堀井On-Line



[243] 大相撲

2001年11月30日(金)

2001/11/26 06:35 NoName


4〜5才の頃、住んでいた実家の店の屋上で、
地方巡業の大相撲のやぐら太鼓をうっていた。
戦災で大きいビルは他になかったためだ。

その貸賃かでタダ券が入ったのだろう,
父親からいつも相撲を見に連れてもらっていた。
吉葉山とか、千代の山、鏡里、三根山そして栃錦を憶えている。

考えてみれば10年〜20年前までは、巨人と大相撲とボクシングぐらいしか楽
しみがなかった。

好きでTVでみ続けているが、「大相撲も終わってしまった」感がある。
どうしてそうなったのか?やはり八百長と古い体質と真剣さが薄れたためだ。
ハングリーさが感じられないのも、その結果の為だ。

この50年近くで一番面白かった時期は、栃若時代と柏鵬時代と三八トリオ
(小錦・大乃国・保志など)が下から上がってきた時期だ。

もうそういう時代は来ないだろう。その世界の老人たちとその一派が、
今のプロ野球と同じくその世界を壊していくのは、自民党の橋本派と同じだ。
プロレスのショーと同じ、出来合いがばれてしまったのだ。

初めは嘘だろうと思っていたが、要所の一番はショーと信じている。
そう判断すれば、見るのが馬鹿馬鹿しい。
ーーー

如何でもいい事だが、あの原を監督に選んだ長島と読売の老醜社長!
コミックとしか言いようがない。
あの清原を残し、マルチネスを首!逆だろう哀れとしか思えない。
首を切るのは清原だろう!

首を切るのは、今のコーチだろう。そして凄腕のコーチを他所から引っ張って
きて改革をすべきなのが解かってない。話がそれたが。

何か今の哀れな日本の象徴だ、ここまで来たか日本!


[242] ゼネコンー2

2001年11月29日(木)


2001/11/25 10:18 NoName


同じ見積もりでも、3〜4割の値段が違ってくる。
平気で目の前で2000万・3000万、いや数億の値引きをする。
普通の感覚の世界とはかなり違った世界である。
今の不況の原因をつくったのは、ゼネコンの存在が大きいといってよい。

日本的特質がそのまま現代的に残っている。
この30年近くはゼネコンの付合いを欠かせたことがなかった。
社会勉強をその世界を知る事で,たっぷりさせてもらった。

悲劇、喜劇の渦巻く世界でもある。
しかし男の世界でもある。新しい創造に携わるからだ。
よしやるか!という決断から、彼等との付合いが始まる。

彼らのシステムに現場主任(現場代人)と言う責任者が、
殆どの権限を与えられる。その能力次第で完成のレベルが違ってくる。

システムを含め、やはり大手の会社はしっかりしている。
何年か経つとそれがわかってくる。またフォローの体制が大手ほどいい。

大手と準大手では総て含め、建築費に5〜7パーセントの差があっても、
それだけの出来上がりの差がある。

その業界が現在大きい危機に瀕している。供給過剰なのである。
それは20年前から言われていた。しかし減ったというより、むしろ
その数は増えている。

ある売り上げの量が、役所のその格づけの大きい判断材料にされる。
その為原価割れでも、請け負う事がある。その反面その役所から
談合で元を取るのだ。

今でも公然である。そのつけは国民にきているのだが、誰も知って
知らぬふりだ。この体質の結果が今の危機になっている。

工事には「箱物」といはれるビルと土木がある。
それと民間と公共にわけられている。公共は今はどうか?解からないが、
100傭鵡隋である。
民間の工事もかなりの確率で談合と云われている。

設計事務所も設備とか建材とかで、メーカー指定をしてそこからはねる?
こちらもそれを解かっているから、見積もりを出す時指定外でもよいと
いって渡す。そういう関係・因縁がびっちり詰まっている世界である。


[241] 健康法

2001年11月28日(水)

2001/11/24 09:46 NoName


1、私の健康法の基本はウオーキングである。年平均15000歩である。
  実際大変であるが、習慣化をしてしまえがそうでもない。

2、次は毎朝の風呂と、そこでやる足マッサージ。

 右(左)の手の指で、左(右)の足の指の間を合掌し絞り上げるが、
 かなり刺激的で、呼吸をしながらやる。次がコメカミと目の周囲のマッサージ。

3、夕食前のヤクルトと、健康食品(胚芽米の酵素と、パイウオーターに
 プロポリスを入れたドリンク)それと、基本として肉料理より魚料理を
 食べるよう心がけている。

4、砂糖とカンジュースを飲まないようにしている。

5、ものごとをあまりクヨクヨ考えない。

6、合わない人とか、いやな事は極力避ける。

7、昼に30分アルファーはの出る音楽を聴く。

8、あと海外旅行が精神によい。年2〜3回行っていると、毒を吐き出る。

 ただお腹九分目目まで食べないときが済まないのが悪い癖だ。
 毎日アルコールを飲む事も良くない。

  [健康法 人に説いて 先に逝き]
お粗末!
-----------------------------
昨日はカミサンと長岡の居酒屋・笑笑で飲む。三日続けて
飲んだ。この連休どこも行かないし、いいじゃないかと
理屈をつけて。

