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堀井On-Line
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2002年01月31日(木)
中学の同級会に出るとは、男は全員あだ名で呼び合う。 私は「ハチ」である。小学校は「八ちゃん」である。
ある男が「よく巧いあだ名をつけるもんだ」といった。 全くない男が「今考えると、あだ名をつけて貰ったほうがよかった」 そして特に、「おいら」というあだ名の話題になった。
無口の愚直の味のある男で「おいら」というあだ名がピッタシであった。 誰がつけたという話になった。無口の男が重い口を開いた。
おいら「おい堀井お前だ!」 私「エー!・・・嘘だ!」 おいら「中学の一年のときの、皆既日食の時、理科の時間にしき版に墨を塗り、 それをとうして見ようとした。うっかり落としてしまったのをお前が拾い ‘落ちてるぞ、誰んだ?’と聞いた。思わず‘おいらんだ’と言ってしまった。 堀井がその時‘おいら’とつけた」
全く忘れていたが、それを聞き記憶が戻った! 40年ぶりの記憶が一瞬で戻る快感であった。
しかし、その人にとってトラウマー心の傷?ーで残っていたのだろう。 罪なことだ? 参考のため同級生のあだ名を他に挙げてみる 「カボ、ボラ、せ〜の、六角・・・」
考えてみれば「ハチ」と言われることが一番いやだった。 あの年ごろは一番気位が高い。
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2002年01月30日(水)
谷沢永一の 「一生のうちにすべきこと、しなくていいこと」を図書館で借りてきて、 目を通した。当たり前のことが大部分だが、 シナクテいいことから挙げると ・「隣人と親しくする」- -「近くの人ほど距離を置け」と父のも同じ事を言っていた。 ・世間体をつくろう ・他人との比較 ・出世競争 ・パーテーの参加 ・嫉妬 ・盛大な葬式ーこれに私は結婚式を挙げたい! ・功績を誇ることーそう嫉妬して見える、見る人の視点は別 ・お金の執着ー稼ぎと使いのバランスが大事 ・自分の過去をクヨクヨ思う 10年前、30年前の事をまだクヨクヨしている。 「恨んだ相手は高いびき」という言葉があるが、高笑いであろう。 ・頼みごとをする。人脈を頼みごとのできる人間関係と信じて疑ってない。 不幸な人の特性が、これである事を最近知った!ー依存性 離婚や事業で失敗した人は依存タイプが多い。 ・借金ー事業で借金以外、恥じである。 ・子供の私物化ーこのあたりがその人品の決め手といってよい。 ・運のない人とのつきあいー運のない男ほど、巧妙に電話をかけてくる。 「飲み逃げの??」など、ストリーを作ってくる。 ・卑屈な生き方ー人間皆持っている要素、要はそのコントロール。 いまひとつ卑屈な人間ーに近づかない、近づけない。 共通要素は、仕事に恵まれてない人で、オベッカの上手い人間。 そう、どこにもいる、あの男!
こういうと、自慢かもしれないが、ほぼ全部クリアーしている。 何処かの「同?会」の連中、「ほぼ上記の連中が過半数」をしめている! 「飲み逃げの??」は、100�未任△襦� 私が嫌うより、要するに俗人、プチブルの生き方の否定ということ。 どこかの街の大部分は、「上記をそのまま人間にしてしまった」といってよい。
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2002年01月29日(火)
心と意識と魂-その意味ー以前も書いたが!更に。
「彼が彼女を意識したが」を「彼ー>彼女」のー>を意識という。 矢印そのものが意識というと、いまひとつ意識に対し明確な意味が解らなかったのが、矢印ひとつで、解って?しまうのが、不思議である。 絵文字の感覚を考える時、この矢印で考えると、見えてくるように思える。 好きもハートの印で表現したほうが、相手にストレートに通じる場合がある。
ー心は円ー、ー魂は球ーが良い。 心の中心点は何であろうか?正中心一点無で「無」か? その内側は欲求というところ。
「内側を意識で埋めると、円の上側80�佑里△燭蠅縫薀ぅ鵑魄�き、 上が顕在意識、下が潜在意識。上の空欄に小さな四角の書き、そこが自我、 円の中心点がエネルギーの発生点」と何かの本に書いてあった。
心も「こころ」は仏心というらしい。
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2002年01月28日(月)
情報化とは、突き詰めれば[中抜き]ということになる。 横に重層になっていた構造が立てになり直接 世界にさらされる状況といってよいーそれが結果として[中抜き]になる。
銀行を例にとると、都銀、地銀、信金という規模別に、 あるいは地域別に棲み分けていた業態が、一瞬で直接さらけ出されてしまう。 合理化をしないできた地銀以下が,都銀やほかの金融機関、 更に世界の銀行と同列に、競争にさらけ出されてしまう。 結果はすぐ出る。
情報化は競争社会にさらけ出されることである。 地方区が全国区になるようなものだ、いや世界区に。
アメリカの証券会社のメルリリンチが、ネット証券の出現の為この数年で 会社の存続さえ危うくなる時代である。 恐ろしい時代である。
ヒカリファイバーが一般に普及される、5年後がどう変わっているか 楽しみである。 情報化のひとつに画面の情報量の拡大がある。 ハイビジョンTVはその典型といってよい。 その結果、今まで見なかった番組を見るようになる。
