堀井On-Line



166] 映画

2001年09月30日(日)


昨日‘千と千しろの神隠し’を見に行ってきた。

何故いい年をしてアニメ映画?
動機は簡単TVで1700万人以上が、この二〜三ヶ月で見たといっていたからである。

なるほど面白い!三条まで行く価値があるかはさておいて、
広い範囲の客層が楽しめる内容であった。

軽くみれば軽くみれるし、深くみれば深くみれる内容であった。スターウオーズは
神話が背後にあるし西部劇もそうだ。

神話は[ある主人公が遠い旅をして、その先で大きい経験をして帰還する]のが骨子だ。
桃太郎、一寸法師もしかり、ギリシャ神話も全てそうだ。

このアニメの大筋はヒロインの少女と両親が道に迷い、魔界に迷い込んでしまう。
そこでいろいろな経験をして、最後に両親を助けだし目出度しのストリー。

ーーーー
ところで話が全く違うが、マイカルに帰りに入ったがみごと倒産直後の店であった。
食品売り場で生鮮売り場が閉鎖されていた。この映画を見て、マイカルを覗き、ジャスコを覗き
帰ってくるには丁度いい。


[165] 創業の思い出-20年になるが

2001年09月29日(土)



ホテルの社長と称する連中が押しかけてきた。

現N・S社長、G.Hの息子?(現社長?)、現D・Hの社長、
w・Hの息子だそうだ。ーどうであれ社長は社長だー名前は!−私もか。

あいた口が閉じなかった。何だコリャ!土人か。アフリカの槍を持った???。
これは成功だ!と心のなかで直感した。それより面白かった。

曰く「値段を垂れ幕に出すとはけしからん!顔をただ見たいから来た、
値段を表示するのは可笑しい」
私曰く「これだけの尊敬すべき先輩がこう言っているなら言うことを聞きましょう。
その皆さんがこうして団体で来るのはどいう訳ですか」

自分たちは疾しい事をしている負い目が、彼らにあった。

おどおどしていた。そこだけはしっかり見ていた。

次の日に垂れ幕を下ろした、そんなことどうしたことはなかった。

一人の強さとはこういうものか、反面闘いのない世界とはこういうものかと。
こんな程度か!地方は面白い!小手先の世界だと。
馬鹿にされたのも、気きずいて?なかったみたいだ。

この連中のビジネスホテル協会とか。価格協定談合組合ということらしい。
いまでも残骸として残っているという。長野はその5年後実質解散したという。

5歳の頃、両親から全く同じ話を聞いていた。あの連中のあの感覚を!

新?ビル管理?の馬鹿専務が、気の遠くなるような漫談を言っていた。

内容は可哀想で言えない。それぞれの視点がある。とりあえず楽だった。
繊維の世界との差がありすぎた。


[164] 目的と手段

2001年09月28日(金)


目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。

‘手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。

営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、

営業が反対に手段になってしまう。

何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。

手段を楽しむ事は大事な事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。

といって目的を忘れて手段に没頭してしまうのが、人間の人間たるゆえんである。

以前‘ダンスと歩行’という文章を書いたが(後記)まさしくその喩えがピッタシである。

目的は達成したと同時に次の目的の手段になる。

ドアについたら次の部屋のドアへの出発点になる。

至近の例で旅館の二代目が商工会議所の部会の長に選ばれ、

イベントにウツツをぬかし廃業に追いこまれた例。

どこかの街のことだが、やはり二代目が青年会議所理事長になり‘街の活性化’

とかを政治家やゼネコンに煽てあげられ、真にうけて社長業を放棄・・・・・、

いまや????とか。まあこれだから娑婆は面白い。

目的が何かも解ってないから、手段が出てこないのか。そう考えれば彼にとって

逆転も何もないのか!そのあたりが本当のところか?


ーー他人のことをいえた事か!どこかの馬鹿(私のこと)、

自画自賛のホームページにウツツをぬかし、つまらん事を飽きもせず毎日書いて。

馬鹿の脳内をさらけ出し恥さらして!−カミサンには冷笑され・・・・。ーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H0609歩行とダンス

 丸山圭三郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”という二人の対話が面白かった。

“ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。ダンスはドアに向かわないし

、その行為そのものが目的である。

それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?ありうる!”という。

非常に含蓄のある面白い内容である。人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。

今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、“よしこの仕事とチーク・ダンスをして、

ドアまでいってやれ”と一人笑った。

大手商社に勤めている友人と酒をのみながら右の話をしたら、本人いわく“私はさしずめ、

ホーク・ダンスだな!。好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。

それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。

ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながら

パターンをマスターし、かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。

ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言って

いる人が何と多い事か。そしてその反対に逆の人も。


[163] ] チンドンヤー 2

2001年09月27日(木)

チンドンヤのことは以前にも書いたが、再び書いてみる。

チンドンヤの意味はその辺の英雄である。

鞍馬天狗や月光仮面である。それにはまず弱者が必要となる。

そして悪役が必要になる。そして本人-主役のチンドンが始まる。

自作自演の阿波踊りだ。本人はその主人公。

何回悪役にはまってしまったか。次に観客も必要になり観客作りをやる。

それを自身の利害をかけてやるか、にゃンにゃン(恋愛ごっこ)でやる。

私はすぐ気ずくが本人は大真面目!全てベッドインの小道具だ!そして破局!
この前もそうあったっけ、またその前も、その前も・・・。

特に狡すからい女は上手い!当て馬と本命を数名つくりその糸の手繰りをやる。

以前身近にほぼ詐欺に近い借金を重ねていた人がいた。

その手口をみていると、自分でまずストーリーを書く。

そして忠実にその主人公を演じるのだ。事実がばれないと踏んでやる、

しかし何度も重ねればその筋書きは見えてくる。ヤクザ用語で「絵図を書く」

と言うらしい。ストーリをつくって素人に因縁をつけ、ゆすり取る。

以前は1〜2年に一度はこの手口で宿泊をして、ゆすりとろうと因縁をつけてきた。

迷わず警察へ連絡。ホテルは警察の派出所みたいところが解らないようだ。

彼らのワンパターンの手口は「外部から電話を入れさせ、手違いで切れたことにする。

そして数百万の商談がこれでパーになった」と言ってくる。

もう少しまっとうな絵図でも書けとも言えず、警察に電話をかけるのが手順。

実際相手にしている担当は何回あっても命が縮むという。

請け判ー(保証人の)を狙ったかなり陰湿の例もあった。

こうなると執念に近いが。

これをまっとうな知恵使えば!といいたくなる。


[162] 手順

2001年09月26日(水)




