堀井On-Line



286、良質の人材とは-

2001年12月31日(月)

「ビージョナル・カンパニー」という本を知人に紹介され、
その後その人と酒を飲んだ。ある目的のために人材を集めるのでなく、
まずよい人材を集め、それから何をやるか決める、という逆の見方である。
考えてみればその方が正論である。

ある人材が何人か出会い、さて何をやるかを考えそれをやり遂げていく。
その上で明確な目標をきめていく方が筋が通っている。

酒を飲みながら、それではよい人材とはどういう才能をいうのだろうか?
という話の内容になった。酔っ払いが話しているのだから、
いい加減の内容であったが、それでも結構真実をついていた。

「自分で問題を見つけ、それを解決する手順を考え、
着実に実行やり遂げる能力である。」それがその時の結論であった。

そう考えると、私も悪い人材ではないと少し安心した。
そういう目で周辺を見渡すと、なるほどと思う。両親、兄、姉、義兄も元上司、友人を見渡せた。
大学時代のあの男、高校のあの男、なるほどと思った。

その視点で見たとき、よい人材といえる人はごく僅かである。
その点で誰もが安心してよいのではないか。

その時、その知人が言うに、「ビジョンとは、夜旅をしている人が星を目安にして、自分の位置を確認する。その人の一つの星がビジョンでないか。
それを時々確認しながら一山二山乗り越えていくことではないか」
なるほどといやに合点した。

日本的に言えば「志を持つ」ということか。
来年は自分の若いときの志はなんであったかを、早々考え直してみよう。


285、フィジィ‐について

2001年12月30日(日)

地理的にみるとオーストラリアとハワイの中間点、
日本より飛行機で7^8時間位か。もう9年なる。

この世のパラダイスという言葉が似合う小国である。
ハワイの観光化する以前の、何ともいえないのどかさを残している国である。

人がいい!、フィジアンといって無垢な温かい素朴な人なつこい国民性。
世界にまだこのような世界が存在していたとは!
NHKでも‘フィジーの特集’をしていた。

一度行けばその魅力にとりつかれるはずである。
今でも映画館が男女別席である。小さい島国なのにまたその周辺に、
多くのミニの島よりなりったている。
島そのものがホテルになっているところもある。

他の南国はハワイとニュージーランドしか行ってないので、
他と比べる事はできないが、華やかな観光がない分、
海と空の素晴らしさを満喫できたのかもしれない。

そこで行ったカーマ島がよかった。小さな島で一周一時間ぐらい、1人で
海岸を一周してきた。おとぎの国に迷い込んだようであった。

たまたまその日が日曜日。住民はホテルの従業員とその家族が、
小さな教会でお祈りをしていたのが印象的であった。

会社の社員旅行で行ったが、そのうちの1人が新婚旅行で行ったと聞いた。
そしてあらためてその素晴らしさを知ったと風のたよりで聞いた。
南洋の楽園とはよく言ったものである。

もし海の綺麗な、静かな天国のような島に行ってみたいなら
フィジーがいい。


284、[大倒産時代]

2001年12月29日(土)

大倒産時代
今年四月に出版された、帝国バンクの情報部長の「大倒産」
を図書館から借りてきて読んでみて、その深刻さに改めて驚いた。

そのサブ表題が、今年から来年にかけて、過去最大の倒産ラッシュに
襲われるという。今年はこの表題ほどでなかった?から来年がそのしわ寄せ
が大きくなるのではと不安になってきた。100万社の倒産予備軍控えているという。

今年2万社が倒産しているが、その予備軍の二割から三割が、
この数年で倒産するとしたら、一年で5万社あたりになる。
考えただけで背筋が寒くなる。

データーから読むとそう考えざるを得ないという。まずは来年4月のペイオフの第一弾、そしてその翌年四月の第二段と控えている。

今もそれに近いが、倒産が日常茶飯事になりつつある。
身近にマイカルが、新潟鉄工が、新潟中央銀行が倒産したが、それが日常になり驚かない時代に入ってきた。

それが飛び火して身近の火事にならないという保障がない時代である。
誰もが未体験ゾーンに入ってしまった感が出てきた。
とくに今まで溜まっていた膿が来年一挙に出ようとしている。

この本によると、「放漫経営による倒産」は死語に成ってしまったという。
「不況倒産」がほとんどという。この波は新構造不況業種を洗い、名門・
老舗企業を飲みこんでいく。発火点は地方都市より始まり、大都会へと荒れ狂うという。

その典型が長岡市であり、新潟市に思えて仕方がない。
公共工事が多く占めている新潟県は直撃そのものである。

その中で経営者はケチ、ガンコ、ムクチが必要要素とか。
それにしてもそこまできたか!というのが実感である。


283、創業の頃ー2

2001年12月28日(金)

中途採用は‘男で、一ヶ所でオぺレーションを4〜5年以上やってきた
キャリア’以外は入れない。
間違えて入れたらトンデモナイ苦労を背負い込むからだ。

ある日のこと,ライバルになる会社の事務の責任者と名乗る女性から電話が入った。

「会いたいといい、どうしても面接をしてくれ」という。
かなり強引の電話内容であった、そうして会った。
「取引先から貴方の事を聞いた、ほれ込んだぜひ自分を使ってほしい」
とのこと。

私もドライだが、こういう小説みたいな内容はまずい位は解かっている。
それより立ち上げの時は、なるべく汚れてない(癖のついてない)
人間を集めないと、空中分解をする可能性を孕む。
当たり前のことだが、人間は過去の経験に縛られて一歩もそれから出れない
性をもつ、更にそれに対し無自覚だ。