カラーTVが出始めの時、全国のファッションが変わったと言う。 カラーに対する情報が、そのまま画面を通して一斉に全国に流れた為だ。
昨日も自民党の集り代議士が、その権限の乱用を暴露されていた。 ソ連の崩壊も、情報化で一般の意志に従わざるを得なかった結果である。
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2002年01月27日(日)
日記とか、随想など自分の思いを書いているときの決め事として 「以下のようにしておくといい」と書いてあった。
・誰かがこう言っていたとか、自分がこう言った場合は 「−−−」と言っていた。 ・自分がこう思った、考えた場合は <−−−>と思った。 これだけでも言ったことと、心の中の思いを分ける事ができるという。
いま一つはの分け方は、-これは私が考えた分け方 1・自分の考え思いを<−−>と決め、 2・自分以外の考えや、言ったことや、書いてあった場合を「−−−」と分ける。 3・信念、強い考えを[ーーーー]もつかえる。 4・希望、夢は(−−−)、
これを決めていれば、自他の区分がハッキリして自分の位置づけが解りやすい。 上から重要順に書いてある。
<まず1、からこれを実行しよう>と思う。 文章にいま一つ自分のシステムが入ってくる。
今日から実行だ。
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2002年01月26日(土)
書くということの意味とは
毎日随想日記を書き続けて、いろいろの事にきずく。 書くということは、話すということより、ずっと多くの事を、 意味を感じるようになってきている。 この20年間社内報に隔月に文章を書き続けて、 その継続も含めて意味を感じるようになりました。
その時々のメルクマールだ。 あの時アア考えていたのだ、こういう本を読んで感銘していたのだと。 それが全くやり続けてなかったら何が残っていたのだろうか。 書けば消えずにそのまま残っている。
したがって話すという表現手段と、文章化の手段と一見小さな相違が、 継続という時間の中で無限に近い相違を引き起こす。 つくづく 書き残していてよかったと実感している。
時間が経つとその自己表現が、自己認識になってくる。 したがってそれに書き加えていけば、自己認識が深まる。 そして自己吟味できるようになる。
実をいうと、そのためにホームページにさらし、 自己表現のレベルの維持と、自己顕示のそれを原動力にして 書き続けているのです。
地方にいると例の「子狐の群れ」の中で自分を見失いがちになります。 見失わない為に、これは最低限必要なシャワーでもある。 ー自己詭弁,正当化もいいとこ?
まずは書き出す、そしてそれに筋を通す、そして客観化する、 そして深めていく行為である。
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2002年01月25日(金)
実感としてのパソコン書いてみると ・発想機械として、もっともその機能が活用できる。 言葉の並び替えが簡単にできる。そのプロセスで発想が出てくる。 言葉のKJ 法?が安易にできる。コピーも消去も一瞬にできる。
・インターネットを利用した情報収集に最もその特性を使える。
・計算は卓上電卓のほうが使いやすい。
・ホームページとは、自己公開の発信基地と、他のホームページの分類箱。 ウエブ上の応接間兼事務所。
・パソコンを使える人間と,使えない人間の二種類に分けてもいい時代だ。 ー奈良時代に最新のヘリコプターが降りてきて、若い人と子供がすぐ群がって いく人種と,林に逃げ遠回りに見ている人種に分けられる。
・グローバルの情報をもっとも活用できる。
・パソコン等のデジタルの特性はコピーが無限に可能になることである。
・パソコンとは、超高性能の小型コンピューターであるー当たり前のことだが。 それを何処まで自分に取り込めるかが、ポイントになる。特に私らの年代に パソコンアレルギーの人が殆どだ。地方のせいもあるだろうが。
・まだまだソフトの最適なものにあたってないが、必ずあるはずである。 毎日がその発見である。
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2002年01月24日(木)
以前読んだ本でまだ忘れられないのが、「地球のエネルギーの ポイントが西周りで一周する] という説である。その本が何か忘れたが、 まだ社会主義のピークの時代、怪しげなそれと見えた。
中国、インド、アラブ、そしてヨーロッパ、アメリカー現在。 アメリカの時代ももう終わったように感じる。 そしてこれからは再び中国、インドにポイントが移っていく、 あながち間違ってはいない。
日本はもう横丁というところ、面白い説である。 ヨーロッパもアメリカも、使い古しの雑巾にみえる。 アジアはまだ使用前のように感じられる。 真実をついているようだ。
思想的にもこれからは、儒教・仏教的考え方が求められていくと 考えると自然だ。
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2002年01月23日(水)
決断しなくてはならないが、そこに壁があり躊躇するとき 「取りあえず、決断を引き伸ばすか回避する言葉」が「取りあえず」である。
思考停止病といっていい。 「とりあえず、こおしておこう」「とりあえず、大学にいっておこう」 「とりあえず、就職しておこう」 「とりあえず、定年になってから考えよう」 人生の一番大事な事を、その時々に判断をいい加減にさせ、 あるいは先延ばしにさせる言葉である。 この言葉で思考停止の状態になり、決断放棄の一生を過ごしてこなかっただろうか?
