七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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| 2006年12月07日(木) |
怒りのエネルギーすらなくて、淡々と過ごす1日 |
最近寝つきが悪い。昼間はどんなに寝ても足りない。悪循環なんだろう。 今朝も眠くて、息子の薬が切れるから、その処方箋をもらうため小児科に電話だけ入れて、そのまま横になった。 午前中に起きて処方箋をもらいに行くつもりが、目覚ましの音なんてまったく耳に入らなかった。 目が覚めるとたいてい1時半は過ぎている。今日も2時10分前。起きてから動き出すまでに1時間はかかる。
昨日私の中で引っかかっていた買い取り。今日は同じ店の別店舗に持って行こうと(←しつこい(-_-;))、 他にも持って行けるものを引っ張り出して整理していたら、とても持って行く時間などなくなった。 処方箋をもらって、息子の学童にお迎えに行くのだけで精一杯な時間。 しかもゆうべからずっとからだが冷えたまま(お風呂に入ってもすぐ冷めてしまう)、今日は一度も温まらないうちに 息子のお迎えに出たから、めちゃくちゃつらかった。
息子のお迎えには行ったものの、バス停まで行けないほどからだが冷えている。あったかいお茶を飲んでも温まらない。 息子と一緒にファミレスでごはんを食べて帰ることにした。このまま温まらずには帰れない。からだが動かないのだ。 ファミレスで温かいものを飲んで食べているうちに、やっと体温が上がってきた。 思考能力すら低下していた私だったが、からだが温まってきたらやっとアタマも回り出した。
コンビニでもらったのだめのチラシ。見ているうちに心もあったかくなった。このマンガとドラマと 来年新しく始まるアニメ。このマンガが人気ある理由がわかる気がする。なんだかほんわりするもんな。 天然なのだめのキャラ。のだめみたいなキャラは周囲に迷惑はかけるかもしれないけど、のだめみたいだったら 自分自身幸せだろうな。千秋もいるし幸せだね。(^_^) でもふと思った、楽譜を読むのが苦手で、一度聴いただけでピアノを弾くことができるというとこ、 私は一度聴いたくらいじゃ弾けないが、楽譜が苦手で耳で覚えて弾くってとこはおんなじだな。 のだめみたいな天才的な力なんてないけど。
後ろの席でものすごい音がした。ママが目を話した隙に子供が水をこぼしたらしく、ママが大騒ぎしている。 「何したの?!どうしてこぼしたの?!ズボンびしょびしょじゃない!!」 息子よりずっと小さな子だ。幼稚園に入ったか入らないかぐらい? なんだか私は冷静に聴いていた。 私は確かに病んでいるが、息子がこのくらいの年齢の頃、こんなふうに怒ったことないもんな。 怒れなかった。だって理解できるようになったのはずっと大きくなってからだから。 こんなふうに怒るようになったのは、なんだか最近のような気がする。 それにしてもガミガミくどくど怒っている。そんなに怒ってもズボンは乾きはしないのに。世間ってそうなんかな。 私もガミガミくどくど怒るのはやめよう。
実は帰りのバスの中でショッキングなことを聴いたから、小さな子が水をこぼしたくらいのことで どーのこーのなんて感じられなかった。
息子「たーぼー、ひきざんできないんだよ。5ひく4がわかんないんだよ」 ショックだった。小1からもう3年間、公文に通っていてもまったく上達しない。学校で引き算はしないの?と訊くと、 「しない」との答え。学校で引き算を教えてくれないというレベルも嫌だけど、それ以上に悟ったこと。 やっぱり公文じゃダメなんだ・・・。理論がわからないんだ。だから上達しないで小1の頃のままなんだ・・・。 ↑注:公文がダメというのは、息子に合っていないというだけです。公文じゃ上達しないという意味ではありません。
バスの時刻表を見て、次のバスまで何分あるか数えている息子に、「引き算もおんなじなんだよ、 41分に6足したら47分でしょ?あと何分待てばバスが来るかが引き算なの」などということを バスに乗っている間中、ずっとずっと説明していた。 からだが冷えてて具合が悪くて、とてもそんなことにアタマが回らないはずなのに、一生懸命説明していた。 私が学生の頃成績がよかった事実は、単なる過去だ。光り輝く過去に過ぎない。 今私に問われている頭脳は、いかにして息子にわかりやすく勉強を教えられるかということ。 私の成績のよかった事実はここで生かせということなんだ・・・そう言われてる気がした。
こんなふうにみんな、必死で勉強を教えているのかな?ふつうに学校に行って、特にお受験とかしない子は こんなに必死に教えなくてもわかるんじゃないのかな?そう思ってしまうとまた暗くなる。 だから他の子のことは一切シャットアウトしないと、また自分の首を絞めてしまう。 私自身が他の人と線引きしないと、今は生きてられないのと同じように、息子のことも他と比べたらいけないんだ。 そんなことはずっと昔からわかっていたことなのに、昔よりも健常児との差が大きくなってきた今、 もっとよくわかるようになった。 息子は息子、私は私だ。二人ともできるだけのことをするだけ。
頑張れなくても頑張ってる。今日も自分をほめてやろう。息子も今、めっちゃ簡単でえ?って思うようなものだけど、 宿題をやっている。ほめてあげよう。
追記。
今報道ステーションでやってるテオフィリンの話。うちの息子はケイレン歴があるから、ケイレンが起きた次の年くらいから テオドールは一切処方されなくなった。 今日も行った小児科の先生は学会にも詳しく、ずいぶん前にその話を先生から聞いて、先生が判断してやめたのだ。 このニュースで言ってるように、全小児科医にそういう知識があるわけじゃない。実際に知らない小児科医もいた。 今日も処方されたけど、今は予防薬としてシングレアチュアブルを服用している。 確かに薬の副作用で云々・・・っていうのはよくわかる。薬の副作用は誰にでも起こりうることだ。 息子のケイレンの姿も私のトラウマになった。思い出すだけで涙が出る。救急車の音は、最近ようやく聴こえても平気になった。 ただね、産まれつきしょうがいのある子ははじめから苦労しているんです。親もたたかいながら生きてます。 誰もそんなこと口にしないけどね。陰でグチって泣いてると思うけどね。 そういう経験は味わってみないとわからない。こんなことを言ってもしかたがないとも思う。 だから、いつもいつも言ってうざいって思われるかもしれないけど、ふつうに産まれてふつうに育つこと、 とっても幸せなことなんですよ・・・。
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