大学教員の日記

2004年03月31日(水)  今年度も終わり

 朝、今日の打ち合わせの予習。自分の実践を改めて振り返る。
 さて今日は今年度の終わり。午前中は学年教材室と教室の整理。午後にはNHKとの打ち合わせ。自分の教材開発について改めて振り返る。それにしても取材の前によく調べているものだ。感心。これからの教材開発は力が入るなあ。
 最後の日ということで、校長先生をはじめとする3人の退職者を5時すぎに皆で見送る。本当に大きな拍手だった。三十数年の教職人生。感謝の思いでいっぱいである。
 その後ようやく教室の荷物を移動。ようやく今年度の仕事を終える。
 夜、学級づくり本、係活動の内容について考える。それにしてもこの花粉症は何とかならないものか。目の腫れぼったい状態がずっと続いており、コンタクトレンズが入れられない。



2004年03月30日(火)  ちょっとしたIT活用

 朝IT活用のちょっとしたコツを考える。「ちょっとした」という点がキーワード。いいものが広まるためには、すごい実践の他に「やってみたい」「なるほど」と思われるものも必要。自分の中にはそのようなストックがほとんどないことが改めてわかった。これから蓄積する必要あり。
 今日は新年度のための重要な仕事。朝7時半から夜7時まで一日がかり。あちこちで検討の余地あり。
 明日で今年度も終わり。ぎりぎりまで今年度の仕事になりそう。



2004年03月29日(月)  事務仕事

 朝学校の事務仕事。全部は終わらないものの、大きいものは終わり一段落。学校で続きをする。今日のメインは胆沢図工研の会計の仕事。会計報告書を仕上げ、銀行と隣校2校に行く。監査をお願いしている先生方の学校で知人と雑談。まだ事務仕事は少しを残しているが、あとは教室等の片付けがメイン。
 今日は早く帰宅してから子どもたちと見分森公園へ。送別会や休日も出かけることが多く、子どもたちと一緒に過ごすことができなかったので、子どもたちと約束していたこと。平日の夕方で公園には誰もおらず、アスレチックで思いっきり暗くなるまで遊ぶ。このような時間も大切。



2004年03月28日(日)  プレゼン会議二日目

 朝7時過ぎまで寝る。同室のメンバーの皆さんはロビーでパソコンに向かっていた。今日の会議は交流プロ・プレゼンプロのそれぞれの成果の確認。その後、前田先生@熊本、中川先生@徳島、石原先生@滋賀の連続講演。これは圧巻だった。日本の情報教育実践者の最先端の話、そして最高級のプレゼン。このプロジェクトに入ったメリットを十分に享受。
 昼食後、皆川先生と一緒に堀田先生の車に乗せていただき浜松駅へ。浜松駅から皆川先生と東京駅まで。「気軽なIT活用」の話を聞き、周囲がやってみたくなる実践はやはり気軽なIT活用だよなあ・・・と改めて思う。新年度からの情報提供で心がけていこう。帰りの新幹線でもよく眠る。体が疲れているなあ。
 帰宅してから事務仕事を・・・と思ったが「砂の器」を見て、20年以上前に見た映画版のシーンを思い出す。
 kyositu.comニュースに海外研修文化編の連載が掲載。ひまわり社HPにも原稿が掲載されていた。こちらはテスト始動から本格的運用になる。県の放送教育研究会(組織があったんだ・・・)から依頼あり。16年度は東北大会が盛岡であるとのこと。



2004年03月27日(土)  プレゼン会議で浜松へ

 9時の新幹線で東京。乗り継いで浜松。プレゼン会議に出席のためである。完全な睡眠不足でどちらも爆睡。あっという間だった。順調に着き、少し時間があったので駅前の床屋へ。昔風の床屋さんで風情を感じながらさっぱりとする。15時にメンバーと合流し、藤原さん@中川小の車でSKS浜名湖研修センターへ。浜名湖が一望できる場所である。
 すぐにプレゼン会議。今までの仕事の確認とこれからについて。夜は懇親会。今回はSKS社員さんがたくさん。教員にはない視点からの話を聞かせてもらう。堀田先生にNHKの件での確認。実に有難いこと。問題は新学年でどのような授業が可能かということ。31日が打ち合わせでまずは話を伺おう。25時過ぎに就寝。



