月の輪通信 日々の想い
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TVが壊れた。 何ヶ月か前から調子悪いなぁと思っていたら、画面が真っ暗になった。 音声だけ聞こえるTVをあちこちいじっていたら、音声も出なくなった。 アプコがいつものようにぽんっと叩いても戻らず、リモコンを押すと「パスッ」と電源の入る音だけがする。 「なにー?!TVが壊れたぁ?!」 と、帰ってきた父さんが以前から壊れたままになっていた主電源を切ってみたら、今度は主電源さえ入らなくなった。 ご臨終である。
我が家のTVは一台っきり(今時!) それも、結婚当初からずっと使っている年代物である。 結婚前には独身時代の父さんが、一人で自室で見ていた「嫁入り道具」の一つである。 父さんの部屋へ来る前、このTVは小さなレンタルビデオショップの店頭ディスプレー用に使われていたそうである。まもなく店をたたむことになったそのビデオ屋で格安の値札をつけて売り出されたものを、父さんは自分の部屋用に飛びついて買ったのだそうだ。 ・・・ということは、推定20歳近く? TVとしては十分おじいちゃんだなぁ。 そう考えてみると、今朝のTVのご臨終の経緯はいかにも「老衰」といった感じで誠に感慨深い。
新婚のとき、2DKの小さなマンションには大きすぎるこの29型TVで、よくレンタルしてきた洋画のビデオを二人でみたものだった。 オニイが生まれて、ものめずらしさに撮り貯めた赤ん坊の寝返りビデオや初笑いビデオを飽きもせず再生して喜んだのもこのTVだった。 アユコやゲンが生まれて、幼子3人の出産や子育てに奔走していたとき、とりあえず子守をしてくれるTVの画面には、「エンドレスポンキッキ」とか「エンドレス機関車トーマス」のビデオが入りっぱなしだった。 震災の日、廃墟となった神戸の町や倒壊した高速道路から落ちそうになっている車両の映像を息詰まる思いで見たのもこのTVだった。 夕餉の頃には子どもたちが好きなアニメにかじり付き、昼間は母が家事の合間にワイドショーを眺める。 仕事から帰った父さんが、お馬鹿なバラエティー番組で疲れを癒し、自然探訪や海外の風景の番組で心を癒す。 我が家の歴史と共にいつもそこにあったこのTV。 お疲れ様。
「えーっ!TVなし?」 愕然とする子ども達。 好きなアニメ、連続物のドラマ、お気に入りのバラエティー番組、再放送中のちょっと前の人気のドラマ。 我が家の子ども達は結構TVっ子である。 それが一切見られないとなると、たちまちに困ってしまう。 「一週間ぐらいノーテレビでやってみない?」という提案も即答で却下。 「オリンピック見て、レポート書くのが宿題なんだから、TVがないのはとっても困る」とオニイ。 そう来たか。 「おばあちゃんちへ見せてもらいに行ったらどう?ビデオのほうは生きてるんだから、しばらくと撮り貯めて置いてまとめて見るとか・・・。」 と、とりなしている背後で、もう大型電気店のチラシを物色している奴がいる。 やはりTVなしの生活は、我が家には無理なのか。
一番そそくさと立ち上がったのは父さんだった。 はじめ予想外の出費の痛手にパンチを食らったようだったが、元来、新しい電化製品を買うのが大好きな父さんでもある。 「もう、昔のTVなんてどこにもないよなぁ。液晶TVにはまだ手が出ないけど、フラットTVって、ずいぶん安くなったんだなぁ。」 駄目だ、TV無し生活に入ったら、一番に音を上げるを上げるのはこの人かもしれない。 あっという間にカタログを調達し、夜の大型電気店に滑り込んで、あたらしいTVを注文してきたらしい。 ただし、配達は金曜日。 TV無し生活はやはり始まった。
夏の「無くては困る家電」ベスト3は、冷蔵庫、クーラー、洗濯機だと思っていた。 しかし、大したレジャーも無く部活やプールの日程も消化して、暇をもてあました子らが4人もごろごろする我が家には、TVの存在意義は予想外に大きかった。 なんとなく手持ち無沙汰。 ごろごろと漫画を読む。 退屈して、ほかの兄弟にちょっかいを出す。 小さな諍いや言いあいが増える。 ふと気がつくと誰かしらPCにかじりついてゲームをしている。 「さあ、TVを消して、ご飯にしよう」とか、「番組が始まるまでにお風呂に入っちゃおう」とか、タイムキーパーの役目もTVは果たしていたらしい。 意外にもTV無し生活が一番こたえたのは主婦の私か・・・。 「何で、夏休みの真っ最中に逝ってしまうかなぁ」 恨めしい思いで、物言わぬ箱となったTVをにらむ。
「おかあさん、『ありがとう』やな。」 アプコがぼそりと言った。 お気に入りの幼児番組が見られなくて、半べそを掻いてたアプコである。 「ながいこと、頑張ってついてたんやなぁ、このテレビ」 アプコが生まれるずーっと前から、楽しい笑いや衝撃の映像を山ほど運んできてくれた魔法の箱。 埃にまみれて、幼かった子どもらの手垢の後やいたずら防止用にスイッチ部分に張ったガムテープの痕。 誠に誠に、よく頑張りました。 一番このTVとのお付き合いの短いアプコが、一番最初に発した「ありがとう」の言葉。 「モノにも命」というけれど、我が家の歴史を丸ごと見守ってきたTVは、まさしく「命」であった。
おそらくは廃棄処分になるこのTV。 せいぜい埃を落として、きれいにして見送ってやろう。 TVなしの数日間は、忌中ということで・・・。
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