番好きな旅行で好きな絵を描ける幸せは何も変えられないだろう。

ピアノも一曲だけを練習すれば、弾けるようになるという。今度
ピアノの先生について一曲おぼえてみようかと思うが、無理か?


       (2) ─────
wMWMWw, / ̄7 (好きな事をやろう!)
  W"ヽ /  (感激しよう! )
(6 ^J^ / /  ────
 |  ̄ノ/ /


563, 一点集中主義

2002年10月28日(月)

人生の体験の中で私が得た最大の教訓がこれだ。
若いときより知っていたらもっと豊かな人生を過ごせたのに
と今更思うが。イロイロの挫折の中で自分の能力の限界を思い
知らされていたから、戦略的にしか生きる道はない事は知っていたが、
その要諦が一点集中であった。

人間の能力とレンズは似ている。
太陽から、人間から、歴史から、エネルギーを集め一点に集中する。
その為には自分が虫眼鏡のレンズになる事だ。

レンズは濁っていては駄目だ。
常にきれいな磨かれた状態でなくてはならない。
その意味で「自分が神になる」といってよい。

それと一点に集中すべき対象の選定だ。
これに近い言葉に一点豪華主義がある。
集中していれば自然にこれになってしまう。
私の場合は秘境旅行だ。今はこの随想テーマ日記だ。
それにウオーキングに読書にあと???だ。

一点集中は言葉では簡単に思えるが、実際は大変である。
捨てるべきものをドンドン創らなくてはならないからだ。

そうそう集中できるものではない。

事業では[シングルルームのデスカウント]である。
それも新潟駅前の花園地区。
4棟に分散をしたのが甘さで残っている。
他に学生服やカラオケはエネルギーの分散であった。

百貨店のソゴウのように駅前に超大型店をつくり、
その大きさが限界を超えてしまった失敗の例もある。

ロスだけで済まないのが分散である。
主体のチャンスロスが一番のロスになる。
若い時から自分の無能を自覚していたから、集中しかないのは
すんなりと受け入れる事ができた。

一点集中のポイントは、一点に向かいその真正面から
中心点に総てのエネルギーを集中する事である。
自分そのものがその中心点になる事である。
それが正中心一点無である。

いま一つがこれを継続する事でであるが、これは今度書く。


562, ある時間の断片ー7

2002年10月27日(日)

 
        1968年   9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。
13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。
近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。

思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。
メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。
それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。

夜から早速議論をはじめる。
課題は「遊び」だ。
「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」
私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。
何かポイントが外れているようだった。

終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、
武澤先生がこられる。
その後夜半の12時半に寝る。

・・・・・・・・・・・・・・・・
ー感想ー

日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中
でもあった。歌も二度とこういう時期は来ないというほど名曲が
生まれていた。

その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋
に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という
禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、
また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。
いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でもあった。

寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。
そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が付いて
なかった。寮に、ゼミに、教授に、クラブに、友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。

大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を
する事、自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、
戦略的思考をする事など数えればきりがない。
人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。
馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。
ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー

父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、
あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。
友人が吹き付けるようによって来た。
一人になれないのが悩みでもあった。あの孤独の都会生活で
最後には友人が吹き付けるように集まったのは、本当に良い青春
の思い出の財産だ。


561, ある時間の断片ー6

2002年10月26日(土)

             1968年 9月18日

8時10分前に起床、すぐに学校に行く。
夏休みあけ後久しぶりだ。
事務管理を聴講後、石川、奥野など5人と池袋の駅近くの
喫茶ウイーンで話をする。
それぞれが自分の道や将来を模索している姿が自分と
重ねって、独自性が逆に見えて面白い。

その後いったん寮に帰る。
6時半に新宿の紀伊国屋で待ち合わせる。
歌舞伎町のB&Bで飲む。
3人で6000円で高いが気分が高揚をして面白い。

その後三浦というスナックに行く。
以前と変わってないが家庭的雰囲気である。
何とかという以前店で顔見知りの女性と踊る。

ここも面白い、3人で3000円であった。
奥野が気分が悪くなり、急遽自分の部屋で3人で泊まることになる。
私は帰省中の佐々木さんの部屋で泊まる。

           9月19日

翌日も三人で午後の3時までいろいろの事を話をする。
何か今日も予定どうり卒論が書けない。
頭の中に最近熱中して読んだ、精神論の言葉が駆け巡る。
言っていることと、やっていることと違いが大きすぎる。
ファイトファイト、自分の潜在の力よ!!

           9月20日
8時10分前に起床、8時15分に学校に行く。
人事管理の授業後、奥野と兼子と食事、その後図書館で
卒論のまとめをする。

15時にゼミに出席、我々の就職先の説明を
ゼミの全員に報告する。
ゼミ終了後、武澤先生と4年生全員と話し合う。
内容は夏休みのこととか、各々の性格のことを話し合う。

その後近くで食事後、帰寮後再び食事に出る。
そこで寮の先輩で代議士の秘書をしている永田さんと出会う。
唯我独尊の彼独特の考え方があまりに独善的だ。
自分で自分の枠をはめている。それと原因を常に自分以外に
求めているが疑問だ。

寮に帰ると、新橋シノダ寿司の息子でヨーロッパで親しくなった
深井が遊びにくる。一時間ぐらい話し合って帰っていく。
スカイラインのGTだ。何かツマラナソウナ顔をしていた。
不安でたまらない感じだった。

夜半の一時に寝る。


560, ある時間の断片 −5 

2002年10月25日(金)

