堀井On-Line



[93] 旅行で出会ったー普段会えない人

2001年07月31日(火)


・日本生産性本部の元トップとおぼしき人

・NHK幹部

・いつもお付きと来るが今回は一人できている山の手の奥様、

・天下ったばかりの元官僚、

・日本興業銀行本部のキャリアウーマン

・遠い親戚が亡くなりおもわず数億の現金を相続した人

・ツアーを2重がさねで続けて、現地でおち合った80台半ばの見た    事がないくらい品の良い老夫婦、

・TVの経済解説でよく見る人
・えげつない関西のおばちゃん


[92] 変わった人ーとの出会い

2001年07月30日(月)


旅行それも秘境系に面白い人が多い。

・人生の余白を埋めにきましたとか、
・毎月ー年12回来ている人とか、女の人で退職金使い切るまで続けるそうだ、
・100回目の人とか(はじめ50回で目を回してしていたが)、
・12日間の旅行に布のショルダーバッグ一つ。
  グレーのスーツにポロ、その上によれよれレーンコート。
  行き先はヨルダン・シリア・レバノン。着いてみると現地人
  は正にそのスタイル。彼のほうがピッタシ。
・57歳のグランドオールドミスが一人いらいら。
 キャリアウーマンの明らかに会社から見たらヘドロの典型!
 今会社の中は天国、こちらは地獄!
・大手の社長か会長あがりの人物。この前まで偉かろうが旅行の最中
 はただの旅行仲間!の意味が全く解ってない!人。
 奥さんこっそり社会復帰のリハビリのこれが初めての旅行と教えてくれた。
・生死の手術の後、奥さんと来てヒマラヤを見て泣いている人、
・10年ボケの父親を見送り世界中を旅行しまくっている人、


[91] 人生のこつ -2

2001年07月29日(日)



「生きることを考える事はまず死を考えること」というが、
昨日書いた人の内容は正しく具体例として解りやすい。

何故勉強しなければならないか?という問いに、日下公人は何かの本のこう答えている。

「死んで葬式の額縁の写真に入った時、ああ自分は働くだけ働いた!遊ぶだけ遊んだ!

知るだけの事は知った!この世に生まれてきて可能な限りの事はしたつもりだ。これでよい!

このようにいえるようになる為、人は勉強をしなくてはならない。」

これが解ってない人が多い。定年退職した後でと総て後回しにしてしまう。後回しの大部分

はやらないことの自己欺瞞という事を自身わかっていないのだ。働いて時間がないときに

無理に時間を作ってやるから其れが活きてくることを解ってない。

楽しい過去の倉庫、楽しみな未来の計画の束作り、そして楽しかった倉庫の整理と計画を楽しん
で実施している今。


[90] 人生のコツ

2001年07月28日(土)


ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。
本当に色々な人がいるものだ。推測だがどこかの高校の校長だったのでは
ないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。

「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り
埋め尽くす生き方」をその人の感化でその旅行で決心した。

その人の言うに「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系!
若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた!家族で
日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。
しかしどういうわけか死ななかった。
それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中を
ほとんど回ってしまった。」

この時これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。
「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。
その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に
「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」
との答え。後は好きな事だけをやる事だそうだ。

なるほどと考えさせられた。


[89] 城と教会そして宮殿

2001年07月27日(金)


ヨーロッパはお城と教会そして宮殿が素晴らしい!

何処の街に行ってもこの三点セットはある。

それぞれの個性という点で素晴らしい!

また周辺のくにを侵略して富を根こそぎ奪うのだから規模が違う!

美的センスもよい。外観を眺めているだけで充分満足できる。

文化という点である時期、王侯貴族のシステムも必要であろうか?