2004年03月26日(金)  懐かしの宮古

 6:30に宮古に向けて出発。同僚が宮古小学校に赴任するため、同行するためである(ドライバーでもある)。宮古小学校は長女が3年生まで在籍をしていた。その頃の友達との思い出が多いようで、今も数人の子と文通をしている。一年ぶりの宮古。わずか4年間の勤務(高浜小学校)だったが、思い出がたくさん。
 10時前に宮古小学校を訪問。すぐに昨年の同学年の先生のいる磯鶏小学校へ。お元気そうで何より。教育事務所にご挨拶して3時に学校に戻る。可能な限り早く戻りたいということで、いいペースで帰ってくることができた。少しだけ要録やその他の仕事をする。
 夜PTA送別会。我が家の子どもたちと今週はまともに過ごしていない。今日も家内と重なっており、二人で留守番。ということで少し早めに帰る。明日は浜松行き。その前にすべき仕事を可能な限り行わなければ・・・ということで睡眠時間を削り踏ん張る。夜中の仕事ということでどんどん進んだ。自分にまだこのような体力があるんだなあ。



2004年03月25日(木)  離任式&職員送別会

 今日は離任式。16名の異動。一人一人のお話が心がこもっており、共感をしながら聞く。式の後、5年生は椅子移動、入学式での花作り。5年生の終わりは修了式で感じているので、今日は6年生になるまでの子どもたちは通過地点のような感覚かな。
 午後から「さあ指導要録」と思ったが、修学旅行関係の仕事、海外教育事情研究会事務引継ぎ(来年度は事務局)等であっという間に時間が経つ。今日もあまり進まず。
 夜、送別会。水沢グランドホテル。16人の皆さんの話を聞き、人生の勉強をさせていただいた感じ。いろいろと思うことあり。修業がもっと必要と感じた。明日の宮古行きのため2次会途中で失礼をして帰宅。



2004年03月24日(水)  プレゼン本校正

 朝、すぐにプレゼン本校正。全体の3分の2まで終える。
 学校で事務仕事を進めようとするものの、提出物だけではなく他の仕事も同時にしなければならない。教育委員会への情報教育に関わる報告、送別会に関わること等であっという間に時間が過ぎる。そして26日は同僚の赴任先に同行することになった。時間的に厳しいが集中して仕事をする他なし。
 帰宅後、残りのプレゼン本の校正。何とか終え、すぐに発送。今日の夜は送別会はなし。今週では今日のみ。



2004年03月23日(火)  新年度に向けて

 朝、プレゼン本の校正。じっくり見る時間が必要。それでも急ぎの校正なので、明日まで見終わる予定。
 今日も事務仕事を進める。それでありながら重要な連絡が入る。まずは職員会議で来年度の校務分掌。自分が「こうなればいい」と思っていた配置。さっそく来年度の構想。海外研の事務局依頼の電話もあり。これは昨年の総会の折りに言われていたことでもあり、快く引き受ける。
 NHKから重要な連絡が2件。いずれ来年度は社会科に力を入れようと思っていただけに、これは有難いプロジェクト。春休み中にその準備をしていこう。
 夜NP会。忌憚なく言える場がこの会のよさだ。おいしい料理を食べ10時に帰宅。



2004年03月22日(月)  人事異動発表

 朝、小学メールマガジンを3分の2ほど執筆。どうもエンジンがかからないなあ。やはり春休み気分。
 学校でも事務仕事。3学期にたまっていたことからスタート。ピッチを上げていかなくては。夕刊で人事異動の発表あり。
 夜、分会の送別会。18人の分会員のうち5人が異動。大規模だ。かつての分会員が少なかった時代の話を聞き、それぞれのご努力を思う。愛すべき職場なら実践にも力が入るであろう。それは子どもたちに還元される。そのような職場作りをしていく必要があると感じた。
 理由あり中座、帰宅。



2004年03月21日(日)  文科省教育用コンテンツ普及プロジェクト研修会

 朝、延ばしていただいていた小学校メールマガジン教材開発の原稿に着手。今月行った「えりもに緑を呼べ」がテーマ。テレビを見ていたら、高野長英の番組が入った。本校6年対象の特別授業も紹介。今年は生誕200年でイベントがある。これは今年の教材開発の大きな可能性がある。その後、授業本の三校版が来たのですぐに校正。発送。2週間後には見本の本も来る予定。