         1968年ー9月15日

朝7時半に起床、食事の後に東京の寮に帰る支度をする。
裏の家で姉の正子さんと、帰省中の3番目の姉の優子さんと、
甥の宗彦ームーチャンと写真を撮る。

12時5分発の第三佐渡に乗る。いやに長く感じられる4時間だった。
青雲寮につく、懐かしいわが部屋だ。
市川さんが飼っているミケに子猫が2匹生まれていた。

苦手だった先輩の河路さん、欧州行きが延びてまだ寮にいるようだ。
夕食後漫然とTVを見て過ごす。
またマンネリとした寮生活が始まるが、もう残された学生時代の時間はない。
最後はちゃんとして卒業しなくては。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー現在の感想ー
日記を書く習慣を持っていればよかった。
それと写真をもっと多く撮っておけばよかった。

大学を卒業する前年の8月31日から翌年の2月半ばまでに半年間、
気分が高揚としていたのだろう、日記が残っていた。
たまたま6年前に倉庫を整理していたら、その当時の教科書の一番下に
隠すようにあった。

机の引き出しに入れて、読み返している、そして折々に
この随想日記に書いている。一種の躁の状態の自分の気持ちが
そのまま残っている。懐かしい本当に懐かしい!タイムマシンに
乗って当時に帰ったような感がする。

何も変わっていない自分がそのままいるのが奇妙といえば奇妙だ。
社会に出るにあたり不安と希望に揺れているのが懐かしい。
結局私にとって学生時代が人生の縮図であったようだ。
口泡を飛ばして議論をしていた青い時代があった。


559, ある逸話-外地のガイド

2002年10月24日(木)



海外の現地の日本人ガイドにはあまりプライバシーを
詳しく聞くなといわれている。
日本で訳ありの経緯できている人が多いという。
イスラエルや南アフリカなど日本人の殆ど行かない所では、
寂しいのだろう、自分で全てを話してくれた。

南アフリカでの話は今でもハッキリと憶えている。
50歳ぐらいの女性であった。
日本の商社に勤めていて、英国人と恋愛結婚して
初めは英国本土に行ったが、平凡な生き方に嫌気をさした旦那の
意向で南アフリカに十数年前にきたという。

ケープタウンに日本人は二十人前後しかいないと言っていた。
日本人同士の付き合いは殆どないとか。
日本人の墓は女性名で一つしかなく、
その墓を見てきたが冷えつく思いだったという。

子供ができた時に子供の名前を日本名にするか、
英国名にするか大モメだったという。
女性の場合、自分が死んだときに生きてきた自分の証明が
残るのは日本名の子供の名前だけになる。
自分という存在が完全消滅してしまうような不安にかられるという。

外人と結婚して外地暮らしは若いうちは良いが、
歳をとった時に辛いと言われているが、自分はそれを知らなかった!
と言っていた。聞いていても身に沁みる話であった。
人生いろいろあるものだ。

10年近く前、ニュージーランドに行った時も70歳近い女の老添乗員が
悲鳴をあげていっていた。
「40数年前に豊かさを求めてこの地に来たが、この地より
日本が遙かに豊かになってしまった。大誤算だった!」
現在は日本も事情が変わり、そうでもないだろうが??!

全ての事は±ゼロである。


558, 仕事と性格形成

2002年10月23日(水)


知らないうちに人間の考え方は、自分が実際に携わっている
仕事に影響されているのを最近強く感じる。

私のような大商圏を相手にする仕事の場合、どうしても小商圏を
相手に仕事をする人との考え方が正反対になる。
気が合う相手は大商圏の仕事や、大手相手の事業をしている人だ。

小商圏といえば、お互いの目を気にして「世間様」という考え方を
第一にしなくてはならない。
お付き合いとかの人間関係の中から情報やビジネスチャンスを捉える
事が重要となる。

大商圏を相手にしていると、逆にそれが邪魔になることが多い。
近目と遠目のちがいである。遠視になってしまい近くのことが見えなく
なる、逆に小商圏は近視的視点になってしまう。

この違いの乖離が最近特に大きくなってきている。
最近それを指摘されるが、といって今更変えようとも思わない、
また指摘する人は小商圏相手の仕事をしている人だ。
もっともそのことすら理解できない人だ。
数年前から間隔をおいているが、そうすると大部分の人になって
しまう。最小限の人とのいきちがいは仕方がないと割り切っている。

銀行も政府系や都銀との付き合いに傾く。
人間関係もどうしても地元でない人が多くなる。
地元の人と一切付き合わないで済むから、地元では異様に思われて
いるだろう。
大商圏的生き方として当然の事と受け止めている。

特に父親はこの傾向が強かった、モデルがいるから更にそれで良いと
思ってしまう。
気が付いたら一人というと頑固爺の末路だろうが、その辺の変身は早い。

ある中国出身の作家がいっていた。
「地元で商売をするな、因縁がらみで何も見えなくなる。
他所なら全く関係なく、ビジネスとして割り切れるから。」
全くそのとおりである、ブラックジョーク以下の現象がビジネスで
日常になってしまう。

地方の景気が最近悪いのは、これに近い原因である事はいうまでもない。
情報化でグローバルの時代になってきた為だ。
これからの時代ますます大商圏的生き方の流れになる。
手前勝手か??


