さて物語の簡単なあらましを。 舞台はニューオリンズ。比較的大きなゲイのコミュニティがあることで有名な街。西海岸や東海岸と違い、地理的にも保守的な風土が残る地域に囲まれており、そこで暮らすゲイは差別を身近に感じながら暮らしている。チャンス・マクラウドは、中年になりかけのbig,strong,handsomeな私立探偵。今は出会ってまだ二週間のポールと親密な関係を維持しているも、これからふたりの関係がどこへ向うのかは本人たちにもさだかじゃない。ポールはフライト・アテンダントで、週に4日街を離れている。チャンスはポールがいない時、彼をとても恋しく感じる。チャンスにとって大切な友人は、まずカレッジ時代からの親友ペイジ。スモークやマリファナが欠かせないやり手の女性新聞記者で、運転の際の心がけは「攻撃的なドライブ」。それからチャンスの警官時代の友人、ゲイのブレイン。ブレインには何年も続いている恋人テッドがいるけど、ふたりの関係はとてもオープンで、お互いに外で誰と寝ても気にしない。チャンスは二度以上、ブレインと寝てるけど、ふたりはいい友達。 そんなある日、チャンスはよく行くジムで、ポルノスターのようにハンサムなことでゲイの間では有名な「かわいいマイク」と出会う。マイクは私立探偵の彼にある相談を。それは「今付き合っている妻子持ちで大金持ちのクローゼットの恋人が、脅迫されている」というもの。チャンスは脅迫事件を請け負うことを約束し、後日マイクの家へ行くが、そこで予想もしなかった出来事に遭遇。なんとマイクが自宅で何者かに殺されていた。しかも、壁にはヘイト・クライムを臭わせる「オカマに死を」というメッセージが残されていた。 チャンスは、警察に電話するため上階の住人を尋ねる。上半身裸で登場した住人はダサいメガネをかけた、顔を剃っていない、スパイキーヘアの冴えない男。この男はのちに、グレン・チャンドラーと名乗る。 このグレン・チャンドラーが物語の中でこれでもかという具合に肉汁を垂れ流していきます。チャンスは警官に事件を委ねようとするが、「オカマに死を」がどうしても彼の頭から離れない。これがヘイト・クライムなら、犠牲者は自分でも有り得たはずだ。そしてもし自分が約束の時間に珍しく遅れなければ、マイクは助かったかもしれない。後日、グレンから電話を受け、チャンスは彼に会いに行きます。顔を剃り、お尻の谷間が見えそうなデニムのパンツを履いたグレン。あの夜、彼が魅力的だということにどうして気づかなかったんだろう、と思うチャンス。グレンは作家になりたいと話し、自分とマイクの関係を話す。かつてポルノスターのようなハンサムガイ、マイクに恋していたこと。ふたりは関係を持ったが長続きせず、中身はからっぽで、プライオリティのナンバーワンはいつも自分自身というマイクに傷つけられたこと。「彼がはっきりさせたことは、俺が彼を引き付けておけるほど魅力的じゃなかったってこと」。本当か? とチャンスは驚く。グレンはとても魅力的だ。「俺は太りすぎてたんだ」とグレン。今はとてもスリムだが、半年前まですごく太っていたことを告白する。 チャンス――「なぜ俺に電話を?」 グレン――「君が俺に会いに来てくれるかどうかと思って」 クソ、なぜ彼が俺に惹かれてることに気づかなかったんだ……チャンスは困りながらも、「ああ……グレン、俺は他の男を見てるんだ」。 「もちろん、そうだろうな……」グレンは原稿の束をバッグに押し込みながら言う。「来てくれてありがとう」。 「グレン」チャンスは彼の手を掴み、「俺が言いたいのは、そうじゃなく」 「わかってる、ごめん」とグレンは笑う。ふたりは川まで歩き、木の下で寛ぎながら話す。シャツを脱いだ筋肉質なグレンの身体は腋の下さえ無駄毛がなく、臍から下半身にうっすら生えたブラウンの毛が、チャンスにはセクシーに思える。彼は素敵だ。 この時点で、私はぐいぐいっとグレンによろめきはじめました。 グレン――「この川をかつて、行く手に何が待ち受けてるか知らず上っていったフランス人のことを、想像してみて」彼はボーイフレンドのことを話して、とチャンスを促す。チャンスはポールとの出会いを回想する。ダラスから来たハンサムなポール。ジムで一目見た瞬間に、美しい肉体と整った顔に顎が落ちたほど。彼のことを考えて一日過ごし、バーで再会した時、すぐにふたりは惹かれあった。丸一日ゴージャスなセックスをして、それ以来親密な交際を続けている。ポールが好きだ。今もとても恋しい。けれど、チャンスはふたりの関係を一度も真剣に考えてみたことはない。