| 2016年03月30日(水) |
トロッコ道を歩いて、荒川登山口へ |
朝5時起床。 深い眠りは持てなかった。 すべては、地面から来る冷気のせいだ。 背中が寒いのはこんなにつらいものなのか・・・と実感。 飛高さんが雑炊の朝ご飯を作ってくれて、それを食べて6時には発。 足痛いわ、膝もいたいし 体も重たい。最後まで歩けるか、それが心配だ。 何より大株歩道の登り口までが最難関。 木道階段の急なところは高所恐怖の私には気合いを入れないと歩けない。 もう一度、縄文杉に挨拶して出る。 やっぱり陽気だ・・しかし みなぎるような力は感じない。穏やかで陽気。 気が遠くなるほど、ほかの生き物たちの盛衰を見てきた木だ。 さようなら・・ あなたもいずれ最後がくるね。 もしかして、それを待っている?? いや、そんな域、とうに脱して うとうとしているのかな。
ゆっくりでいいですよ、という飛高さんの言葉通りにとにかく踏み外したり滑り落ちたりしないように集中して緊張して歩く。 ウイルソン株通過。 10時すぎに、大株歩道クリア。 途中で、日帰りで縄文杉をめざす人たちが次々ときて、よけるのが大変だったが、若者は飛ぶように上がっていく。若いってすごいわ。 若いときに来るべきだった、としみじみ。
大株歩道に下で休んでいたら、お隣にいた女性に声をかけられた。 「イケメンのガイドさんといっしょでいいですね」 「イケメンなのは心もですよ、彼のリードがなければ行けませんでしたよ」 「私は息子に荷物持たせて上から縦走してきました」 身が軽そうな女性そばでのほほんと笑ってでっかいガイドのような荷物を背負っている若い男性。 聞けば、上越市からだという。オオ、こんなところで新潟県人に会うか。 しばらく話してさようなら。あの健脚ぶりだと、白谷を超えて帰るのだろう。 飛高さんは「あの軽装で縦走(宮之浦岳)と思っていたんですが、息子さんといっしょか。あの息子さん、足袋のようなおもしろい足ごしらえでしたよ」と。 おもしろいところを見ているんだあ・・・ 私はお坊さん修行の人ではないかと。 真言宗のお寺の跡取り息子で、大峰とか、そういうを修行しているとか。 だって、おだやかな天然ぼけ系の顔していて、ちっともデカイ荷物の疲れとか見えなかったし。
行きに昼ご飯を食べたところでまたお昼。 今度は鹿児島ラーメンとコーンやトマトのサラダ。 おいしゅうございました。 淡々とトロッコ道を歩く。 そしてあと1時間くらいというところで雨。 帰り道で屋久猿にもあったし、屋久鹿もみたし、最後に屋久島名物の雨。 すべての屋久島体験をさせていただいたわ。 ありがとう神様。でした。 傘を差して14時半には荒川登山口、シャトルバス乗り場に到着。 わああ・・帰ってこれたわ。 夜行バス、出発前夜、昨夜と寝不足3連発。 途中で歩けなくなったり具合が悪くなったどうする?と内心 心配しつつの帰り道。 ここまで来られたのは、山や木々が力をくれたおかげだと思う。 ヒサコさんも同じことを言っていたな・・・
バスを待っていたら韓国の女の人が二人、これから山へ入ると。 誰か、韓国語話せないか?これからだったら、ガイドもいないのなら登山届けくらいは出させないと。 なんてことを、バスの運転手や管理事務所の人が話している。 みんな知らん顔。 しかたないので、私「あの、登山届けだしてくらいは、英語で話せますが」 「そうか、そうか してくれ」 ちょうどトイレから出てきた女性2人。 私「すみません、どこからきたのですか」 ピンクのど派手な女性「香港から」 私「香港。そうですか、あなたは登山届けを出してから出発しなければならない」 ピンクサン「わかった、どこで書くの」 私「この方 香港からですって、書くそうですからお願いします」 事務所のおじさん「香港か、イングリッシュオーケー」 はあ・・・ずいぶんと韓国といったときと態度がちがう、顔はニコニコ。 多分、韓国人相手で何かいやなことがあったんだろうな。 で、登山届け用紙を彼女たちが書くところに行くときに年を聞いてみたら、40歳くらいだそうな。 まあ、40歳より上かな。 若く見えるが・・・まあそれなら、大株歩道の下くらいまでは行けるだろうさ。最悪、あそこは屋根がある建物とトイレはあるし、まあ大丈夫だろう。 屋久島は世界遺産だけあって、外国人が目立つ。
山岳太郎さんでお借りしたものを返して、送ってもらって無事にホテルに。 飛高さんともう一人の女性ガイドの人に「ホントにおかげさまでした、ありがとうございました。冥土の土産ができましたわ」 と深々と頭を下げてお礼を言いました。
ホテルご飯で祝杯。 ヒサコさん、ふだんはのまない人だがタンカン酒をグラスで、 「ごっつい思い出ができたわ」 私はビールの中ジョッキを2杯。 爆睡。
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