月の輪通信 日々の想い
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2004年08月04日(水) 怒れる老人

「今日はみんなで出かけるぞ!」と号令がかかった。
朝ご飯を片付け、洗濯物を干し、身支度をして、おおっと、今日は資源ゴミの日だ。
おにぎりや飲み物を用意して、子供たちを急き立て、さあ出発かと思ったら、父さんが帰ってこない。

トラブル発生。
奥の一人暮らしのおじいさんTさんが、ゴミ置き場で怪我をしたという。
どうやら、お向かいのMさんとの諍いで、転んで手に傷を負ったらしい。
TさんとMさんは、昔から仲が悪い。その昔、土地の境界だかなんだかで諍いがあったらしく、今でも時々、トラブルがある。
Tさんはもう何年も一人暮らし。近所に息子さん夫婦がいるが家族との折り合いが悪いとかで同居の予定はなし。デイサービスやヘルパーさんに助けられて一人暮らしを続けておられるが、少しづつボケや妄想癖も出てきてそろそろ辛くなってきている。デイサービスのない日には日がな一日、ぼんやり近所を歩き回り、草花を眺めたり、ハイキング客としゃべりこんだりして暇をつぶす。
一方のMさんも一人暮らし。植木屋さんの腕を生かして、ご近所の庭仕事や簡単な大工仕事などを請け負っておられる。仕事を終えると、2頭の犬の待つ我が家へ帰る。「こいつら、ワシの顔見ると、『散歩行けぇ』とうるさいんや。」と毎日2頭を連れて近隣の山へ散歩に出かける。このあたりでは「ちょっと変人」で通っているけど、うちのゲンにとっては虫取りの師匠、気のいいおっちゃんだ。
二人とも、ま、ちょっと、変わった人たちではあるが、格段に悪い人というわけではない。

ゴミ置き場でTさんは、Mさんにこかされて怪我をしたという。
Mさんは、Tさんのそばにゴミ袋を投げたら、Tさんが勝手によろめいてこけたのだという。Tさんが昨日からずっとMさんの家を監視していたとMさんの方も怒っている。
どちらがどこまで本当なのかは分からない。
これまでにも、Tさんは資源ごみの日に生ゴミを出したり、違う種類のゴミが入っていたりして、何度も近所の人がTさんに注意をお願いしていた。
高齢のTさんには判断も難しくなってきているので、息子さんやヘルパーさんにも、ゴミの処理の手伝いを再三頼んである。それでもなかなかTさんのゴミ出しはなかなか改善されず、息子さんの方にもあまり改善の熱意は見られない。
そんなこんなで、ご近所では「困ったもんね。」という空気も流れていたことも確かではある。

TさんがMさんの家を監視しているという。
Mさんが軽トラを出そうとしたら、門の前に立ったまま邪魔をすることもあるという。
時には、垣根越しにMさんの犬たちに石を投げることもあるそうだ。。
Mさんは「あのくそジジイ!」と怒りで目をウルウルさせて訴えてこられる。
確かにTさんは昼間、暇に任せて日がな一日ご近所をうろつき、垣根越しによそのうちの植木の花を眺める。時には、植木だけでなく家の中を覗き込んでいるときもある。私自身、TVを見ながらごろごろしていて、立ち上がったら窓越しにTさんと目が合ってびっくりしたこともある。それを「監視している」と受け取られても仕方がないかも知れない。
また、年取ったTさんは動きもスローで、声をかけても反応がすごく遅い。
軽トラの進路を邪魔しているように思えるのももしかしたら、ただ反応が遅いだけなのかもしれない。
投石に関しては、残念ながら私も以前、TさんがMさんの敷地内に向かって小石を投げている現場を目撃したことがある。私が見ていたことに気づいてもTさんに悪びれる様子もなかった所を見ると、確信犯のようだ。

だからといって、とりあえずTさんは見た目も弱弱しく、息子にもあまり面倒を見てもらえない孤独な年寄りだ。元気に軽トラで仕事に出かけるMさんが、Tさんの行動にいちいち反応して癇をたてていても、分が悪い。
ましてや、吹けば跳ぶようなTさんが転んで怪我でもすれば、高齢者への暴力として訴えられかねない。
両方の事情が分かるだけに、近所の人たちもなんとも対応に困ってしまう。
何度か警察も入ってくれたが、Tさんの訴えを聞き、Mさんには「まあまあ、年寄りのことやから、大目にみてやれ」と諭すばかり。
Mさんの方でも、「誰も取り合ってくれない」という不満がたまっているようだ。

Tさんの怪我の手当てをし、父さんが近くに住む息子さんに出てきてもらうように電話する。幸い怪我は軽傷だが、状況はちゃんと説明しておかなければならない。
「ワシが息子に意見してやる!」と息巻くMさんをなだめて、「とりあえず仕事にいってらっしゃい」と送り出す。二人を会わせると話はもっとややこしくなる。
「それぞれのおうちの事情があるのも分かるけど、おじいちゃんの様子をもっと見てあげなくては・・・」
車でやってきた息子さんに、近所のおばさんも加わって事情を説明する。

上手に年をとるって難しいことだなぁと思う。
人に迷惑をかけず、周りから愛される年寄りになるということはホントに難しい。
体も弱り、格別することもなく、老いの日々を一人で暮らすTさんにとっては、日がな一日散歩することも、ヒョイと近所の家を覗くことも、仕方のないことかもしれない。
一見粗暴なように見えるMさんもまた、実は孤独な独居老人だ。
Mさんの振る舞いに腹が立っても、家の中で「コンチクショウ」と愚痴を言う相手は2頭の愛犬だけ。「また、きやがった!」とTさんの動きに敏感に反応するのもうなずける。

近頃ではMさんは、Tさんだけでなく、Tさんの息子さんに対しても激しい非難の言葉を吐くようになって来た。
「こんな年寄りは身内がちゃんと世話してやらにゃ、はた迷惑や!」
Mさんの言葉は全くそのとおり。
公的機関や近所のものがどんなに手を貸しても、一人暮らしの老人の孤独の本質にはなかなか触れられない。
そしてMさん自身、息子は独立して離れて暮らしており、あまり行き来はないようだ。近所の人もMさんの身寄りの人の姿は一度も見たことはない。
Mさんの激しい感情の吐露は、Tさんと同じように老いの孤独に由来するものなのではないだろうか。
そう思うと、「一人で老いる」ということは本当にやりきれない。


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