人生を生きてきてつくづく思うことは,どう学びどうそれを

実現してきたかというとである。大学を出たとか高校を出たとかは二の次、

しかしそこで何を学びなにを得たかがポイントのように感じる。

私の場合、浪人が一番勉強になった。そこで得たものは、

そこにたつと「ぎりぎりの線に立つと」知恵が出てくるということだ。

そこで手順を身につけたことだ。

人生の若い時にこれを身につけないと、人生の後半に問題にあたったとき

その解決に苦労する。

ぎりぎりの崖っぷちにたってはじめて、手順は身につくのではなかろうか。

それも前向きである必要がある。

チャレンジの中で自分を追い詰めて(その中で自己をぎりぎりのところに立たせる中で)、

知恵が出てくるプロセスを手順というのではないか。

30数年いろいろな仕事を手がけてきた。

仕事は違えど同じことがある、それがプロセスである。

どこの世界にいっても馬鹿な二代目がいる、そしてプロセスをみて笑う。

プロセスとは傍目でみてミットモナイ姿でもあるからだ。

プロセスは直線的にいかない。それが傍目からでは解らないからであろう。

「目的と手段」の手段に似ているが手順はその両方を含む。

「空即是色」のところもある。空にしてそこから手順を踏むからだ。


[161] 自然体(自然態)

2001年09月25日(火)


2001/09/25 07:01 NoName


あまり気張らず、心配せず、そのまま、自然のまま、なるがまま、

生きていく生き方。目の前の出来事に気を取られず、その背後の流れに従う行き方。

「自然体の経営そして生き方が大切」

15年前かパレスホテルの経営セミナーに出ていたとき、

その時の時勢の勢いにのっていたある経営者がいった言葉である。

丁度必死に仕事をしていた時の不自然の自分にピッタシの言葉であった。

浪人を何回か経験していて少なからず身につけていが、

しかしかなり印象深い言葉であった。

丁度ホテルという長期物件を手がけて、

その意味‐長期の装置産業の難しさにきずき始めた為もあった。

その後この言葉に生き方がかなり影響された。

目の前の困難に対してあまりジタバタしないで済んだのも、この言葉のおかげであった。

7〜8年前南アフリカを旅行した時、あまり添乗の経験少ない中年の女性の添乗員が、

出発前に成田で言った言葉が印象的であった。

「この旅行全てのトラブルが起こるはずです!起きた時に一つずつ解決していきましょう。

自然体しかありません。無理せずそのままでいきましょう」

「なるほどいいことを言うな、でも素人だな!」とそう思った、

そしてそのとうりになった。その言葉が最期まで利いていた。

トラブルも旅行の一部、慌てずそれをうけとめ、そしてそれを楽しむこと。

自然体そのものであった。たしか法華経に自然法爾(じねんほうじ)という

言葉があった。イスラムの「すべてアラーの神の思し召し」もこれに似ている

ところが面白い。

もうひとつ似たのに、名人の域に達した落語家もこれに近い。


[157] 自殺

2001年09月24日(月)

2001/09/24 09:49 NoName


ホテルオープン後10年で初めて自殺が出た。

やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。

まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。

「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」

‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。

まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。

その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。

そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。

その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。

ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。

そして5年後再び自殺、そしてその2年後から毎年1人出ている。朝7時前電話があると、

ああまたか!ヤクザの脅しか自殺かと!最近ヤクザのそれはほとんどなくなが。

「ヤクザは自動的にに3秒で‘暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事が

マニュアル化してあるからだ。これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」

間抜けな流しのそれが来るが、すぐ赤い顔をして出て行く。

今はもう止めた。最期の部屋に泊まって戴いて有難うと思うようにしている。

自殺の方法とその事情は当事者として、

詳しく耳に入るがその深遠さに身も竦むことがある。

見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、

お湯を一杯溜め睡眠薬とウイスキーを飲んで溺死。

もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。


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[155] 創業は発狂-デフレに向けて

2001年09月23日(日)



20年前の事業百訓に書いてあった言葉だ(その時の実感として)。

全く違うものを創るとき、この感覚でないとやれなかったからだ。

常識でなく自分の信念で全く新しい業態造りにチャレンジする時、

この感覚-あるいは精神状態が必要であった。

‘本当にこれで大丈夫か、いや大丈夫だ!’という迷いの中で最後は

どうにもなれという捨て身の中で得た感覚であった。

今その感覚が残っているであろうか、考えてしまう。

もし第二の創業期と考えると、その発狂は何か?とことん考えなくてはならない。

藤田田がハンバーグを240円から130円?に下げたとき、やはり考えるだけ考えた

のではないか。そして平日としても65円に値下げの時も、そうであったと思う。

想像を絶していたからだ。そして今やそれが常識になっている。

デフレで大不況は現実、その中でこれは顧客の絶対的支持を得た。

もちろんそのための仕組みつくりも計算の上で。

今までなかったデフレの現在、思い切った発想の転換が迫られている。

全ての商売で言えることだが、思い切った値下げの感覚に切り替えなくては

ならない時期にきている。その時発狂の感覚でないとデフレの時代についていけない。



[154] 性善説と性悪説

2001年09月22日(土)



以前身近に[おれは性善説だ]と口癖の男がいた。

本当に性善なら‘それを売りに使うのがおかしい’という事も解らないらしい。

人間なんぞ性善も性悪もごちゃ混ぜになっているもの。

光のあて方でどうにもとれる。「性悪の路線の上を性善で走れ」

あたりが少しもっともらしいのかもしれない。

善良なんてのはある状態、苦労やぎりぎりのところに立ったことのない状態でしかない。

詐欺師やその手合いはその事を熟知している。従って善良という衣服を綺麗に着こなす。

本当に世の中、悪がいる!芯からの悪党がいる。

その人間が‘俺は実は性善’だと信じていたら、それこそ手のつけられない悪党であろう。

それか政治家向きであろう。

自分中に隠れ住んでいる‘邪悪なるものと神聖なるもの’とことん付き合ってみれば、

こういう説は一つの見方の一片でしかない事にきずくはずだ。

どうでもいいことだが、言葉の遊びレベルでいってうちはよいが。



[152] 宗教戦争ー5

2001年09月21日(金)



第三次世界大戦開戦!ーほんと!まだピンとこない。

  しかし一日一日とその重みを感じる。

長期になる宗教戦争だ。怖いのは北朝鮮が関ってきたかどうかである。

30~40%の確率で関っていると見る。あの男ー金正日なら可能性大だ。

その場合もちろんアメリカは原爆を使う可能性がある。

そうすると日本海側の原発がまず狙われるだろう。

また日本は世界恐慌を狙ったイスラム過激派に狙われて当然である。

パレスチナの癸欧殺されたので必ず大事件がおきると思っていたが、

まさかここまでのテロをやるとは!

