泣いた泣いた! 滝のように涙を流しましたよ! 「アレクサンドロスと少年バゴアス」を読了しました。前回の日記でも絶賛しましたが、バゴアスに語らせる繊細な感情の表現が実に巧みで、何てこと無いシーンで泣かされてしまいました。これは映画とは別物として考えないと混乱してしまう内容かと思いますが、少しでもアレキサンダーに興味を持たれた方にはオススメします。 正直なところ、「大王小説の最高傑作」という呼び名には多少の誇張があるかもしれません。特に中盤では、あまりにアレクサンドロスを美化、理想化しすぎており、読んでいて私などは嫌気がさしてしまう瞬間もありました。民族の大量虐殺や、フィロタス、カリステネスなどの処刑なども、何かとご都合主義な言い訳を持ち出して大王に「仕方なかったんだ」と言わせているのですが、明らかにそんなことが言えるほど、大王は清廉潔白な人ではなかったはずです。私の中では、フィロタスの暗殺に乗じて父パルメニオンも抹殺してしまった経緯などは、「よし! 都合がいいぞ! 一気に片付けてしまえ!」くらいの腹黒さが、大王にはあったのではないか、という認識でいます。これは、語り手のバゴアスが恋に盲目になりすぎて、大王をひたすら擁護しているから、ともいえます。結論としては、名作ではあるけれど、やはりこれは大王に恋をした女性が書いた大王小説です。 このバゴアスですが、とりわけ中盤で完全に「乙女」になりきっていて、ヘファイスティオンへ嫉妬や殺意を覗かせるのまではともかく、他のマケドニア人たちとの反目を受けて、「奴らには理解できるはずもない、僕の大王なんだから」という心理を仄めかすのですが、これがムカつく人にとってはムカつくのではないでしょうか。ただ逆に言えば、(西洋人にとって)敵であるペルシア側のダレイオスの愛妾だったバゴアスを、ここまで魅力的に描いている手腕には敬服します。大王贔屓はともかく、当時の情勢をバゴアス視点によってこそ中立的に書けています。 以下、ネタバレがあるのでお気をつけください。 はてさて、この本は完全にアレクサンドロス受、ということで有名です。どんなふうに大王は受なのか。まさかここまでヘファイスティオンに対し、アレクサンドロスが完璧に受だとは思いませんでした。バゴアスは二人のやり取りを見て、彼らが恋人同士だということに気づきます。この話においては、美しい少年だったアレクサンドロスを、少年のままに抱くことが出来た唯一の男が、ヘファイスティオンだった、という設定です(ただし、二人は同い年です)。そして初めて大王と閨を共にした夜、「ヘファイスティオン、あなたはこの人を少年のままにしておいたけれど、僕はこの人を男に出来る」と思うのです。それ以外ではアレ&ヘファの具体的な描写はないと言っていいのですが、バゴアスを得てから、アレクサンドロスはヘファイスティオンとは寝なくなります。けれど二人は、心の中ではいつまでも恋人同士だった、という設定です。 ヘファファンとしては、絶妙な頻度で登場する彼の描写はいちいち悶絶させられます。もしもアレクサンドロスの生涯を知らず、ヘファイスティオンのことも知らず、バゴアス視点でこの本を読んだらどうなるか。それはそれはヘファイスティオンが憎い男に思えるでしょう。つまり私的には、肉汁たっぷりです。ヘファが大王にとって最後までかけがえの無い人だと知っているからこそ、この長編における彼の不遇に耐えられるのです。しかし、あの肉汁論に賛成できない方が読むと、心が荒む一冊であることは間違いありません。この本はヘファイスティオンも、バゴアスも、アレクサンドロスでさえ、かわいそうです。 肉汁論に関しては、メアリー・ルノーはお手本となるような仕事をされてます。最初はダレイオスの宦官という立場で登場するバゴアスの視点で、敵にして蛮族であるはずのギリシア人アレクサンドロスが、徐々にその個性的な人物像を明らかにしていく様子が、ひじょうに魅力的に描かれていて、脱帽もの。 