557, 基調色-着こなしのコツ  −2

2002年10月22日(火)

ある洋服屋だった社長から聞いた話である

ー昔の大金持ちの旦那衆は、目立たない高級呉服を似た柄で何枚も
持っていて毎日着替えていた。
よほどの目が利く人でないと、その違いが判らない。
無頓着にいつも同じ服を着ていると思わせていたという。
チョットした柄の違いのもので、羽織や帯や足袋をかえていた。
そういう粋な着方が本当のお洒落だとかー

基調色を決めておくというのに合い通じる内容だ。

たったこれだけの話の中に多くの教訓が入っている。
シンプル、スタンダード、スペシャリテー、セグメント
のチェーン理論のドライ主義が全て入っている。
一番主義と集中主義である。

目立たないーシンプル、スタンダードー似た柄で、
高価なースペシャリテー、何枚もーセグメントである。
何代も続く家柄という長い時間の中で、体得した知恵なのだろう。

日本も洋服を着るようになって、まだ日が浅い。
着こなしでは当然欧米人に比べ落ちるのは仕方がない。
しかし和服ではチャンと着合わせが出来ていた。

色というと7色が基本となる。
どうしても私などは単色と思いがちだ。
しかし赤一つとっても数千種類もあるという。
理屈からいえば無限のはずだが。
江戸時代はその色の違いを楽しんでいた。
そして自分の好きな赤を決めていたという。

本当にイロイロあるものだ。


556, 一秒一円の価値

2002年10月21日(月)



[時は金なり]というが、人生という意味でわかり易く考えてみよう。
一秒一円で一生を80年とすると何と25億円になる。
時給1000円のアルバイトとすると、一生で換算すると7億円だ。

時間をお金に置き換えるのはおかしいが、わかり易く考えるに
丁度よい。
高利貸しや銀行はその事を一番知っており、借りる方はその事を一番
解ってない。
海外旅行は大体の目安が一日3〜4万、実質滞在日が4〜5万円
である。

一年を一秒に圧縮すると、一年前が3153万年前になる。
数年前に恐竜がいたことになる。150年前が地球誕生、
400年前がビッグバンになる。

人生を考える時に一日に圧縮して考える事がある。
昼の12時ですでに40歳で、60歳で夕刻の6時である。
そうすると私は17時半あたりになる。このテーマとは関係ない事だ。

製品もグラムあたりで値段を読む事がある。
鉄が安い象徴で、パソコンの半導体が高単価である。

人生で感動の場面は金かプラチナの価値、平凡な日々を
銅か鉛と例えると、可能な限りそういう場面を求めていった方が
よい事になる。

芸術や大自然に可能な限り触れ感動のシャワーを浴びる事だ。


555, 針と糸

2002年10月20日(日)



先日、25年来の知人と酒を飲んだ。
大手の支店長をしていたが、請われて奥さんの実家の
専務に3年前に納まった。地元の中堅の会社である。

義弟が社長で大変だろというと、糸と針の喩えで
自分が糸に割り切ってしまえば問題がないといっていた。

面白く、ずばり本質をついた喩えにいやに納得をした。
社長業を針というのも上手い喩えだ。
時代に対して一点集中で鋭く縫いこむのが社長業だ。
何か耳が痛いが、もっと痛い人が今は多いだろう。

この針と糸の喩えを社長専務の関係だけでなくいくらでも云える。
このテーマ随想日記もそうだ。
テーマが針、それに対しての随想記が糸である。
なかなか良い針が見つからない。
糸なら経験がたっぷりあるから?いくらでも材料はある。

戦略と戦術の関係もそうだし、頭脳と心の関係も、
夫婦の関係もいえるだろう。
夫婦では最近はどっちが針か糸かハッキリしないが。

それを使い分けるのはあくまで主体の自己ある。
最近は布ー服の流行が激しく変わっていくので大変だ。
デザインの選定と工賃も厳しくなっているし、本当!!


554, 人生に目的はあるだろか?−2

2002年10月19日(土)



ある雑誌に、たまたま数日前に書いた「人生の目的」について
書いてあった。まさに偶然の一致であった。
京セラの会長の稲盛和夫氏の「何のために生きるか」
の一文である。
ーー人生の目的とは、心を高めることです。心を純化する。
心を浄化する。人間性を高める。人格を高める。
これが人生の目的です。
波乱万丈の現象に遭遇しながら、その現象に対処しながら、
自分の魂を磨いていくこと。それが人生の目的です。
これを具体的に言い換えると、世のため人のため尽くすことです。
世のため人のため尽くすことが人生の目的と考えてきたが、
心を高めることが、人生の目的であった。

そのために仏教の六波羅蜜の修行をしなくてはならない。
一生懸命に働くことが、利他の心を持つことが、
そのまま人生の目的になるーー

仏教的な人生の目的というところか。
果たしてそうだろうか?奇麗事でしか思えないが。
別に心など磨かなくても、知らずに磨かれているいるものだ。

心の純化などいうことは、汚れているから言いたくなるのではないか。
汚れのない若い乙女に人生の目的など必要ないことになる。
もっとも磨かなければ汚れた小母ちゃんになってしまうか。

今日死ぬ明日死ぬのギリギリの人がこれを読んだら、
そうだそうだといわない筈だ。
戦争で逃げ回っている人もそうだ。
「なにを甘ったるい事を言っていやがる」と思うであろう。

苦しい時に心の修行と思えるのは素晴らしいが。
けっして心の純化だけが目的でないはずだ。


553, 基調色

2002年10月18日(金)



私に着こなしの事を語る資格はない。
しかし、実質的合理的な着方なら話せる。

背広やブレザーは自分の基調色を決めておく。
背広は細かいストライブの濃紺である。
ブレザーは茶か紺で今は紺だけだ。

背広は7~8年前から、同じに見えるものにしている。
古くなってきたら上下を換えても第三者には解らない。
実際は換えてきたことはないが,昨年は同じ背広を2着買った。