[87] エルミタージュ宮殿

2001年07月26日(木)



今回の旅行のハイライトはやはりエルミタージュだ。

カテリーナ兇療澆竜榲造箸い錣譟△舛腓Δ疋僖蠅離襦璽屮詒術館

と匹敵する内容であった。300万点ある所蔵の一部しか見れなかったが、

ただ案内された壁画や展示物は見た事のある物ばかりであった。

制限された時間内で駆け足であったが、その印象は強いものであった。

エルミタージュはただ美術館と思っていったが、広大な宮殿でベルサエユ

宮殿に似ていた。その豪華さにまずは驚かされた。

夏の宮殿と言われるカテリーナ宮殿も行ってきたが、それも目をみはる豪華さで

感激してしまった。当時のカテリーナ女王の権勢は絶大であることは

この2つの宮殿を見てうかがい知ることが出来た。


[86] ホームページ用3dソフトが完成

2001年07月25日(水)


ホームページ用3dソフトが完成したようです。

http://www.fsn.co.jp/bonoboのサイトでダウンロードして

このホームページの3dの絵をクリックすると動き始めます。

私のホームページに似たものが私の立上げの10ぶんの1のエネルギー

で出来そうです。ただし有料です。詳しくはそのサイトで見てください。

富士総業のソフト部門で作成したものです。

ホームページ開設勧めます。

世界が2〜3月経つと変わると本に書いてあったが

正しくそんな感がします。


[85] NoSubject

2001年07月24日(火)


先日も書いたがフィヨルド見物あとの登山列車のトンネルと
トンネルの合間の空間で列車が停まった。


そこで全列車の乗客がおりて5分間の滝見物という。
100メートルいくと突然空間が開けていた。
そこに大きなショール滝が現れた。

その滝に見とれ写真を撮り乗客の半分近く帰った時、
突然音楽が鳴り出した。ふと滝の中間に赤いものが見えた。

赤いドレスの女が踊っている。写真を撮ろうか、
それとも見ることに集中しようか
迷ったが両方にすることにした。

まさしく水の精が踊っているようであった。一生に残る
感動的場面であった。

明日写真アルバムの載せます


[84] 北欧で感じた事

2001年07月23日(月)


いま欧州各国の首都はインターネット化による合理化と、

EC統一で本社機能がドイツのベルリンに移転。

本社の支店化や支店の撤退が進んでいるという。

その為の合理化と人員削減による不況が進んでいるという。

いずこの国も一緒と感じた。ロシアの国境以外は完全オープンといった

感だ。ただノルウエーだけは北海油田が発見された為、海陸資源が豊富な上に

石油の心配が無くなったためECに参加せず一国強気という。

北欧とロシアは欧州の片田舎とい位置づけられている。

北欧4国の各国の位置付けはスエーデン・デンマーク・ノルウエーの順で

彼らはゲルマン民族で言葉もほぼ一緒。フィンランドだけはハンガリー系のフン属で

彼らは露骨な?差別意識があるようだ。何処も一緒か。常にロシアとドイツなどの

外敵にさらされてきたという。どこも立憲君主の政治体制をとっている。

また社会民主主義が進んでいる。ノルウエーの学校制で考えさせられたのは

小中9年間クラス換えがなく、先生も一緒。一クラス20人のため先生は

80人の生徒を見ることになり、責任を持って生徒を指導できるという。

虐めや差別は少なく、20人は一生の付き合いになる。

競争社会の日本でこれがそのまま良いかどうかわからないが、
ヒントになることは確かだ!


[83] バイキングについて

2001年07月22日(日)


バイキングは今より1200年前突然始まり200年で終わったそうだ。

キリスト教の影響ではないかと言われている。

面白いのは相続は末子相続で、長男次男はある年令に成ると家から
出て行くそうだ。

海は日本の場合お堀の役割だが、夢に向けての希望という。

1000年前のバイキングの船がそのまま発掘されて展示されていた。

一艘40人ぐらいの定員で50艘位で攻めていくそうだ。

アメリカまでも行っていたそうで、コロンブスの発見より5^600年
さかのぼる事になる。

それにしても金髪で背が高く足が長い、それに美男美女である。

料理も上手い!厳しい自然だが資源に恵まれている。


[82] 人生がモチーフの公園

2001年07月21日(土)


なんとその公園のモチーフが人生! どういうわけか急にお腹が痛くなってきた。

広大な公園の中央に建つ塔に、時計の刻印のように12のそれぞれの複数の像。

赤ちゃん、幼児、少年期、青年期、・・老人期そして死と像がその時期を象徴して

表現してある。その中央に死体の山。人生をリアルにそのままずばり表現してある。

周辺にそれぞれの人生の哀歓の像が立ち並ぶ!