その意味で立ち上げ(創業)の一番の要素になる。
もちろんその話は成立しなかった。
次はマネージャーである。初めは潰れたばかりの建築メーカの元課長。
癖がついていてマネジャーに不適任。すぐ話し合い解消、次の人選。

時計やの2代目!これも一週間でヤメ。そうだリクルートしかないと、
東京まで中途採用の関連会社に出向いて、広告と面接!そして応募してきた今の支配人と出会う。


282、同姓同名

2001年12月27日(木)

東京でも、地方でもいつも同姓同名を電話帳で探していた。
必ずいるはずだと。山田太郎とか、小林恵子とか言う名前の人は
何回もそのことに慣れていたと思うが、一回もあったことがないのも気になる。

そしてインターネットの検索で見つけた。岐阜の駅周辺の呉服屋の主人だった。ー商工会議所の名簿に出ていた。
それを知った時妙な気分であった。周辺にいたらあまりいい気分でないだろう。

初めて見つけたことと、同姓という因縁である。手紙でも書こうと思ったが、
それはおかしいと思い止めた。

その話をある知人に話したら、それでは「自分の名をインターネットの検索に入れてくれ」
とのこと。それではと入れてみた。なんとその5年前の新潟で行われた、
マラソンのシニア部門の記録の名簿が出てきた。本人もびっくりしていた。

堀井は遡ると平家の武将で、源平の合戦で負けた落ち武者だそうだ。
その為か、富山や新潟の上越市周辺にその姓が非常に多い。
第二新館の鉄骨工事が富山の業者であった。その社長の名が堀井だった。
鉄骨検査でその工場に行ったとき、私の想像どうりヒタイの広い自分にそっくりな男だった。


281、夢日記ー12

2001年12月26日(水)


夢で景色のあまりの美しさに、よーく見ようとした瞬間消えてしまう。
誰も経験があると思う。

変わった夢にこんな夢がある。夢の中で瞑想をしていると、
自分の体がスーと浮き、部屋の天井の近くに漂っている。
さらに庭の辺りまで浮いている。
そして下をみて凄い経験をしている自分が信じられない!
浮遊しながらこういう自分が不思議と思っている夢である。

昨夜の夢は、かなり危ない夢であった。「酔って留置場に一晩泊まってきた」
と家内に起こされ説教されている夢であった。
夢の中だが誰かと飲んで後の記憶は全くないのだ。もちろん留置場など
泊まったことがないが、朝起きて記憶のないとき、そういわれてもしかたがない。
前日「男はつらいよ」のなかでそれに近い場面があったのが、
自分の酔っ払いの失敗と重なって夢になったと思うが。

夢は一日100分見るという。そうすると、一年で一ヶ月ちかく夢の世界にいるという。
一生で五年間以上夢を見ていることになる。そうするとそれを如何考えるかは重要だ。

それを記録して自分の潜在意識を覗き込むと、明せき夢(はっきり覚えている夢)
を見る頻度が多くなる。夢は自分の潜在意識の入り口でもある。

夢日記でよく覚えているのは、その直前に非日常の激しい経験をしたあとの
リアクションである。そう考えると他愛のないものとも思う。むしろ忘れてしまって
いる内容こそ深い自分の意識ではないか。

潜在意識下の戯曲化が夢であろう。

夢日記を書くこと、そしてそれを読み返すことは自分と潜在意識との対話になる。難しく
いえば顕在意識と潜在意識の対話といってよい。


280、喩え話

2001年12月25日(火)

かなりキワドイ難しい内容だ。これほど危ない内容はテーマに出来ない。
何で?あまりに本質的な内容になるからだ。それは能力の限界の
表現になる。浅い知識の底を見せてしまうからである。
といって、今更という気持ちで書いてみよう。

キリストも仏陀も喩え話の名人だったという。

難しい話も喩え話で一瞬に理解でき、かつ理解させる事が可能になる。
本質を心象風景で、いや心象画でー心的視覚化する事だ。

喩えー易しく噛み砕き、かつ事例に置き換えることか。
喩えのほうが本質より,より中心をついている場合が多いのは何故か?

イソップ話の内容はあまり知らないが、「かなり深い喩え話が含まれている」のではないかと想像できる。神話もその国の潜在意識という。

おとぎ話も昔話もそうだという。ジョークもユーモアも、
庶民の笑いに転化した喩え話が多い。

「暗い子狐」など、自身の心象風景そのものだ。ハワイなどでは出てこない
喩え話である。雪国の特化された生き物だからだ。

喩えはその本質の中心をつかまえてないと、転化できない。
逆にそれさえしっかり把握していれば、可能である。自分の心象風景に
置き換える作業である。そして心象風景の中から、その中心をより
把握させる置き換え作業である。

いずれにしても、自分の理解のためにも喩えを使うことも大事である。
鯰とかーとらえどころのないやつ。ムジナー??とか、動物に喩えるのも面白い。
キリストの「右頬を殴られたら、左頬を出せ」など、キリスト教の教えを
喩えで一言で表現している。


279、飲み助考ー隙間風

2001年12月24日(月)

男の楽しみの一つに「ちょっと一杯」がある。

酒を飲みながら‘隙間風’という歌を聴いていて、 
「飲み助の気持ちの本質は隙間風、だから飲みに行くのだ」と感じた。
それだけでないが。
こういう時代だからこそ、この隙間客という言葉がでてきたと思う。

隙間ーこれはどういうことか?ハンドルの遊びか?竹の節か?
「漠然とした心に満たされない何か」というところか。
それを埋めについつい行ってしまう。
特に単身赴任の中年にさしかかった人は、それがないとやっていけないだろ。

