堀井On-Line



[127] 特異点

2001年08月31日(金)


‘自分自身’は当たり前のことだが、特異点そのものである。

もちろんこの地域も、職場も、友人も特異点である。

この当たり前?のことがきずかない。

考えてみればその経験の世界以外知ることができないし、

その人にはその世界は特異点でなく普遍の世界になる。

しかし総ては特異点の集まりであり、「普遍」はそう見えているだけだ。

従がってもしその世界に埋没したり、停滞すると総てが「普遍」に見えてくる。

私が一番嫌うのが`中高年の教養のないおばさん'である。

これこそ特異点そのものである。

その無教養が「現象が真実と信じている点」である。

真実とは何かも考えたことがない。俗にいう噂とか社会現象にドップリ浸かっている。

それぞれが特異ということが解らない。

そして対象に集中して相手の特異を見つけると、

あたかもとんでもない欠点と思い込んでしまう哀れな存在である。

これはおばさんだけではないが。


[126] まだ生きている!

2001年08月30日(木)




33日の漂流の後奇跡的に助かった、漁船の船長が昨日TVに出ていた。

「スイカが流れてこないかなーとか、おや今日も生きているとか、なかなか死なないもんだとか
ぼーと考えていた」このようなひとつづつが奇跡の原因らしい。

スイカが流れてこないかなーはプラス発想、

おや今日も生きているのかというは、事故(自己)の客観化というらしい。

10年位前ののヨットレースの佐野某の漂流記を読んだことを思い出した。

鴎をを捕まえて食べていたらしいが、一種の死の瞬間の倒錯がすごい。

今乗っているボートごと垂直に数百メートル昇っていった。

それは夢でもなんにでもない事実としかいえない出来事だったという。

ユングがそれに似た経験をしている。瞑想をしていてそのまま天に上るくだりである。

インドの上空をどんどん昇っていく、インドの国の地形とか青い海そして地球が見えたという。

それがそのずっと後宇宙飛行士が見た光景と同じであった。

中世では人肉を食べた内容が克明に残っていたりした。


[125] 目には目を歯に歯を

2001年08月29日(水)


この意味をイスラエルに旅行するまで全く知らなかった。実際の意味はその

正反対の意味であった。それまでは目をヤラレタラら殺す、歯をヤラレタラ目をやる。

それをヤラレタ範囲で仕返しをやる、というむしろ優しい掟であった。それだけ激しい

条件の世界であった。旧約聖書でいつの間に当たり前と思っていたことが、

そこで始めて規制されていた。

ホモもしかり、それまで当然の世界で何もおかしい世界でなかった。

その倫理をただ旧約聖書が規定したから悪いことでしかないのだ。

そのことをイスラエルではじめて知った。

5000年前にアブラハムという部族長が訳のわからない神の声を聞いてその声に従って、

イスラエルに向かった。そのヤッホーー、アラーの神に今も世界が支配されている。

キリスト教の神もそのラージXでしかないのだ。イスラムののアラーの神も然りである。

考えてみればあの裸の王様でしかない。皆解っていながらそう考えておいたほうが、

良いから信じてしまえと鼻声でXを神にして祈っている。

確かに人間の人知に及ばない何かがあることは当然だが、それを単純に神に

集約するのはおかしい。しかし神の名の元に基準は必要であり、言葉を待ってしまった人間ー

過剰な欲を持ってしまった人間ーに宗教しか救いを見出せないのも致し方ないのか。


[124] 酒乱-

2001年08月28日(火)




酒飲みの悩みの一つに酒乱がある。私も酒乱のけがある。

酒による失敗は数あげれば限がない、命を失いかけた事も何度もある。

ある限度を越すと、スケベイになるか喧嘩だ。

最近は笑いだ。とりあえず笑いの種を探す。

5年前に毎年やっているいる高校と小学校の同級会が同じ日にあった。

5年に一回の小学校の同級会に出た。

二次会に行くと10人位の暗い集団がいた。高校の同級会の二次会に遇然

鉢合わせたのだ。その時本当に嬉しかった事を思い出す。その中の一人が

「おい堀井!こっちの会にに出てこいや、お前がいねえと葬式だいや!」

その時これだな!と思った。愉快な酒これほど楽しい事はない。

今は明るい酒乱!になっている。
-------------------------------H0905 宴会好き!