企業はまず生存対策に全てのエネルギーを向けなければならなくなった。

競争対策、成長対策などいっていられなくなった。

一年後の世界の経済環境は想像も出来ない。

今の若い人は大変だと思う。この宗教戦争の中を生きていかなくてならないからだ。

それも大きいツケを払いながら。


[151] 世間様

2001年09月20日(木)


「世間とは 
 現実にドップリつかった馬鹿な4^5人のこと。」

浪人を重ねるうち悟ったことである。それは諦めと醒めた視点から感じたことだ。

現実とは世間とは「教養のない馬鹿な女と女みたいな男の現象世界」でしかないことを。

それが馬鹿な彼女・彼等にとって、現象が全てだからそうなのだろう。

世間の目、世間様とかは自分の(自己の範囲を自分というなら)日々の泡でしかないのに。

それが解ってないから前に書いたチンドンヤや子狐が出てくる。

その言葉に呪縛されて、一生終えてしまうのが95%いやもとっと多いのでは。

世間様に笑われないようにとか、世間様に迷惑をかけないように!これも大事だろう。

城下町街はこの世間様の世界に入る。彼らの情報(噂)は下ネタか夜逃げか不幸,

それを皆で楽しんでいる。社会と世間の言葉の違いを定義つけておかないと!こういう

世界に迷い込んでしまう。
ーーーーーーーーーーーーー

(10年近く前に書いた文章に似たような内容があったのでコピーしておく。)
H0407城下街小唄

 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。
その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。

その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており
漫画的ですらある。彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。

特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、彼等の出す“ウワサ”がその社会を
大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが
“マンダラ”の中心点に近い人間が言った事こそ絶対のようだ。(“ウワサ”として)

彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。

“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、
今は下火になったのだが、新興の各業界の癸韻亮卍垢十人あまり癸韻ゆえに聞くに耐えない
“ウワサ”を流された。“一種の集団いじめ”なのだが、

そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。それがおもしろおかしくて
集団ヒステリック的につくりあげられており、自らの名が出るかどうか怯えている。

“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものといえよう。



[150] 再びホームページの実感‐5ヶ月

2001年09月19日(水)


個人のサテライト・スタジオだ。

個人の応接間だ。-WEB上に開いた個人応接間。

個人のお店だ。

個人の自己実現の場だ。

個人の楽しい過去の蔵、楽しい今の楽しみの場、
            楽しみな未来の計画の場。
唯我独尊の独り言の場。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・この5ヶ月かん全エネルギーを注ぎ込んだ感じだ。

・自分がどんどん変化していくのが面白い。

・今までの内面に溜まっていた何かが一挙に出てくる感じだ。

・自分の文章力が飛躍的についた。
・なんといっても1日30分も触ってなかったパソコンを5〜6時間以上触るようになった。

・パソコン教室に通うようになった。

・同時に色々なソフトを知るようになった。

・写真をメインにしたアルバムホームペイジから始めるのが

一番の早道。


[148] アフガン国境

2001年09月18日(火)


カイバル峠ーアレキサンダー大王が通った峠ー
ーー昨日間違ってけしたため今日改めて載せるー自宅のパソコンにコピーー

中近東シリーズ、インド・パキスタン・シリーズとこの2年旅行して見てきたそのままが、
1〜2年後大きいニュースになるのが必然か。その前がペルーやケニアであった。
異郷をキーワードに行っていたのが、こういう結果になってしまったのだろう。
しかしツアーレベル(観光客レベル)でしかないのもわかっているつもりだ。

もっとシビアに言えば旅行で帰ってきて、どうだった?ときかれてもベラベラ喋れない!
というのが本当のところだ。かなりのお金を払ってなんで?とは一回思ったことはない。
しかしそこで見たものは、感じたものは、得たものはその数十倍もあるからだ。
したがってこう言う機会にしかいえないからあえて言う。

シルクロード!の昨年の旅行、考えられない社会の連続であった。
パキスタンが注目の世界に入る事を前提にシルクロードのバスの世界で垣間見た世界を
書いてみよう。表面的の話を!

ーバスの中で現地添乗員ー
「ここの部落は自治区です!治外法権の世界です!排他的な民族です、外を見たら目を絶対に
あわせないでください!」
「ここの部落は近親相姦の平気な部落です!従がってかなり民度と部族としてレベルの低い
世界です!」

「ここは麻薬と銃器の世界に対する密輸基地です、あの大邸宅の内側はホワイトハウスの
中より物理的にはるかに豪華な世界があります!警備もその数倍の仕掛けがあります!」

「この街は麻薬と銃の暗黒街ーマフィアにむけた秘密基地です、あの店の名前が麻薬やと
堂々と書いてあります」

「ここからアフガンまで2時間の街道の200メートルまではパキスタンの管理下、
その向こうの道路は密輸通り!みて見ぬふりです!」

芥子の花はその辺に咲き放題!その辺で石に混ざっているヒスイをさがしていたら、
ある女性が上から落ちてきた小さな石に当たった、しかしその速度のため頭は血だらけ
ーもちろん帽子の上でこうなるのだから!

あちこちで落石事故!自分たちだけは絶対大丈夫という信念の中で、
まずパキスタン添乗員が疲労で倒れ、次に我われの添乗員が倒れ!気を張っていた自分が、
最終のフライトの飛行機の中で、死ぬほどの下痢!脱水!トイレの前の席で30分ごとの
脱水状態!もちろん生まれて初めての経験

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
参考に為にシルクロードの旅をコピーしておく。

H1207シルクロード15日間の旅

"人生とは基本的には、うまくいかないものだ!"という誰かの本を読んで、
この命題をこの旅行で解いてやろうと出発した。そして帰ってきて、一つ解った事がある。
うまくいくカギとは、それがこの文章の内容であり、この旅行であった!
(少々のリスクと困難のむこうにあるもの、それは?)うまくいかないのは困難を恐れてしまうからだ!