学生時代に金がないので寮で月に一回ぐらい、皆で酒を買ってきて飲むのが楽しみでだった。
サッポロジャイアンツやトリスの大瓶、それにスルメ。
酒の美味さを知った最初といっていい。何ともいえない楽しみであった。
知恵で深夜から飲むのだ。そのほうが酔えるからだ。夏4時ぐらいに陽が昇ってくる
くるあたりは陶酔の絶頂になる。若いから出来たのだろう。

人は酒を飲んで大笑いしている時が、一番の幸福の状態だという。
それに知的会話があると、非常にお互いプラスになる。他人の悪口になると、
暗い狐になってしまう。サラリーマン同士のそれは仕方ないか?組織内の軋轢
は厳しいからだ。

私の金沢時代(25-6才)ある意味で一番つらい時期であったが、
片町や武蔵ヶ辻の一杯飲み屋の酒は最高であった。反比例するのだろう。
数百年の歴史のある街、一杯飲み屋にも何ともいえない深みがあった。


278心の開放のために!

2001年12月23日(日)

心の開放のために!-何からの開放????かんがえてみよう!

「心を自由にする為に!本当に自分がしたいことを見つけよう。
これが一種の瞑想だ。これを探し出して、明確にしてそれを推し進める事が
本来の人間の姿だ。それが本来の価値であり、価値観といえる。」

下記にコピーした要旨である。瞑想の意味が今ひとつ解かってなかったが、
逆に自分探しという意味で説得力があった。

「仕事人間」を馬鹿にする風潮があるが、本人が本心に楽しければ第三者
の批判外である。自己実現こそ心の開放ということか。

何事も考えているだけで解からない、やはり積積的にやってみて初めて解かるものだ。

私が好きなのが早稲田教授のエジプト等の遺跡発掘の吉村作治氏である。3年浪人して早稲田に入り
好きなエジプトの発掘に自分の全財産を、全人生を投げ込でいる。

家族の生活費は大学からの収入で。タレント活動の収入は全て発掘活動に使う。
8000万だそうだ。それを種にして寄付等を願うと、その事実の前で4〜5億の
金が集まるという。「タレント教授」といわれても、
本人は手段と割り切っているから「そのとうり!」と開き直っているのがいい。 

大橋巨泉の生き方とレベルが違うと思う、それは私の価値観か!

H6/09ーコピー
ー自己実現のために-日下公人

心を自由にするために、こうするといい。自分は何が欲しいのか、どうすれば
幸せに感じるのか、人の寝静まった深夜に起きて、紙を広げて7つ書いてみなさい。

そしてそれに優先順位をつける。終わったら忘れて寝る。
翌日生活していると、おりにふれて思い出す。

友人、知人、有名人の言動をみて「あの人は自分の欲望の3番目をやっているな」
とか。・・・そうしたらl「実現の手段を考えよう。そして実現しそうなことより
実行しろ」と。実行の優先順位をつけたら、ほかの事はやらなくていい。

そうすると他の人の話が生き生き自由に聴けるようになる。こういうような作業は
一種の「瞑想」です。





277、笑いについてー

2001年12月22日(土)

私の最大の素質にきずいた!

腹から笑える事だ!昔からいろいろあったが、
これは子供の時からの特技だ!
いやそれだけ激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。

笑っていなくては、やってられない!

TVの漫才をみて笑っていたら、親戚の叔母が見ていて不思議そうな
顔をして「どうしたらそうして笑えるの?」と学生の時聞いたことがあった。

笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。
でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか?

人生から笑いをとったら、残るのは何だろう?
笑う為に生きてきたみたいなものだ。それだけで人生元を取ったように
思える。いや感動・感激もいえる。

魂の顕現化といっていい!それでは落語家か、漫才家になればよい。
しかしそれは商品でしかない。

実際の(笑)は違う。心、いや魂の緩みだ!
どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。
笑えない時期でも(笑)は別腹であったことは事実である。
その理由は今でも解かってないが、結局は背後に豊かさがあった為だろう。

家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、
大笑いをしていたらしい。
でも本当にそうかと自問してみるとそうでもないか!
「凍りつくような時期」ではどうであろうか?笑いはなっかった!
 
やはり結婚をして,家庭を持ってからはどんな時期にも笑いだけはあった。
それが家庭の効用?か。


276,ーべきことを、べき時に、べくすべき

2001年12月21日(金)

ーべきことを、べき時に、べくすべき
昔からこの言葉が好きだった。
「時節到来」ということか。その時その時の何かの時節がある。
それを見つけ、積極的に挑むということだ。
昨日書いた「後回し」の諌めでもある。

学生時代は勉強を、働く時期には働き、引退すべき時は引退をという事だ。
これがこのまま出来ないのが人生だ。あるいは社会だ、それだから面白いのだ。
その時のすべきことが見えなくなってしまうからだ。

その意味で家族、親の果たすべき役割は大きい。
結局それを刷り込むのが親の教育だからだ。親として耳が痛いが。

その世界に埋没してしまうと、べきことが見えなくなってしまうケースが多い。
常に変化に対し、チャレンジと闘いをしつづけていく姿勢が必要だ。

その時々、基本としてウオームハートとクールヘッドが必要だ。
いつもウオームヘッドとクールハートになっているからだ。


275、後回しー我が内なる無能性

2001年12月20日(木)


後回しにして忘れ失敗した事を、誰もが数知れず経験しているはずだ。
後回しは半分以上やらないことだ。言葉の遊びになると思うが、
「さき回し」もあるはずだ。準備はそれに似ている。

夢を持つことは、一種のさき回しになる。準備はものごとを
上手くやる最大の秘訣である。成功の功はネルという意味だ。練り上げ
成すことが、成功という。準備・計画の練り上げが最も大切だ。