何故誰もが考えつかなかったのか、今まで見た公園で一番印象的と言ってよい。

さすが北欧と感心させられた。このような思いもよらない現物に、突然出会うのが

旅行の醍醐味である。



[80] 北欧ロシア旅行記

2001年07月20日(金)


印象順に書いてみよ  
1・  レニングラードが良かった。
  ・特にやはりエルミタージュがよい。冬の宮殿と言われる建築物が予想以上だ。
   300万点もあると言う美術品がよい。
  ・ エルミタージュの小劇場でみたバレーが今回の旅行の
   ハイライトの一つだっだ。 
  ・ 川からみたレニングラードの街並みの光景が  
   今まで見た街の美しさでナンバーワンといってよい。街そのものが芸術と言える。
  ・夏の宮殿と呼ばれるカタリ‐ナ宮殿もすばらしい内容であった。
2・次はフィヨルド
   2時間の川下りふうな船よりの景色がすばらしい!
   最も長いそれは200キロ、深いところは1000メートルもあると言う。
3・登山列車からの景色もいい。最も印象的なのはトンネルの合間の空間に列車を止め、
  下車して見た見た滝がすばらしい。突如‘ジョニ‐は戦場に行った’に似た音楽が
  鳴り響き、滝の途中に突き出た岩の上に赤いドレスを着た女性が踊りだした。
  ‘水の精の踊り’をモチーフにしたのだろうが、幻想的で感動的であった。
4・ノルウエーのベルゲンの世界遺産のブリッゲン地区の街並みと魚仲買人の家も
  当時の生活が垣間見えた。
  北欧の国民性として家の部屋の中を飾り揃えて、お互い見せ合うのが楽しみだそうだ。
  家具が何処を見てもセンスがいい。バイキングは末っ子相続の変わった風習の国だ。
  海は日本は堀で外敵より守るものだが、バイキングは夢の実現のの所だそうだ。

5・ノルウエーのオスロのフログネル公園が印象的であった。
  モチーフが人生! 
  赤ちゃんから成人〜老人そして死が像で立ち並ぶ公園である。
  なにかヒンヤリした、しかし超越した視点が空間に漂っていた。
 
今回の旅行は5ヶ国をまわるダイジェスト的な内容であった。
飛行機、遊覧船、登山列車、高速列車、一泊の豪華船、バスと毎日が移動の旅行であった。
何でもあり、変化の激しいしかも楽しい旅行であった。


[81] 無事に帰ってきてよかったせすね。


[79] NoSubject

2001年07月19日(木)

先ほど無事帰る。変化の激しい旅行だったが、
満足の行く旅行であった。新潟の会社へ直接よる。
修理に出したパソコンを自宅に持ち帰るためだ。
あまり国内は変わったことはないようだ。
おりおり旅行内容な書いていくつもりだ。


[76] 行ってきます!

2001年07月08日(日)


まずコペンハーゲンへ
今日8時57分長岡発 15時成田発ロンドン経由
2日目はベルゲン
3日目はバルダンゲル・フィヨルド
4日目はグッドバンゲン。フロム。オスロ。
5日目はストックホルムへ
6日目はストックホルムから船旅〜1泊
7日目はヘルシンキ
8日目はレニングラード
9日目もレニングラード
10日目モスクワ
11日目帰路
12日目早朝成田。

――――――20日まで休みます


[75] 夢について−5

2001年07月07日(土)


男の大部分の人は女性を強姦をした夢をみるそうだ。

おそらく原始時代の記憶が遺伝子に記憶されている為だろう。

そんな難しい話でなくとも、力で征服したい身近な事だからだろう。

その知識を得る前の15年まえにこんな夢を見た。

女性を強姦し山に埋めた夢だ。そして警察にそれが暴かれないかと不安でたまらない。

最終的にはどうなったか憶えてないが、半年ににわたる7^8回にわたる

連続ドラマの夢であった。なにか過去のやましい気持ちの集大成がこの夢を作ったのか、

とんでもない夢をみてしまった罪悪感が、無意識下で連続ドラマになったのだろう。

それにしてもあの時のどんよりした気分、犯罪者の霊が乗り移ったのかと真面目に

考えてしまった。


[74] 死について

2001年07月05日(木)