私はかねてから第三者の眼で見る話というのが好きですが、そういう意味では完璧でした。 彼女の文章にはズバッといきなり斬りつけるような鋭さがあります。それはあまりに淡々としていて、読み落としそうになります。とにかく発想が洗練されています。名場面は星の数ほどちりばめられていますが、他の大王小説では決して心を動かされないような箇所で、落涙しました。 たとえば、ダレイオス王が謀叛に遭い、バゴアスと別れるシーンや、ずっと不幸な境遇に耐えて、愛を見出せずにいたバゴアスが、はじめて異国の王アレクサンドロスに、激しい恋心を抱くシーンなどは、読んでいるこちらまで雷に打たれたような思いがします。 意外にも感動したシーンはカラノスとの出会いのシーン。名台詞が多々あります。ブケファラスとの別れなども、アレ&ヘファファンには理想的で、感動的です。 ゲドロシア砂漠の行軍を、ここまで感動的に書いた大王小説を、私は知りません。荒俣版なんて、ゲドロシアは完全にすっ飛ばしています。でも確かに、ゲドロシアは読んで楽しいシーンではありません。だからこそ、この小説が東征において最も苦しいゲドロシアを、こんなに丁寧に、登場人物の苦しみに焦点を当てて書いていることに感動しました。騎兵は食われないよう馬と共に眠り、妻を失った兵士が子を背負って砂漠を歩く。途中で捨てられた赤子の泣き声を背に、屍や汚物にまみれた道なき道を行く。バゴアスが自分も虫の息のようであるのに、大王に日焼け止めを塗って差し上げるのは私だ、と軟膏を握り締めるシーンなども。 でも一番素敵なのは、やはりここはヘファイスティオンでしょう。 ヘファイスティオンの死も感動的でしたが、私としてはその後の展開の方が胸が痛かったです。 バゴアスは中盤とても乙女ちっくなのですが、たとえヘファエスティオンのファンであっても、「乙女だ!」と単純に批難するよりは冷静に彼の立場になって読むとより楽しめるはずです。それもすべて、結局はヘファイスティオンにはかなわなかった哀しい人、という見方を忘れずに読むと、すべて美しいのです。あまたの男たちに、時には意に反して身を任せてきた男妾。決して授かることのない自分の子どもを思ったり、惨殺された父に今の自分を許して欲しいと語りかけたり、最後の最後まで敵わぬ恋に身を焦がし、ヘファイスティオンを心の中で罵ったり、あるいは彼に助けを求めたり、その全てが最後には後悔のない回想に成就したのだと思うと、ただただ涙が出てくるのです。 また、全体に漲るギリシア、ペルシアの同性愛の気運というか、当時男たちがどんなふうに少年や若者を愛したか、というのがまとまりのいいエピソードで伝わってきて、古代の愛に思いを馳せることが出来ます。 ところでこの本を読み終えて知ったのですが、これまで私が読んできた海外fic、ルーツはやっぱりメアリー・ルノーだったんだ、というシーンがいくつもありました。たとえば、アレクサンドロスはバゴアスに決してヘファイスティオンのことを話さないという、読んだ時衝撃を受けた萌エピソードや、とあるフィクの「夜遅くまで寝室で待つバゴアスだが、そこに大王がヘファイスティオンと共に入ってくる」というシーンはまんまこの小説の中にありました。 最後に、名台詞は沢山ありますが、ひとつだけ気に入ったのをご紹介。大王とヘファイスティオンが世継ぎのために結婚する、というのを知ったバゴアスが、自分には永遠に叶わぬと思い落ち込んだのを見て、アレクサンドロスが言う台詞です。 「バゴアス、許せ。愛からは子にまさるものが生まれる。『夢の息子たち』――覚えておろうか? そのすべてをそなたはもうけた。私はそなたを愛することから初めてそなたの国の民を愛する術を学んだ」
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