そして最後の最後、追い詰められても「取りあえず、今をやり過ごそう」 とする。「取りあえず、取りあえず、取りあえず、・・・・」 取りあえずとは、人生を放棄すると同じ事でなかろうか。
この文も「取りあえず」この辺で止めておこうーブラックジョーク 似た言葉で「でも」がある。ある判断をしようとすると、 「でも、やめとこかーな」「それはそうだが、でも」。
「でも」と「取りあえず」は何かにている。
この川を今渡らなくてはならない、そこで「でも」という渡ったときのリスクが 頭によぎる、「でも、でも、でも」が出てくる。 無意識で使っている言葉の壁である。
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2002年01月22日(火)
人生の損益分岐点-とは人生で元はとったか?ということ。 何だろうか、そんなもの考えている暇があったらチャレンジするものを探せ! そんなものだ。 おそらく人生にそれを見ること自体、おかしいのかもしれない。 しかし、言葉の遊びとしてスキップをしてみよう。
私の場合、51歳であった。下の子供が大学入試に合格した瞬間であった。 今から5年前である。入学をしてしまえば、後はアルバイトでもすれば卒業できる。
事業で500室ーこれは新潟周辺の客室の最大数(300室)の1・7倍。 母親を見送り、一応目安はたった。その時自分の一つのライン、その表現 が人生の損益分岐点に達成したである。 人間としての一応のなすべき事の達成である。
これからは、純益のそれー自己達成とかいう真にやりたい事の自己満足の 追求だ。まずは家内に「私と結婚してよかったという」本心の満足感! それは今更、無駄か! そして大好きな秘境ツアーの60歳までの50回達成である。
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2002年01月21日(月)
方針とは、こうしようという積極的枠組みより、これはしないという マイナスの枠組みであるという。 どこかのセミナーの今でいう,カリスマ的コンサルタントのピーク時点の 言葉であったから、聞いていて「本当か?」と耳を疑った。 しかし納得した。 解りやすくケースをあげて説明すると ・ユニクロは衣料のカジュアルー普段着以外やらない。 ・ヨーカ堂は、流通以外手を出さない。(ダイエー、西武流通グループは??) ・ある会社は絶対借金しないことを社是にしている。 ・住友は浮利を追わずが「社是」で、このバブルを比較的軽傷ですんだ。 ・静岡銀行も数少ないバブルに対し、頑なに一切それにのらなかった。 ジャスコ、ヨーカ堂も。
当社も社是で、いくつか規定している。 失敗したケースはそれを外れていた場合である。
生き方も、家訓も考えたらそのケースが多い。 家訓はー父の教えは、 ・請け判は押さず ・人に金を貸さず ・共同事業はやらず ・一つの仕事に縛られない、転業はどんどんやれ ・死に金は使うな ・名誉職はつくな ・近所の人と親しくなるなーつかず離れず
硬い商人のごく当たり前のことだが、特に保障人の請け判だけは 繰り返し気をつけるように言っていた。やはり人生の中で数回きた、同級生の? や親戚がきた。なるほどと思った。
あるビル管理の担当が、「自分は?大を出て大手の会社に勤めていたが、 カミサンが社宅のある奥さんに頼まれ、連帯保証の請け判を押してしまい 破産、会社に居れなくなり、こうして掃除をしている」と言っていた。 ハン一つで人生全て失う。父がこれを言っていたと思った。
父は自身の生き方は無借金だったが、借金の諌めを言った事はなかった。 無借金の自分の限界を見たためであろう。
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2002年01月20日(日)
時代の変遷に驚いている。
今日、新聞をみて目を疑った。 あのアメリカのKーマートが倒産直前という。
10年位前まで、k−マートといえば全米でウォルマートと小売りの 1〜2を競っていた。加入している流通のコンサルタント会社の 視察旅行でアメリカに二回行き、その合理的システムに驚いたものだ。 米デスカウントストアの草分け的存在で、丁度ピークの時だった。 景気後退とウォルマートとの安売りの競争が、収益悪化に拍車をかけたという。
あの天下のシアーズも数年前経営悪化を報じられたが、ここまで競争社会の 激しさを目の当たりにしようとは。アメリカの流通は大別して「シアーズから、 Kマート、そしてウォルマート」と変遷してきたといってよい。