一昨日は前日0時まで飲んでいたため、酔い止めの薬を薬局で
飲んだ、かつ二軒目以降は梅割を飲んでいたため無事。

もし早死にするなら、私の場合の飲みすぎだ。



[240] 土日.祭日のすごし方

2001年11月27日(火)



2001/11/23 09:29 NoName


土日.祭日は5〜6時起床。パソコンに30分向かう。
6時前にウォーキング、8時前に帰る。

風呂に入り、食事、新聞・TVと続く。午前はこれにパソコンいじりが加わる。

午後はTV(愛の貧乏脱出大作戦、新婚さんいらっしゃい、ETC)
図書館、スーパー、読書、ショッピングセンターか何処かにいく。

夕方は散歩をかねての居酒屋か、郊外の飲食店で食事。
更にウオーキング、そして夜はTVかパソコン、これで一日が過ぎる。

単純だがこれが私にとって楽しい。

1〜2月に一回は柏崎の家内の実家に行く。

BSハイビジョン放送が始まって以来、TV が面白い。

あと数年たったら50インチの液晶TVを買うのを楽しみにしている。

50万くらいになったら、今は100万する。

(この前石丸電気で見たら、そのままそこに入っていけそうな別世界があった。)

一週間で今が一番楽しい時間だ。土曜日,散歩と風呂の後、TV を見ながら

パソコンと美味しいコーヒーを飲んでいる時だ。


238,)糸井重里のインタネット的

2001年11月26日(月)


2001/11/22 16:16 NoName

               
彼の著書の「インターネット的」が面白かった。
買おうとしていたところ、たまたま図書館にあったのを
借りてきて読んだ。買うほどでないが読む価値が充分あった。

まとめてみると、
インターネットのキーワードが4つあるという
1、[リンク]ージョイント的のつながりとは違うという。
  ジョイントは‘問いに対する答え’のように交互の繋がりをいうが、
リンクは問いに対していろいろな答えがある、それを有機的に
つながっていくことが可能なのがリンクという。
  それぞれのホームページのお気に入りのコナーから、
  新しいページに行き、 そこからまた新しいページにリンクしていける。
これがまず一番の特性。
2、[シエア]ーおすそ分け、情報の無条件の提供である。
そうでなくては誰も見てくれない。自分の利益を考えることは大事だが、
それを無条件に公開して与える。
3、[フラット]ーたいらー公平無名性に情報をやりとりすることが大事で、
  そこには肩書きも、立場も意味がなさない。
4、[グローバル]ー民族や国の枠を超える、世界的な視点になってくる。

リンク、シェア、フラット、グローバルの4っがキーワードだ。

自分でこういうホームページをつくって、何のためと自分で自問自答する
ことがある。自分の経験・体験・知識・考えを知らせる事と、
問い掛けることである。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
毎日目に見えない何人に向って,語りかけを実際しているように書く。

それには虚飾をすて本音で書かないと、すぐ見るる方も書くほうも飽きてしまう。

本音で書き続けると、本音の中にある虚飾に気づくことがある。

今までの日記(ノートに書いていた日記)より、深くなっていく部分

と、やはり観られている為に本音をカモフラージュしている部分が出てくる。

また内容のイイカゲンさは排除しなくてはならない。

その為集中を自分に課せることが必要になる、これが最大の収穫だ。



[235] 糸井重里のインタネット的

2001年11月22日(木)


彼の著書の「インターネット的」が面白かった。
買おうとしていたところ、たまたま図書館にあったのを
借りてきて読んだ。買うほどでないが読む価値が充分あった。

まとめてみると、
インターネットのキーワードが4つあるという
1、[リンク]ージョイント的のつながりとは違うという。
  ジョイントは‘問いに対する答え’のように交互の繋がりをいうが、
リンクは問いに対していろいろな答えがある、それを有機的に
つながっていくことが可能なのがリンクという。
  それぞれのホームページのお気に入りのコナーから、
  新しいページに行き、 そこからまた新しいページにリンクしていける。
これがまず一番の特性。
2、[シエア]ーおすそ分け、情報の無条件の提供である。
そうでなくては誰も見てくれない。自分の利益を考えることは大事だが、
それを無条件に公開して与える。
3、[フラット]ーたいらー公平無名性に情報をやりとりすることが大事で、
  そこには肩書きも、立場も意味がなさない。
4、[グローバル]ー民族や国の枠を超える、世界的な視点になってくる。

リンク、シェア、フラット、グローバルの4っがキーワードだ。

自分でこういうホームページをつくって、何のためと自分で自問自答する
ことがある。自分の経験・体験・知識・考えを知らせる事と、
問い掛けることである。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
毎日目に見えない何人に向って,語りかけを実際しているように書く。

それには虚飾をすて本音で書かないと、すぐ看る方も書くほうも飽きてしまう。

本音で書き続けると、本音の中にある虚飾に気づくことがある。

今までの日記(ノートに書いていた日記)より、深くなっていく部分

と、やはり観られている為に本音をカモフラージュしている部分が出てくる。

また内容のイイカゲンさは排除しなくてはならない。

その為集中を自分に課せることが必要になる、これが最大の収穫だ。



[234] ゼネコンの世界-1

2001年11月21日(水)