本気で誰かを愛したり、真剣に交際することとは、もう何年もご無沙汰している。いつも一夜限りの相手。電話番号を交換しても決してかけない。時には再会した相手にそのことを責められるが、そんなbitchにはうんざりだ。 「彼を愛してるのか」とグレンにきかれ、「わからない。ずっと考えないようにしている」とこたえるチャンス。だがロマンチックな考え方のグレンには理解できない。グレンは空港の地上係で、同じ空港で働くポールのことを知っていると言う。「クソ、君はすごくついてる奴だな」グレンは立ち止まり、「彼はきれいだ」。 二人は黙って帰路につく。アパートの前でグレンは言う。「今日はありがとう。俺たち、友達になれるかな」 「よろこんで」チャンスは思う。グレンはいい奴だ。 そしてグレンは、チャンスの唇にキスをする。最初戸惑うものの、チャンスは思わずキスに応じる。グレンは踵を返し、最高に素敵な笑顔を見せて立ち去る。 その後の展開を追いながら、飛行機の中で、バスの中で、自宅のベッドで、私は何度も叫びそうになりました。「チャンス、彼を抱けよ、チャンス!!」 帰宅後もチャンスはグレンのことを考えずにはいられない。グレンが話してくれたストーリーはどこか物悲しかった。自分をクソみたいに扱った奴と、どうやって同じアパートで友達としてやっていれたのだろう。チャンスは昔、自分をクソみたいに扱う男と恋に落ちた友人を知っていた。友人はそのことで、いつも何かしら自分に言い訳をしていたものだ。彼らは自尊心が低いのだ、おそらくは。 事件を探るためペイジを待っている間も、油断するとグレンのことを考えてしまうチャンス。だが、そのことで罪の意識を感じる必要があるだろうか? ポールとは何の約束もしていない。彼との間には何一つ確かなものはない。ポールがニューオリンズを離れている間、誰かと寝てないと言えるか? 彼のような魅力的なフライト・アテンダントが? チャンスはグレンから留守電のメッセージを受け取る。「昼は楽しかったよ。キスをしたことを謝りたかったんだ。君は他の人を見てる。あれは俺の間違いだった。君とは友達でいられたらと思うよ」。 マイクについては、聞き込みをしたが誰も良い事を言わない。自分が死んだ時、誰も自分について好意的なことを言わなかったとしたら、なんて哀しいだろうか、と思うチャンス。誰もがマイクを最低野郎だったと言い、かわいいけど脳みそのないビッチと言い、金とナイスボディが揃った相手としか寝ないだとか、恋人同士の間に割って入って、片方を寝取った、という話しかしない。マイクの印象は最悪。 捜査の合間にチャンスはグレンと会う。彼の小さくてタイトな尻に見惚れたりと、少しずつグレンに惹かれ始めているチャンス。グレンは以前、バーである男が彼に話しかけてきて、彼の手首を捻った時、マイクが男に飛び掛って助けてくれたことを話す。グレンは20歳の時、DVの被害に遭ったという。彼が恋に落ちた男はストレートで、女好きだった。もともとグレンは敬虔なクリスチャンの家庭に育ち、ゲイと自覚してからはずっと、自分は性的倒錯者、異常者、背教者だと思い続けてきた。結婚して家庭を持つまでは、決して幸せにはなれないと。セックスの間は、男はグレンが彼を堕落させたと思うように仕向けた。地獄だった。男は肉体的にも、精神的にも暴力的だった。男のもとを去ったのは腕を折られた時だった。マイクも、時には残酷になれた。自分はベストを尽くしたのに、マイクはまるで幸せになんかなりたくないみたいだった、とグレンは言う。 「なりたい奴がいるとでも?」と尋ねるチャンス。 「シニカルだな」グレンはタバコの灰を落として言う。「俺は幸せになりたい。自分の人生を共に過ごせるような特別な誰かを見つけたい。白いピケットフェンスとアイリッシュ・セッター、そういったもろもろ……つまり、俺は年をとっても、愛を手放したくないんだ」 グレンはチャンスに微笑み、「君は?」 チャンスは恋に落ちるってのは素敵だろうがな……といい、正直な胸のうちを告白する。愛やロマンスを信じていないこと。ポールのことすら、一緒にいて楽しいけど、愛してるかと尋ねられれば、今はまだノーとしか答えられないこと。チャンスはロマンチックなグレンに「ディズニー映画の観すぎだ」といい、グレンは「いけないの? 特別な誰かを人生を送りたいと思っちゃ?」。 ふたりの人生観のすれ違いが切ないです。グレンはまさにDV被害者の典型。シンデレラ・ストーリーや白雪姫を信じているのです。なんてbitchyなかわいい男。ところが実は……。 