日本でも西武流通グループも解体され、堤清二が追放。 ダイエーも実質倒産?解体で、中内功が追放。 スーパー四位のニチイーマイカル、長崎屋、ヤオハン、九州の最大手の 寿屋も倒産。チェーン店でまっとうなのがジャスコとイトーヨーカ堂と 専門大店と地方のナンバーワン・スパー位になってきた。
これからIT の時代、ナンバーワンしか生き残れない時代が顕著になってきた。 本の半分以上は、ネット書店で買うようになってきた。ネットも紀伊国屋から、 アマゾンで買うように変わってきた。
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2002年01月19日(土)
毎日テーマ日記を書いていて心がけている事として
・まずはテーマを奇抜に興味をもってもらえるように、 ・数人の知人友人に直接語りかけるつもりで、気楽に ・従って本音で、面白く、自分の言葉で、平易に ・添削をなるべく重ねる ・書きだめを幾つか溜めておく ・いちばんリラックスしている時に書くー晩酌をしながら下書きを書く
ある人が糸井重里に 「貴方の年賀葉書が毎日もらえたら嬉しいのにね」と言われた。 本人は「なに金と手間があれば、毎日だせるさ」と思った。 それがメールにはまり込むキッカケだったという。多人数に軽く文章を 送れるからだ。
そしてホームページを思い立った時、その転用として頭にうかんだという。 私の随想日記も似ている。10日に一回位書いていた随想日記を 「これを機会に毎日書くことを自身に強制する事で、 頭の中を汲み出してしまおう」と試している。 1〜2年は尽きることはない自信があった。
カミサンとは毎日飽きずに何か話している。2〜3日家をあけようものなら、 かなりのネタが幾らでも出てくる。30年近く経っても尽きないのだから、 随想日記のネタが尽きる訳がない。
ということで、内面を気楽に、しかし本音で、面白おかしく、ブツブツ書いている。
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2002年01月18日(金)
パソコンの機能と実感 これには無限に近い機能?が入っている。
ワープロ、電卓、辞書、写真現像機能、名簿、TV、CD、世界中の 情報を検索できる図書館、情報発信機能ーホームペイジ機能、印刷機、 手帳、ポストイット、ゲームなどあげれば数かぎりない。
万能機械といってよいほど機能が入っている。 10年前の数億円相等のコンピューターの能力が入っている。 これが10万そこそこで買えるのだ。 これを使うかどうかが、仕事だけでなく人生にかかってくるといってよい。
やっとその数百分の一を知っただけだ。これを使って何をすればよいか、 徹底的に考えられるかどうかが,これからの鍵になる。
この一年でやっと人並みに近づいた。 この一年で全く違う世界に一歩足を踏み入れた。 ブラインドタッチを少し出来掛けてきた。 やっと門に入り、その通路を歩き出した感覚だ。
メールも抵抗なくできるようになった。 飛躍的に自分が変化しているのが解る。 デジタルカメラの写真もあまり抵抗なく、やっとホームページに貼れるよう になった。それでも圧縮を抵抗なくする為に時間がかかる。
本も抵抗なくWeb上で買えるようになったのも最近だ。
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2002年01月17日(木)
事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に 思いもよらない何かが起こる。それと当然「事業そのもの」にも、 想定以外のことがおこる。
必ず難関が次から次に起こってくる。回を重ねるうちに、 そういうものだと割り切れるようなった。そしてかなりの極限に追い詰められた時、 「これが今回の丁度ピークのそれ」と冷静に受けとめれるようになった。
そしてその二つが重なってくることが多い。 しかし経験とは凄いものである、それが勘で解る。 ここを踏ん張っていると次の展開が出て来ると解ってくる。 従っていつの間にか、その感覚がゲーム的になる。
難関を一つずつ乗り越えていくのが逆に面白くなってくる。 それは付き物である。これが一波、これが二波、これが三波と、そして 「これが今回の一番の大波」?とうけながら冷静に対処していく。 一番の大波と感じた時は、これが自分の限界点に近いことがある。 しかしこれ以上の波はないのも解る。それが仕事というものだ。 人生もそうか!