カジュアルのジャンパーやセーターも黒か紺に決めている、
白やネズ色とも合わせられるからだ。

海外旅行ではあまりみっともない着合わせはできない。
ある程度はチャンとした服装でなくてはならない。
欧米人は白と黒を基調にして、あまり派手な色は着てない。

パーテーや外食の時は着飾っているが、昼のカジュアルは質素で
シンプルである。日本人の団体をみると、チンドン屋の集団だ。

自分の基調色の必要性に気づくのに30数年かかった。
基調色を決めておけば、靴下やネクタイや鞄も色を絞るれる。

若いうちは何でも似合うからよいが。
歳を重ねたら、みっともない格好だけは避けたい。
それが色の組み合わせで出てしまう。

最近気がついたが、ネクタイと靴下の色の組み合わせが
重要とのことだ。濃紺なら黒でよいと思っていたが、
ネクタイの色に合わせてもよい。

ネズの靴下を葬式やお歳暮などで貰って履いていたが、
ネクタイを知らないうちにネズの入ってものにしていた。
これは無意識であった。

おしゃれとは本来自分の欠点をカバーするのが目的という。
若い時は長所を引き出すと良い。


552, 人生に目的はあるのだろうか?

2002年10月17日(木)



この年になると人生の仮決算期に入ってくる。
「自分の人生はハタシテこれでよかったのだろうか?」
「人生に意味などがあるのだろうか?
 有るとすればなんだろうか?」

そういう話が最近面白くなってきた。
人生の目的とは漠然と考えてみるとー

・真にしたい事を見出して一生をかけてやりとおす事。
・そして全エネルギーをかけ一瞬一瞬を生き抜く。
・家庭をつくり、子供を育てあげるなど基本的な人生を生き抜くこと?
・誰かが困っている事を事業やボランテアを通して救うこと。
・歓喜を何度か経験して「この生を受けて本当に良かった!」
 と全身で感じ取ること。
・死ぬ時、本当に良い人生を過ごせたと思える生き方。

意味ある人生とは、こういうこと??
知ること、行動する事、創ること、そして愛すること??

これが絶対だというものは無いだろう。
一番良くないのは、人生を生きてきて最後に後悔すること?
倒産や挫折で最後に号泣すること?
それも人生である。

飯喰て、糞して、ただ死ねばよいか!!
意味などクドクド考えるな!この馬鹿!
所詮は自己正当化か!?

これが落ち!
いや違う??


551,   「エッ、嘘だろう !!」 −2

2002年10月16日(水)



本当かいな???「ビジネス客数56邑此!」
「観光白書」の宿泊数の激減の実体をみて驚いた。

2001年度の国内宿泊は前年に比べて、「マイナス17諭廖
その中のビジネス宿泊は何と「マイナス56諭廚箸いΑ

ビジネスの宿泊が、一昨年の1億5700万人から6800万人に激減、
正しく壊滅と言ってよいだろう。
今年度も減少が続いている。そうすると3分の1以下である。
現場からは、「この数年背広を着たお客が激減をしており、
数分の1以下」という話しを聞いていたが、白書で実際の数字を聞いて
現場の話しが裏づけられた。

その代わり関東圏を中心とした建設関係の現場の作業員の小団体や、
得体の知れないセールスグループが多く泊まっているという。
新潟市内は現在のところ再開発やSCの工事が多い。
下請けは今や地元より全国レベルで集めてくる。
その団体が泊まってくれるのだ。今や作業現場では泊まらない。

当方は勝ち組みで、昨年は2佑慮困悩僂鵑澄
しかし全国的の実際の数字は、マイナス56佑寮こΔ任△辰拭
チホウ銀行の態度が全く変わったのは、あくまでもその一員と
見た為であった。
その不自然の態度が昨日の情報でやっと解った「なるほど!!!」

日本の経済が壊滅の状態というのも決してオーバーの表現でない。
負け組みなら前年比マイナス70~80邑困寮こΔ世蹐Α

こういう情報はマスコミには載らない。
戦略の一つにコスト力が最大の課題になっている。
当社の強さはコスト力である。
こうなった時に強さを発揮できるのが救いである。

今日のテーマ「エー、嘘だろう?」が
これから多く出てくるのではないか?


550, ビールの飲み方

2002年10月15日(火)

ベトナムに行った時の話だが、朝から晩まで中華系料理。
昼飯も、どうしてもビールが必要になる。
一本なら良いが、異常な暑さの為どうしても二本飲みたくなる。
もちろん350mlだが、脂系の食事のため二本を飲むと
腹の心配になる。

そこで考えたのが、コップに一口分(5分の1)
をついで、ゆっくり味わって飲む事だった。
それが美味しいのだ。少ないビールを味わって飲んだからだ。
その後は全くその事を忘れていた。

先日、図書館で池波正太郎の「男の作法」という随筆集を借りた。
その中でビールの飲み方が書いてあった。
「一口づつ、その都度ついでイッキに飲むこと」
なるほどと納得をした。それと酒飲みのそこの深さを改めて知った。

私の場合はそれさえもユックリと飲む事だが。
量の制限がない時も、少量を一気に飲むのも悪くない。
その都度接ぐのが面倒だが、そこを習慣をしてしまえばいい。
ケチクサク見えるだろうが,美味く粋にのむ為だ。

日本酒をお猪口をひっくり返して底についで飲むのが安くて酔うのは
知っていたが。


549,「宣戦布告」

2002年10月14日(月)



先日、映画の「宣戦布告」を見てきた。
北朝鮮の拉致事件の帰国も迫っていることもあり、
迫力と現実味のある面白い内容だった。

「日本海沿岸の海に,一隻の国籍不明の潜水艦が海岸近くで座礁した。
浮上した潜水艦からは、戦闘服に身を包んだ男たちが出現、
夜の闇の中に姿を消していった。−−そんな中からかって無かった
未曾有の緊急事態に見舞われる。
そして、今の法律では北朝鮮の戦闘員に発砲すら許されない。
追い詰めるが、一方的に射殺されていく。
そして全面戦争への危機に発展していく姿」をまねいている。

この危機状況は、現実に起きても不思議でない状況である。
スターリン時代のソ連が、プチの状態で存在しているのが北朝鮮である。
その現実と平和ボケの日本をこの映画はいいたいのだろう。
日本も北朝鮮に似ているのが皮肉だ。
日本の官僚は北朝鮮のそれと全く同じといってよい。
巧くカバーしているだけだが?