26歳から増築2回も含め八回工事を経験したことになる。

そしてその業界の深さ、得体の知れない不気味さを書いてみよう。

まずは「談合世界」が基本にある。それと業界の情報網がある。

国家が認める?犯?システムである。
こんな事を書いていいのか?もちろんよい。

誰も告発は出来ないからだ。

全員が解かっていながら薄ら笑いをしながら、集っているからだ。

イタリヤのマフィアの日本的国家版だからだ。

私ら素人?が如何あがいても、どうにもならない世界である。

新潟県のその大本は「大成建設」という話を聞いた事がある。

ヤクザの世界にそっくりだ、いやそのものだ。

普通の素人は、その世界に入ってきた子羊一匹といったところ。

その中で自分が出来る最大の抵抗を試みるだけだ。

考えてみれば、出来上がりの製品を買うわけでないし、設計事務所を

100パーセント信用してよいわけがない。

甘ければ甘いだけ商品の価値を下げた建物を造ってくる。

それとその噂を聞くと、色いろな因縁を作って業者が寄ってくる。

もし親戚とか同級生の業者を入れたとしたら、そこはノーチェックとなる。

それがあるから彼らは因縁があるほど有利になる。

もしそれが成立すれば‘いただき!’である。

そんな善意(利害をを目指した因縁)は金を屋上よりばら撒く以下だ。

その連中(騙す奴と騙される奴)がいるから、世の中が成り立っているのだ。

こんな事を書いているだけ、私が純粋か低脳だからだ。

もちろんこのバラシを楽しんでいる。

建物を創るほうから見れば、命を懸けた魂の塊だ!

もちろんそれを受けるほうもそうだ。

だから談合もあるのだろう。


[233] イチロウ

2001年11月20日(火)

「今の天才と言われる新人類は,皆コンピューター付きマシーンを使っている」

とメケメケの美輪?が言っていた。

バッテングマシーンに,何か工夫をしているのではないかとは思っていた。

それが昨日のBSNHKのイチロウ特集で、

その秘密の一部を知る事が出来た。それは何か!

「テニスボールを投げ込むマシーン」であった。

それで230舛離謄縫好棔璽襪鯏蠅温み、スピードに対し目を作ることと、

反射の訓練をしていたのだ。これが彼の秘密のかなり本質の部分と直感した。

スピードに目を慣らすのだ。実際に球がきた時に、
緩く見えるまで訓練するのである。そこに赤と黒で数字が書いてあった。

それが見えるまで訓練するのだろう。

バッテングと守備の捕球に対して、
球の見極めができるよう訓練をしていた。

子供の時から、そのマシーンを使っていたのではなかろうか。

脳と身体のサイボーグ化をしていたのだ。脳作業もしっかりしていた。

もちろんそれだけでは、あれだけのプレーはできない!その上に

努力を人一倍重ねたのだろう。努力は誰もできる、ようはその方法を

如何見つけるかだ。

イチロウは自分の練習を人に見られるのを極端に嫌っていた。他にも

彼なりの科学的方法を積み重ねていたのだろう。

3年前に森監督の講演を聞いた時、「イチロウは王・長島とは格違いの

レベル」と言っていた。そのとうりになってきた。


ベトナム旅行記

2001年11月14日(水)

[231] ベトナム旅行記ー3
              11月18日

−偽100ドル事件ー

今回の旅行で面白い事件に出くわした。
明らかに観光客を狙った偽100ドル詐欺事件だ。

日本では大事件だが、ベトナムでは日常に行われているのだろう。
三日目になるが、写真に載っているハロン湾で食事を終えた頃、
ベトナムの刺繍を売りに来た。

私達はもちろん買うわけでなし、しかし何人かが買っていた。
4人席の目の前の同行の2人の老女がそこで買い物をしていた。
確かその場面の写真を撮っていた。
現地の金とドルの交換を頼まれ、親切心で替えてやったのだ。
それも人の良さそうな老女を狙ったのだ。

そして最終日の帰る日に、その目の前の年寄りの一人がデパート
で100ドル札の引き取りを拒否された。それを添乗員が偽札と疑い
銀行で偽札と判断した。

添乗員が言うにはカラーコピーの幼稚なシロモノ。
観光客の老人を狙ったのだ。日本では大事件だが、ベトナムでは
単なる日常の軽い詐欺なのだ。

現地の代理店の責任で、その100ドル札は彼女に本物と取り替えられたが。
日本とベトナムの差を垣間見た。何人かがその詐欺の女の写真を撮って
いたため恐らく警察にマークがされるだろうが、日本ではありえない
事件である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
どうなってるの!ー恐慌に入ったのだろうか?
-何回も書いたが、「どうなってるの?」

新潟駅前は、本当に夜は西部劇のあのゴーストタウンみたいだ。
本当に誰もいない(少しオーバーだが)客も部屋より出ないらしい。

恐慌に入ってしまったのでは?と思うのはこの仕事のせいだけでない。

‘延べ10000室の契約’が出来たのと、サッカーで2000室
のプラスが見込めるため、丁度差し引きゼロで来年度は目途がたっているが、
それがなかったらどうなるのだろうと寒気がする。