 墓参の後、仙台に出発。文部科学省教育用コンテンツ普及プロジェクト研修会に参加。いつもは新幹線だが、会場が駅から遠いということと何よりもすばらしい晴天なので車で行くことに。予定よりいく分か早く到着。

 1時から研修会。2005年の会とは違った形の研修会。デジタルコンテンツの活用は自分の授業の中では比重がまだまだ少ない。最初の実際の活用事例の紹介では、「目の前に使える財産があるのに今まで使おうとしていなかった・・・」と痛感。来年度はサイト集を作って活用していこうと思う。(学校中に広めるためには、他の学年のサイト集も必要だなあ・・・)
 その後、グループで校内研4回分のプランを作るワークショップ。ワークショップ形式は何回か経験をしているので慣れてきたが、このようなプラン作りの時に大切な視点についての学習が必要と感じた。
 永野先生のお話(OHPが逆に新鮮だった)で参加者MLが続くことがわかった。本校でデジタルコンテンツ活用を広めるチャンスである。何らかのアクションを起こそう。スタートが肝心である。情報ネットワーク教育活用研究協議会(JNK4)にも準会員で登録。

 研修会の終了後、阿部さん@福島と近くのファミレスで1時間ほど雑談。福島と岩手で離れているが、年2、3回は様々な研修会でお会いしている。いつものことながら刺激をいただく。感謝。



2004年03月20日(土)  休養

 遅く寝たわけでもないが、今日は疲れがたまっていて、午前中からウトウト状態。体調が戻るまでは仕事にならず。ということで、子どもたちとお出かけ。北上でショッピング。
 帰ってから読書。「プロジェクトX リーダーたちの言葉」(文春文庫)が心に入ってくる。バチスタ手術の須磨医師の言葉が特に印象的。「医者というのは、患者のためにいるわけで、医者としての地位や名誉などどうでもいいことです」。そのまま教師と子どもに置き換えても同じことが言える。リーダーたちに共通していることは、その会社だけでの仕事と考えていない点だ。もっと広く、「社会のため」「日本のため」と考えている。自分の仕事についても考える。
 夜、今日締め切りのひまわり社ホームページ原稿を作成。この原稿は4月から実際の実践が掲載となる。その点では実践と連動したものになる点で有難い。



2004年03月19日(金)  卒業式

 昨日録画しておいたNHK教育「わくわく授業」を朝起きてすぐに視聴。「やはり有田先生だなあ」と思うところがいくつも出てきた。「応用のきく知識」を身につけることの大切さ、一人一人の発言への対応力・その発言からの授業構成力の大切さを痛感する。そしてネタ帳の分厚さ。自分のしている教材開発など、まさに初歩的な段階だ。有田先生の飛び込み授業を参観したくなった。年一回は有田先生の研修会に出ているが、すべて講演が中心。
3年前の山形が飛び込み授業参観の最後だった。チャンスがあればぜひと思った。
 
 さて今日は卒業式。5年担任としての責務もあるが、一保護者として長女の卒業式を迎えるという立場もある。朝、長女への手紙を書く。誕生してから12年。今までの思い出と思いを手紙に託す。通う小学校に父親がいて過ごしにくい面もあったことだろう。それも今日まで。

 卒業式では5年生の子どもたちのこともあり、保護者気分ではなかったものの、間近で娘のことを見られたのは何よりだった。5年生の子どもたちは立派だった。卒業式の長時間(待ち時間を含めると2時間半近く)、よく集中したと思う。その後はプラザイン水沢で卒業を祝う会。学年全体で行うのでやはり盛大だ。卒業式も祝う会もいくつか思うことあり。

 帰宅後、長女のリクエストで焼肉でお祝い。書かなければいけない原稿はあるものの、疲れからかできず、雑誌の4月号を斜め読み。



2004年03月18日(木)  修了式そして先生への手紙

 朝、最後の学級通信を気合いを入れて作成。子どもたち一人一人のメッセージを考えているうちに、出勤前ぎりぎりとなってしまう。B4でぎっしり3枚。この一年間の子どもたちとのあれこれを思い出す。
 修了式、卒業式練習、そして準備があるので1時間のみが学級の時間。通知表を別室でメッセージと一緒に渡す。その間、子どもたちには「先生への手紙」を書かせる。子どもたちが私をどう見ていたのか、どう思っていたのか知る年に一回のチャンス。今年も「教師冥利」とつくづく思った。