今の経済危機の状況にも酷似しているのが不思議でもある。
相手はアメリカでしかないが??!!
非常事態にも、その危機状況に気がついてない政府と官僚の姿がそこに
あった。

明日にも拉致をされた5人が帰ってくる。
そのうちの3人が新潟県で拉致をされた人だ。
その姿を見て世論が沸くだろうが、景気にマイナスにならないかと
心配だ。そこにある危機を実感するからだ。


548,予定挫折

2002年10月13日(日)

ミスマッチの組み合わせの言葉である。
挫折は途中で断念してしまう事で、予定していれば挫折でない。

この組み合わせの意味は、挫折時期を予想しておいて
その準備をしておく事である。

私の場合、大学受験失敗や他の挫折を人生の前半に重ねた為、
挫折の痛みと、反面その必要性を実感をしていた。

必ず生きていくうえで変化と転進の必要性がある。
大体が7年である。
その時期を読み、変化を積極的に自分で創らなければならない。
その時にそれまで続けてきた事を止める、これが予定挫折である。

スキーを子供のとき滑って失速した時、自分から前向きに倒れるコツ
を覚えた事があった。
その方が大事にならないで済むことを繰り返しの中で知った。
柔道や合気道で、まず訓練をされるのが受け身や倒れ方である。
予定挫折を初めから組み込み、その時期がきたら割り切って
しまう事が必要である。節を予定して積極的に創っていく事だ。

ある甥が大手の会社に7年在職後、さっさと辞めて漫画家になった。
有名らしいが漫画を見たことがない。
曰く「入社前から、そう予定していた!デザインで社長賞を貰った
し、やり残した事はない。漫画家は自分がなりたかった仕事。
それで生きていけそうだし楽しい!」

私事だが、29歳の時に成り行きで実家の商売をみる事になった。
五年を目安とその時の勘で思った。勿論そう宣言をしていた。
3年も経てば兄弟が一つ舟の舵取りは無理!と実感。

予定どおりに5年で今の事業に転進したが、少しは挫折感があった。
これが予定挫折というのかと苦笑をした。
しかしすぐに次の仕事がたっぷり待っていた。

挫折時期はある程度読めるものだ。
定年退職やリストラとかで、無知の為に中年クライシスに
なってしまうのは、ただ流されて生きているからだ。
準備をする時間はあった筈である、たっぷりと!!


547, 人生で一番よい時

2002年10月12日(土)



母から聞いた話である。
母が堀井に嫁いで数年たった時、多くいる小姑との
折り合いがうまくいかず、離婚を覚悟に実家に帰った時の祖母の
励ましの話が良かった。

「一番苦しい時は人生で一番いい時なのよ!」

私の一番苦しい時に聞いた言葉であった為か、強い印象が残っている。
小姑とイロイロあったと聞いていたが、
こういう話しを聞くと納得するものである。

祖母もその経験があるから?その瞬間、その言葉が出たのだと思う。
人生の深淵のある言葉である。
「苦しいときは逃げては絶対に駄目、前向きに生きなさい」
という気持ちの意味が背後にある。

人生から逃げ回っている人が本当に多い。
逃げても、その自分が何処までもついて来るのさえ気づかない。
そしていつも逃げ回ろうとしている。
このような人には「人生のいい時は来ない!」来ても気がつかない。

「苦しみを通り抜けて歓喜に!」というベートーベンの言葉がある。
苦しむから歓喜があるのだ。
マゾはそれをセックスプレーで楽しむのだろう。

最後の一言は必要ない?!

硬い話を最後で落とす為です?


546, 株下がるー非常事態?

2002年10月11日(金)


株価が一時だが8200円を割った。
8500円までは下がるといっていたが、軽く割ってしまった。
今度は8000円を割り込むかのポイントになってきている。
7500円を割る可能性もでてきた。

8000円を割るということは殆どいわれてなかった。
「どうなるんでしょうか?」と聞いても、誰も経験してないので
コメントのしようのないのが実情だろう。

銀行に金を借りるとき、持合でその銀行株を持たされるケースが多い。
痛むのが銀行だけでなく、持合の会社も足を引っ張られるのが多い。
数年前に地元のスーパーがそれで数億引っかかったことがある。
長銀だった?

今はすでに恐慌スパイラルに入っているのか??
今朝のNHKニュースで、企業への銀行貸付の審査の厳格化を
更に徹底するといっていた。
本当に悪いなら仕方がないが、こちらまで問題会社にされかねない。

小泉は半年か一年以内に頓挫する!
先日までは支持していたが、ここで評価は変わった。
政変が起きる、間違いなく!!!