今の数字の流れから見て、客数はいいところで10パーセント、
悪いところは20〜25パーセントのマイナスが予測される。

恐慌はその時点の数字より30パーセントの落ち込みになるという。
今はそれに近い状態といってよい。

冷静にみればこれは何も不思議でないはずだが、いざ
現実に現象に起きてくると、ほんと?と疑うのは、まだまだ現実が
解かってないのだろう。

2001/11/18

[230] 抽象概念と具体概念
抽象概念と具体概念のことをある本に書いてあったのを
まとめてみた。  −少し硬い表現だがー

・それ(抽象・具体概念)以前は「非言語的原始概念」
−原始記憶の集合や組み合わせを、頭の中でこねくりまわしている状態を
 言い、あと一歩で言葉になる状態。
・頭の中のヴィジュアルな素朴な原始記憶を非言語的原始概念という。
----------------

毎日このような文章かをしていると、なにか毒だしをしているようだ。
宿便を毎日吐き出しているいるようでもある。

ほとんどが以前文章化したことがあることだ。
あるいは一日7〜9万回考えていた一部でしかない。
それを概念化としてきっちりまとめる事が最大の収穫だ。

原始記憶の集合や組み合わせを、頭でこねくり回した状態を
ひっぱり上げて概念化していることになる。
‘経験を素朴な言語化をして置いておいた原始記憶’の蓄積があるから
毎日かけるのだと思う。

抽象的言語と具体言語とそのミックスしたものを概念化として吐き出す。
これが慣れてくると面白い、こうなればしめたものだ。
毎日飽きずに書いているのは、実際のところ面白いからだ。

2001/11/17

[229] ー
ハノイで見た水上劇

日本の浄瑠璃と歌舞伎を合わせたような伝統劇
http://isweb29.infoseek.co.jp/diary/h_888888/cgi-bin/upboard/updir/dscf2223.jpg
2001/11/16

[227] -
ホイアン市内の日本橋

2百数十年前、日本人がつくった橋

どうしてそこに日本人が?
http://isweb29.infoseek.co.jp/diary/h_888888/cgi-bin/upboard/updir/dscf2244.jpg

[223] ベトナム旅行ー2
こういう時期も含めかなりの年配の人が多い旅行であった。

家内がその何人から面白い話を仕入れていた。

年配の人は自分を基準に考えるため、あまり自分のことが見えないみたいだ。

少し年上の問題のある人に対して辛らつだ。

成田に家族が車椅子の老人を連れてきて、さっさと帰ってしまい

後は大変、皆で帰るまで面倒を見るという。しかしトイレまでは

さすが面倒見切れないという。その都度誰かが見ざるを得ない。

まだある、痴呆症の人を連れてきて置いていくケースもあるという。

まさに人生の凝縮である。

それに近いのは経験あるが、さすが年配の旅行者の話はすざましい。

しかし元気だ!見ているとたくましい。

とりあえず動く、後は自然に任せる生き方のようだ。

自閉症の若い人の対極にある。 

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ベトナムに日本に重なる部分と、少し違ってる部分が見えた。

重なっているところは、日本がアメリカの属国であり、

ベトナムがソ連の属国であったところで、その優等生のところであった。
アジア系ということと、縦に長い海岸線の漁業と農業の国で、

仏教国であるところである。

顔つきも中国系の人はほぼ日本人である。

料理も日本的な味が多く、今までの旅行で一番類似した国と言っていい。

中国・朝鮮よりも日本的といっていいくらいだ。

ただアオザイの若い女性の服装が何ともいえない、
ベトナム情緒をかもしていた。

中国・フランスに長年支配された為か近代化がなされており、

意外と特有な文化がみられない。サイゴン・ハノイにインターネットカフェ

が多く見られた。新潟・長岡よりすすんでいるのか?

違いはこれから確実に発展していくのが解る。

若い人の活気があるのと、目の輝きが違う。

日本ももうピークを過ぎてしまったのかと考えさせられる。

教育制度を今一度、見直さないと10年〜20年後は悲惨な状態になるだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーー
帰ってきてよく使う旅行代理店より、悲鳴に近いパンフレットと

手紙が届いていた。1年分の経費の積み立てがあるから、潰れないが

社内に社員がウジャウジャいるとか、頑張ります!とか。

同じ経営者として、その深刻さが手に取るように解かる。

売り上げは半減だろう

2001/11/16
[222] ベトナム旅行記−1
1、 −オートバイ社会ー 
驚いたのは街にオートバイがあふれている事である。
 一家に一台の普及率で、50CCまでは免許がいらない。それに
 2〜4人が乗っており、フルスピードで街を駆け巡る。
よく事故がおきないと思えるほど危ない。おまけに殆ど信号がない
 のに、平気で十字路をお互い横切る,曲芸だ。 
やはり、いや当然事故が異常に多いという。
ー今から10年前の中国が自転車社会であったが。
    今もそうか!?