計画の練り上げ内容でほぼ決まってしまう。
実行プロセスはあくまで、その手順レベルでしかない。

後回しはそのレベルと全く違う。ABC分析のCの後回しならわかる。
それ全て含めて後に回す。

無知無能の習慣パターンだ。わかっている、それが致命傷のなることを。
そして今までそれで致命傷に近い失敗をした。それでも後回しにしようとする。

今の日本の姿そのものがこれだ。ここにきても更に改革を後回しにしよう
のたうち回っている。戦後社会主義ー官僚体制主義から抜けきれずに。

決断の後回し、いや決定の後回しといっていい。後で後で後で人生終わってしまう!
「全て定年後といって内の亭主何にもしないの!」と家内の知人が言っていると
いう話を聞いたことがある。それの究極だ。ブラックジョークにもならない。


274,一卵性双生児

2001年12月19日(水)


今は行かなくなったが、10年前ぐらい週一回、10年近く通っていた店がある。
そこの板前兼亭主が一卵性双生児である。店の名前が「味生」である。

面白いのが、共同経営のうえに一軒の住宅に二家族が住んでいる。
子供が2〜3人ずついて、食事も一緒に食べるという。

二人の奥さんが一日交代に店にきて手伝う。
残ったほうの1人が家事をするという。小説になるような話だ。
「現実は小説より奇なり」とはよく云ったものだ。

ふぐの専門店で客種はいい、なんともいえない雰囲気があった。
副業と趣味を兼ね、チャウチャウのブリーダーでもある。

双子の世界は、一般の常識では解らないものが「テレパシーとか感覚の世界」
であるという。二人がカモシダシテイル雰囲気がなんともいえなくいい。
TV小説の世界に入ったような気になる。

いろいろな世界があるものだ!


218,喜怒哀楽

2001年12月18日(火)

喜怒哀楽-情念の世界

学生時代か、赤塚行雄の‘ナチの研究’の「教祖の話術」が印象的で
今もはっきり憶えている。
運命的な出会いの本といってよい。
その本を読んでから、それまでの生きかたが全く変わってしまった。

その本の内容は、「ナチがいかにして短期間に大衆を惹きつけ、扇動したか」
の要素の分析であった。

ヒトラーの感情むきだしの演説の手法である。
大衆の感情にうったえる手法である。
感情を抑えるのでなく、むしろ前面におしだし自己を主張せよ。
「感情を抑えるのが理性でなく、むしろ燃え上がらせ、
その舵取りが理性であると。

大衆を感情的に徹底して扇動、熱狂させろ!大衆はそれを待っている」
「大衆は馬鹿な存在だ、それを待っている」というのだ。

かなり刺激的の本であった。記憶で言っているので、
かなり主観的な内容になっている。

30歳少し前、長岡に帰ってきた時「おい堀井が変わってしまったぞ!」と
学生時代の友人に言われたのも、実はそれが大きい要因である。
考えてみれば単純なものだ。

しかし創造は発狂だということを実際体験した。
たいして狂ってなかったが。これをやると決めたら
全ての情念を叩き込む!

「もっともっと喜べ、怒れ、悲しめ、楽しめ!」というのだから。
周りは大変であったと思う。それも気づかれない様にやってるのだから。
本人はもっと大変だったが。ペルソナ(仮面)であったからだ。
長岡で全員が、その反対を真面目な顔で演技していたから驚いた。

感情豊かであるほど人間性豊かである。
感情豊かという事は、車のエンジンの排気量が大きいことに繋がる。
ガソリンは、感動・感激である。その為には超一流の芸術に接しることだ。
素晴らし音楽を聴くこと、絶景の場所に行くことだ。そのシャワーを浴びる事だ。

その時の感動が人間を豊かにするのだ!
というような教えであった。

殆どこの辺が創作になる。いやこの文そのものが偽悪の表現だが。
まっとうに生きようと思ったら、狂うしかないのも事実だ。

まっとうに生きるとは何かだが?自分の真に好きな事をみつけ忠実に生きる事だ!
それをやれば、世間様の目から見たら、狂っているとしか見えないからだ。

チロリチロリ、チンチロリ
一期は夢 ただ狂え  

今はホームページ創りにくるってます。


272,人生は問題解決のプロセス

2001年12月17日(月)

ー小説・脚本の創り方と人生ー

ジェームス三木の「脚本の創り方」という講演を10年前に経営セミナーで聴いた。
「藍より青く」を創ったエピソードである。朝の8時15分の連続TV 小説の時間の
身近にあるもの考えた。
「醤油と魚」である。醤油やと網元の対立に恋愛をかませる。それから「藍より青」
ができた。
その子女、子息の恋愛に対して、困難という山を次々と置き、それを
主役が解決していくプロセスをドラマとして筋を付けていく。

「へー、どうということないんだ!自分でも創れる!」ということを思い出した。
主役とは「問題解決人」だ。
水戸黄門もそうだ、勧善懲悪だから解かり易い。

人生も考えてみれば、問題解決のプロセスだ。そして一山二山越えていく事だ。
自分がその主役である。その意味で[みんなが大将!」である。

自作自演の舞台劇である。しかしそれをまた間接的に操っている存在に気づく事が
ある。どうにもならない運命という奴である。それを神という存在で解決しようと
いうのが宗教であろう。

いづれにしても問題は派生する。そういうものだと割り切ってしまえばいい!
「その問題はその時のその人に、ピッタリの内容」と思えば諦めがつく!

その時私のおまじないは以前も書いたように「正中心一点無」だ。
問題から逃げないで、その中心から目をそらさない事だ。
それが出来ないのが人間だが。


271,今年の驚愕?