 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になったのだろう!。
忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけてよく飲んだものだ。

もともと私の父が宴会好きであった。酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。

これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位だった。

芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。
丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返していると思うと
“三つ子魂”何やらである。当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。

今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、
その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。

酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、痴呆で亡くなった。


[122] 虎穴問答

2001年08月27日(月)



25歳のころ、金沢のいとはん(現北陸ジャスコ)にいた。

会社もおかしくなり掛け、西友と資本提携し会社全体が暗い混乱状態であった。

当然中途採用で、お互いの疑心暗鬼等でいやなことの連続であった。

2度目の会社でそう簡単に辞めることもできない追い詰められた状態であった。

その時本屋で大本教の出口王二三郎の本に虎穴問答があった。

「虎穴におちてしまった、逃げ出すことができない、でも助かる方法ひとつある。
なにか?自分から食われてしまう事だ。そこには愛と誇りが残る!」

第二次大戦のとき、大きくなりすぎた大本教の弾圧が始まり、裁判で自分の

弁護にこの問答を裁判長に言うくだりの話であった。

追い詰めれどうにもならない時は、その運命に積極的に身を委ねてしまうことだ。

今まで色々な事があったが、このとき得た体験とこの問答は忘れることができない


[121] 不調のインターネット通じる

2001年08月26日(日)



新しいパソコンでのインタネットBIGLOBEに直接電話で20分かけて

てやっと通じる。甘くはない。でもこれでここでのインターネットが可能になる。

気軽に電話をすればいいのが解っていても抵抗があるが、これで電話

をすれば簡単に教えてもらえることが解った。

いとつづつ学んでいくことか。


[119] つれづれに

2001年08月25日(土)


昨日個人用ー自宅用パソコン購入

東芝のダイナブックだ。

半年前なら30万えんが今なら、税込みで15万で買えた。

CD=RW付である。

初めての立ち上げ苦戦中である。インターネットがつながらず、これも息子のパソコンをかりて書いている。

ーーーーーーーーーーーーーー
お笑いのコーナーの8月分今日開いたら全部消滅!

5月分も同じことがあった。4〜5日前コピーしていたため

最悪にならなかった。

便利な反面、こういう面もある。
ーーーーーーーーーーーー



[118] パソコン故障ー2

2001年08月24日(金)



今日か来週、修理が終える。
パソコンない生活もいいものだ。自宅用にともう一台パソコンをと、
石丸とヨド橋カメラを見に行く。
パソコンの値段が、この半年で半値近くダウン。
ITバブル崩壊とかいっていたのが現実に見えたようだ。
ROM-RWつきで11〜13万。
どうなっているのか、という感じ。


[117] ‘もの’より‘こと’の時代に

2001年08月23日(木)


これを言はれ始めて久しいが、ますますその傾向が

増してきた。別荘を持つ時代より、リゾートホテルチェーンの会員に

なってあちこちのホテルで休暇を過ごす時代になってきたということだ。
私もセカンドハウスを持つ代わりに海外ツアーに出ている。

情報化、グローバル化の時代はますますこの傾向は激しくなってく

るだろう。経営に対してもこのことが言える。所有から利用ーリース

、レンタルの傾向になっている。今のダイエーとイトーヨーカドウの

経営は、店舗の所有とリースに対する方針で、リースに走ったヨーカドウが

勝組みになったことをみても明らかだ。

あの世に金やものは持っていけないが、事は持っていける。

真にやりたいことを見つけやり尽くすことだ。

母を見てつくづく学んだことだ。



[115] 夢についてー8

2001年08月21日(火)