初めて事業を興した時、全ての問題がはき出た。 「そういうもの」ということが解らなかった。気持ちに余裕はなかった。 しかし、親戚の同じ歳のナショナルに勤めていた人が遊びに来て、帰りに ボロボロの姿を見て、「羨ましい!」のひと言が自分を支えてくれた。
その人は今かなり出世をしたとか聞いている。 その人の弟の葬式に7〜8年前出会ったとき、「私は自己採点は80点だが、 貴方はいくつか?」と聞いたら、「93点」と言っていた。人事系の仕事だから 冷静な点数と思う。
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2002年01月16日(水)
生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。 これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。
ビル計画の場合、出来上がった後「こうしておけばよかった、 ああしておけばよかった」ということが出てきても、その 修正に莫大の費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもない と仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。
これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。 それをどこまでやれたかが、10年〜20年後に結果として出てくる。
宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して、 建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をするという。
以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。 事前の一策を練る事といえる。
一般にみていると、「事前の一策の戦略ミス」を「事後の戦術でカバーしている プロセスを踏んでいる」ケースが多い。本人はその意識もないレベルだが。 他人事でないか?!事前の一策をどう打つか、立てるかがポイントになってくる。
それでは「それを十分に立てることが可能か?」もちろん「可能」である。 十分な情報収集とその分析に、時間とエネルギーをかけることである。
過去の自分の失敗事例と成功事例を振り返ると、ここに行き着く! 準備とは集中の要である。準備とはなんに集中するかを、 とことん突き詰める事だ。
計画中断も一策かもしれない。根本から数回やり直すことも、 必要だったらやるべきだ。やる前ならどうとでも修正できる。
結婚もそれがいえるかもしれない。以前は「足入れ婚」があったという。 数年住んだあとで、籍を入れる、ああそうか今は同棲という形か!
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2002年01月15日(火)
土手で散歩をしている時、ある家の玄関にいるゴールデンリトルバー の一歳ぐらいの犬と目が合った。
思わず右手を上げて「ヨッ!」と挨拶をしたら、 なんとその犬が右前足を挙げて挨拶?をかいしてきたのだ。 「嘘だろう!」というのがその時の気持ちであった。
翌日全く同じ状態で挨拶をしたが挨拶を返さなかった。 そこで考えた、あれは「お手」の感覚で思わず手を出したのではないだろか? 生きていると思わず、いろいろのことを経験する。 でも傑作であった。
中学の時、その当時飼っていた柴犬に悪戯で日本酒に砂糖を入れてなめさした。 はあはあ口で息をはきだし尻尾を振りながら、よろよろと千鳥足で歩き出した。
急に変なことを思い出した。
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2002年01月14日(月)
「合理的とは最小の資源で最大の効果を求めることである。 しかし心構えとして必要なことは、最大の努力で最小の効果である」
若いときに出会った言葉である。そして全てに対してその気持ちの構えで とり組んできたー精神論もいいところだ。これは知る人ぞ知ることである。 意外とこれは落とし穴かもしれない。 それを可能とするのが、本当にそれが好きかという根本で決まってくる。
「好きと嫌いはどれほど違う、命ただやるほど違う」という都都逸があった。 好きなことをしての一生と、そうでない一生では天と地の位の差がある。
私の場合、事業と箱作りービル建設である。したがってこの30年、全く苦労した感はない。周辺に波乱万丈の人生を生きてきたとかいう人がいるが、 それが何なんだとつくづく思う。 好きなことをやってきたという人生こそ大事なことだ、と信じていきてきた。 他人の批評は所詮他人の脳の歪みでしかない。
この前ベトナムに行ったとき、 定年直前のバスのドライバーが二人できていた。 本当に楽しそうに旅行を楽しんでいた!子供のとき自動車に憧れ、 大人になったらドライバーになると決めていた。 本当に夢がかなってよかったとシミジミ言っていた。
決して社会的に高いわけでないが、人生の後半にそれを言えることが最も 大事だと思うようになった。 心とはそういうものだ!
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2002年01月13日(日)
以前テレビの動物番組で目を疑うことがあった。 ハイエナに襲われた小鹿を、カバがそのハイエナを 追い払い、その後小鹿に大丈夫かと思いやっている内容であった。 異種の動物の子供をかばうということが、現実にあった。 その子鹿はすでに死んでいたが、鼻先で起こそうとしていた。 もちろん同種であれば当然かばうだろうが、本能的にそれをしたのだろう。
先日も野生の雌ライオンが、鹿の子を育てているのがニュースに出ていた。 その後水飲み場で、雄ライオンに食べられてしまったといっていた。
以前、温帯魚を飼っていたとき、同種であるが一匹の魚が他の魚を執拗に 攻撃していた。見ていると他の魚が必ずその間に割って入っていた。 「嘘だろう」と見ていたが、何回もそのパターンが続いていた。
長岡の鯛の専門店でのこと、水槽の中を2〜3十匹の鯛の群れが一方の方向に回遊 していた。その時一匹の鯛と目が合ってしまった。その後2時間近く、回ってくる度に 見詰め合っていた。その後スナックにいったが、その話でモチッキリになって、 その鯛を食べに行こうとなりその店に電話をした。 すでに閉店していたが、もちろん実際は行く気はなかった。
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2002年01月12日(土)
私の一番のマイナスの特性は酒乱のケがあることだ。 勤めてそれも本格的になったのが、金沢時代からだ。
酔わなくてはやってられない、いや酒に逃げていたのかもしれない。 といってそれで人生を狂わせたというまででもない・・・?