2、活気に満ちてるのも、自由経済の導入の為か。
ドイモイ政策で7パーセントの経済成長。
 これでかなり物質的に豊かになった。
  国民がアメリカ、日本に目がいっているという。

3、80パーセントが農業人口で占められとおり、
貧しい中でも何か最低限の生活が保障されているのが解かる。

4、昭和30年頃の日本に都会は似ている。

5、貧富の差があまり感じないのは、好感が持てる。

6、人口は7800万、文盲率は20パーセント、給料は2万円とか。
 仏教が60パーセント、イスラムは6万人とか。
 学校制度は5、4、3,4年制だ。

7、ベトナム料理は美味しいことで知れているが、 
 中国風ベトナム料理、フランス風べトナム料理があり、
 評判どうり美味しい。

8、地方の風景は、日本のそれに似ている、
  水牛とアヒルが多くみられるのが特徴といってよい。


印象をそのまま書くと
・まじめな、仏教徒国、
・農業が80パーセントの縦に長い国
・失業率が17パーセントー社会主義から自由経済の過渡期にあっての混乱期
・大体の国民は5時に起床、7時半より17時まで仕事
・過去は数百年は中国、19世紀半ばより1954年までフランスに支配される。
・そしてその後アメリカとベトナム戦争。100万人が死亡、200万人が不傷。
・今は石油が発掘。輸出の1位を占めている。小さくまとまった国。

今回の旅行での出来事
・中間あたりでーダナン。ハイホンで台風にあう
・ハロン湾で連れの人が目の前で、100ドル札の偽札の両替
  ーもちろん意図的につかまされる。

2001/11/15

今朝、成田に7時半に帰ってきました。
午後は疲れか熟睡し、さっき起床しました。

明日から出社予定です。
旅行記は改めて書くつもりですが、印象を書いてみます。

1、成田は意外とピリピリしたところはなく、少し警官が多いと感じでした。
  シーズンオフを含めガラガラでした。
2、ベトナムは思ったより、西欧かされていました。

3、やはりアフリカや中東やインド・パキスタンなどに行き続けたためか、
 刺激という面で今ひとつでした。

4、その中で、イロイロな見聞がありました。

5、ベトナムも観光や、輸出などでテロの影響が出ているようでした。

 疲れは殆ど残ってないようです。


[220] 実感の言葉

2001年11月08日(木)



  
「自分の人生の今までの実感を、幾つかの言葉で表現してみたら?」と聞かれたら

1、まずは「恵まれていた」これが全てと言ってよぐらいだ。   
  (  時代、両親、恩師・・)

2、次は、「ついていた、運が良かった」

3、第三は、「面白く楽しかった」

4、第四が、「有難う」ー感謝・感謝・感謝である。

5、そして、「愛こそ全て」愛情の大切さである。

6、「もう一度全く同じ人生を!」ー


  「ありがとう、面白かった、悔いはなし」
 実際のところ、うそ偽りなしの気持ちである。

  ーなんか遺言みたいだー
---------------------------------------------
ーいざベトナムへ!ー
  
こういう時代になった為に、一回一回が最後のチャンスと考え旅行を
しなくてはならない。
行く方も必死だ、ベトナム航空でベトナムなら大丈夫だろうと決定した。

いざベトナムを決めて情報をとると、サイゴン(ホーチミン)や
ハノイはかなりスサンだ状態だそうだ。かなり危ないらしい。
しかし地方は良さそうだ。

一週間で、近いということで殆ど緊張感がない。

18時に成田発だ。


[219] 無駄な事なし

2001年11月07日(水)


人生ふりかえってみて感じる事は[無駄な事は全くない]という事である。
ある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!

全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、一番重要なポインだった
ようだ。皮肉と言えば皮肉だ。重要な事はボロを羽織ってくるのだろう。

老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖
「自分の人生これでよかったのだろうか?」という問いかけだそうだ。

ある本に`自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」という言葉
を残していたと姉より死後に聞いて、立ち上がれないほど
ショックを受けた’という内容が書いてあった。

なにか非常に悲しい響きが残っている。

母に「人生の元をとった?」と聞いたことがある。
「とったとった十分とった!」と嬉しそうに言っていた!

人によって「無駄な事だらけ」という人生もあるのかもしれない。

人生にやはり意味を求めていないと、そうして精一杯生きてないと、
失敗だった?という気持ちになってしまうのだろう。

無駄とはどういう事だろう?
ある事業に失敗したとする、それをどういうように解釈するか?
自分の解釈で意味ずけをするかだ。
無駄にみえても、意味があると解釈するかどうかだ。



[217] 夫婦別姓

2001年11月06日(火)



夫婦別姓について、あるいは行き過ぎた女性の社会参加についても、
如何でもいいとも言ってられなくなった。そうでもないか?
かなりの思い切った男性優位論を掲げた、ユング系の教授の
ホーページが面白い。  
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/ka2/rindou/contents.html

アメリカに与えられた民主主義で、消化されてない女性の異常な権利
の主張が日本の特質になっているが、それのみならず家庭を崩壊始め
ている。
誰も男の立場で何も言わなかったが、正々と論陣をはった彼に敬意を
表する。

かなり行き過ぎもあるが、どうであれ面白いので、
是非彼のページを覗いて見る価値がある。

すっきりするが、今の日本男子の哀れな姿を彼が教えてくれている。
今の原理主義も全く肯定できないが、今の日本の一部の馬?女を見て
いると、そのとうりと言いたくなる。その連中(テロ)の前でこの馬?
女ーどもに「銃を持って戦ってみろ!」と言いたくなる。

これは旧約聖書の原理の解釈の戦いだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー林道義ホームページー