誰もが直面するまで見て見ぬふりをする、一番厄介な避けてとうれない一大問題である。
40歳過ぎれば何時直面してもおかしくない問題である。

子供の頃から両親に‘死の不安’の話を聞いていた為、死にたいして
耳年増になってしまった。

そして親戚が多かったせいか、死を身近に見てきた。
そして坊さんの死の話も聞いた。その中で一番印象に残っているのが
「人(他人)は先、我は後!」である。自分が生きてる限り全くそのとうりである。

たしかギリシャの哲人の言葉に「自分にとって死は存在しない、なぜなら死んだ瞬間
自身無になるのだから、死は残された者たちの自身の言葉でしかない。」という言葉
をその坊さんは噛み砕いたのだろう。




H0503“死”について

・ 自宅の両隣の御主人や息子さんも含めて近所で、このところ五軒も葬式があった 。
 六年程前に“いとこ”がやはり四人、たて続きに亡くなった。
 私の年令の風景の一つなのか?

・ 人間の死亡率は百%!

・ 人間の恐ろしいのは、“死”より“死に際”じゃないか?

・ 親の死は、子供に対する最大のプレゼント

・ “我々が生きている間は死はこない。死が来た時にはわれわれはもはや生きていない”
   (エビクロス)

・ 死んでしまえば塵である。(伊藤栄樹)

・ 死んで三日もたてば三百年前に死んだと同じ事。

・ “苦”は生きているうち。それが死への苦しみであっても!

・ “いろいろ、あったが死んでしまえば何ってこたあない!
      はじめから無かったと同じじゃないか!皆の衆”(山田風太郎)

・ “ああ、自分が消滅した後、空も地上も全く同じとは何たる怪事!

・ 死とは人生における最後の挑戦である。(ハイデッカー)

・ 死はお浄土への単身赴任である……極楽世界があるかないかではないのです。
     あるべきなのです。いや、あらねばならないのです。(さち・ひろや)

・ 死も人生というドラマの一部分、それも最後の仕上げという。

・ 死に直面した時“さようなら、たださようなら、さようなら!”
                これこそ、死の苦しみにとらわれない妙薬。

・ 人間は死ぬ事を、ひそかに望んだので戦争をしたのだ。
   自己保存の要求はきわめて強いかもしれないが“死”への欲情はさらに深い。

・ “死の準備”は大別して“自分の心の覚悟”と“自分の愛する者達への配慮”に
   わけられる。死は根本的には“無”である。
   “無”にはいかなる準備のしようがない。“無”になる事に覚悟せよと言ったって、
   いかなる覚悟も“無”であり、“無”になる。死はどうであれ
    “無の世界”=“無”も自覚も存在のない世界へ運び去るのだ。

・ “父母によばれてこの世に遊びに来て、用が済んだら、はいさようなら”(一休和尚)

・ “自分の死”に対して、どれ位時間をかけたか?やっぱりかかった時間と比例します。
   だから死について考え続けるより他にありません。自分の心を明確にする事。
   それをやっていると毎日が濃縮されて、いつ死んでもいいと思う程、
   充実してきます!(曽野綾子)

・   死は暗闇ではなく光明と考えられるかどうか、もどって来た人はいないのだから。

・   他人(ひと)は先、我は後!