酒の失敗がない人生を考えてみると、10倍位の人間関係が 広く深くなっていたと思う。 反面、人間関係でABC 分析のBCの人間の排除に一番いいのも確かだった。 そう思い込んでいるのかもしれない、これは負け惜しみか。 「人間はおおよそ失敗するのは、女か酒か賭け事の何れかだ。 もっと詰めれば女か酒かだ」とあるゼネコンのベテランの営業の人がいった。
「貴方は酒の失敗系の人だ、女はない。10年も付き合って一度も、 飲んでいてその場面に近いことがない、必ず尻尾が出るものだ」と。 酒の失敗がなければ、そちらに何かあったと思う。
その意味でぎりぎりセーフというところか。よく警察沙汰によくならなかった ものだ、当たり前のことだが。
酒の中で一番危ないのが日本酒である。 これで何回失敗してことか!
気違い水とはよく言ったものである。 最大の敵を自分の脳の中に入れることと同じことだ。 酒を入れるとその人間性があらわになる。 卑しい奴は卑しく、凶暴のな奴は凶暴に、暗い奴は暗く、 スケベの奴は助平になる。
「酒も飲まず、タバコも吸わず百まで生きた馬鹿がいる」というが、 それも事実である。
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2002年01月11日(金)
・何といっても不景気だ、気分的に沈みがちの中飲んでいても旨くない。 誘いも少なくなる。 ・新潟駅と長岡駅に鮮魚店や料理屋の販売店などのテナントが出来た。 通勤の途中に両方がある。これが一杯飲み屋よりもずっと美味しい。 地元の一流の料理屋が出店で割烹料理を売っている。 子供の時の正月料理とほぼ同じ味である。これを帰りの時間(PM6:00) の値引きセールになる。家で食べる方が美味しいという逆転現象がおきる。 ・歳をとってきたー以前ほど赤ちょうちんの雰囲気に親しみを感じなくなった。 ・TVのパフォーマンスの方が楽しい。 以上が理由に上げられる。 サラリーマンのスーパーでの買い物が増えているのと、自分の姿が二重写しになる。 週に二回はどちらかの駅の売店で肴のツマミを買う。 家内も外で飲んで帰ってくるより、健全?で美味しいから文句をいわない。
彼ら店主は、この時代の変化が全く解ってない!これは他人事でない。 何処も全く同じ味の商品!こちらは毎日が少なくとも生活では変化の連続だ。 また変化し続けてる店しか行かなくなった、それが当たり前である。
スーパーの食品も冷凍・冷蔵技術や器の高度化や低コスト化で日日向上している。 闘いの相手がどんどん変化している。家でデジタルTV をつけ、パソコンをいじり 買ってきた肴をつまみ、酒を飲んでいたほうがずっとよくなってきた。 年齢もあろうが。
デフレとライフスタイルが変わってしまったことに気ずいてない。 店主よりこちらが舌が肥えてしまったという逆転にも。 毎日が激変である。
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2002年01月10日(木)
5〜6年前か、息子の大学入試の作文の課題が「仏教について」であった。 そこで自分ではどう書くか考えてみた。 チャンスがあったらに書いてみようと思うが。
その前年が「壁」であったと聞いて、すぐ自分のそれを考えた。 それを思い出して書いてみる。 「壁というと、まず考えられるのが仕切りの壁で、区分の役割である。 そして心の壁である。それも自分の思考習慣の壁である。
仕切りの壁も人工のものと、自然の壁がある。 人工のものとして一番大きいものとして万里の長城がある。 日本だったら海というところか。
これは外国から国を守る為のものだ。 屋敷の壁、これは家屋敷を外から遮断するものである。 部屋の壁はそれぞれの機能の区分である。
こんな内容であった。何故はっきり憶えているかというと、 日記に書いていた為である。
これに対し、今新たな考えを加えると「言葉の壁」と「習慣の壁」である。 言葉の壁の「取りあえず」「でも」「まいっか」・・・・ そして外国語の壁がある。 習慣の壁、そうそう行動の壁、感情の壁、いくらでも出てくる。
言葉の壁を次回書ててみよう。
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2002年01月09日(水)
この正月、TVに出てきた創業社長の言葉である。 「時間を切ってない仕事は仕事でない」のは、言うまでもないが、 夢に時間を入れるとは、その段階から計画に移行したことになる。
夢ー>希望ー>目標ー>計画ー>手順と具体的行為に思考ダウンしていくものだ。 時間を入れるということは具体的目標、計画化に入ることになる。
夢とは長期的な漠然としたものである、時間を入れることにより、短期レベルに、 具体的レベルに引っ張り込むことが可能となる。
人生にビッグな設計図を描いておくことは当然のことだが、時間(日付)のところが 意外と曖昧になってしまう。私が自分の葬式の写真からの視点を、忘れないようにしている のも、人生の終わりー最後日を意識しているからだ。 言葉の遊びか本心か、「2020、0202、0202」」 2020年2月2日ー午前2時2分。 この辺りを目安に、生きてみよう!今年死ぬかもしれなが、後は神の思し召しのままに!