★正寿先生の印象は「おもしろい先生」です。楽しい授業で、好きになった科目もいっぱいあります。
★正寿先生がいなかったら、読書ノートを146枚なんて書けなかったと思います。先生は読書ノートを出すたびに「すごいね」とか「おっ!」と声をかけてくれたのでたくさんかけました。それに4年生のころより本がもっと好きになりました。
★悪いことをしたら、きちんとおこり、良いことをすればほめてくれるという理想的な先生でした。
★先生が担任になってからは、今までとは違う楽しいことがたくさんありました。パソコンでキーボー島をやったり、おみやげ等をたくさんくれたり、ハムスターを飼ってくれたり、みんなと冗談を言い合ったりして、毎日がとても楽しい日々でした。
★5年生の一年は私が一番変わることができた一年でした。そして、その私にチャンスを与えてくれた正寿先生にとても感謝しています。
★一緒にいるうちにおこられる事には意味があることが分かりました。おこられるのは期待しているから。おこられなくなったら終わり・・・。この事を言われて少し気が楽になりました。
★先生は、子どものことを考えてくれるし、相談にのってくれて私にとって最高の先生でした。
★ぼくはあまり発表をしなかったけど、担任が正寿先生になったらいっぱい発表をするようになりました。先生が作った学級目標の「力をつける」の通りになったので、すごい先生と思いました。
★時にはきびしく、いつもはやさしい正寿先生でした。研究授業もたくさんあって、最初は「え〜!」と思ったけど、その学習を通して理解がさらに深まり、本当にいい機会になりました。
★本当に授業が15倍楽しくなりました。
★教科の中で一番苦手なのは算数でした。わからないときに先生に教えてもらってすごくわかりやすくできて、好きになりました。

 学年末という時期もあるから、子どもたちが書いたのには明らかに誇張がある。それは自分自身がよく分かっているし、毎日が反省の連続だ。それでもあえて記したのは、これらの手紙を自分の糧としたいからだ。
 子どもたちにとって理想の教師とはどのような教師か。一人一人が変わる機会を全員に働きかけたか。子どもたちのことを深く考えたか。子どもたちに響くように叱ったか。楽しく力のつく授業をしたか・・・。全て自戒としたい。
 それにしても子どもたちは教師をよく見ている。私の学級づくりの目指すところをずばり指摘している。5−1のみんな、楽しい一年間をありがとう。すてきな一年だったよ。
 帰ってからサッカーU23の対UAE戦に釘付け。快勝に大喜び。



2004年03月17日(水)  いよいよ5年生も終わり

 明日が修了式と卒業式準備。あさってが卒業式ということで、いよいよ5年生も終わり。2・3時間目は卒業式予行。5時間目、不足分を練習。その後、学級クリーン活動。一年間、お世話になった教室をあちこちきれいにする。自主的に活動する子どもたちに頼もしさを感じた。あとわずかで6年生。堂々とした最高学年になると期待。
 放課後は細かな確認や、明日まですべき事務仕事。その多さにダッシュでするものの、結局は家でする。最後の学級通信も3号分一気に。全部終わらず明日回し。
 
 



2004年03月16日(火)  今日も進む

 学期末。時間がない。朝21日の研修会のレポート提出。この研修会はレポートを出して初めて参加受付となる。その分、期待していいだろう。
 卒業式練習での子どもたちのがんばりぶりに感動。明日が予行。今日締め切りの学級会計・学年会計も提出。子どもたちと一緒の時間があるのは明日のみ。残りの仕事を家で急ぐ。
 来年度は子ども会の1班班長。帰宅してからご挨拶をかねて文書配布。  夜総合MM発行。来年度の方向性を提案しなければ。