帰り道、グレンは作家になりたいという自分の夢を語り、チャンスを笑わせ、ふたりの相性は恋人ポールとよりもぴったりだと気づくチャンス。俺はこの男が好きだ。別れ際、近づいてきてキスをしてきたグレンを、思わず抱き寄せ、キスを返してしまうチャンス。その時、通りを走ってきた車から誰かが「オカマには死を!」と叫び、発砲する。被弾はしなかったものの、ふたりは死の恐怖を味わうのだった。 このあたりから事件の方も急展開を見せ始める。その後もチャンスはペイジといるところを自宅で待ち伏せされて襲われたり、グレンが道端でゲイバッシャーに暴行されたり、マイクと付き合っていた金持ちの男を突き止めることに成功したり。そして、ニューオリンズでアジテーティヴに活動しているゲイの権利団体の代表者が、実は多数のエスコートを使い、彼らと寝たクローゼットの金持ちの男を脅迫して金を取っていたことを発見する(私が書いたジャレッドとコリンの小説にそっくりだ)。さらにチャンスは驚くべき事実に直面する。かなり都合よく入手した電話番号のリストは、エスコートたちの呼び出しナンバーだった。そのリストの最後の番号にチャンスがかけた時、応答したのはなんとグレン・チャンドラーだった。彼がポールと出会って以来はじめて本気になりかけた男は、男娼だったのだ。 チャンスは警官の友人ブレインから、グレンがエスコートだという事実を改めて知らされる。ブレインは言う。「彼は以前バーで俺に近づいてきて、エスコートにならないかと誘った。簡単に大金を稼げるぜと言って。俺が警官だと知った時の彼の顔といったら! 失禁しそうだったぜ」 チャンスにはわからない。グレンのようなセクシーで、魅力的で、素晴らしい人格の、知的で楽しい男が、どうして売春なんか? 男娼なんてろくなもんじゃないと彼は思っていた。グレンには何か理由があるのだろうが、それでも彼の胸は痛む。 ブレインはさらに言う。「グレンはすごいだろうよ。彼がダンスしてるところを見たことがあるか? 彼が身体を動かすのを。もしあんなやり方でセックスするなら、どれだけ金を要求されても払う価値はあると思うね」 チャンスは浮かない気持ちでグレンに会いに行く。彼になんと言う? ドアが開いた瞬間に「娼夫をやってどのくらいになるんだ?」ときけってのか? チャンスは認めざるをえない――「俺はグレンが好きだ。彼に惹かれてる。彼と寝るためなら金を払うことさえできる」単純なビジネス。金を払い、なんの感情もなく、彼がまた会いたがるかどうかなんてことを気にすることもなく、楽しむ。一体何が違う? 俺はムラついたらバーへ行き、てきとうに男を見つけて一夜限りのセックスを楽しんできた。俺もグレンと変わらない、淫売だ。 チャンスはグレンに会いに行く。ドアの向こうで、ゲイバッシャーに殴られひどい顔のグレンは「可愛くないだろ」と言って弱々しく微笑む。チャンスは彼の身体に両腕を回して抱きしめたい衝動と戦う。カウチに並んで座り、いい雰囲気になりそうなところで、チャンスは切り出すのだった。「売春を始めてどのくらいになる?」 グレンは顔色を変え、「見つけたってわけだ」。彼はチャンスから顔を背けて言う。「君には関係ない。もし帰りたければ、帰ってくれていいよ」 チャンス――「俺は理由を知りたいんだ」 グレン――「理由? 知れば判断がつくってのか? やっと俺は淫売だってことで納得できるってのか?」 「知れば、理解できる」 グレンは堰を切ったように予想もしなかった告白を始める。「頭は良くても、醜く太っているってことがどういうことか、君にわかるか? わからないだろうな、君みたいな学校の人気者には。バーに行くとクスクス笑われ、誰かが言う。見ろよ、あのデブを! そして俺のことを噂し始めるんだ。近づいてくるハンサムな男はエスコートばかり。それもこいつなら、セックスのために必死になって金を払いそうだと思って近づいてくるんだ。 君にわかるか、性格がよくて、いい奴だけど、太ってるからって理由でクソみたいに扱われる人間の気持ちが? わかるとは思えないね」 チャンスはたずねる――「それが売春とどう結びつくんだ?」 グレンは言う――「みんなが俺欲しさに金を出すんだよ。ちょっと前までは見向きもしなかったのに。今じゃバーへ行けば、俺は好きな男を選べるんだ。男たちは俺と寝るために金を払うんだよ」 チャンス――「マイクはそれを知ってたか?」 グレンはタバコに火をつけ、煙をチャンスの顔に噴きかけて言う。「マイクがなんだってんだよ」。 グレンはPCが欲しいと思っていた時に、容易く金を稼げるからエスコートにならないかと誘われたと話す。 