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2002年01月08日(火)
今の日本は6掛け規模に収縮になるべき立場にある。 何をもって6掛けかはただ勘であるが、間違いはない。 今の生活を維持をしようとして、それを嫌がりどんどん銀行から金を借り、 雪達磨式に借金が年収の10倍以上に増えていった家庭の状態と仮定できる。
今もその範疇より一歩も出れない状態にある。 「こうすれば、よくなるという」視点より脱却しなくてはならない時期に来ている。 やはりクラッシュに向かって正面突破しかない。 もっとも自然にそうなっていく。しかし今の評論家のほとんどが、 この視点から一歩も出ていない状況である。
ソ連の崩壊までの前提と、それ以降の前提が全く変わってしまった。 アメリカの優待の立場が消滅してしまった、その事実が解ってない。 解っていてもどうにもならないのだ。 この10年ああすれば、こうすればと小出しにいろいろやってきて気づきはじめた。一度清算しなくては、これを小泉首相が建前で言った。 しかし見ていると、まだ腰が引けている。
恐らくクラッシュがおきるだろう、いやおき始めたと言ってよい。 仕方がない、いや長期的にみたらよいことだ。大津波がきている、 しかし全ての知恵を使って各自が自助努力するしかない。 恐ろしいことだが!近じか地元の大手の建?業が倒産するとの噂も入ってきた。
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2002年01月07日(月)
この映画はほとんど見ている。なぜ見るか?やはり「家庭の温かさ故郷の 暖かさ」を求めていた為だ。半分は映画館、他はTV である。
長岡に帰ってくるまで、どこにいても故郷代わりになってくれていた。 山田洋次監督のテーマは、仏教の仏の暖かさを、寅さんの中に 表現しているように思える。団子やの一家もしかりである。
「旅」と「帰る家」がテーマだ。頭の軽いフーテンが仏性である。 赤裸々の人間の中に崇高な仏性を表現している。
風のようにフラリと旅に出て、フラリと帰ってくる。 そして行く先々でまた帰ってきて事件を起こす。
何か自分の姿をみているようだ。可笑し(*^_^*) さの中に悲しさ、 そして悲しさの中に可笑しさが含まれているのがいい。
その作ごとに出来不出来の波がある。映画を見終わった後味がいい。 TVで何回も見ても飽きないのは、やはり好きの為だろう。
曽野綾子が「こんなひどい映画はない」と書いていた、キリスト教文化の 視点ではそうかもしれない。隠れテーマが解らないだろう。
年末年始にこの番組が集中的に放映されるが、一杯飲みながら、大口を 空けて笑っている自分が可笑しい。正月にぴったしの番組だ。もっとも それ狙いに作ってあるのだから。
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2002年01月06日(日)
システム・エンジェニアーSE
ソフトハウスの仕事の柱になるのは、SEである。 去年、下の息子がアメリカの会計系のコンサルタント会社に就職した。 勤めて初めての帰省で、会社の内容ー特にシステムー を少しでも聞いてみた。あまり多く聞くチャンスがなかったが、 「仕事内容は実際何だ?」と聞いたところ、意外な返事であった。
会計を中心としたシステムの「システムエンジニア」であった。 なるほど!と思ったが、当然といえば当然だ。 会社の(システム)改革は、新しい進んだソフトを導入することである。
そこでハッとした、事業も考えてみたらシステム・エンジニアでないかと! 会社作りもそうだ。時代のニーズに対する、新しいシステム設計とそのカタチ 作り(業態)を起業というのでは?間違えていれば即座に破壊される。
GE のウェルチのNO1戦略も事業のシステム設計でなかったか? 設計会社も考えてみれば、システム設計が本来の仕事である。 この事は全ての事業に云える事でないか。少し飛躍した論になってきたが、 情報社会において、「システムとして選択と集中の設計」がもっとも大事な課題 であることは確かである。
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2002年01月05日(土)
孤独に強い人は、これができるかどうかである。 一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、 それって「お宅」でないか。似ているがやはり違う。
それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのではないか? 結局中途半端のそれをいうのではないか? 字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。
山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。 別にそれをお宅といわない。 読書好きの人もお宅といわない。
自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても そこに何もないことを、経験上知っているためだ。 結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。 そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。