2004年03月15日(月)  とにかく進める

 真っ暗な中で突然目が覚め、目の前の仕事のことが頭をよぎる(そのうち、仕事に追われる夢を見るかも・・・)。通知表に思いのほか時間がかかり、学校のことも家での原稿等もいっぱい。寝ていられなくてすぐにネットワーク誌6月号の「あすの授業」の原稿に取り組む。書く内容は「発見!テレビCMの秘密」に決めていたので、集中して書き終える。メーリングリストに流し、夜に発送。朝はプラスして総合メールマガジンを一部編集。これも帰宅後残りを編集して夜MLに流す。残りは、21日のコンテンツ普及プロジェクト研修会のレポートに取り掛かる。これは時間との戦いだ。
 学校でも1時間、1時間が貴重。そんな中、「まとめの会」を終える。子どもたちなりの工夫が随所に見られ、私も楽しむ。
 心配事一つ。よりよい方向に行くように祈るのみ。



2004年03月14日(日)  通知表清書

 通知表清書デー。自分は何時間も集中して机に向かう・・・というタイプではないので、ほどほどにやって他のこと(家のことを含めて)をしながらどうにか夜には完成。昨日の研修会で手書きではない20ページもの通知表を見て「多くの学校がこのようになるのはいつの日か・・・」と思いながら所見を書く。
 本屋に子どもたちと一緒に行き、いくつかの図書を購入。学研NEWに情報教育化コーディネーターの都道府県別のデータが出ていた。岩手にも先達が数名いた。これは価値ある情報。
 玉置先生にお礼のメールを出したら、丁重なお返事をいただいた。さらにホームページの昨日の仕事日記に私の名前も・・・。玉置先生は魅力的な講師を招く教師力アップセミナー運営の中心でもある。近くだったら、間違いなく何度も通っているセミナーである。いつか小牧市を訪れたいものだ。
 それにしても今日はいい天気だった。もう春だ。
 カウンターが45000を突破。次回からは5000は節目にはならないなあ。



2004年03月13日(土)  フォーラム・IT活用による元気な学校づくり

 朝、昨日残していた通知表の所見を終える。東京行きの前の最低限のノルマは終える。
 さて、今日は通知表をお休み。「フォーラム・IT活用による元気な学校づくり」に参加。駅に向かう途中のラジオで下村健一さんの番組を偶然聞く。鳥インフルエンザの農産業者の自殺についてであった。メディアリテラシーについて考えさせるような内容。さっそく新幹線でHPをチェック。
 東京に着き、まずはひまわり社・松本社長とお会いする。授業本の発売についてあれこれと話す。さらに2冊目の本について打ち合わせ。夏休みまではこれが大きな仕事。
 浜松町〜東京モノレールと乗り継ぎフォーラム会場へ。今回は愛知・小牧中がモデル。魅力的な玉置教頭先生が中心的存在。その玉置先生に声をかけていただいた(恐縮)。コーディネーターは堀田先生。お会いするなり「今日の最北端だよ」。確かにIT活用の研修会は富山・石川や静岡の先生方が多く、東北は少ない。岩手の先生がいたらすぐに情報交換をしたいのだが・・・。先週水沢小に来校された小暮先生とは駅から一緒。会場ではプレゼンプロジェクトの五十川先生らにご挨拶。
 さて、かんじんのフォーラム。実にいい内容であった。今回のフォーラムは校務の情報化がテーマ。IT活用の思想に共感。はじめにITありきではない。「このような教育をしたいからITをこう活用する」という考えが、学校づくりの中にあふれていた。しかも管理職・教諭はもちろん、事務職さんまで一緒にIT活用をした学校づくりを行っている点に感心。これが一公立中学校。視察者が殺到するのもわかる。それにしても玉置教頭先生は魅力的な方だった。毎日仕事日記を見ているのだが、これから見るのがますます楽しみになった。
 5時の新幹線で帰る。新幹線で一仕事と予定していたが今日のインパクトが強く、いつも通り熟睡。