  夫婦別姓への疑問

 夫婦別姓を唱える女性は、弁護士や官僚が多いが、彼女達は親が
弁護士や旧家なので、実家の姓が誇りであり、夫と同じ姓にするのが嫌
なのである。「自立した女性」ではなく、実家に寄りかかっているだけだ。
それでいて「家」を否定するのだから、恥をしれといいたくなる。

明治の民法論争は、封建道徳の擁護といった問題ではなく、家の中のこと
に法律を振りかざすことに疑問を感じた人が多かったのではないでしょうか。

工業化がすすめば給料取りが増え、自然に「家」から離れるわけです
から、民法で無理に夫婦中心の小家族にする必要はなかったと思います。
夫婦別姓を唱える人は、大切な物を破壊しようとしています。

-------------------------------------


男女共同参画は社会を破壊する

 女性副知事の増加は、男女共同参画法の影響でしょう。
クラス委員長が男子なら副委員長は女子にするというのは、学級会だから
うまく行くのであって、企業や官庁にもちこんだら組織は破滅します。
こういう場合は、フェミニスト団体を背景にした女性が売り込んできます
ので、組織の健全な発展ではなく、破壊をもたらします。
ーーーーーー-------------------------


1 フランス在住の「専業母」より(リヨン在住 Cさん)

 先日、少年バスジャック事件の記事から、先生のホームページを知り、
一気に読ませていただきました。
私は、フランスのリヨン在住の主婦で3人(4才半、3才、8ヵ月)の
子供の専業母をしています。主人はイタリア人です。

 先生のホームページを読み進める間に、何度か思わず拍手をしてしまい
ました。私の、常日頃思っていたことが、解りやすい言葉で書かれていた
からです。漠然と頭の中にあったものが整理されてきた感じがします。

と、どうしても先生に手紙を書きたくなりました。あれもこれもと書いた後
で無理やりつなげた、要点のまとまらないもの(しかも長い!)
になってしまい、無知をさらけ出すようで恥ずかしいですが、
やはり送らせていただきます。

お時間があれば、現役主婦・母の声として読んでいただければ幸いです。


 昨年はじめあたりから、日本で女性の社会進出を叫ぶ人達
(多くは自称フェミニスト?)と専業主婦の間で、論争が起こっている、
という話は耳にしておりましたが、海外におりますので、テレビや誌上で
どのような経緯でどんな論争がなされたのかは、詳しく知りません。

しかし、身近な声の中にも「自立した女性・母親でありたいので、
子供を保育園に入れて仕事を続けることにした。」
「身の回りの世話や育児をすることと引きかえに、夫を束縛し、
夫に依存するような女性にはなりたくない。」
というように、専業主婦そのものを蔑視する気配が感じられました。

私は、彼女らを非難するつもりはありません。
むしろ母親業をするときはマメで、効率よく家事をこなしている例も多く、
見習いたいところがいっぱいです。ただ、私にはこれらの考え方が、
とても視野の狭い、片寄ったものに感じられるのです。

 第一に「専業主婦は自立していない」とは、何をもってそういうので
しょうか?経済的な事にだけ焦点を当てているのでしょうか。同じ
「収入がない」ということで、理由もなく働かない健康な若者と混同されては、
話になりません。

主婦業は持続力、判断力、創造力をいかんなく発揮できる恵まれた仕事だと
思っています。人間が生きていくのに不可欠な「家庭」を取り仕切りることを
一生の仕事として受け入れ、日々を送ることを「自立しているしていない」
などという命題で片付けようとするのはあまりにも矮小な捉え方のように
感じます。

 次に、保育園についてですが、例えば、看護婦など、特殊な仕事の場合や、
経済的にどうしても母親が一家の稼ぎ手として働かなければならない場合
などは保育園の存在は助かると思います。
しかし、先生もおっしゃるように、保育園の拡充(「駅前保育所の増設」
「24時間保育の実現」)などは、一部の女性の利益にしかならない無駄な
ことだと思います。

もし実際にこれが実現して、女性がみな出産後すぐ社会に戻るように
なったら、古い言葉ですが「ゆゆしきこと」だと思います。
保育園で働く保母さんはみんな自分の子供を保育園に預けるのでしょうか?

「自立した女性は、将来、自慢できる母親になるであろう」といいますが、
3才までの子供のその日、その時はどうでもよいのでしょうか?
保育園には専門家がいるとよく言いますが、本当の専門家はどれだけいるで
しょうか?

もし本当の専門家がいれば子供はすべて専門家に預ければいいとでも
言うのでのでしょうか?これは母親の重要性のまったくわかっていない人の
理論です。

子供の専門家は、その母親であるはず(べき)だと思います。
そして必要のある場合は母親(父親)の判断で専門家の意見をあおぐ
べきです。
しかし、子供の専門家は、その母親であるはず(べき)だと思います。
そして必要のある場合は母親(父親)の判断で専門家の意見を
あおぐべきです。
しかし、この場合はむしろ二の足をふむ人が多いのが現状でしょう。

 そもそも女性には子供を宿し、産み、母乳を出して育てる、
というしくみが備えられています。だから太古から、男性が外に出て、
食物をとり、養ってきたのだと思います。

これは、生きるために効率の良い分業であったのでしょう。
その本来の差(特徴)を無視し、「女性も社会に出て働こう!」
「男女均等の社会を!」「男女差別をなくそう!」と、
何でもかんでも男女同じにしようと見当違いの抗争をするより、

