おひさまの日記
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2009年12月11日(金) だから、私から、言おう

先日、下血して病院に運ばれた父。
直腸のポリープが原因とのことだったので、
それを切除して、もう大丈夫、ということで施設に戻っていた。

ところが、また大量に下血、
今日、病院に運ばれ、緊急入院となった。
切除したポリープの周りに潰瘍ができていて、
それが直接の原因なのだそうだ。

病院に駆けつけると、父は集中治療室にいた。

車いすの生活によって、常に同じ姿勢でいるために、
排泄物が直腸の同じ場所にとどまって腸壁を圧迫し、
潰瘍ができることがあるそうだ。
父のように、高齢で動けないお年寄りが発病することがあるという。

その潰瘍から常に出血が続いている状態で、輸血一歩手前の貧血。
それが続くと危険だと言われた。

治療として、まず排泄物を通過しなくするために、絶食。
患部が圧迫を受けない状態にして、経過を見るのだそうだ。

ずっと同じ姿勢もよくないということで、
寝たまま時々体勢を変えて体を動かすことが大切なのだそうだが、
父はひとりで体が動かせない。

先生が言った。

「病院は施設と違って、
 まめに様子を見たり手を貸したりできないので、
 できればご家族にしてもらえればそれがいちばんいいです。
 お父さんは要介護ですし。
 大切なのは、介護もそうですが、声がけです。
 声をかけるだけで気持ちが全然違いますから」

そこで、昼間は家族が付き添って介護することになった。

郵便局に退職願も出し、
さあ、ラストスパートだ、なんて矢先、父が入院。
今日は早退させてもらったり、
明日以降シフトを調整してもらったり、
何かとバタバタしている。

流れているな…そう思う。
色々なことが流れている。
今、私は流れの中にある。

意識がもうろうとしている父に尋ねた。

「私が来てもイヤじゃない?」

父は耳も遠いので、

「あー?」

そう聞き返す。

「またここに来てもいい?」

そう尋ね直すと、

「あー?いいよー」

ろれつの回らない口調で父が答えた。
そして、言葉を覚えたばかりの子供のように短く言った。

「ごはん食べないのイヤだ」

聞き取るのが難しいほど、父の言語機能は衰えている。
脊髄性小脳変性症の症状だ。
思うように体が動かせなくなったのも、歩けなくなったのも。

「ごはん食べないのイヤだね。
 でも、治すために頑張ろうね」

そう言った私に、短く答えた。

「あー」

端から見たらボケ老人だ。
でも、体が衰えているだけで、うまく喋れないだけで、
心の中は元気な頃と同じなんだと思う。

友達に介護の仕事でケアマネージャーをしているコがいる。
彼女がある亡くなった女性が書いた手紙の話を教えてくれた。
それは、その女性が、
自分を介護していた看護士に宛てて、
亡くなる前に書いたものだった。

「あなたは、私のことを、
 口もきかないへんくつなおばあちゃんだと思っているでしょうね。
 なにもわからないと思っているでしょうね。
 でも違うのです。
 黙っているけれどみんなわかっていました。
 私にも心があります。
 あなたのように若い頃もありました。
 ぴょんぴょん跳ねるような18歳の頃があったのです」

そんな内容だったそうだ。
彼女はそれを研修で読んで号泣したという。

私はいつもその手紙のことを思い出す。
きっと、父も同じなのだろうと。

父の言葉が聞き取れないことが多くて、本当に申し訳なく思う。
何度も聞き返すと、黙ってしまう父。
話すことをあきらめてしまうのだろう。
けれど、その手紙を書いた女性のような気持ちなのだろう。
今、ここにいる私達と同じように感じ、考えているはずだ。
ただ、老いて衰えて、私達と同じように話せないだけで。

今自分に何ができるのだろうと考えてみたけれど、
何もできない気がした。
でも、ただ病院に通って、話しかけたり、手を握ったり、
それでいいのかな、って思った。

うまく話せないからあまり喋らないし、
私にはニコリともしないので、
いまだに父によく思われていないのだろうと感じてしまう。
親は子供を大切に思うもんだとわかっているのに、
証がないと、私は心もとない。

小さい頃から証が欲しかった。
お父さんは私が好きなんだ、大切なんだ、そう感じられる証が。
暴言暴力の人だった父から、私はそれを感じることができなかった。
そんな私が、今でも心の奥に、
インナーチャイルドとなってうずくまっている。

お父さん、好きって言って。
お父さん、大切って言って。
お父さん、いい子って言って。
憎らしい、殺してやる、浴びせられたそんな言葉が消えるように。

「ここに存在していてもいいですか?」

その叫びにも似た問いを消したいよ。
すごく悲しいよ。

明日病院訪れたら、手を握って言おう、私も。
お父さん、大好き、って。
お父さん、大切、って。
お父さん、立派、って。
いっぱい、いっぱい、言おう。

父も消えない叫びにも似た悲痛な問いを心に抱えた小さな子供。
私が感じている痛みはお父さんの痛みなんだね。
みんなの中に痛む心を持った小さな子供がいるね。

だから、私から、言おう。
お父さん、大好き、って。

早くよくなれよ、じじい。


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