2004年03月12日(金)  通知表デーだが・・・

 昨日に続いて、朝集中して校正。ぎっちり見ていくと数箇所見つかる。すぐに連絡。さっそく対応して印刷所に出していただいたということ。本当は前回に発見していなければいけないところ。すぐに仕事に取り組んでくださった編集者さんとイラストレーターさんに感謝。皆様に本当にお世話になって本はできるものだと感じる。よりよい本作りというのはこのようなものなのだ。
 今日も午前授業。午後に用事があり3時間年次。夕方から通知表所見を再開。波にのれずにゆっくりと取り組む。明日の東京行きまで所見は終わらせたいが・・・。
 昨日録画した有田先生の「わくわく授業」を観る。忘れていたものを思い出させてもらった。豊かな表情での授業、じっくりと深く考えさせる授業、知的生産の秘密。このごろ教え残しがないように、スピードを上げてどんどん進む授業を行っていただけによけいそう感じた。改めて教材開発にも深く取り組みたいと決意。



2004年03月11日(木)  通知表書きは二の次で・・・

 今日、明日と午前授業。通知表を一気に・・・と思うがいろいろと仕事があり、そう簡単には事は運ばず。メインの仕事の所見は3分の1ほど。それでも明日には全員分は終えるであろう。
 学年会計の仕事、学年通信の発行(修学旅行のアナウンス)、学級通信の発行、来年度の計画提出物等を行う。それにしても今年の年度末は余裕がない。子どもたちの授業もぎりぎりまでかかりそう。返却物もある。
 家に帰ってからは授業本再校。これは猶予は数時間。丹念に読み、また校正。前回気づかなかった部分もけっこうあった。何度も何度も読まなければいけないと痛感。明朝また読んでみよう。
 「わくわく授業」で有田先生の飛び込み授業を観る。最初は有田先生の自宅の仕事部屋が写る。まさに本に囲まれた中で仕事をされていた。授業についてはのちほど。(校正で力を使い果たしダウン。録画したものをじっくりと観よう)。



2004年03月10日(水)  次に向けて

 子どもたちが登校するのも今日を含めてあと8日。うち2日は修了式と卒業式なので実質は6日。しかも明日、あさっては午前授業。ここまで来ると一日一日が本当に大事である。
 限られた時間の中で子どもたちの「まとめの会パート1」。スポーツ集会(バスケット)で思いっきり楽しむ。子どもたちの自主的運営の力も一年間でかなり伸びた。卒業式練習も学年から4・5年生が一緒に。歌と合奏はもう一踏ん張り。修学旅行は自主学習の班編成の話し合い。「いいぞ、いいぞ」と思う意見もどんどん出るようになってきた。すべてが次の最高学年に向けて動いている感じ。
 通知表は評定は一部を除き終える。これから所見。



2004年03月09日(火)  おこめビデオ放映

 今日のNHK教育「おこめ」は学校で制作したビデオ特集。「送っていただいた作品はすべて流します」と言われていたものの、あのビデオがどれぐらい流れるか少し心配だった。「5秒かも、いやほんの一瞬かも・・・」ということも覚悟して視聴。
 子どもたちに過大な期待は禁物と思い内緒にしていた。それでも子どもたちは、「あっ、ビデオ特集だ。もしかして写るかも・・・」とオープニングからその気。途中で交流校の中川小・平野小が写っただけに、期待感も高まる。そして「いろいろな学習に取り組んだ学校」のコーナーで、さっそく紹介された。パソコンルームで交流についてインタビューしているシーン、スライド2枚が写った。十数秒は流れただろう。子どもたちはもちろん大興奮。お礼のシールも喜んでいただいた。
 おこめ学習は最後のホームページ修正が残っている。交流している他校は開始しているが、教える内容が残っている我が学級は手付かず。限られた時間だが少しは修正をしたい。
 NHK教育では「わくわく授業」であさって有田先生が登場する。これは楽しみ。十数年前の有田学級での授業を思い出しながら見ることにしよう。
 通知表の取り組み、少し前進。でもこれのみに専念というわけにはいかない。いろいろしながら前進するのみ。



2004年03月08日(月)  通知表モードに

 朝、遅れていたひまわり社ホームページ原稿を仕上げ、発送。「20才の自分への手紙」は感動的と家本先生に評価をいただく。次に発送をするのは今高校2年生の子どもたちのものだ。3年後。
 学級作り三部作の内容登録もようやく終える。これは4月からの仕事。
 学校につくと二女の担任からのお便りが机の上に。一昨日の学年レクのあとに書かれたものだ。同僚の娘を担任するということでやりにくいこともあったであろう。同じ立場を経験しているだけに、よくわかる。それなのに有難い手紙。内気な娘が楽しく学校に通うことができるのも、担任そして学級の友達のお陰である。
 さて、今日から通知表モードである。ひたすら評価に向けて学習・テストを進める。あさってまでは一部を除き評定は終えることができそうである。所見はそれから。原稿等はあるが一時休止。
 ホームページの大リニューアルを4月からできないか考えている。新しい情報をどんどん書き込める形にしていきたい。その方が情報として価値があるし、アクセス数も増えると思われる。