チャンス――「身体を売ることに抵抗はなかったのか?」 グレンは眼を細め、吐き捨てる。「地獄へ落ちろ、チャンス。あんたに俺の何がわかる? いいか? 俺には俺たちふたりに違いがあるとは思えないね。あんただって、娼夫だよ。ただ、俺の方が金を取る分正直だってだけさ」 立ち去ろうとするチャンスを玄関まで追い、グレンは言い募る。「どうしてそうやって人を判断するんだ! あんたは、違うと思ってた……あんたが好きなんだ、チャンス」 チャンス――「すまないな、グレン。お前の気持ちに報いられるとは思えないよ」 チャンスはグレンの元を去るのだった。 ああグレン……期待していたような展開にはなりませんでしたが、別の意味で最後までbitchyなキャラでした。私がチャンスなら、誘惑に負けて「お前はいくらなんだ、グレン?」ときいてしまいそうなところ。 ゲイの権利団体の代表者とその片棒を担いだ男に殺されそうになりながらもなんとか一命を取り留めたチャンス。マイクとその金持ちの恋人を脅していたのがふたりだとわかったものの、マイクを殺害したのは別人だとわかる――それは脅迫ビデオを撮影できた人物。それは、マイクの上階に住んでいたグレン・チャンドラーだと。 脅されていたマイクの恋人はチャンスに言う。「マイクは人々が考えていたような馬鹿じゃなかった。彼は知的で、素敵な人だった。だが、誰もが彼をセックス・トイ、肉の塊のように扱った。彼は受け取ったラブレターを見せてくれたことがある。その手紙の中に言及されていたのは彼とのセックスがどれほど素晴らしかったか、彼の肉体がどれほど美しかったか、ということだけだった。誰もが彼をそんなふうにしか見ていない、とマイクは言った。確かにマイクは人に対して冷酷だったことを認めた。でもそれは、みんなが彼を人として扱わなかったからだ。私はマイクを一人の人間として、男としてみていた。私たちの愛は本物だった」 ああそうか、とチャンスは思う。マイクとグレンはコインの裏と表だったのだ。彼らは人々にクソみたく扱われていたのだ。マイクはその美しさのために、グレンはその醜さのために。 再びグレンに会いに行くと、彼はそっけない態度でチャンスを中に入れる。そんな態度もすっかりbitchy。マイクが隠し撮りしたのはグレンだと突き止めたため、ふたりは口論になった。もみ合いの末、事故でマイクは死んだ、ということを認めるグレン。警察に通報しようとするチャンスに、「お願いだ、刑務所には行けない! 絶対にいけない!」と懇願するグレン。チャンスが聞き入れないと、グレンは彼に襲い掛かる。格闘の末、グレンはアパートメントの窓から転落して死ぬ。 後日談。ずっと留守だった恋人ポールが戻ってきた。今、チャンスはポールとの関係を大切に育てている。まだポールとの愛が真実の愛かどうかはわからないが、ポールとの生活を大切に思いながら暮らしている。 長く書いた割りに事件に関することがまともに書かれていませんが、何度も言うように、グレン・チャンドラー……ここ最近読んだ小説では一番の萌えキャラでした。 グレンは私の理想、基本を抑えたキャラでした。汚れてるけど、憐れなまでに幸せを切望している男。死なずに逮捕され、刑務所行きになって堕ちるところまで堕ちていくグレンを見たかった。罪を免れるかしてニューオリンズにその後も住み続け、いつか本当の愛を見つけるグレンも見たかった。ウェブでファンフィクションとして勝手に書きたいくらいだ! 実を言うと、グレンが登場した時に既に私は、彼が犯人ではと疑いました。多分多くの読者が疑ったことでしょう。あとは読み進めながら、どうか予想を裏切ってくれ! チャンスとグレンを結びつけてくれ! と念じてましたが、作者の恋人がチャンスの恋人と同じポールという名前だとわかっていたので、グレンとチャンスに明日はないな、と思っていました(笑)。事件にまったく関与せず、遠い土地にいるポールの役割的にも、グレンとチャンスは切ない終わり方をするだろうと予測できました。第二作目が書かれているとわかっていたので、せいぜいグレンは事件の真相を知りながら隠していた程度の罪で免れて、チャンスとは距離を置きながら微妙な関係で二作目にも登場してくれないものか、と思ってましたが、駄目でしたね。 その二作目はポールが失踪すると同時に彼の過去が暴かれる事件を扱うらしく、アマゾンで買わねば。願わくば、一作目にあったようなポカミスがなくなっていますように。
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