=旅は人生の縮図!

北京に一泊、そしてウルムチに一泊。さらに天山、タクマカラン砂漠を越えた西域南道のホータンに一泊。
そこよりマイクロバスを乗りついでパキスタンへ。
世界の屋根、パミール高原を越えヒマラヤの桃源郷フンザ王国とペシャワールへの二千km以上を走破して
イスラマバードへ、文字通り命懸けの旅行であった。軽い気持ちで行って、"とんでもない旅行をしてきた!"
というのが、帰ってきての総括の気持ちだ。やはり十日間入院したというツアー仲間よりの手紙が早速届いた。

こんなリスキーさは日本の常識をはるかに超えていた。でもこれこそ旅の醍醐味でもある。
旅とは異質との出会いであり、その接点で自己の異質(本質)に気付く事でもある。

その点で今回は異質の出会いの連続といってよかった。ホータンはその最たるものであった。
街の大部分はロバにひかれた荷車にあのウィグル族などの何ともいえない風貌の老人ときれいな女性達、
目の前がクラクラしそうな感激。

そして旅の仲間二十名を乗せた車はホータンより西域南道を右手に
タクマカラン砂漠を見ながら五〇〇kmの道のりカシュガルに向かう。カシュガルを二泊後、
シルクロード最大の試練といわれるクンジュラブ峠(標高四九四三m)の峠を越え、七〇〇〇m超級の山々を
間近に臨みながら、中国よりパキスタンへとバスは走りぬける。
ここで四名の仲間が軽い高山病になる。

カラクリ湖よりみたコングール峰とムスタガータ峰の七〇〇〇mを越えた山の美しさに圧倒される。
翌日より右手にインダス川が流れ、カラコルム山脈が左右に続いているカラコルム・ハイウェーに入る。
ハイウェーとは名ばかり、軍事道路の為安全面はゼロ。危険きわまりない。
あちこちで土砂崩れの工事の横をすりぬける。一万人の軍隊が待機して一〇〇〇km以上のハイウェーを
補修工事をしているという現地ガイドの話。当然何回も足止めをくう。
三〇〇mの巾の土砂崩れの道路を現地人の臨時のサポーターを一人ずつ、手をつないで落石の中を走りぬける。

そして向こう側で臨時にチャーターしたバスに乗りかえる。ところが、ところがそのバスの運転手がスピード狂、
六時間以上、右手が川の流域まで一〇〇〜二〇〇mの断崖の道路を一〇〇以上のスピードで突っ走ったのだ。

アメリカで"スピード"という暴走バスの映画があったが、そのカラコルム版そのものである。
まさしくジェット・コース!に乗っている気分!全員顔面蒼白、そして無言!といって誰も文句をつけない!
それを楽しんでいるのだ。"あの崖くずれの中の走破と、この暴走バス!日本に帰っても誰も信じないだろうな!
映画の世界そのものだ!リアルというより逆にバーチカルの世界みたいだ"と誰かがいっていた。

そして桃源郷・フンザに命からがらについた。翌日、ジープ六台で上部フンザのグルミット村へ、
カラコルムの山脈に囲まれた峰より見るホッパー氷河がすばらしい!
そして、向こうに見えるゴールデンピークの美しさ。真っ青の空と濃い田園の緑のフンザの村々と純朴な村の人々、
あとは絶句!。

そしてアフガン国境に向かう。ここは九つの部族の自治地区!実際は治外法権の無法地帯。
麻薬と武器の世界にむけての密輸基地である。
国道の右がパキスタンの法則が通用。観光用のバスには軍人が二人拳銃をかまえてバスの前後の席にすわる。
テレビでこの国境の街のドキュメントをアフガン戦争時に見た事を思い出した。
そこも含めてヘレニズムと仏教の融合の地、ガンダーラになる。

ペシャワール付近に残るガンダーラ美術の仏跡がある。ヘレニズムと仏教が見事に融合された仏像の数々。
鼻筋が通った巻き毛の頭髪、人類史上で最も美しい東西文化融合の結晶ともいわれている。
そして、そこで騙されて買わされた仏像とコイン!旅行より帰ってくると哲学者的になる。
同じ言葉が旅行前と後では全く違ってくる!

旅行はトラベルの言語でもあるトラブルとつらい事が圧縮して
何倍もふりそそいでくる。しかし、その先にその何倍、いや何十倍もすばらしい感動・感激に出会う。
だから危険を冒してまでも行く。それは人生そのものだ。少々のリスクと信念、を持ってたちむかった時、
すばらしい感動・感激が心を開いて待っている!それをつくづく実感させられた旅であった。

2000.6.2〜6.15

追記

あ!そういえば川のむこうに見えたシルクロードにあった岩でできた小さな丸いテントを思わせる宿坊が
三蔵法師が実際に泊まったものという。今まで遠い存在の法師が本当に身近に感じられた。
と同時にあの距離を危険な難所を無数乗り越えて往復した信仰・意志を実感した千数百年の時間をこえて
エネルギーとその偉大さがそのまま伝わってくる旅でもあった。


147] 機動捜査隊

2001年09月17日(月)


〜8年まえになろうか。当ホテルで年平均二〜三人の犯罪者を逮捕している。

その協力の功績で、機動捜査隊が表彰状をやるから私に来いとのこと。

「何いってるのか!来るのはお前らの方だろう」と思ったが、「面白そう!」

という誘惑に負け行くことにした。まずは車で若い私服の機捜隊が迎えに来た。

そして、機捜の新潟本部についた。10人ぐらいの機捜が玄関で整列をして出迎え。

「面白い!そして気分がいい!かっこいい!」だった。そして捜査隊長の部屋に!

暫くすると隊長が部下を連れてお出まし!世間話をする間もなく写真班が2名きて、

撮影バチバチとられた。そしてそれから表彰状と金一封の授与式と続く。

まあいいや、いい経験だ!と有難く戴いた。そしてまた会社まで送ってもらった!

彼等はまっさらな目で見ていて、新選組みたいな一体感を感じとった。

ウエットな親分子分という感じであった。それが異様であった。

こんな人間関係まだあるのか!という感じであった。

‐さてこの内容が面白いのは、これからであるー

その一年近く後に、機動隊の若い男と第三シングルインのマネージャーをしていたAさんが、

結婚するという。そうすると、あれは何だったのか?機捜に紹介された機動隊の人とか?