2004年03月07日(日)  感想文表彰式

 ひまわり社ホームページ連載を朝のうちに執筆しようと思い、過去の自分の6年生の実践をホームページで見る。このような時にホームページは資料館代わりである。見ているうちに、その時の子どもたちのことを思い出し、結局朝だけでは執筆を終わらず。その後、学級事務をいくらか。気づけば一週間後は通信表提出である。(13日は東京行きなので休日は14日のみ)
 さて、今日は二女の読書感想文の表彰式。盛岡ということで、前日の大雪の影響を心配していたが、高速道路は何とか大丈夫だった。雪の中、わざわざ・・・という思いもあるが、習い事を全くしていない二女にとってはこのような場は貴重な機会ということで出席。
 冊子を読むと、いい内容の感想文ばかり。保護者や担任の援助は入っているだろうが、何よりも本人が本好きになり、励みや自信になればそれでこのコンクールの意義はある。そんなことを思いながら、表彰式を見ていた。
 4:30帰宅。事務仕事で残りの時間が過ぎてしまう。やはり学年末だ。



2004年03月06日(土)  娘の学年レク&休養

 昨日の夜サッカーU23日本代表の対UAEを見る。劣勢が伝えられていたものの、何となく見る価値がありそう・・・と飲み会以外は早寝なのに見ていた。その通り終盤の劇的な2ゴールを見ることができ予感的中。よかった、よかった。
 それでゆっくり眠れればいいのだが、遅く寝ても早く起きてしまう習性のため寝不足気味。今日は二女の学年レク。体育館での全体のレクのあと、教室で学級のみのお別れ会。シンプルで一人一人の登場の場のあるいいレクであった。大雪の中を娘と一緒に歩いて帰る時、ふと秋田の小学校時代の大雪を思い出した。吹雪も大雪もみんなで楽しんでいた。
 午後は休養。読書、パソコンいじり。そのうちに熟睡してしまっていた。 夜、ひまわり社ホームページの連載原稿の執筆に取り掛かる。kyositu.comニュースの英語版にも引き続きのホームページの内容を掲載させてほしいということで、数号分を編集。発送。



2004年03月05日(金)  小暮先生来校

 今日は小暮先生@三鷹市立第一小の来校日。朝、昨日終わらせられなかった授業の準備を行う。
 三鷹市立第一小は2月にプレゼンの公開を行った。中間発表にもかかわらず全国から700名もの参観者があった。堀田先生がコーディネートをしており、小暮先生はその研究の中核となってご活躍をされた方である。プレゼンプロジェクトで縁があり、今日の来校となった。私自身も公開に参加したかったが残念ながらできなかったので、とても嬉しい来校である。

 3校時に社会科授業。「えりも岬に緑を取り戻せ」が今日のテーマ。数年前にNHK「プロジェクトX」でこのことを知り、2年前5年生を担任した時に初めて扱った教材である。プレゼンプロジェクト関連ということでキューブプレゼンを教師が活用する授業ということで、ホームページの写真・グラフを中心に授業を構成。えりも砂漠の写真・現在の写真の比較、緑化と水揚量グラフの提示はやはり効果的。ビデオ「プロジェクトX」の部分活用(3分)はインパクトがあった。(ビデオのトラブルには反省)
 学期末モードの中、同僚で3人の先生方が参観。このような授業を行う時には3つの目的があると考えている。一つ目はその事業そのもののため、二つ目は自分の授業力向上のため、三つ目は同僚の先生方との気軽な授業交流のためである。今年は何度かお客様の来校の機会があり、同僚の先生方も数人ずつではあるが参観されて有難かった。お一人の先生からは「最後はしびれる発問でした」と評価される。
 授業後、小暮先生と懇談。東京の教育事情を知る。いろいろな面で厳しさがあり、逆に今の自分の実践環境の自由さを感じる。雪の中来校されたことに改めて感謝。