南アフリカのビクトリア滝での100メートルのバンジ‐ジャンプの

半年後の話である。新宿の50Fの高層ビル(都庁)に行ったとき、

あの100メートルの高さの二倍の200メートルであった。

その時窓の外を見て飛び降りるイメージをして見た。

いやとんでもないと足がすくんだ。

そしてその夜たまたま近くのホテルに泊まった。

その夜の夢が200メートルのその高さのバンジ‐ジャンプの夢である。

実感として本当に飛び降りた感覚の夢である。

高さの恐怖はその視野の広がりが大きさと比例する。

飛び降りるその時間の圧縮が、そのまま恐怖の圧縮となる。

凍りつく瞬間にたいする、自己投身がジャンプとなる。

それが恐怖として夢に現れたのである。

夢の話より、むしろバンジ‐ジャンプがいかにショックか話。
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      ーH0705バンジージャンプ
(ビクトリア滝)
 ナイアガラの二倍の落差のビクトリア大瀑布に息をのみ、そのまま進むとジンバブエとザンビアの国境を結ぶ小説等で有名な鉄橋がみえてきた。よくみるとバンジー・ジャンプで丁度人がとびおりたところであった。思わず“私もやりたい!”今年の五月にニュージランドで43mの高さを挑戦!今度はその二倍あるという。現地案内人の黒人女性も、私の気迫におされてOKの返事!一度国境を出てまったく無国籍の橋の上へ。国境警備員も本当かと何回も念を押した。そして……。飛び込み台に立って気がついた高さと恐怖心は正比例である事に!氷つくような恐怖心!後ろをふりむいて“やっぱりやめた!”という一瞬の気の迷いを振りほどいてジャンプ!何と次の瞬間思いもよらない脳の奥より声!“目をあけてみてみろ!”何とそこには高速道路で170劼離好圈璽匹納屬鬚呂靴辰浸の世界と同じような空をとんでいるような感覚。いやに緑の木々の印象の強い光の中をつきぬけていく風景がみえてきた。さらに恐ろしいのは50m位の中間で何分か宙づりになり橋まで再びひきあげられるまでの恐怖であった。(次はヘリコプターよりのジャンプ!

(ニュージランド、クラフトチャーチ)
四十三mの渓谷の吊橋より足首に一本のゴム紐をつけて飛びおりるゲーム、まさに“身も氷るおもい”そのものであった。あの飛びこみ台は死刑台と同じ感覚ではないかとその瞬間思えた。立って下を見た瞬間まさに金縛りそのもの。自分は何でこんな事をしてしまったのか。まさか自分がここより飛びおりる?…本当に恐怖のどん底とはあの瞬間であった。そういえば現地の日本人ガイドが私の申し込みに四回も私の目をみて念をおしたのも頷けた。


[114] メキシコ旅行記

2001年08月20日(月)


現在旅行記のコナーが不調の為掲載できなかった旅行記仮にこのコーナーで載せておく。


2001/02 近畿ツーリスト
とにかくいいかげんな陽気な、しかし奥行きの深いラテンアメリカの国だ。
世界遺産だけで21もある遺跡の国でBある。
文明はBC5〜AC16にかけてさかえた。
メキシコの大半が1000メートルをこえる高原で、
国土の4ぶんの3が荒地である。
今回の旅行は代表的な‘テオティワカンの遺跡’と‘チェチェンイッアの遺跡’と
‘ウシュマルの遺跡’と世界的リゾート地‘カンクン’のツアーであった。
1、まづはてオテオワカンの遺跡―  
  メキシコシテーの50キロの近くにあった。
  BC2につくられ当時20万の人口があった。
  高さ46メートルの月のピラミッドと65メートルの太陽のピラミッドと
  南北4キロを貫く死者の道があった。
  ここで不思議に思ったのはエジプトと全く交流がないのに、
  カタチと大きさが同じピラミッドがあることである。
  神聖なおおらかな感じがした。
2、次はチェチェンイツアの遺跡―
  チェチェンイツアは'泉の近くに住む魔法使い'という意味であるという。
  そこのピラミッドは365段の階段で出来ており、暦をあらわす。
  いけにえの泉も印象的であった。
3、ウシュマルの遺跡は都合三回建替えられたという。
  小人が一晩で造ったという伝説のある卵型の'魔法使いのピラミッド'
  が印象的であった。東洋的な神秘性が漂っていた。
4、カンクーンはこの旅行で初めて知ったが、世界に誇る大リゾート地であった。
  幅2〜300メートル長さ数キロの半島に、100以上のリゾートホテルが立ち並ぶ
  カリブの別天地という感であった。
 
  メキシコの今の現状は思っていたよりずっと豊かであった。


[113] 法事

2001年08月19日(日)


昨日は東京の親戚(治田さん)の法事で上京、叔父と叔母の一周忌と
17回忌だ。

両国の第一ホテル内の東天紅。12時過ぎから22時まで飲みっぱなし。

長岡に帰ってきてスナック2軒まわる。‘仏前’渡すのを忘れ治田さんに電話する。

今朝2時間散歩、風呂と殆ど汗に出す。

二日酔いはなし。今日今朝白のお祭りみたいだ。


[112] お金について

2001年08月18日(土)