ーこんなものか世間は! まあ人生面白い!であった。


[146] チンドンヤ

2001年09月16日(日)


社会学をやっててほんとうによかった!!!!!

これは‘個人とその集合体の社会’の学問である。 

それを解っていたから、(反社会的でなく?)超社会的に社会的とかを全く気にとめないで済んだからだ。

チンドンヤー(自分の仮面)ーペルソナーを演じないで済んだからだ。

仮面を演じている‘こっけいな姿’を嘲笑しながら?

その能力もない!!チンドンヤ(その姿が自身でもある?)になりざるを得ない。 

同級生だった男に必死になってチンドンヤをやっていたのがいた。

俺は英雄ー正義の味方、−ここからが面白い。

「俺のやることは特別の自己の(英雄を演じているチンドンヤ)
やることだから正しい!」ーー「従がって俺のやることを皆従え!」

その必死さがかわい一が。それを(仮面)利用してせいいぱい背伸びしているところが哀れ。

近くの親戚にもこの論法の男?がいた。

ーもうあの官僚の社会主義の集りでいくか、自分で稼ぐか、

どちっかで割り切ったほうがいいかもしれない−

ー考えてみれば誰もがもっている要素だが。−
目くそ鼻くそか!


[145] 宗教戦争ー4

2001年09月15日(土)


大事件を当然の上で私の主観を書く!

恐らくアフガン、イラクや??は国の壊滅に近い状態、

そしてイスラエルの過激派の幹部のかなり数が年内に抹殺されるだろう!

いやそれが必然の世界にはいった。虐殺がその連中になされるだろう。

これが宗教戦争だ。その反面今のようなテロが行われるだろう。

しかし、アメリカの全体の力を考えた時、今回の事件は微弱の損害でしかない。

別にアメリカの力の過大評価でない、大儀名分を与えたからには力と力の戦いだ。

気の毒なのはイスラム教徒だ。宗教は民族の魂であると同時に自我でしかないのに。

自我と自我の戦いが始まる。神という名のもとで虐殺が始まる。

そう簡単に済む問題でない。4000(旧約)年対1300年(コーラン)の戦い

でもあるからだ。宗教全面戦争になるのか。

アメリカにとってアラブのメッカが破壊されたようなもの。

驚天動地だろう。何をやりだすかわからない。 

旧約はかなり生々しい、生きた補虜を尻から杭を打ち込むのだ。

最近その遺体がかなりの数発見されたという。それだけ残酷になれるのだ。

宗教戦争は恐ろしい。今回はイスラム圏にとってあまりにも不利だ。


[144] 宗教戦争−3

2001年09月14日(金)



[姉のメールに是非見てみろとホームページのアドレスが載ってました。
今回の事件の写真が載ってます。 http://www.tch.org/~russb/wtc/ ]
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

初めてエジプトに行った時の事を忘れられない。

深夜にカイロに着き、ホテルで寝入った瞬間妙な音で目が覚めた。

丁度ラマダンの期間で早朝より街中コーランの祈りの声が流されるのだ。

何か異様な世界にきてしまったと感じた、強行軍で数時間の眠りの後直ぐ朝食。

レストランに行くと、ボーイ意がラマダンの為か苛苛していて皿を投げつけるように置くのだ。

バスに乗ったと同時に若い女性の日本の現地ガイドが曰く

「この国に来たら、キリスト文明の感覚を全部すてて下さい。

ここはイスラムの世界ですから。腹を立てるだけ無駄な事、車に轢かれたら、

轢かれたほうが悪いというのがこの国の常識。私もこの国に来た初日にひき逃げを見て

動転した。土産物屋やほぼ釣りは誤魔化す、文句をいって取り返さない方が悪いという国です

から。はやく慣れてください。」

なるほどとそこで身構えた。しかし何回もそれをやられていると、

怒りを抑えられなくなるほど露骨であった。

その中で逆に、いつの間にアメリカ文明にドップリ漬かっていることにきずいた。

ラマダンー断食ーの時期とはいえ街中、ある時間になるとあちこちで全員が頭をひれ伏している

のは、日本人には全く考えられない姿であった。都合のいい事、悪い事総て‘アラーの神の

思し召し’それで済むのだ。全員でアラーといっていればそれは気分はいいだろう。

メッカでの数十万のイスラム教徒が一同に集まり祈る姿は、TVで見ても感激する。

それを信じて、共同意識で祈ったら恍惚になるだろう。

このイスラムの神ラージXとユダヤとキリスト教のラージXが同じだから始末が悪い。

イスラエル人のラージXをマタイがローマ人や女性に解放してキリスト教をつくり、

マホメットがアラブ人に解放してイスラム教をつくった。

ユダヤ教対アラブの戦いが旧約聖書(かなり大雑把だが)新約聖書対コーランの闘いに
なったのだ。

西欧社会の正義とアラブ社会の正義は全く違うのだ。

今まではイスラエル対アラブ諸国の図式が欧米対イスラムの闘いにに換ってくる

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H0805エジプト、トルコ感激の旅  エジプト編 

 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。

まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。
“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。日本ではまだ縄文の時代、
これを造りあげた高度の技術があったのだ。

そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセス鏡い覆匹硫Δ篆世料の数々、
今まで何度か海外旅行をしていながら、何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?
と考えてしまったほどだ。
 
次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、
かくれるように数々掘られている集団墓地だ。
この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも
入ってみた。
 
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿とそこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な光景も
印象的であった。
 
その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス凝の巨大な立像も実際
そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という小さな帆かけ舟の
夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。

旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという
“四千年が諸君を見下ろしている!”というまさに異様なイスラム社会が
大きなカルチャーショックになった。

丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化去れているのが逆に対比する事ができた。
早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。

我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。

カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。

まだ今にも起きあがりそうなラムネス兇鬚呂犬瓩箸垢訖堯垢離潺ぅ蕕眇千年をこえて
不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった


[143] 宗教戦争ー2

2001年09月13日(木)

この事件はキューバ危機・ケネデ−暗殺・ソ連崩壊に位置ずけられる
とんでもないテロである。

元大蔵省の榊原某と寺島実郎が言っていたのが一番本当だろう。
「恐慌とか株価が云云とかのレベルでない、
とんでもない広がりの宗教戦争の本格的な始まりといってよい。」