・ 生前、死後には無限の暗黒のひろがり…その暗黒は球状をなしているように幻想され、
  私の死後ばかりか、わたしの生前もぐるっと取りかこんでいるごとくだ。
丁度、地球儀の或る視点だけが明るくかがやいていて、
  あとはすべて球形の闇だという格好である。向こう側(彼岸・無)よりみれば
  針の尖でついたような、しかしながら、たしかにここに光っているわたしの生、
  それ故にわたしはこの世に有る限り一日一日を大切に遺憾なく生き抜かなくては…
                         (吉野秀雄−やわらかな心)


[73] 夢についてー4

2001年07月04日(水)

海外旅行の帰りの機内でみた夢も恐ろしい極限であった。

飛行機に乗っているせいか、自分の体が空に浮いていく。

もうじき下に降りるだろうと思うが、どんどん浮いていき電信柱を超えていく。

ああもうこれ以上いくと危ないと思った瞬間目が覚めた。そしてほっとして

「自分は地上にいる」と思った瞬間、空中に飛んでいる自分に気づく。

自分が空中を1000キロで飛んでいるのが解るのだ。その恐しさは言葉で表現できない

恐ろしさであった。バンジージャンプ落下している感覚であった。


そういえば6〜7年前の恐ろしい夢が書いてあるのでまたコピーしておく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
H0905魂が万代橋の上を彷った話

 第2新館の役所の検査の直前の話である。担当の設計士が顔をひきつらせ青い顔を
して言うには、“今回の検査はパスしない!...”

一瞬耳を疑ったが、次の瞬間頭の中は真っ白、地獄の底へつきおとされた思いであった。
“それが本当であれば、あの建物は単なるゴミの山、そして私は?、会社は?...
”パニック状態である。それも夕方の飲み会の直前である。
まあ明日の話として、頭も冷やすという事も含めて、そして焼け酒という事で
浴びるほど飲んだ。

その夜は満室という事で事務所の長椅子に仮眠した。
恐らくそこが不安定という事と、頭がパニック状態という事と酔いを含めて
妙な夢になってしまった。

魂が身体より抜け出し、さっきまで飲んでいた古町より万代橋まで目線が5m位の高さで
プカプカ浮遊しているのである。“ああ自分は浮いている。
それも魂が”という感覚であった。

そして目が覚めて!魂が浮いていたのはたしか夢か!でもあの話は本当である!
それも夢であってほしい!と念じた事を今でもはっきり覚えている。


[72] 3D-ホームページ延期

2001年07月03日(火)


三D−ホームページソフト7月2日の予定が

富士総業の都合で7月23日に延期。

打ち合わせの中でかなりの手直しの部分が見えてきた為、

延期になりました。ホームページを三Dを取り入れる画期的なもので、

大化けの可能性もある為、徹底的な練り上げが必要のようです。


[71] 夢についてー3

2001年07月02日(月)


夢は犬や猿など他の動物も見るという。

子供の時母や姉が実際幽霊を見たとかの体験談をきいて、

いい年をしていいかげんな事をと、気持ちの中で全く受け付けなかた


ところが経験を積むにしたがって、何か常識で考えられない何かが存在

している事を確信してきた。特に‘夢’とか‘遇然の一致’そして‘死’

自然現象’に何か人知を超えた存在を感ずるようになった。


ー以前の文のコピーをまたしておくー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H05 11 記   妙な夢―(供

 秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半何かのケハイに
横を見ると女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、
これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。

全体が白光色の黒髪の27〜28才位の、のっぺらした美人であった。
別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと憶えている。

ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、‘それって皆同じ顔
しているんだよね’言われた時た時、はじめてゾーッとした。
 
またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、
まずいと中断した。
あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、
これも乗ったら危険と直観し去けた夢である。

あれに乗ったらどんな景色がみえたのだろうか?
単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。


[70] 夢についてー2

2001年07月01日(日)


夢についてー2

何か欲しい!とか、どこかに行きたいという夢と

夜見る夢と共通点が非常に多いという。

トイレにいきたいと探している夢は目を覚ますと殆どトイレに

いきたい状況である。次の夢は不思議な不思議な夢だ。

‘母とか父が死んだ後自分のなかに生きている!’とかいうが、

少なくとも私の中で事実の世界だ!夢で事実生きている。

痴呆症になり幼児に退行した幼児に変身した母が出てくる。

それは正しく母が私の中で事実生きているのだ。

次にまた以前書いた文章をコピーしておく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


H0511妙な夢―(機

 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!

起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。

ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 
 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!
 直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていた
と思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。

こんな事もあった、これは夢ではないが部屋の天井や床の下四ケ所で
次々と音がする。しかし夢ではなかった。
ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]