以前お金の事に対して書いた、それにより人も殺すし人を助ける事もできる。

体も売る、売春で普通の子女が売春に走る値段は、新卒の給料の一週間分の値段が世界の

共通という。日本なら4〜5万というところか。

仕事をしているとそれが鮮明に見えたり、全く見えなくなったり。

命の次でなく、命と同じくらい大事である。

といって死んだと同時に一円も必要でなくなる。しかし生きている限り必要なもの。

金のない人ほど金に対して軽く見ている。

見ているふりをしているかと思っていたが、そうでない。

私の実感は稼ぐは大変、失うは簡単!である。

銀行はまさしくその管理をしているのだから、解っているはずが全くその正反対というのが

ジョークそのもの。一番面白い話、あの松下幸之助とかなんとか、下を向いて一生懸命書き物

をしていた。こっそり見たら、金かねかねと書いていたという。

自由の塊というところか、それとも神の代行業に対する神の謝礼か。
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H0903 お金について -事業百訓より

 誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。これほど重要なモノについて誰も直視しない。触れたがらないのはその本質があまりにも“現金”だからである!。ズバリお金は“自由の塊”である。世界の大部分のモノが引換に手に入る!人の心さえも。それほど強力な魔物である。それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。反対に上手に使えば従順な召使いになる。父がよくいっていた“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、その苦労はこの世で一番の苦労だ!。”“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!”“生き金は使え、死に金は使うな!”“お金の楽しみの(うまくいった仕事の)結果のもの。”“それは使わなくては紙に書いた絵でしかない。”“金・金・金!!とどのつまるところ、それだ、それ位重要である。お金に窮してはじめてそれと気ずく。それを誰も直視しようとしない。世の中その為に首を吊り、人を殺しもする、盗みもする。それを認めた上で、それにとらわれるな!とらわれない為にはお金を貯めろ!”。父の考え方は決して間違っていないと思うし一つの見方だ。でもお金に対して奇麗な人であった!


[111] 数ヶ月ぶりの古町

2001年08月17日(金)


数ヶ月ぶりに古町に出る。

16日の為か店は半分ほど休んでいて、飲み客も少ない状態であった。

昨年の暮れ行った店で‘安寿’という店で、「人生楽しく!」が本人と

店のコンセプトということをこの笑い顔を見て今思い出した。

このように笑えるのは大きい財産であろう。「楽しいから笑うのでな

く、笑うから楽しい」ということを本人がよく知っているのだ。

笑いは訓練でできる能力だ。古町は少し高いがやはり面白い。

私のミニノートにジョークと駄洒落の索引がかいてある。

いつも鞄かポケットにいれてある。

開いたと同時にアルファー波が出てくる。

ー写真日記に詳細ー



[109] 偽坊主 [110] 正中心一点無

2001年08月16日(木)

[109] 偽坊主
今の仏教界ーいや仏教業界よりましな話!

10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、

ふと哲学的になってしまった。内容というと「世話になったお寺の和尚

が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、口からデマカセの法

事で無事代役を終える役(偽坊主)を、トラが演じていたー

そのとき奇妙な感覚になった。

まず本人ーこれを1・能作がまづあり2・本人の苗字があり3・俳優の

渥美清4・寅さん5・偽坊主ーと重なりがある。

能作?が2345を演じていることにきずいたのだ。このような場面は

私も何回も経験をした事がある。

仕事も役割もこの重なり合いといってよい。

この重なりを名優はこれを簡単にやってしまうのだろう。

渥美清もそのときその重なりを感じたと思う。

[110] 正中心一点無

15年前か、経営セミナーで栗山奉行という思想家?の話を聞いた。

あまりに奇抜で面白かったので、その人の本を買い求めた。

そこにこの正中心一点無という言葉があった。見る人が見たら

この意味はお解かりだろう。

問題解決の時などこの言葉を唱えていると、その答えが自然出てくる。

その中心点を無心にになって見つめて(もとめて)いると自然解決してくる。

それが難解であればあるほど、この効果が出てくる。

この言葉で今まで、どれだけ知恵が出てきたことか。知恵の袋の穴と言

ってよい.

--------
写真は右(松の精)、左(バラの精)

栗本奉行 の イメージ?‐実際見えたものか?