不況感が更に深った!
マスコミが悲鳴をあげるように大不況を取り上げ出した。
今更という感もないが、どれにしても末期癌患者のモルヒネの
量が足りないというレベルだ。

この十年の繰り返しの大合唱が始まった。
現場レベルの生の声は本当に生々しい話が多い。
地元の会社の倒産や廃業ニュースや噂で、お前もかと呆れる。

昨年の9・11以来、更に時代が変わったのに、
アメリカの株の暴落とイラク攻撃の切迫で、追い討ちをかけて不況感が
ましてきた。ワールドサッカーで隠れていた部分が露骨に表面化してきた。
さらに9月の半期決算の悪化の発表が近づいている。

政府も不良債権処理を本気で処理をしようと腰をあげてきた。
死体の企業の処理に本格的に入るということである。
 
当方は売上は微弱、利益は10月で前年をクリアーする?
たまたまプラス要素が幾つか重なっただけだ。


545, 物書きの凄み

2002年10月10日(木)



このホームページで素人レベルで毎日文章を書いているが、
プロは凄いとつくづく思う。
毎日文章を書いているから、それが解るだけの話しだ。
作家の椎名誠が週刊文春に、「赤マント」という連載を書いている。
5年位前に、たまたま買った内容にただただ驚いた。
「新宿駅で、お腹がおかしくなり、トイレに駆けこもうとしたが、
間に合わなかった具体的な事情」を詳しく書いているのだ。

誰もが「あわや!」ということがあるはずだ。
「くそったれ」「クソ!」というとおり、日本人の一番の恥でもある。
「デモノ・ハレモノー出物、腫物ところ嫌わず」というが、
これは「大便、生理」の掛け合わせの言葉だということを最近解った。
アメリカのクソという同意語は「ファック」だ。
海外旅行の心配は、これが最大の事だが。
誰もが過去に失敗の一つや二つや危機一髪はある筈である?

それをネタにして、読者をひきつける凄みはやはりプロでしか出来ない。
その後の「赤マント」に、この文章が大反響をしたと書いていた。
瀬戸内寂聴が「作家は大通りの真ん中で、素っ裸で大文字で
寝ているようなもの」と書いていたが、その凄みを垣間見た思いだった!

露悪趣味と捉えるか、人間的側面の原点の表現と見るかだ。
私など偽悪趣味でしかない??!!偽善もあるが!


544, [シャムネコという店]

2002年10月09日(水)



10年前にある不動産を買った時のオナーに紹介された店
に「シャムネコ」という店がある。
一年に1〜2回位行っている店で、知人などを新潟の古町に案内する
時に連れて行くと喜ばれる店だ。
一昨日に一年ぶりに行ってきた。

この店の特性が面白いのだ。
・シャム猫が3匹いて、この猫が接客をする。
 この三匹に序列があり、社長、専務、常務と言われている。
 ママは従業員という。
・店に入ると社長が挨拶に来て接客をする。
 自分の役割を知っているのが面白い。
 帰る時は必ず外のエレベーターまで見送る。
・つまみ等を口に持っていっても絶対に食べない。
・社長が疲れると専務が交代に出てくる、そして常務が最後に出てくる。
 序列が出来るまで、死闘がおこなわれたという。

・その店のいま一つの特性は整理をしない店の雰囲気を売っている。
 雑然としているのだ。
 10〜15年前のビデオテープが置いてあったりする。
 阪神の掛布のテープがあったりして見れる。
 夏なのにコタツがそのままあったりする。
・とにかくそこに行くと休まる。自然体の不思議な雰囲気の店である。
 今はないが、ドアに一見お断りの張り紙があって、紹介される前に
 前を通り「変な店がある」という記憶がある。
 その時は恐ろしくて入らなかったが。
・15〜6席あるカウンターが5〜6人も座れないほど昔の変なもので
 溢れている。
 計算ずくで逆転の発想で売っている店である。
 一年に一二度行くに良い店だ。


543, [エッ嘘だろう!!]

2002年10月08日(火)

[エッ嘘だろう!!]と思わず叫んでしまった。

・自己資本は資本金の2倍以上で、創業時の償却勘定で
 マイナスになった以外は黒字の優良会社と思っていたのに、
 会社の借入金がある銀行の不良債権の可能性があったという。

・政府系銀行の借入れの都合で個人名義で買った
「2箇所の駐車場の土地」の資金を会社から借入をした。
 その役員貸付金が自己資本と同額であった。
 その事情は銀行が解っているのに?金融庁の検査で問題になっているとか。

・金融庁の監査の担当がいうには「個人と会社は別物で、その事情は関係ない」
 という。「自己資本と役員貸付金は相殺するのが筋で、そうすれば
 実質資本金はゼロで、健全会社といえない」とか。
 たまたま節税のため、個人の2物件を会社に売却をする報告に銀行にいって、
 その話を聞いて呆然ー足し算引き算も出来ないのが現状なのだ。
 金融庁と地方銀行の審査レベルの混乱がこういう現象を生んでいる。

・これがグローバルスタンダード?という事なのだろう。
 考えてみれば個人と会社を一体で見るということ自体おかしな話だろう。
 銀行にしても、金融庁にしても「売却をして相殺しなさい!」ともいえない。
 こちらが判断をするしかないのか。
 とんでもない誤解?で、不良会社になっていたのだろう。

 かなりこういう混乱が全国で起きているのだろう。
 今の日本の自滅のある現象だ。
 社会主義世界の崩壊のある断面だろう。



542, K−1が面白い

2002年10月07日(月)




1昨夜のK−1が面白い。
これは10年近く前から始まった総合格闘技である。
寝技を認めてないのが、プライドという格闘技と少し違うところだ。
キックと空手とカンフーの頭文字のKの字を取ってK−1にしたものだ。
異種の格闘技だから、たまらなく面白い。

最近はプロレスとの対抗戦やプライドや極真空手との対抗戦があって、
エキサイテングの多い内容が多い。極真空手も最近は苦戦をしている。

この10年間のK−1のトップクラスの選手が全盛期を超えてしまった。
その上に世界には幾らでも強い選手はいる。
昨夜もk−1のナンバーワンの選手が、格闘技を始めたばかりのパンチさえ
まともにうてないアメリカンフットボールの元選手に軽く負けてしまった。