他に考えることや実行していくことは山ほどあると思います。
それも早急に。社会で女性が不当に差別されている例は実在し、
それについては改める必要があると
思いますが、それを口実に(しているとしか思えない)片寄ったフ
ェミニズムを扇動
する人達がいるのは、出産や育児などの「仕事」もはたしつつ、
社会でも活躍したいという女性の邪魔にもなりかねません。
はっきりいって、本当の意味での平等な社会の実現を阻むものだと
思います。

それから、「身の回りの世話や育児をすることと引きかえにで、
夫を束縛し、夫に依存する」というのも、妙な言い替えのような気が
してなりません。

類似した言い替えで「夫は稼いで妻子を養ってやるので妻は家事を
やれというのはおかしい」というのもありますが、どちらも
「役割分担をする」ということが頭にひとかけらも浮かばないので
しょうか?だいたい束縛し依存することなど、
そう簡単にできるものでもありません。

 話はかわりますが、イタリアでよく聞かれる言葉で
"Sempre pronta"という言葉があります。主婦や、特に母親について
使われます。直訳すれば「常に準備が整っていること」ですが、
これはただ「家をきれいにし食事を整えておく」というだけでなく、
「臨機応変に判断し、
必要に応じて速やかに対処する」そして「受け入れる余裕がある」
という意味を持っています。私の好きなイタリア語の一つです。

 主人と結婚する前には、イタリアの女性というと
「個人主義で情熱的で自由奔放で自分の欲望のままに生きる」と
いったイメージがありましたが、踏み込んでみると、
そこには違った女性たちがいました。主人の母もその一人です。

家は埃もなく気持ちよく整えられ、服は洗われアイロンがかけられ、
傷んだものは
繕われ、丁寧に着られています。これだけ家や物事を維持していく
のは大変なことで、毎日ほとんど一日がかりのようです。
でも不思議と悲壮感や倦怠感は感じられません。

自分もきれいでいようと、気持ちの良い服を着てきれいな身の
こなしで家族のために仕事を進める義母はやるべきことをやっている
人だけが持ちうるオーラのようなものに包まれています。
「身じまい」とか「しつらい」という言葉が思い出されました。

生活のすべてが「そうしないと心地悪い」というような確固とした
美意識と家族への愛情に支えられているのです。

 「子供ができて、私は、私の人生からひきずり降ろされた感じがする」
と言った女性がいますが、「そう思っちゃうのか、かわいそうだなあ」
というのが、正直な感想です。
女性(結局男性もですけど)の生きる場所は、社会だけではありません。
外の世界にばかり、自己実現の機会があるわけではないと思います。

 と、読み返すと、何かたいそうなことを述べたてておりますが、
実際には母である
ことはなかなか難しく、これで子供たちは幸せなんだろうか?
と不安になることもしょっちゅう…という三流母です。

 今後も、先生のHPを楽しみにしております。
奥様にもよろしくお伝えください。
私も「主人が待っているから」と帰るくちです。


[216] クルージング

2001年11月05日(月)



10数年前になるが、3分の1の値段でいいから、クルージングのツアーにいかないかと、当時の大手の旅行代理店の支店長から話があった。もちろん二つ返事でOK!

当時第二新館の土地の買収先のオナー夫妻と参加した。
クルージングが4泊5日で香港2泊の一週間で10万円だった。
こういうレジャーもあるものかと感激した。

毎食がバイキングで、これ以上おいしい料理がないくらいの美味しさ。

かつ夜10時から朝6時くらいの睡眠以外、船内のあちこちをブラブラしている。

それがまた楽しい。船上で甲羅干しで寝ているか、ウオーキングをしたり、ライフルを撃ったりする。

船内ではヨガ教室に参加したり、英会話、ダンスの講習、などイロイロありその好きなやつをして過ごす。
それが気ままにどれに参加してもいいのが楽しい。

金持ちはイロイロな楽しみ考えるものだ。
贅沢な遊びの最高に属するものだ。三ヶ月で数百万するものが
たまに見ることがある。

ここで面白い社会構造を見た。船会社と船員がイギリス人、コックが中国人、メイドや下働きがフィリッピン人であった。それに客が日本人であった。


夜がカラオケにパーテーやカジノの時間だ。
これが毎日続く。気分的に最高であった。そして飽きた頃にフィリッピンに上陸である。マニラとミンダナオ島であった。
正式な上陸でなく警察つきの仮上陸の為、パトカーのサイレンを鳴らしながらのビップ待遇である。
えらい?代議士がその気になるのが解かった。

60歳を過ぎて余裕ができたら、
地中海のクルージングに参加したと思う。



[215] オカマバーー2

2001年11月04日(日)

前回書いた初めて連れて行ってもらった時の事、カウンターで若い女性が二人飲んでいた。
「へー、若い女がこういう処にのも来るのかなー」と見ていたところ、
一人の女性が「社長!こんな処に来るのですか!」と話かけてきた。

よく見るとうちの会社の社員。「お前こそ、なんでこんなところに!」
と逆にこちらがビックリした。それぞれ世界があるものだと感心した。

毎年行われている長岡高校の同級会を新潟でやってくれと、私の幹事の番に言われた。そしてその日の3次会で残った4〜5人で
その店に行った時、0時を過ぎていた。
確か二人の女性が踊りながら、我々を見てホモの集団を見ている
ような目つきで見た。その時「これが引き時かなー」と
それから行かなくなった。