[108] NoSubject

2001年08月15日(水)


108] 夢について-7
2001/08/14 07:45 NoName


毎朝地蔵様に‘あの世で安らかにお眠りください’とお参りしているためか、

今年に入って母の夢を見る事が少なくなったが、昨日の朝久々に母の夢を見た。

いつもそうなのだが自宅での生々しい夢である。

痴呆状態のしかし姿は幼児の母である。

今回は玄関の辺りで何かしている、よく見ると仏像にお参りをしている夢である。

盆にピッタシの夢である。母が自分の中に生きているとか言うが、私の場合夢の中で

自由奔放生きている。

---------
今朝 見かけた鴨。一時200羽いた事があったが河川工事で
少なくなった。丁度真ん中あたり。


[107] 「私の死亡記事

2001年08月14日(火)


「私の死亡記事」‐文芸春秋

図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!

各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である。」

そのお願いの文章が、前書きになっているところがまた面白い。

よくこれだけの有名人が真面目に、あるいはふざけて書いているのがいい。

まず自分の死亡時期の設定、そして死亡原因、生前の業績を当の本人が書くのだから。

どちらにしても真剣に書いてあることは文面よりわかる。特に生前の業績に対しては

意外と自己正当化しているのが可笑しい。 



  −私も書き始めたが侘しくなってきた。死亡時期‐父と同じ71歳

(そうすると後16年の時間)

死亡原因‐酒の飲みすぎによるショック死。

生前の業績ー書くに値せず。

葬式方法は葬式坊主に一円の金も払わないようにとの遺言の為に音楽葬
                         ただし身内のみで。

近じか真面目に書いてみよう。


[107] 「私の死亡記事

2001年08月13日(月)


「私の死亡記事」‐文芸春秋

図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!

各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である。」

そのお願いの文章が、前書きになっているところがまた面白い。

よくこれだけの有名人が真面目に、あるいはふざけて書いているのがいい。

まず自分の死亡時期の設定、そして死亡原因、生前の業績を当の本人が書くのだから。

どちらにしても真剣に書いてあることは文面よりわかる。特に生前の業績に対しては

意外と自己正当化しているのが可笑しい。 



  −私も書き始めたが侘しくなってきた。死亡時期‐父と同じ71歳

(そうすると後16年の時間)

死亡原因‐酒の飲みすぎによるショック死。

生前の業績ー書くに値せず。

葬式方法は葬式坊主に一円の金も払わないようにとの遺言の為に音楽葬
                         ただし身内のみで。

近じか真面目に書いてみよう。


[106] 坂之上小学校ー同級会

2001年08月12日(日)


昨日小学校同級会、場所はかもがわ別館。

25人参加。かなり盛大であった。二次会は全員参加。

久々に楽しいひと時であった。3クラス合同の会で100人強のうち4ぶんの1

あつまったことになる。5^6人が亡くなったようだ。それもこの2〜3年

 そういう時期になってきたと言う事か。5年に一回の会で丁度いい感じだ。

どうしても女性が多いのは、当然の事だろう。

出席してよかった。



[105] 写真コーナーが移転

2001年08月11日(土)


不調だった今までのコーナーを廃止、あたらしいソフトで再出発すること、

になりました。

デジタルは便利の反面、今までの苦労が一瞬で消えうせるという恐さがある。

あれだけデジタルカメラを持ち歩きうつした写真が、全て跡形なく消え去ってしまった。

まだ出始めで総数が少なかったが、一年も経った後だったら大変な事だった。

写真コーナーが壊れてからアクセスが半減してしまった。

---------------------
二時間散歩、夜半大雨のためか花が綺麗だ。

これも土手で誰かが趣味で育てた花だ。

二時間の間にそのような場所が10カ所以上ある。

後一月経つとコスモスのトンネルが出来る場所に花が咲く。


[104] 自己不認識

2001年08月10日(金)



いま感じているのは自分自身への目のミスキャストである。

同年の人と会うとお前も年をとったなー、と言ってくる。

ところがその二倍の言葉を返したいほど、その相手も老けている。

しかしその人の自己認識が全くないことが解るからそのことを言えない。

其れこそブラックジョークである。

こういう人に(自己客観かのできない人)「貴方は女性にもてるでしょう」と言うと、

得意満面になり女性遍歴を話し出す。女性にもてる意味が解ってない。

女性環境に恵まれてないからスナックに行って、ママかホステスに必死に尽くした結果

チヤホヤされる事を意味してる事を。

知人に何人かその結果(離婚とか自殺)、家庭内が目茶目茶最悪の事態に陥っているのに、

今もそのプロセスを踏んでいる男がいる。

男の何人に一人はある時期こういう事態を経験しているのだろうが。

ある往年の大女優が随想で「45歳を境に急な坂を転げ落ちていくように、美容も肉体も

おちていく」とかいていたが間違いない。

女性の場合自覚するが、男の場合気がつかないから恐い。



[103] センチュリーベーカリー

2001年08月09日(木)