世界中が今かたずをのんで、成り行きを見ている。
株価の相場にしてみると、2000円の下げに値する出来事だ。

そうなると!もう違う頭の切り替えをしなくては。
‘9月11日の前と後’というくらいの段差が出てくるだろう。
「彼らは世界恐慌を狙った!」と寺島実郎が言っていたが、
戦略的に見るとふかい狙いだ。

我々の日常に関係ないといっていられない事態でもある。
日本ももちろん巻き込まれるだろう。

ハイジャックの飛行機を4機同時に突っ込むなんて、
考えられない事をするのが宗教の恐ろしさだ。

旧約聖書の世界に入りつつある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「イスラム対ユダヤ・キリスト宗教の宗教戦争の参考の為
以前書いた文をコピーしていく」


H1105イスラエル聖なる旅 

この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。

四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。

現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。

その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。

関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。

考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。

人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。

旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。

また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。

印象の強い順に列記してみると、

まずは何といってもエレサレムである。
イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。
四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。
そして現在も続いている。

この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。

イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。

イスラム教の重要な寺院=岩のド−ムとアクサ寺院。
ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。

そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。

そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。

“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、
キリストが死んだ四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員の
ユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。

ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。

壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。

−イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。

“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が
でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。

あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で一大転機の経験となるのではないだろうか。旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】

この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。

六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。

男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、
国を守る為のものというのがはっきりしているからである。

今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。 [1999.4.14〜4.24 -ryokou ]


[142] 宗教戦争

2001年09月12日(水)


今朝おきて初めてアメリカのテロのニュースを知る。

・株を持っていなくってよかった!

・次に全面宗教戦争の可能性!

・そして恐慌の引き金にならなければよいが!

まずそう思った。

3日前の日曜日TV映画で、イスラム系アラブ人によるニューヨークの

ある地区の無差別テロの「マーシャル・ロー」というのを見たばかり。

さすがアメリカ映画と思ってみていた。それは劇場公共の場を狙った

無差別テロで、今回のテロに酷似していた。

かなり迫力のある内容であった。

その桁違いの内容が現実に起きようとは思っていなかった。

21C最大のニュースと解説が言っていた。

厳重な警戒態勢の中で行われたのが重大だ。

今日から、戦争・恐慌も含め何が起こっても不思議でない。

数万でなく、数百万単位の死者の起きる戦争になる可能性がある。

恐ろしい事件だ。


[141] (日本的)カースト制度−3

2001年09月11日(火)


まず地方のカースト制をさらに書く!

資産が大体5億が目安。老舗が10億が上クラスの老舗企業。

個人の年収が4^5000万。会社も5000万あたりが目安。

この辺りから地方カーストの上部になる。

従がって個人と、会社含めて年収1億が目安。

それも7〜8年つづけているかが基準となる

それを中核として地銀の頭取を頂点としたカースト制度があった。

お医者さんに、坊主に校長先生。会計士に弁護士、後はどうでもいい。

母が面白いことを言っていた、嫁に来た時父に聞いたそうだ。

「この家は金持ちなの?」父「う〜ん’7万ある。」

その時代の長岡の基準で5万が金持ちだったそうだ。

72年前の話だ。1万倍か5000倍かというところか。そうするとやはりそんなとこか。

話を元に戻す。日本の官僚とその体制の官僚社会主義者の崩壊の話。

その大本が大蔵省、その次が外務省その次が通産とか。

大蔵官僚が今までの日本的社会主義体制の大要。

先日書いた長期国策銀行ー日本勧業銀行、潰れた長期信用銀行を頂点とした

銀行ピラミッドができている。都銀、地方銀行、第二地銀、あとは信金ーーーとつずく。

テリー伊藤が革命的な本書いた。

「大蔵に検察は手を入れることができない。予算を減らされるから。」

検察はカースト制度を当然と信じていた。

しかしよくみたら犯罪の巣窟であった。それが先年のの大蔵官僚の大量逮捕になった。

そして今外務官僚に対象が移った。ほとんど内部告発である。

さすが外務、キャリアは捕まってない。

いまは情報機器が発達している。精巧なカメラやパソコンで直ぐに検察マスコミに
送られてしまう。

ソ連の社会主義崩壊と一緒だ。あれは情報手段を一般大衆が手に入れたため始まった。

これからますます混乱は続く、それは当然のことだ



[140] (日本的)カースト制度−2

2001年09月10日(月)


山の手の金持ち連中は、もっとひどいという。

「どちらの大学、どちらにお勤め、どちらにお住まい、どちらの出身、」

これで人間の価値を決めてしまう。この前の音羽のザーマス殺人

事件はこれを知らない奥さんの追い詰められた必然的事件だ。

地方にいるともっと露骨でコミックだ。

慶応か早稲田で、青年会議所の理事長になり、ロータリー何とかとか

ライオンズに入り、そしてゴルフの会員権。ゆくは商工会議所会頭か副会頭。

そして本人もその気になる。

それを何にも疑ってないのがアフリカの部族社会以下?

そのカースト制がインドに劣らずある。TVでアメリカの在日実業家が指摘していた

今回の外務省の事件は正しくそれだ。赤塚幸雄か小室直樹か、が日本的カースト制度

の存在を指摘している本を出していた。読んではないがカースト制度的の存在は

厳然としてあるのは、今さという感じがする。

外務省で捕まるにはノンキャリアばかり、キャリアは日本的社会主義の特権階級だ。

実態はこんなものじゃない。合法的特権が巧妙につくられているからだ。

天下りはその構造的詐欺ー集りの一部かいま見える面でしかない。

これじゃ構造改革などできるわない。東大の法学部のそして経済学部の成績のよい順に、

官僚の卵として配分される。その下か民間を希望するまた配分があって、

三菱、富士、第一勧銀とかで下がっていく。

その辺に慶応、早稲田、一ツ橋あたりが入ってくる。

学閥もしっかりできて、情報の横の流れもできている。(この程度で今回は終わり!)