2001年12月16日(日)

毎年驚愕がある!ー驚きーにしては言葉が足りないので驚愕にした
  ー今年は以下五つー
1、アメリカのテロ
  あえて書いても仕方がない!
2、ホームページ作りからみたパソコンとインターネットの世界!
3、イチローのアメリカでの活躍!
4、不況感!
5、ソニーの36インチのハイビジョンTV
  1年見続けての実感として凄い!

ー実感としてこの五つは、今までの常識を超えていた。
やはり21世紀の景色であろうか。
旅行には例年感じる驚愕は少なかった。

・それでは去年は如何であったか?「シルクロード」「シリア・ヨルダン・
 レバノンの旅」!「オーロラ!」
 どちらが凄い?と聞かれてばもちろん、迷わず去年?
・ 一昨年はもちろん驚愕!「ヌ〜の河渡り!」そして「イスラエル」と
 「ネパール!」・・・・・!

・3年前は「スペインのパンプローナの牛追い祭り」と「インド」と
「イスラエル」凄いショック!

・4年前、「ギアナ高地」と「タンザニア」・・・・!
 
と比べることが、おかしいといえばおかしいが。
何だ旅行の自慢か!いや、違う!
「うん〜」「そう〜か!ちゃんとバランスがとれているのか?」

それにしても21世紀とはこういうことだったのか!


270,本屋と図書館

2001年12月15日(土)

“私は書物を人にはすすめない。その人にとって本は買うまでが勝負である。
本屋でこの本を自分が買うと決めるその一瞬こそ最も大事なのだ。”
(第一生命・桜井社長・“NHKトップインタヴュー”より)

本屋に行くと何ともいえない緊張感がある。そのせいかもしれない。
自分でリサーチをして、そして決断か、情報万引きー立ち読みか、本当の万引きか、
その雰囲気を楽しむかいろいろあるからだ。

週に二回か、三回行く。その時の時勢が反映しているのが面白い。
最近はネットの「紀伊国屋」や「アマゾン・コム」で、半分以上買うようになった。

桜井氏の考えにも一理あるが、私など是非そのような人物が近くにいたら、
教えてもらいたいと思う。といってやはり自分で苦労して捜してこそ意味があるのも
当然の事だ。

本屋とか図書館に神か妖怪がいて、自分が真に求めている所に導いてくれるという。
誰もがその不思議な出会いを経験しているはずだ。

立花隆の「僕はこんな本を読んできた機Ν供廚今の私のガイドブックになっている。
トイレに置いてある。一度座るたび、ダイジェストで一冊の要約を知る事ができる。


269,再開発の愚

2001年12月14日(金)

再開発の愚

過去に書いた再開発の愚の文をコピーしておくが、懲りずまたもや
新潟駅前で始まった。それと万代橋の近くの再開発もである。

理屈はわかるが、民間がやるべき事だ。どうしても権力を持つと
自己証明をつくりたくなる。そしてやり逃げをやる。
逃げるところがあの世だから、更に始末が悪い。

再開発だけには関係するな!これが鉄則である。
役人と政治が絡んでくる分、計画が甘くずさんなってくる。

万代の再開発、死にかけたモウ?ク社長の墓か!長岡の?さらしだ。
言い過ぎじゃない!
それだけ馬鹿が多いということ!確信を持ってノーといえない。
岡目八目というところか!

駅前のそれも然り!どこの銀行が金を出しているか知らないが、
イイカゲンにしろである。こちらが腹を痛めるのでないから、
知ったことはないが。

過去の再開発失敗から何も学ぼうとしない。ようするに銀行
はバブル時に審査部門が崩壊!今もそのことに気づいてない。
崩壊したのは、銀行にとって経済だけでない、審査能力だ!

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H0511高級化と高度化 ー再開発の愚

・ ペガサス・Cで印象的な言葉で“高級化と高度化を勘違いするな!”がある。バブルでは、この勘違いで多くの業界が大ヤケドを負った。ペガサスの会員はほとんど、大きいケガがなかったのは渥美先生が当時よりこれを、くり返していた。システム・科学等を駆使して高級風にみせる。それも低コスト・低プライスで、これこそ高度化だ!新潟のホテル業界でも漫画みたいな話が本当にあった。高級ビジネスホテルが、それもアメリカのホテル・システムで駅南で計画があった。(一泊一万円)それに対して、周辺住民が大反対であった。その理由が計画者よりスジが通っていたのだ。
・ “こんな馬鹿な計画はおかしい。必ず失敗する!そうすればラブホテルに転用しなければならなくなる。だから反対だと!”そして中止となった。その会社は住民運動のお陰で助かったのだが、しかし今はつぶれかかって??。百貨店業界も、この程度の原則さえ判っていなかった無知業界(渥美先生)というのが今や現実にさらされている。

再開発がこれに陥ってしまう
失敗事例を書いてみるとー

a,古町に“ネクスト・21”という高度?の建物、
b,“新潟ふるさと村”
c,“ロシア村”
d,古くは“プラーカ”
e,柏崎の本町再開発?と、トルコ村
f,そうそう古町に腐りかけたローサ  −七転八倒していた
20年以上も

誰があれをやったのか!一発屋のイベント屋と組んだ政治屋の??の結果が、
ああいう形で残っている 。

ー何でこれから学ばないのか?ー


268,インターネットの時代

2001年12月13日(木)