           −昭和50年3月〜8月31日ー
ほとんど他人に話した事がないが、焼きたてのベーカリを立ち上げた事がある。

千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、空きビルを埋めるべく何がいいか

みた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’に目をつけた。

冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。

商社の東レの子会社の蝶理という会社が、このフランチャイズをやると

いう新聞記事をみて早速やることにした。

東十条にある関連のパン屋に朝4時に起きて、二カ月オープン!

例のとうりパニックそしてーーー。

素人は初めは良いがある時期がくると、応用が利かない弱点が出てくる。

その時期に長岡の実家で問題が生じ帰ることになった。

第三者の経営委託に切り換え急遽長岡へ。

恐らくあのままやっていたら3〜4年で行き詰まったのではないかと思われる。

しかし若さか今考えてみると良くやったと思う。

苦し紛れで‘開発型委託経営ビル’を造った事になった。

考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、ビル開発(飲食

フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、実家の衣料デスカウント・ハウ

スと12年近く、全く未経験の体験の自己配転していたことになる 。



[102] 夢について−6

2001年08月08日(水)



これまで夢について書いてきたが、‘天女二人とセックスをした夢’の事を書こう。

20年近くなるが私の元部下の大森という人が亡くなって、

暫くして大森さんしのぶ会が開かれた。

彼の人柄もあって4〜50人が集まりスナックで盛大におこなわれた。

非常に気持ちの良い会でもあり、かなり酒も入った。

その夜天女二人とセックスをした夢を見たみたのだ。

翌朝目を覚ました時、これは彼なりの方法でのお礼なのだと確信をした。

けっこうこの話をすると年配の男の人にうけるのだ、思い当たるふしがあるのだろう。

夢としても感覚にしても、これ以上ないことは誰もわかることだが。

夢は面白い!

学生時代の寮の友人に、夢コントロールのできるという男がいた。

夢の中で寮の中を歩く事ができるという。吉永小百合とも寝る事が出来るとも言っていた。


[101] 倒影ー2

2001年08月07日(火)



人の悪口は倒影の最たるものだ。「あまり悪口をいうな、その指摘部分が自己に移るから」

という理屈は子供のときから分かっていたが。

「人を指差すときあとの指は自身を指している。」という戒めの言葉もそういえばあった。

「人を呪わば穴二つ」という諺もあった。

「ある自信過剰の男、周りの人間かったぱしから、弱点を見つけて倒影を続け一人満足を
していた。ふときずいた時何にもしないで歳をとっていた。」
こういう人間の本当に多いこと。。
これで一番本人にマイナスになるのはマイナス視点が本人に身につくことである。
親戚に結婚もしない、仕事もほとんどしない「俺はでかいことを考えて

いる、2〜3年後に実行するつもり」といい続けて40年近く、i言うのは

人の噂と成功した人間悪口、自身の影におわれているのだ。もう60になって法事であったらまったく同じことを言っていた。

こう言っている自分もこの男の中にある自身の影倒しか。


[100] あら!たのし

2001年08月06日(月)


難しいことをやさしく!
やさしいことを深く!
深いことを愉快に!
    (井上やすし)

井上やすしの本を読んでいて納得して、彼のように紙に書いて

電気スタンドに張ってある。彼の言葉じゃなくて誰かの言葉を

彼なりに変えた言葉だが。コツとか要領を旨くついている。

天才はそれぞれこの方法を子供の時より造りあげていた。

考えている対象の文章化とか、ゲーム化とか絵画化とかして。

楽しみまで高めるのはそう簡単ではないが、でもやってやれないことはない。

「四S主義 = シンプリフィケーション  スタンダーディゼーション 

スペシャリゼーション  セグメンテーション 」というチェーン理論の

ベースになる教えも、これに近い。 


[99] 現地日本人ガイド −2

2001年08月05日(日)