丁度その頃、古町で(Zoo)という店がオープン、値段が7700円でかなりの話題になっていた。
女装している店で、筋肉隆隆のコミックのうりの面白い女?か、
あれは切ったとか、いやに女っぽい女?を憶えている。
別世界の驚きがあった。

二回行ったが、そのホステス(ホスト?)が中学の同級会に女装で行った時、担任の先生の驚いた表情の話が、印象的であった。
その世界の素人?に、その世界を面白おかしく見せたり話すのが
「彼らの売り」であったようだ。
「笑われて何ぼ」という世界のようだ。
ただエログロの面白さ一見の価値はあった?

学生の時、歌舞伎町で女装のオカマの店の前で、お客を見送っている姿を見た時のことを急に思い出した。その時は如何いうことか全く解らなかったのだから、かなりオクテだったのだろう。


[214] オカマバー

2001年11月03日(土)


05:48 NoName

14〜5年ぶりに新潟駅前にある、オカマバーにいってきた。
オカマバーの面白いのはその話術である。

変わった飲み屋がないかと言われて当時よく、知人を連れて行ったものだ。

始めは近くの大原簿記の理事長が近くにビルを創りたいが、
この辺の情報を知りたいとので一献と、どう云うわけか奥さんと娘と行ったのがきっかけであった。

やはり初回は異様な感じで、カウンターに男同士の絡みの置物の像には
驚いた。しかし知人に話をすると殆どの人が連れていげという。
喜ぶが二度と行こうとは誰も言わない。

奥にやはりもう一軒あるそうで、そこはその気のあるホモのタマリ場という。
男同士はあまり猥談は言わないが、かなり際どい下ネタをあっさり言う。

以前姉達が新潟に来た時つれていったが、その時私の手をとって人先指をふき始めた。
そして目をツブレと言うつぶった瞬間その指をシャブラレタ!ぞっとした。
もしホモの味を知ってしまったら、抜けられないとその時思ったが、
それより気持ちが悪いほうが先であった。

悲鳴をあげたが、1人の姉が私にもやってみてという。真面目を絵に書いたような人で、皆凝視の中シャブラレタが「何ともないわ、それより真面目な顔でやってるほうが面白いは!」と言ったのに驚いた。

私の知り合いが、子供を連れてサウナに行ったららそのママがいたと言う。
子供を盾に下半身を隠し方法のていで、出てきた時のシグサガの話が面白かった事を思い出した。


[213] ーゲゼルシャフトとゲマインシャフトー

2001年11月02日(金)




・ゲゼルシャフトー会社とか公務員の契約社会・組織をいう。
  
・ゲマインシャフトー血族とか趣味とかの同好家の集団・仲間をいう。

これが解ってないと同属会社などの弊害が出てくる。

その中間の中途半端な組織ができてしまう。

中間のケースも勿論あるだろうが、その場合は

「ゲゼルシャフトを基礎においたゲマインシャフトか、

ゲマインシャフトを基礎においたゲゼルシャフトなのか」
明確にしておかないといけない。

これを明確にしておくと、社会組織の構造の一端が見えてくる。

大組織でも、鹿島建設など同属会社も例外的にあることはある。

ゲゼルシャフトの会社に、サークル的なそれ(ゲマインシャフト)

を求めている二代目や甘い経営者を時たま見るが、恐らくこの知識がないのだろう。

学生の時に得た知識を述べているにすぎないが、組織論の基本でもある。

カナダの観光地で若い人の働き手は、学生アルバイトだ。

カナダは親の務めは大学の入学まで。あとは首相の息子であろうが、
働きながら卒業するそうだ。それも社会契約だ。少し違うか?


[205] 春画

2001年11月01日(木)


子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。

それが寝室を改装した2年前に隠し??より出てきた。

かなりの価値ものかと色めきたったが、カタカナが混じっていた。明治以降の

ものだろうから、期待は全く出来ない。税務署対策用だったようで、金庫に入れておき、

踏み込まれた時に、何気なく見せるものだった。ーかなり効果があったそうだ。

今はそんなものは、ポルノとインターネットに打ち込めばいくらでも出てくるが、

昔は珍しいものだったらしい。姉からは結婚前に見せられたとは聞いていないが、

昔はこういうものが一家に一冊あって、結婚前にこっそり見せてたと聞いた事があった。

絵とすればかなり綺麗でいいものだ。

浮世絵で写楽が歌舞伎役者の顔を、表情豊かにかいている。

これなど春画にヒントを得たのでは?とも考えられるが、如何であろう。

全然いやらしく感じないのは、私の歳のせいか。

そうそう、学生時代にヨーロッパを旅行した時、スウエーデンでポルノ雑誌を

友人と買い込み、お互いの雑誌を10冊以上部屋で見たのを思い出した。

かなり綺麗なカラーで、そこまで露出されていると、コレマタいやらしくなかった。

それよりも北欧の女性の美しさに驚いたほうが印象に残っている。

世界に誇る日本のポルノのサイトを、立花隆のインターネットの本に書いてあった。

確か「東京トップレス」とか、股つまらないことを書いてしまった。

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