「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)ということを示すことだ「示単」。これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。 そこで自分の好きのことを見つけ、 それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。
ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。 常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。
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2002年01月04日(金)
TVであるが、元旦の小沢征爾のウイーン・フィルニューイヤ・コンサートが 素晴らしい内容であった。 あまり興味のない分野だが、日本人初のこの指揮を生放送ということで見てみた。もちろんウイーンからの生である。
シュトラウスの「ラデッキー行進曲」やワルツ「美しく青きドナウ」などであった。
それに合わせ他の?お城でダンスを踊っているのが中継されていた。 夢のような世界であった。 指揮者・演奏者・観客が一体になり音楽の世界に入りこんでいる、 歓喜の世界であった。
当然最後はアンコールの拍手の渦であった。 この音楽会でこの曲を聴く前と後、というくらいのインパクトを与えるのが芸術の力である。あの場面にいたら、その位の気持ちになったのでなかろうか。 歓喜・感激はそれ位のインパクトを人間の心に与えるものである。
音楽などの芸術は、宇宙・大自然の中のあるメッセージを一瞬にとらえ、 作品に仕上げたものであろう。 それを会場の全員がそのまま受け取っているのでないか。 歓喜は当然のことだ。
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2002年01月03日(木)
「歓喜ー>理智ー>意志ー>気ー>肉体」 私にある知人が転勤で引っ越していく時の挨拶の文書に書いてあった文章の 1文である。「生きてきて人生これだと思う」という内容だった。
その時私がこの文章を解釈するために考えた「たとえ話」がある。 実を言うと私は「たとえ話」を自分の思考法に昔から使っている。
喩えの名人になってしまった?いや迷人か。
この時の喩えは、巨人の9連覇の選手である。彼らの多くが監督、コーチになっている。 もちろんそれだけの才能があったからだが、多くの試合と優勝積み重ねの中で、 上記の内容を全身全霊に体験したからである。
勝ち癖ををつけろということは、こういうことである。 どんな奇麗事をいっても所詮「歓喜ー>理智ー>・・・」の経験にかなわないのは、 それは理智に留まっているからである。
秘境ツアーにいそいそいくのは、自然・歴史の中の対象に感動し歓喜するからである。 薬物とか、酒でそれを求めると「歓喜」のそれだけになってしまうから、不自然の カタチになってしまうからだ。
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2002年01月02日(水)
捨てる技術という本が数年前、ベストセラーになった。 それに対し、立花隆が全く正反対の立場であった。
その本を読み数年前、思い切って本を八割かた捨ててしまった。 そして後で後悔した、といってさっぱりしたことも事実だ。 矛盾が残った。
先日図書館で野口悠紀雄の「超」整理法3を借りてきて読み、感じるところがあった。 パソコンの「ゴミ箱」の考え方である。−とりあえず捨てるのである。 後で拾いなおすことができる。
「バッファー」という概念である。ショックを吸収するための緩衝器である。 「廃棄バッファー」が重要だという。
ベストセラーの「捨てる技術」と立花隆の反論の中間の?方法である。 具体てきにいうと「多分必要でない書類を」収容する封筒をまず作ること、 次にそれを収容する箱を作ることである。要するに「保存ごみ」である。 保存することによって捨てることができる。
捨ててしまった中に宝があったのに?といつも疑念が残っている。 分ければ、資源になるのに?とかも。
「到知」という雑誌を捨てようかどうかかどうか迷っていたが、そうだ自宅の 倉庫に整理しておいて置けばいい!とか、新しい考えが出てきた。
新聞の切り抜きもしかり、「随想日記の保存分類ごとに封筒を作り」 放り込んでおけばいい。
ホームページを立ち上げ、運営してきづいたことは、 ホームページの本質は、ストックでなくフローであるということだ。 それがそのままストックになっていく楽しみだ。 捨てる技術がそのままシステムでできることだ。
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2002年01月01日(火)
今年のキーワードは「リセット」と,年末に挨拶に行った銀行支店長が言っていた。実際のところそのとうりである。
21世紀的なものへの、変わるべきところへのリセットである。 自分自身に対しても同じことが言える。世界、日本にとって政治経済で 白紙からの出発の年といっていいだろう。その背後は 情報革命の本格的影響が本流になってきたためだ。
何を変え、何を更に充実すべきかよーく見きわめなくてはならない。 ここで一歩間違うと、とんでもない事態に陥ってしまう瀬戸際の年である。
まず変わらなくてならないのは、自分の脳からであろう。 どう変わらなければならないか、新年じっくり考えてみる。 やはり個人はホームページの充実、会社も社内ネット化とホームページの充実である。
あとは今の事業の棚卸である。
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