これは見方によってはk−1の全面否定でもある。
相手は筋肉の塊の2メートル、170キロの選手でただ力任せに
パンチを振るストリーファイター。それに負けてしまう、だから面白い。

前回は反対に、プロレスの実戦派の強豪が軽くK−1の選手に負けてしまった。
最近は金網の中で、噛み付きと急所の攻撃以外なんでもあり
の総合格闘技の放映を始めた、もちろんアメリカ本土の内容だが。
寝技が中心になっていて凄惨過ぎる。

最近は月に一度は面白いボクシングかk−1が見られるのがよい。


541,幸福と本当の仕事

2002年10月06日(日)

何気なく本を読んでいて、自分が事業を通して得た実感が、
ずばり書いてあることがある。そのうちの一つが下記である。
山本周五郎の「青べが日記」の一節である。

ー幸運を望むものよ、お前は3つの事しか為さないのに
10の結果を望んでいる間は、幸運は来ない。
幸運を望む男よ、お前が2つの結果を得る為に、10の事を
したら必ず、幸運は来るぞ。
貧乏をしても、出世していく友に遅れても、本当の仕事(為事)
をこつこつやっているこの力強さ。
白蟻が大黒柱を如何にしてガランドウにするか己が知っているー

事業をしていると、この闘いだ。
2の結果を得る為に10の努力をしてもマイナスになるのが事業の
恐ろしさだ。
「しない方がずっと良かった」という結果との闘いである。
「本当の仕事」をしているつもりが、虚の仕事をしてしまう。
「本当の仕事」をきっちり見つけなくてはなるまい。

知識と情報と経験不足から、それらは起因する。
新しい事態に対する判断を、常に不足状態の能力の中で求められる。
経営は相撲の喩えでいうと「14勝1敗より、8勝7休」
でなくてはならない世界であり、一敗は致命傷になることが多い。

情報と方向が正しいなら、1の努力でで10の結果を得る事が可能な時代でもある。
情報化社会でその傾向がより強くなっている。
現代の不幸は最小の努力で最大の成果ー効率を求められることである。
人間の気持ちまでも効率を求めてしまう事が、不幸にしてしまう。

好きということは最大の努力に対して、それ自身が楽しいことだ。
好きという事と有利という事を混同してしまうことが、人間を不幸にする。
好きの事を有利にする事は可能だが。


540,お経

2002年10月05日(土)

お経は「般若心教」「観音経」「歎異抄ー第一章」
「生長の家」の経を暗記してある。
別に生長の家の信者ではないが、お経の内容は良い。

お参りとかの時にそれを使い分けている。
「お経を暗記してると何なんになるんだ?」というが、
逆に暗記してない事を考えてみると、その効果は絶大という事が解る。
少なくとも、夜寝れない時の眠り薬になる。
般若心教は「憶える前とその後」といえる位な内面の変化がみられる。
心のベース基地ができる感覚である。

南無阿弥陀仏やアーメンの中に「オーム」という響きが入っている。
オームは宇宙からのある波長と同じという。
暇な時間に「オームオームオーム」とゆっくりと繰り返して
100回位唱えてみると、気持ちが落ち着いて宇宙と一体感
になっているような気になる。

8年前に書いた文章をコピーしておく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーH0605般若心経のすすめ  ー
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”
という講演で般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。
今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり結果として“運=無意識の判断”
を左右する
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき
自己の中にその中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 
立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬にキリストや仏等の教祖が苦難の
上で直感した“絶対無”を観た」のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で少しでも近づける様な気がする。


539,至高体験−2

2002年10月04日(金)

「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。
この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。
精神病は精神のマイナスの偏りの病だが、プラスの人(何をしてもうまくいく人)
は、至高体験を異常に多く重ねているという。

私の至高体験具体的に書いてみる(恋愛・下ネタはないのが少し残念だが?)
ー旅行先でのそれが多い

・初めて海外旅行ーヨーロッパに行った時、生まれて初めて腹の底から笑った、何回も!
確かイギリスのパブで、それとオーストリアのワイン居酒屋で、それとミュンヘンの
ビアホールで。感動と歓喜の毎日であった。
その旅行で私の固い頭を(固定観念を)叩き壊されたのが最大の
収穫であった。
中学高校時代は腹の底から笑う事は本当に少なかった。
またそれだけ刺激の強い事は、それまで全く無った。

・あとは20数年前、実家の会社にいた時30人近くを引き連れてハワイに行った。
その時も、至高といっていい位ぐらいハワイの総てに感激した。
世界に名だたる観光地、ショーにしても、洗練された内容が次々出てきた。


・カナダのロッキーも感動感動の連続であった。「一回しかチャンスが無いが、
何処に行ったらよいか?」といわれたら、カナダのロッキーだ。
多くの旅行経験者はそう言う!
地球でなくどこかの星に行ったような錯覚に陥る。
「ロッキーでの旅行の感激は、「自分の家を売ってでも経験する価値がある」
であった。この日を境にして、この経験をする前と後という感じだった。

・9年前に震えながらいったケニアもそうだ。
アフリカの大地の広大のサバンナを見たときの驚きと感動!
遙か彼方にシマウマとヌーが数十頭走っている姿を始めてみた時の
感動も強烈な思い出だ。


・事業でもそうだ。
初めて千葉で千城ビルを立ち上げ仕事も軌道にのり、
ふとそのビルを見上げた時の何ともいえない絶頂感も良かった。
誰もがその瞬間を持っているはずだ。