[139] カースト制度−1

2001年09月09日(日)


インドに行ったときそのカースト制の現状かいま見た。

4つの階級、その中に500以上の更なる階級があるという。

白、赤、黄色、黒色とみれば、直ぐ階級がそのままわかる。

3000年前、侵略してきたアーリア人(白)がその維持のため、

宗教を創った。そして人種が混ざらないカースト制度をつくり、

その階級を3000年維持してきた。彼らはその理屈はわかっている。

ただ3000年かかった、その積み重ねからくる体質はどうにもならない、

人種の差を作ったしまった。

日本にもそのカースト制があるという。

今崩壊しつつある、体制がカースト制そのもの。

学生の時、すぐそれを感じ取った。そのカースト制だ。但し学生は大学の

優劣だけで済んだ。都会ではそれが露骨だった。1、どこの大学を出て、2、家柄はどの程度で、

3、収入はいくらか、4、地方出か都会か。

大体これで決まる。それでまずその連中が友達友人になっていく。

ガールフレンドももちろんその範囲。

金持ちの友人がいた。かなりのカースト制度者であった。

こういう考えがこの世にあると初めて知った。

学校でまず露骨の差別、次に家柄、そして能力、地方かどうか、女性なら容姿と、

その一つでも80以下は眼中にない。そう勝手にきめっていた。



[138] 夢についてー10

2001年09月08日(土)



(今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみる)

海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい

谷の間を飛行している夢ー最高の気分

お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ

白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ

長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢

どこかの町でトイレを探している夢

大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢

5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢

母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿で、
もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢
ー母の生前の10年前の頃

あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢

お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、
その池が幻想的である夢


[137] ピラミッド

2001年09月07日(金)


「ピラミッドに登る人、途中で休んでいる人、オアシスにいる人、小さなピラミッドを

造っている人、ピラミッドの盗掘をしている人、駱駝で荷を運んでいる人、」

これは社会を例え話で解りやすく説明したもの。

ピラミッドは会社・組織を喩え、小さなそれは事業を起こそうとしてる人。

オアシスはノッケカラそれを捨て、人生楽しんでいるアウトサイダー。

荷を運んでる人は、その全てのサービスに徹してる人か。

実をいうと20代前半からもちろんこのことは解っていた。

普通の人から見れば、社会構造を冷静に見据えていた。

卒業する前から、ピラミッドに上る意思は全くなかった。

立場があってそれも仕方ないのかなーとぐらいしか考えてなかった。

卒業の前年、石川播磨の造船所にゼミで見学に行った。

ショックであった。タンカーに数百人が張り付いて働いているのを、上から見るのだ。

要するに組織の中では個人は小さな存在でしかない。

反面組織化すれば、これだけおおきい仕事ができるのだ。

その時の私の反応は「ボートでいいから海の中で自由に生きたい!」であった。

ピラミッドに必死に登り、突然ピラミッドから排除されミイラ人間になったり、

自殺したり、転げおって死んだり。

オアシスの何かも知らなかったりする。

単色の人生さえ気づかなかったりする。

もっともオアシスの人は、ピラミッドの広い視野眺めの素晴らしさが解らない。

それぞれの立場を、たとえで一瞬で見たことは一生忘れえぬ印象でのこった。


ーこれに似たたとえは‐大型船の船員か、小型線の船長的生き方か?

大型船は遠い海原を航海できる、反面その役割以外の事が出来ない。

小型船は自由に、全ての裁量が可能の反面、枠が決まってくる。

本人の立場と特性で決まってくる。


[135] 熊

2001年09月06日(木)


熊に追われ逃げてきた

そこに大きい池がある、その横に木が立っている、その向こうに家がある。

さあ貴方はどうする。


「木に登るか、池に飛び込むか、家に逃げ込むか?」


木は理想。池はセックス。

家は-実家ー昔の思い出ー田舎に帰って実家の商売の手伝いーなど

ー木に登りしがみつき、池に飛び込み溺れ、家に飛び込み熟睡,でもすぐ飽きてしまう。

これが人間の姿だそうだ。

熊は何かーもちろん現実そのものだが、自分の影か父親か。

この質問を第三者にしてみると本当に面白い。そのものずばりだからだ。

この喩えを知っているためか、よく熊に追われる夢を見る。

何処かの家の外に熊がいる、いつのまにか家の一階にいる、そのうちドアの

外まで来ている、どうしようというところで目が覚める。

どういう訳か熊に襲われる前に目が覚める。


[133] 事前の一策は事後の百策に勝る

2001年09月05日(水)



この事業を創める前にこの諺は知っていた。そして考え抜いて創めた。

考え抜いた分うまくいった。浪人を何回かやったためその事を身にしみて知っていた。

特に装置産業はそれが極端に結果として出る。

失敗したらそれは屑以下だ。取り壊しの費用がさらに加わるからだ。

その為会社の名前もホテルプロジェクトにした。

では事前の一策はどうしたらいいか?情報と知恵だ、と足だ。

それでこの程度だから、私が書くに値しないのかもしれない。

ー自省の意味で書く。

原理原則を学ぶことだ、そして足を使うことだ。

そして策を練ることだ。これが難しいし、甘くなる。

事業なら事業計画だ。旅行なら旅行プランだ。

当然これで100%きまる。これが解ってないー一番解ってないのが自分かもしれない。

店に入るとすぐそれが解る。平面とプライス設定と商品で。

チェーン店大きいところはすばらしい。よいから大きくなったのだ。

個人店80パーセントの負け組みはひどい。

まだ生き残ってるのだから、それなりの理由があるのだろう。

悪いのは景気でない、その店の店主の頭だということが解ってない。

人のことを言えないが。更に自省をこめてこめて書いている。

集中が基本だ。プライスと商品の集中だ。

マクドナルドはハンバーグだけで何万の店を創った。

ユニクロは衣料の普段着と合着であれだけ爆発的人気をえた。

普段着はヨソイキの服のお下がりかスソものといわれる安物を

何にも不思議と思わず着て生活していた。

ユニクロはただマクドナルドをただそのまま真似た、普段着として。

イタリヤとか、アメリカの一流デザイナーにデザインをさせ、中国で

生産させ持ってくる。売れて当たり前だ。そろそろ飽きられたとかいうが、

とんでもない。あのホームページの素晴らしいことを見れば解るはずだ。

最近電話での注文も創めた。

ダイエーがその模造を創りはじめたが、そうは真似られる訳がない。

ダイエーのあのハンバーガーショップを見ればわかる。

事前の100策が練ってあるのか。せいぜい一策ぐらいだろう。

潰れるか吸収されるだろう、間違いなく。


[130] 内幕情報やー暗い子狐

2001年09月03日(月)