 夜、学年PTA役員懇親会。楽しく語り合う。この日記を読まれている方もいらしゃり、「忙しいようで・・・」と言われる。実際にはそうではないのだが(ヒマというわけでもない)、同僚にも似たようなことを言われるとこの日記が余裕のない書き方なのだろうと思ってしまう。
 日本教育新聞のコンビニエンスストアの授業の原稿が掲載。今日掲載紙が送付されて来る。



2004年03月04日(木)  修学旅行プレゼン

 先週作成したもとに修学旅行候補地をプレゼンする授業を今日行う。初めての経験だけに子どもたちは満足。友達のプレゼンに対する感想も「キャッチコピーが工夫されている」「スライドの説明がわかりやすい」「行ってみたいと思った」というように、好評。しかし・・・教師の観点から見ると発表用の原稿をもっと充実させないと、プレゼンソフトを使う意味がないと感じた。せっかくの写真が生きていない。浅い調べ活動に終わってしまっている。「限られた時間の中で行う・新しいソフトを使うこと自体が目的」ということを前提とした実践だったが、この反省を踏まえた実践を次回はしていきたいと思う。
 それにしてもこの寒さ。今日は道路がツルツルに。明日の来校が申し訳ない天気だ。明日の社会の準備で録画しておいた「プロジェクトX」のビデオが探してもない。どうやら子どもたちの録画用に紛れ込んでしまったらしい。あせってツタヤに電話をすると「ありますよ」ということで無事手に入れることができた。夜、キューブプレゼンで写真を編集。半分ほど準備。残りは明朝。



2004年03月03日(水)  ひなまつりというのにこの寒さ

 とても寒い一日。早朝路上指導は1月のような感じであった。今週から5年生の子どもたちが6年生に代わって、集団登校の班長を務める。「6年生を送る会」が学校のリーダーとしてのスタートだが、このようなところでもいよいよ最高学年になるんだという意識を持たせることができる。慣れないながらも先頭に立ち、そして後ろをちらっちらっと気にかけながら子どもたちは歩いていた。
 「6年生を送る会」での伸びは確かに大きい。随所に自主性が見られる。昨日は「まとめの会」の提案があり、即内容決定。実行委員も動き出す。日常の行動の中にも意識が高まりつつある勢いを感じる。6年生への期待感もあるのだろう。今日は修学旅行も概略についてちょとと時間をとって説明しただけで、大いに盛り上がっていた。
 プレゼン本は朝修正し、どうにか発送。スライドデータ・写真データの仕事がまだ残っているがまずは一安心。時間のないところで総合メルマガ編集・発行。詩集「いわさ・えさしの子」の冊子も送られてくる。次は5日の視察授業の準備だ。



2004年03月02日(火)  今日もプレゼン本原稿

 なかなかゴールまで行かないプレゼン本原稿。ある程度下書きは書いていたものの、いざ清書の段階になって迷いが出たり、例を変えたりで今日の夜もできずに終わる。いずれ新しい分野の原稿は難しい。でも、これからはこのような原稿こそ書いていかなければ、問題提起とはならないと思っている。
 私のこの日記は同僚も何人か見ている。昨日の体調不良のことを書いたら同学年の先生から、メールをいただく。ふだんは職員室で笑い合っているのだが、メールを改めていただき新鮮だった。体調不良は花粉症から来ている。昨年初めて症状が出てきて、その大変さが初めてわかった。今年は対策を立てていこう。



2004年03月01日(月)  やや不調気味

 夕べ珍しく寝付きが悪かったこともあり、やや体調不良気味。そういう日に限ってクリーン活動があって体の負担も増す。(たいした負担ではないが、年は正直だ・・・)
 それでも昨日できなかったプレゼン本の一項目を執筆。いろいろと考えると次々と調べたり、すべきことが出てきてなかなか進まず。明日までかかる。授業本の表紙ができて送られてきた。実に丁寧な本作りと感心。著者写真はいいものを挿入してもらえた。あと1ヶ月もすれば店頭には出てくる予定である。


 < 過去  INDEX  未来 >


SATOMASA