独り言ー

今年めざした「ホームページ作りを通してインターネットとパソコン
をものにする」目標は果たせそうだ。

あるパソコン好きな旧知の人にそれを年初にいったら、もちろんお世辞だが
「これだけは負けてないと思っていたが、これでその分野は負けた]
といった。

「お世辞にしても、自分はそんなに能力がないのに何を言っているのかな?」
と思ったが、要するに暇だということを知っていた為だ。

手帳をみたら、3月より週2回はパソコンの先生に習っていた。一応やっと
若い人並みになった。とりあえず弄っていることが楽しくなったのだから、
それでも成功だろう。

それにしてもインターネットの世界の可能性はITバブルがはじけた
といっても、無限なことは事実である。

電話が普及した時、当初は社会が激変はしなかったが、
時間の経過とともに世の中を一変させた

私は「グーテンベルグの活版印刷が過去の最大の発明」と信じているが。
‘パソコン+インターネット’がそれをはるかに越えた発明であることは
間違いないみたいだ。

それもまだ始まったばかりというのに。
今日新幹線の中で読んだ月刊誌のある対談の一節が近未来、いや現実
になろうとしている。下記は本当の話だ。
「執筆をおえて一息をつくと、すでに明け方で日本人は皆寝ている。
丁度フランス人がネットに入ってくる時間で、ゲームの中でいっしょに
狩にいったりするのです。隣の人は知らないのに。エヂンバラで何をしたか知っている時代ですね。」





267,一点豪華主義

2001年12月12日(水)

1品豪華主義(一点豪華主義)趣味でも、仕事でもー

人生でも総てにいえる事だが、これだけは特別というものに
金をかける、人生の総てをかけることが重要だ。

反面それがアンバランスでもいいかという問題が残るが。
それでもいいかどうかは、やはり本人の問題でもある。

金も、暇も、能力もない人間でもこれは可能だ。
好きな何かを見つけ、一点集中的にエネルギーを注ぐ。
それを続けていれば、それについてプロの領域にたっする。

私のそれは、ご存知のとうり秘境ツアーだ。
他人の評価など全く関係ない、それが好きでたまらないからだ。

パソコンもあと2〜3年経つと、それに近い存在になるかもしれない。
旅行のネタをインターネットに載せるのも、一応理にかなってる。

「絵の好きな人が旅行先で景色を書いている」のを見ると、
人生の一番の奥義を見ているようだ。
一番好きな旅行で好きな絵を描ける幸せは何も変えられないだろう。

ピアノも一曲だけを練習すれば、弾けるようになるという。今度
ピアノの先生について一曲おぼえてみようかと思うが、無理か?


       (2) ─────
wMWMWw, / ̄7 (好きな事をやろう!)
  W"ヽ /  (感激しよう! )
(6 ^J^ / /  ────
 |  ̄ノ/ /
    ̄  |


266,基軸の日、基軸の時間

2001年12月11日(火)

一週間単位の基軸の日、基軸の時間。

それを決めておくといい。あくまで一つの見方としてだが。
ふと私の場合、土曜日の9時に考えてみた。そうすると何かぴったしだ。

そうすると一日単位でも9時だ、いや9時20分だ。会社について「さてと!」
と言う時間だ。そう考えるとうなずける。

そうすると、月単位では何時だろうか?
年単位では、何時だろうか?

難しい話はまたとして、ホテル計画をして、ある重要な決断の場面の数ヶ月は、
実際のところ午前二時三十五分が基軸の時間になる。それだけ集中せざるを
えないし考える。「何かその時間に意味がある」と、ものの本に書いてあった。
深夜の底というところか。木の水を吸い始める時刻が3時35分と聞いた事
がある。

「5時から男」は何時に基軸をおいているのだろうか。

仕事にんービジネスマンは一般論で言うと月曜日の9時というところ!
そうすると、プライベートでみるとやはり土曜日の9時、
ビジネスでいうと月曜の9時というところか。

そこを芯にして、生活とビジネスを組み立てるといい。


265,運について

2001年12月10日(月)

運がいい、悪いというが運とは何か考えてみよう。
「ある事をやった結果がたまたま上手くいった、失敗した」
というのが一般的にいう運の意味である。
運は結果論でもある。そうするとその「決定」が関ってくる。
ある決定の段階で、情報の受けかたと判断が重要になってくる。

そう考えると運のいい人とは、「無意識の判断」が適切・正しいということだ。
運のいい人とは適切な判断家ということになる。
適切な判断の連続線が運と言ってよい。

曇りのない心で情報、情勢を見る目が大事だということだ。
以前、情報工学の中山正和氏の講演を聴いた。科学者に似合わない内容だった。
その内容は後でコピーしておく。この文章もそれが土台になっている。

ついている人がいる。そういう人は本当に、どこまでもついているという。
もって生まれた運勢があるという。

その共通点をみると。
明るく、楽天的で、勘が鋭いという。(これは私の追加の感想ー>)それと
努力家で夢がある人である。

ーこういう問題を自分で提起しておいて、逆に疑問を投げかけてみるー
運なんてあるのだろうか?「能力」の別名でしかないのではないか?

何も努力をしないで、なにも学ばないで「俺は運がない」と呟いている人を
何人も見たからだ。そして他人の努力の結果を運にしか見えない人間の浅さを。

運は字のとうり「はこぶ」である。努力と判断力で結果を呼び寄せるものだ。
多くの人と接していると、その人の将来まで解かる。少しオーバーか?
運の悪い人に多いのは「甘さと狡猾さ」を持った人である。それなら私だけなく、
別に誰でもその人間の将来を見通せる、何故なら誰もそれをもっているからだ。

その逆を重ねていくということか。


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H0605般若心経のすすめ  

十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”
という講演で般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。

今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。

十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると

ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり結果として“運=無意識の判断”
を左右する。
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき自己の中に
その中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、
等々限りない。


264,税務調査ー2

2001年12月09日(日)