営業系はこの要素がないとやっていけないので、
このことを書くと営業系を否定することになる為、この文章化は控えていた。

ーしかし敢て書こうー、

どこにも子狐のような男がいる。会社でその時の権力者に擦り寄って

ゴマをする。そしてそのゴマの餌にいかにして食いつくか見る。

隙でも見せようものなら食いつく。権力を失うと今度はその攻撃を始める。

彼は他にもおおきい要素を持っている。

内幕情報だ。その相手から引き出し、それを餌にあちこちに撒いてまわる。

仮に同じクラスに、一流大学を出てるわりにそれをいいたがらない男がいるとする。

わざわざその大学の名簿を調べあげる。そして中退と解るとそれを言って回っている。

本人は高卒だからの鬱憤か。これは例え話だが?こういう連中は会社にはいっぱいいる。

だから会社勤めが嫌いだった。

ーもう一人の子狐はー

その本人を信頼している知人の自殺未遂の話を冷たく言ったとき、

すぐ理由をつくり遠ざけた。悪意があるなら良いが、ないのがそらお恐ろしい。

明るい子狐のほうが怖いケースだ。前者は暗い子狐である。

自分の分身なのか,ただその傾向の強い人間はすぐ見抜かれる。

今日も尻尾を出し、その辺をうろついている。



ーまずはくらい子狐の話ー

この男 会社の保険などを扱う会社にいる。本人曰く親会社の支店長は皆馬鹿ばかり、

本人には本当にそう見えるのだろう。、本人はただただ子狐に徹している。

読書皆無、興味は人のあら捜し、ゴルフに酒と女に徹している。

こういう人生もいいのかも、ただあのヤクザチンピラの一種独特のあの悪臭が漂っている。

‘暴力団の大きい収入源に、スキャンダルの脅しという情報産業の要素があるという’

これと結果的に同じことをやっているためだ。

この一年毎月のように電話がかかってきた。狙いはもちろん営業と解っていたが、

ある因縁ーよしみのため出て行った。そして一年たって案の定、金融商品を持ってきた。

もちろんその前に保険代理店や、都市銀行から全く同じ話があった。

もちろん全く当方に利点なし、全く相手にしなっかた。

ところがその日飲みに誘われた、そして最後っ屁。

かなり高い店で、一瞬勘定の場面で逃げ出した、見事なものだ。彼なりの嫌がらせなのだろう。

もともと飲み代はかなり集られていたが、最後のその手の返しに腹が立った。

地元に住んでいると、いくら用心しても因縁を切口にこういう連中が寄ってきて嫌な目に会う。

もちろん彼はその札付きだ。

これを読んでいるうちの地元の何人かは彼が誰かわかるだう。

先日その男と私がよく行く店で出くわした。思わず怒りが爆発!........

9月はこれがこの子狐の話のネタだろう。

この文章はいつでもその会社の親会社にメールでおくれるよう書いていたものだ。

酔ったときにおくってしまいそうだ。

会社のヘドロはこんなものか。

あーあーこのレベルに落ち込んだ文章だ。

ここで一句

ー子狐を貶した私は孤だ貫かー
               おそまつ!
ーーーーーーーーーーーーーーーー
H0509人間関係で最も大事な事

 自身八人姉兄の末っ子の身を守る知恵の為か?学生時代の寮生活での経験の為か?
“一つの原則を本能的に身につけてしまった。”他人の陰口にしろ、
よくない情報の媒体者の名前と情報源をあかさない事と、口どめされた情報は他に絶対流さない!
ところがこの世の中これがかなり教養のある人でもこの原則の重要性を気づいていない。
逆にこれこそ自分の特性として人間関係に利用している。
学生時代に、たしか“孤独の群集”(リースマン)という都市社会を分析した書物を
読んだ記憶があるが(内幕情報屋人間こそ都会人の特性とか。)
この文章を読んでいて自分の事を書かれているのではと思うはずである。
それ位、ほとんどの人は人間関係の基本的原則が判っていない。

 この傾向の強い人は当然の事ながら不幸な人生を送っている。
これが善意という“カタチ”で実行されるから始末がさらに悪い。
以前いた会社の部下の女性にこの典型的なタイプがいた。頭がよく、美人なのだが誰もいやがる。
今でも悪い意味で忘れられない人だ。本人には悪気は全くない。ただそれが趣味なだけだが。
周辺の人は大変だ。当然ながら現在不遇である。本人はその原因を判ってはないが周囲の人間は
それを全員知っている。


[129] 人間関係

2001年09月02日(日)


人間関係これが私の専攻した学問である。

私を知っている人間はほんと!と驚くはずである。

全く人間関係にはちゃめちゃであるからだ。

といって人間関係に悩んだことはない。悩むような場を

創らない、行かないからである。よかったと思うことは、

大学を出てから社会の中で勉強をしやすい内容だからである。

実社会は人間学であるからである。

末っ子ということと寮生活と勤めと事業の中であらゆるタイプの人間

と、彼らの赤裸々な私生活の素顔をみた。皆それぞれの過去ー血縁を背

負って生きていることが解った。勤めは2年半の経験がある。

本当に勤めると言うことが大変だと言うことが解った。

人間関係にどうでもエネルギーを使うからだ。

勤めだけは絶対やりたくないと思った。

人事管理のゼミにいて、その時の総意は組織は能力は創れないというのが 結論であった。

これは私の勝手な思い込みだったかもしれない。


[128] 地獄の舗装

2001年09月01日(土)


地獄の舗装の砂利は善意でできている。

日本の裁判の何割かは善意が発端だ。

あれやってやったのにーー善意だったのにーー本人の為と思ってやったのにーー

請け判はその典型だ、連帯保証人という言葉に勘違いをして一生を棒に振った人を何人も見てきた。

身近の親戚が、目の前で手形を出そうとしたこともあった。私の目を見てヤバイと引っ込めた。

他の親戚までが「そんなに苦しいなら押してやりな」とかいう。

善意という名の悪行が、善意という甘さをねらって行われてきた。

正しく冒頭の「地獄の舗装の砂利は善意でできている」である。

これでいかに人が人を傷つけてきたことか。

現実に仕事をしていて、善意という相手の甘さを狙ってくる人間のいかに多いことか。

仕事をしているとこの絡みのくもの巣であるである。

しかしそれは現金をただ呉れてやると、全く同じことだ。

「何で貴方に現金をあげなくてはならないのか、現金にするとこの金額を呉れと

言っているのですよ!」というと、きょとんとする。

全く他意がなかったり、利害を抜くのが善意である。

対価を求めるのは打算でしかない。結局べたべたした関係がその巣窟である。

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