・会社の忘年会や竣工式の後の宴会でも、それに近い気持ちになる。

成功経験を重ねる人は、至高体験を重ね続けることの出来る人だ。
巨人の長島は至高体験を普通の人の数百倍、いや数千倍経験している。
それがますます至高体験を呼び寄せる。
自分を良くしようとしたら、至高体験を重ねる事だ。


538, 光ファイバー  −2

2002年10月03日(木)


昨日、自宅にも光ファイバーが正式に入った。
長岡で加入が一番だという。
実際のところ強引に入れられてしまったのが実情だ。
慰めはその賞状ー証明書をもらえるだけだ。
自己慰めというところでしかない。

会社は一足先に入っているがまだ実感がない。
確かに1000倍の速度は凄い!
どういうことかというと、写真でもビデオでもクリックをすると
すぐにダウンロードされた放映される。
今は映画の予告編とアイドルビデオとニュース。
ほとんど真っ当なソフトにいきあったってないが
これが一年も経てば、もっと幅の広い世界に入っているだろう。

それでも表面的かもしれないが、面白い画面に行き当たる。
どこまでも趣味の世界でしかない。
TVを見て、酒を飲んで、この日記のテーマと内容を考えて、
次の旅行の情報を取って、会社の事を考えた後の事でしかない。

それでもその凄みを直感する。
時代はどんどん変わっている事が良く解る。
直視して目を背けてはならない事実である。
空間と時間が圧縮されて、我々の前に無限に現れてきている。
TV・ビデオ機能が可能な限りパソコンに入ってくる。


537, 緩慢なる自殺

2002年10月02日(水)



十数年前の東京の経営セミナーで、漢方の薬局を経営している人から
聞いた話で、今でもその忠告を守っている。

ーその内容は
・白砂糖は毒そのもの、絶対に口にしないこと!
 ーコヒーに入れて飲むのが一番悪い。
・缶ジュースも毒そのものー冷やすと甘味が薄れる為、甘味料を異常に
 入れてある。特にコーラは要注意、どうしても仕方なく飲みたいときは
 スポーツ飲料にすること
・インスタント物も可能か限り口にしないこと、やむをえない時は
 冷凍食品にする事。
・内臓ものも口にしないことー焼き鳥とか、レバ焼き。
 ラーメンもたまに食べるのはいいが、常食にしないこと
  −中華そばの汁は骨とかでダシをとってある。
・マヨネーズも危ない。
 今は動物性から植物性に変わっているが、ドレッシングがよい。

今考えてみて、それを実行してつくづくよかったと思う。
今の人を土葬にしても骨が腐らないためにそのまま残るという。
防腐剤のためだ。
 長岡のあるホテルの人から聞いた話だが「裁判調停の為長期で
泊っていた母と子が数ヶ月間、3食カップヌードルを食べていた」
と聞いたことがある。聞いただけでゾッとした。

農家は農薬を使っている現状を知っている為、自分達の口に入れる
作物は無農薬しか口にしないという話を聞いたことがある。
こうなるとエログロの話だが実際のところそれに近いのだろう。
今になって狂牛病が大問題になっているが、知る人ぞしる話である。

「それでも世界で一番長寿なのだから心配することはない」
というのは見当違いで、それは今のお年寄りの話。
そういう食品を若いときに口にしてない。
今の30~40歳以下の人はその保障はない。

「インスタント物」と「缶物」と「砂糖などの糖分」は口に入れないことだ。
そうしないと、緩慢なる自殺をしていることになる。


536,デフレと対策

2002年10月01日(火)


現在上手くいっている店を見ていると、やはりデスカウントの
業態の店である。
それも思い切って、20年前か25年前のプライスを打ち出しながら、
現在の嗜好を取り入れた店や会社だ。

衣料品は20年前の半値以下の商品が多くなってきた。
自転車も、半値か四分の一だ。
電気商品もしかりだ。

落ちないのが公共料金だけである。
ホテルの値段もその様相になった。
ラーメンの値段も落ちてない。
過去の三次産業の異端は価格破壊である。
そうすると落ちてないのが狙い目である。

先日TVで180円のラーメンチェーンを紹介していた。
マクドナルドのように、徹底した機械化を厨房で図っていた。
吉野家や松屋の牛丼も400円を280円に下げた。
そうすると他の甘いラーメン屋とか何でもや食堂のお客が流れてくる。

先日に法事で帰ってきた姉が、面白い温泉旅館にいってきたと教えてくれた。
関東圏の温泉旅館で、4名以上で一泊二食で4500円という。
予約をすると東京周辺のJR駅の近くの三箇所の指定した場所
に,マイクロバスで迎えにきてくれるという。
更に食事のときは従業員が即興の演劇をしてくれたり、
とにかく飽きさせないようにしてあるとか。
社長はつなぎを着て陣頭指揮にあたっているという。
先ずは安く、そして価値があればお客は殺到する。
「もうそういう時代だよ!」とつくづく言っていた。

何かどこかで聞いたことがある話だと思ったら、
そうアメリカの航空業界の異端児で大不況の中、飛躍的に伸ばしている
サウスウエスト航空を温泉旅館版に換えただけの話である。
斜陽産業の温泉旅館が良くぞ考えたものと驚いてしまった!!
(こういうのをベスト・プラクテスという)

客の立場にたてば,全く違った設定ができるのである。
淘汰されている所は、ただ不況と仲間内で傷を舐めあっているだけだ。
発狂してベスト・プラクテスをするか、廃業するかどちらかだ。
今更発狂はできないか??!!
(発狂とは、出来ない人の目から見たベスト・プラクテスのプロセスを
踏んでる姿)

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