野村沙知代が脱税で逮捕された。悪質の為だが、それにしても実の息子に
告発されるとは異常だ。国税局の査察の場合大部分が内部告発だ。

全国の会社の15佑之侏の不正が行われているという。
そしてあまり表ざたにならないのは、多かれ少なかれ、
脱税が行われているからだ。「ことを大きくすると全てばらすぞ!」
それがあるから、足元を見て不正をする。

国の政治家があれだけ悪い事をし、官僚もたかり放題。
やりたくなるのも解るが、それをいちゃーおしまいである。

それにしても今まで、税務調査に入らないのもおかしい?
野村監督も知らないではすまないはずだが、ここが日本の甘い体質が
そのまま出ている。

うちの会社の税務調査の一年後の去年に、至近のホテルに税務調査が入った。
そして一億数千万を追徴されたという。
税務署も当社の数字を参考に、調べあげたと予想される。
敵もさるものである。

旧約聖書に税のちょう収人が、かなり身分の低い人としてイヤシメられて
書いてあるが、嫌われる仕事だ。中国に旅行した時、定年退職したばかりの
税務署所員が4人できていた。中国の金で一万円相当を貸してやったが、
帰国した新潟空港で円が下がってると9500円を返したよこした。

こうなると卑しいと卑下したくなる。そうそう‘暗い子狐’を‘卑しい’で
思い出した。


263,玉突き事故

2001年12月08日(土)

半年位前に、市役所分室に印鑑証明をもらいに行った帰りのこと。
長岡の大手通り四つ角で、車に追突してしまった。
その車がまたその前の車にぶつかる、玉突き事故になってしまった。

その玉突きされた車の中から、恐持てのやくざ風の男が、怒鳴りながら飛び
出してきた。雪駄を履き、金の首輪、角刈りの何とかスタイル。
「何さらすねん、この野郎!」と、やべえーなと思っても仕方ない。

「これは全て私が悪いこと、とりあえず100メートル先のところで!」
という事になった。直接ぶつかった車の人が真っ青の顔をしていた。
どういう訳か、いつもこういう時は腹が据わってしまう。

そしてそこに行くと、直接ぶつかってしまった人がいない。
少し待ってみようということで、待っても待っても直接ぶつかった人が
こない。恐れて逃げてしまったのだ。恐れる必要は全く無いのに。

こちらも拍子抜け、相手も拍子抜けになってしまった。
バンパーがかなり傷が入っていた。「バンパーを変えなくては駄目だ!」
ときた。しかし直接ぶつかった相手がいない。私も「保険が降りない。
手を打ちましょう!」というと「幾らだ?」と言うから「一万円!」
と言った。4〜5万?取られるなら、ハッタリで思い切って安く言ったのだ。

相手の額に青筋が立った。すかさず「こちらも本来保険で下りるところ
相手がいないので一銭も出ない。警察を呼ぶと面倒です、手を打ちましょう!」
と言うと急に「よし!」と言った。警察がよほど嫌だったみたいだった。
拍子抜けであった。

その時財布に7〜8万の金がたまたま入っていた。いざ支払う時に
それを見た相手の顔が忘れられない。「しまった、全部取れたのに!」
と言う顔であった。
後は逃げるが勝ち、さっさとその場を離れた。


262,強請りーその手口

2001年12月07日(金)

ヤクザ対処法

この仕事をやって20年、前面(現場)には一切立たない。
現場は危ない部分があったが、危ない人に一円たりとも支払った事は
一度もない。

暴対法ができてから、チンピラやヤクザも大人しくなった。
しかしその以前から殆どない。現場に「すぐ警察に電話をするよう」
と指示してあるからだ。

2ヶ月位前、本屋で「ヤクザの実践心理術」という本を買った。
どうということのない本だが、面白い内容であった。
脅しのテクニックが詳しく書いてあった。
まず私の経験を書くと

1、彼らが一番恐れているのが警察である。
  電話を迷わずかけること、警察の門をくぐる事だ。
  ーこれをただ実直に守ったから20年間一回も脅されたことはない。
2、暴力の使用を一番恐れているのは、彼ら自身である。
  それを熟知していればよい。「恐喝で逮捕の危険」の塀の上を彼らは歩いて
  いるのだ。
3、彼らと3メートル以内に近寄らない、いや100メートルだ。
4、数年に一回ぐらい間違えて電話をとってしまうことがある。電話を無言で
  たたききる。2^3回やると二度とこない。いちゃもんのつけようがない。
5、「ワイは正しいで、間違ってるのはアンタや」という我田引水のレトリック
  をつかう。「心理学のプロフェッショナル」である。
  火のないところにイチャモンをつけ、煙を出させてシノギー稼ぎ
  にする。言葉のパフォーマーである。ただそれだけだ。

6、簡単だが、でも恐ろしい?‘警察’という言葉を多用することだ。
  そして行くことだ。それしかない。彼等はプロである。金のならない
  ヤバイ相手はすぐ見抜く!
7、弱味を見せない、彼らは情報産業だ。つけ入られるような事をしないことだ。

ー先ほどの本の要旨は

・まずは怒鳴り!そして筋論に引っ張り込む。
・次は捨て身の居直り。
・王手飛車取り「数百万の損をしたとか大きく出て、数十万、時に数万を
 下げ強請る。
・いかに底深く、底知れなくするかを演出。ーそれを常に考えている。
・キャステングボードをとって、相手を引きずりまわすかが勝負。
・善意の第三者をよそう、そしてチャンスを狙う。

恐れるのは仕方ないが、とりあえず警察に相談それしかない。
そしてその瞬間、彼等にとって「それはもはや獲物でなくなる」
幼稚なお芝居の終了になってしまうからだ。

恐怖も悩みもそれから逃げようとせず、その中心点を凝視することだ。

「恐れさせ、混乱させ、警察に垂れ込めないようなお芝居」が彼らの実態だ。
ーこれがその本のいわんとするところだ。







261,ブランド品

2001年12月06日(木)

ブランド品の定義ー
1、アフリカの土人の酋長と一族が身に着けたがるもの。
  それも不釣合いのノーコーデネート。
    一品豪華主義の典型
2、それなりの金持ちが、社会的体裁の為に飾り立てる小道具。

3、キャリアのブスの中年女がこれ見よがしに身に付けたがる。
   −野村監督の奥様。スナックなどでも時時いる金ぴか女?
  ブランド痴呆女というところか!

