世界お遍路 千夜一夜旅日記

2006年09月19日(火) 長岡アジア映画祭2 水没の前に

「水没の前に」は、中国の三峡ダムのの完成によって、町の大方が水没する奉節(フォンジエ)の町の表情を描いたドキュメンタリー映画。山形ドキュメンタリー映画祭で受賞した作品だ。
1997年4月下旬から5月、約2週間ほどこの三峡ダムで水没する町々をうろついた。
返還される前の香港から広州へ船で入り、広州から重慶へ飛んだ。
この重慶から、中国人民船にのってゆらゆら途中下車しながら上海まで旅をした。
2週間ああまり。
ものすごくおもしろい旅だった。

重慶の何と「砂浜埠頭」(マジに太古のままの砂浜のさきにある船着き場であった)なる地点から、ちっこい人民船にのって・・・でっかい外国人用の観光船を横目で見て、ね。
フォンジエも、もちろん、下りて泊まった。
なにしろ、あの李白の詩にうたわれた町で、三国志の白帝城があってあの、ショカツコウメイが星を観たという観星台があるんだもん。
船から下りてどろどろの階段を上って、大きな城門をくぐるとごみごみとしたしかし活気のある通り。
その通り、映画の最初では97年にわたしが見たまま健在だった。
しかし、立ち退きが進み、どんどん町ちはこわされていく。
立ち退き料がもらえないで(92年以降に造った建物は違法としてもらえない!)途方に暮れる人々、少額でうちが買えないで居座る人々、もっともっととゴネゴネする人々、壊されたコンクリートから屑鉄を拾って商売をする人々。
まさに混沌、カオス。
しかし、どんどん発破がかけられて町は破壊されていく・・・
イヤー、日本では考えられない移転光景が繰り広げられていた。
わたし、旅したときに思ったんだよね。
町のあちこちに、ダムができたら水位はここまで来ると、とペンキ書きしてあるのに、どうしてみんなこんなふうに普通にくらしていられるんだろ、あと何年もなにのに・・・心配や不安はないのかな、と。
豊都なんて、町のはずれの小高い丘に登る途中に水位はここまでってあって、それって町が全部水没するんじゃんと唖然としたんだけど。
一度、ホテルのフロントの女の子に聞いたら、みんな移住するから大丈夫って笑っていたけど・・・それがこれか!
映画のそこここで繰り広げられる言い争い、何でも商売化してしまうタフさ、全然お上を信じていないのだが計算が先に立ちすぎて最後まで戦えないで気弱さ、こすからさ等々・・・私の知っている大好きで大嫌いで、でもそのタフさに惹かれてしまう中国がまさにそこにあった。
みなさんシンとしてみているんだけど(正しいです)、わたしは思わずあちこちでくすくす、ひゃー中国人!ってヤジ飛ばしていました。

それにしても長江下流は上海である。
三峡ダムでつくられる電気は、要するに大都会用のもの。
で、その恩恵でますます太るのは都市部の人たちだ。ダムで沈むいわゆる辺境(田舎)の人たちは、そのために犠牲を強いられる。理不尽で、保証うすいひどいやり方で。これって、日本にもある構図。
小泉がつくった構図。
田舎は滅び、都会は栄えるってヤツね。
あるいは、弱い者は負け組で強い者は勝ち組ってやつね。
小泉は都会の人だし、中国でもはじめにダムありきで推進しているのはエリートで、ね。まあ、三峡ダム構想は確か、建国の父孫文がうち立てたものだし、当然「ありき!!問答無用」は当然といえば当然。

97年、三峡ダム予定地(イーチャン・漢字では宜宣?だったかな)より上流は確かにすでに政府からは捨てられているという印象であった。
その分だけ、中国を席巻していた拝金主義の気配がうすくて、中国人が本来持つ情の濃さが残っていて、わたしとしては旅が楽しかった。
ハートウオーミーはことも多々あった。
(でもフョンジエでは、ホテルの女従業員に、タクシー台をたしか5元ほどぼられましただ、くそ!)
あの旅で見た町や、すれちがった人のその後がこうであったかって・・・
最後のシーン発破をかけたあと、まるで爆弾を落とされたかのような風景の中、せっせと屑鉄を拾う人たちの姿。(まるでフィリピンの煙のでないスモーキーマウンテンみたい)その人たちめあてに酒を売って歩く男たち。
イヤー、タフです、ご立派です、めげない人たちとただうなっているうちに、エンドマークがでたのでありました。
なんだか、意余って言葉足らずのボケボケした日記となりましたが、ワタシ的には、この最後のシーンで力もらいました。
ここ1ヶ月あまり考え続けていることがあって、1ヶ月前には抽象的だったことがやや具体的になってきてはいるんだけど、それはまだプランにならなくて、ウンウン苦しんでいてわたしって頭悪いわ、といやんなり始めてきてきていたんだけど、イヤー負けられませんでと思った次第。
要するに持続して黙考できないわたしの弱さというか老化というか、甘えというかそういうモノを反省させられたドキュメンタリであった。
ホントに強い中国人民。

また涼しくなった、というかやっぱりもう長袖ですね、夕方は。









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