南アフリカの50歳の女ガイド。

日本の商社で知り合ったイギリス人と結婚。いろいろあってその旦那とケープタウン

に住んでいるという。不安はないかと聞くとその心情の一端を話してくれた。

子供の名前の件で真剣に日本名にするか、それとも英国名にするか戦いになるらしい。

自分が死んだ場合残るのは子供の名前だけらしい。

自分の存在がそれこそ瞬間虚無になってしまうという不安らしい。

最近までケープタウンに一つだけしか日本名の墓はなかったという。

移住は若いときはいいが、老年になるときいてくるという。

子供が独立し亭主が亡くなった時がきついと言っていた。一つしかない墓の名前が女の

名前でそれを見たとき、芯から不安を感じたという。聞いているだけで肌が寒くなってきた。


[98] 現地日本人ガイド

2001年08月04日(土)


イスラエル2001/08/04 17:00 NoName

旅行シリーズもそろそろ終わりに近づいてきた。

考えると話題はいくらでもある。現地日本人ガイドのことである。

彼らによって印象が全く違ってくる。

添乗員から聞いた話だが、彼らが言い出さない限りあまり聞かないほうがいいらしい。

彼らは考えてみれば、色々な事情でそこでガイドをやっていて当然である。

でもそれなりに見えてくる。

ここで数回に分けて事情を書いてみよう。

イスラエルのガイドの話。

63歳の独り者の男性のガイド。イスラエルに来て10年以上とか。

日本の客は本当に少ないらしい。滞在中一回しかシスターの数人連れしか会わなかった。

本人も久しぶりの日本人の為、うれしくて仕方がないらしい。

マイク口からはなさず、喋りっぱなし。

一年前癌の手術をして、放射線にかかっているっらしい。

神学生崩れらしくて、神学のイスラエルの大学を卒業しているという。

旧約聖書にしても、新約聖書にしても博識だ。

ただいつ死がくるかもしれない不安と、外地で虚無になってしまうかも

しれない不安がそのまま伝わってくる。

それがイスラエルの地で聖書の話をすると迫力がありぴったしなのだ。

あまりに面白いのでメモをとりいっぱなしであった。


[97] NoSubject

2001年08月03日(金)


数日前小学校の同級会の幹事会を今やってるが出てこいとの連絡あり。

15分前まで殿町で飲んでいたが再びユーターン。

東京の友人の会とどっちにしようか迷って、

返事の期限を10日以上も出してなかった。

出る出ないはどうでもいい。返事を出すのが筋!こってり絞られた。

幼稚園、小学校、中学、高校と13年同窓の高木と山崎に頭が上がらず。

結局出席になった。8月11日鴨川本館。

その日はかなり盛り上がり、同級会を終えてしまった感あり。


[96] 旅行で出会ったー普段会えない人ー

2001年08月02日(木)


・大手情報機器メーカーをリストラされ傷心の60前後の人

・三條の67歳位の夫婦ー自在で何もおくさない人ーそのまんま!−
 イグアスの滝でゴミ袋の底に穴をあけ首を通して雨具にしていた。

・一度も結婚したことがないという70歳半ばの品の良いおばあさん

・ヌー河渡りを見たいばっかりに日本興業銀行を辞め、
 外資の銀行に勤め始めたのをまた辞めてきた30代半ばの女性

・30数年前ある大臣の娘、自由時間にパリ野郎に誘惑され朝帰り。
 青い顔をして皆が心配しているのをしり目に、ピンク色の頬、うつろな目




[94] 倒影について−1

2001年08月01日(水)


投影といえば対象の中に自身の姿を見るとか,自身を相手に映し出すときに
つかわれる。
これに対し私が創ったか実際あった言葉か忘れてしまったが、‘倒影’という心理がある。  これが人間にとって曲者!
ずるい批評家とかコンサルタントや新興宗教の教祖が多用する。
他人の悪口はこの心理より発せられる。

‘心の中の影’を自身の中より、対象の中に見てけだし否定する。
ずる賢いやつはそういう対象に近づき、否定すべきことを探しある時期がきたら手の裏を返す。
誰もが持っている哀れな姿である。新興宗教の教祖がそれをやる。
ダライラマとかに500万とか1000万の金を献金。
会見したようにして会い、あたかも同格のように写真をとる。
そのうちいつのまに教徒にそれ以上と洗脳をする道具に使う。
オウム教とかこの前詐欺でつかっまった足もみの教団はその典型だ。

女子短大レベルの若い女が表面的知識を得た時、まずおぼえるのがこの否定である。
それであとは何にも見えなくなってしまう。それで同格かそれ以上と錯覚してしまう。
何事も三分一は影がある。その影探しだけに精を出す。

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