4、自分のセンスに自信がない人の印籠代わりの小道具。

5、家具から、身に着けているも全てコーデネートして初めて
  意味のあるもの。したがって大金持ちの贅沢遊び!
  収入が年間何億のレベルの人種のステータスシンボル。
  したがって一般の人が買うことは、金持ちコンプレックスの
  低脳を披瀝していることと同じ。

 一時凝っていた家内が突然買うのを止めた。その意味が解ったのだろう。
 アジアの黄色人種が身に付ければ、エテコウのお笑い!
 それが旅行を重ねているうちに気づいたようだ。
 
 飛行場とか、ツアーで連れて行くショップのブランド物は2〜3年か
 それ以前の「投げ捨て商品」。その筋のシンジケートから「
 売価の一〜二割の原価」のしろもの。ハワイの飛行場で確か売上の
 6割か7割の家賃を取っていることでそれが公になった。
 その事は20年以上前から、知っていた。
 
 大手の代理店がそれを熟知、一時かなり稼いでいた。
 黄色のエテが群がっている姿は、西欧人の軽蔑の対象であった。


260倒産ー2

2001年12月05日(水)

新潟鉄工所の倒産の影響は私の想像以上になりそうだ。
その重みを解かってなかったのが本当のところだ。
地元に生まれ育った人は、実際かなりショックのようだ。

息子が新潟鉄工に勤めているだけで、自慢になるほどの
重みがあったという。

下請け、孫請けの地元の影響は、これから益々大きくなるのは避けられない。
考えてみれば当然で、これからその波及が出てきそうである。

地元では第四銀行が潰れた位ほどのショックらしい。
具体的にあそこがいくらとか、金額が出始めてきている。

一昨夜のTVのニュースで,債権者に対する説明会が出ていた。
直接の影響がないと思っていたが、そうはいってられない状況だ。
国内のテロを用心していたが、とんでもない処から火の手が上がった。

「日本の経済の終わり」の始まりの景色とはこんなものか。

長岡でも‘七?商店’が一億?千万とか、‘何とか工?’がいくらとか。
‘何とか銀行’が致命傷とか。今まで貸し先がおかしくなると
必ず噂の発生元としてて??銀行が流していたが、今度は自分の番になった。

それもペイオフに丁度いい塩梅で!
家内も「年内で全ての預金を引き上げる」という、当然の事だ!
もし株で信用売りができるなら、全ての財産を賭けて売りにするだろう!
これだけ確かな事はない。

仕手株の価値もないか!巡る巡るものだ。
全ての会社に言えることだが、
       「他人事でない!」

ーーーー
ーーーー
255] 税務捜査

2001/12/03 07:51

二年まえの9月の初め頃突然税務署に踏み込まれた。
基本として脱税はしない方針できた。
たまたまその年、広告塔の150万を看板として、20万以下にして
分散して,経費にして落としたのが指摘された。200万近くもっていかれたが。
皮肉なもので、たまたまその年、その一件だけ小手先を使ってしまった。

ある朝自宅に二人、事務所に二人、そして各ホテルに一人づつ合計8人が
10時に踏み込んできた。その瞬間私は刑事事件の‘被疑者’と同じ扱いである。

机の引き出しを全て開けられ、手帳もすべて押えられその内容を聞かれる。
三日間会社に監禁状態!(夜はもちろん開放されるが)
昼飯に食べに出ても何気なくつけられる。
その位しないと脱税は指摘できないだろうが、それなら「脱税をしなくては損だ」
と思うくらい、疑ってかかる。

自宅も刑事と同じように、調べあげる。
もし脱税をしていたら、絶対にごまかしは無理。
それより腹が立った。そこまでやる!というまで非人間扱いである。

別に悪い事をしているわけでないのに、何故そこまでと思う。
感情が許さない。その日は酒を飲んで荒れ放題であった。
それがなければ広告塔の件は、指摘されないで済んだ。
たった一件のそれをフォローしていたと思うからだ。
銀行の貸金庫はもちろん、取り引き銀行全て行って調べ上げる。

最後は間接的に褒められた。一つ指摘されたにかかわらず、
他は全く潔癖だったからだ。

初めてついた会計士の言葉が納得のいく言葉であった。
「節税はいい!但し脱税はやらないように。結果として同じ事だ。
脱税の方がむしろエネルギー使う。それならやらない方がいい」

それを信じてそのとうりの方針できたが、ここまでやるなら基本から考えて
しまう。ところがその数ヶ月後に、学生時代の九州の友人が遊びに来た。

飲食店を数店経営をしていて、税金を払った事がないという。こと税務署
の話になると目の色が変わるのだ。、逃亡者のような生活をしているという。
恐れかつ怯えているのだ。それなら払うものを払えばと思った。

それにしても8人の税務署員に踏み込まれるくらいに見られた
のか。信じられない。何事も経験だ!

私の家内の叔父さんが国税の査察をしており、以前面白おかしく
その話を聞いていたが、自分がね!というところだ。







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