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2004年05月30日(日) イタリアの間に相変わらず大王挿入

昨日と今日の日記をまとめて。


今はフィレンツェ行のバスに乗っています。この道はロメオ街道と
いって、古代ローマ時代から敷かれていた道だそうです。
昨日はヴェベチアに泊まりました。今夜はフィレンツェ泊です。

この旅には、イタリア旅行に行きたいという母の従者
として同伴したので、個人としてあそこへ行きたい! という気持ちを
徹底的に封殺せずには楽しめません。来年か今年の終わりには、
アレクサンドロス旅行として個人でギリシア、イタリアあたりを
ぶらつこう、と決めたので、今回はナポリの考古学博物館にて、
大王の壁画を見ることは泣く泣く諦めました。ナポリは治安が悪い
ので車窓からの旅行、と言われました。でも、ポンペイは楽しんで
やる!

自由時間も一時間とれればラッキーなのですが、それでもミラノ
では時計を買うことができました。文字盤にモザイクが入ってる
素敵なやつです。でも今見るとちょっと子どもっぽいな。
ブレスレットも買いました。ほかにもちろん、最後の晩餐の
絵葉書やら切手やら、それとヴェネチアでは素晴らしい水彩絵の
画集を買いました。旅先では荷物になるとわかってますが、必ず
画集を買っています。美術館で、本屋で。旅先での出会い
によって新しい自分の興味対象を見つけたりします。

最後の晩餐ですが、神聖な雰囲気の中で説明を受けました。
有名な絵ですが実物は傷んでいても美しかったです。ホメロスの
イリアスなどもそうでしたが、概要や解説を読んだだけでは
伝わってこない本物を見てやっと理解できる(頭ではなく心で)
ことってあるものですね。自分でも驚くほど感慨深く
なりました。
ヨハネが想像してたより美人でした(あーあ、書いちゃった)。

ミラノはこれ以外にはたいして私の関心を引くものはありません
でした。ダビンチ像と、アーケードとドゥオモはよかったです。
とりあえず偉大なダビンチにあやかって記念撮影してきました。
ミラノでひきつけられるのは、美術品の美しさで歴史的なことは
たいして興味深くありませんでした。コンスタンティヌス帝の
ミラノ勅令の話が少し出た程度でした。

ヴェネチアはサン・マルコ教会に行きました。私が一番興奮した
のは、ここの牢獄と武具、そして、何より貞操帯!
これは衝撃でした。アレクサンドロスの部下の男(愛人)にも
貞操帯をしていた奴がいたという話を聞きましたが、貞操帯って、
こんなおぞましいものだったのですね。十字軍の時に、夫が
国に残す妻たちにつけさせ、その鍵を持って遠征に出たらしいの
ですが、絵に描いたほうが早い。こういうものでした↓

やっぱ後ろの穴にもつけなきゃ駄目なわけだ。排泄するのに
穴は必要ですが、汚い話、これだとし終わった後、貞操帯(鉄)
についた汚れも拭かなけりゃ駄目なんじゃないのか……。
その横に拷問具もありました。

少しずつフィレンツェに近づいています。このあたりから
歴史のおはなしが出てくると思うので楽しみです。
ルネサンスの反動で生まれたというバロックは暗くて
非人間的でやはり魅力的ではないです。古代ローマと
ルネサンスの美術は、一目見ただけで肉体美が違いますよね。

ところで、ローマのカピトル神殿というとこには、ミケランジェロ
がアレクサンドロスの盾のデザインを元にレイアウトしたという
広場があるそうです。行けたらいいな。

ここからは今現在いるイタリアとなんらかかわりのない話しです。

アレクサンドロス本を読んでいて知りました。トロイのパリスは
アレクサンドロスという名前も持っていた(よくわからない
んですが、幼名なのかな)ようなんですが、
紀元前334年にアレクサンドロスがトロイアを(完全に趣味で)
巡礼したときのこと、浜辺の村の人々は、このギリシアの王は
きっと自分の名前と同じパリスゆかりのものを見たいに違いない、
と思い、パリスの竪琴を見せたらしいんですが、大王はむすっとして、
「見たいのはアキレスの竪琴だもん」と言ったそうです。
女色に耽りみっともない限りをつくしたへたれパリスちゃんの
ことを、アレクサンドロスはあんまし好きではなかったみたいです。

ちなみに、他の歴史家も小アジア侵攻のために上陸する最初の
土地をイリアスのトロイアにしたのは、もー完全に王の趣味、
と書いてます。なんつっても、このトロイア巡礼で行う数々の
行動がすごいです。側近の連中は、「もーこの大王、やめてほしーな」
と思ってたかと(まだこの時点では大王ではないけど)。

しかもこの上陸時に、浜の村の舵取りに大王は金冠を与えられた
そうなのですが、この男がこんな重役を任せられたのは、名前が
「メオイティオス」だったからだそうです。これはパトロクロス
の父親の名前だそうで、つまりアキレスの父の兄弟にあたるのかな。
偶然の一致ですが、きっとイリアスオタクの大王が喜ぶと思ったんでしょう。
案の定、大王、大喜び。

大王はあんまり嬉しかったし、興奮もしてたので、親しい部下たち
に裸になるよう命じ、自分も裸になって全身に聖油を塗り、
アキレスとパトロクロスの墓石に向かって駆け出したそうです。

砂浜に輝くぬらぬらの男の肉体! ぶんぶんに振り回される無数の
珍子! 先頭を行く大王以下は、走り出す前にすでに疲れきったひょうじょう!

大王はアキレスの盾を見せてもらって、いたく気に入り、
ぐずついて(か知らないが)それを貸してもらって、はるかインドまで
持って行き、遠征後に返したそうです。きっとヘファイスティオンに
「大王、借り物は返さないと駄目ですよ」と叱られたんでしょう。

そしてアキレスの墓石にアレクサドロスは花冠を手向けたんですが(裸で)、
この時ヘパイスティオンには、パトロクロスの墓石に並んで花冠を手向け
させたそうです(裸で)。この本には、「当時、アキレスとパトロクロスが
恋人同士だったのは衆目の値するところだった。ホメロス自身ははっきりと
そうは書かなかったが」と書かれてました。そしてこれこそが、
ヘパイスティオンがアレクサンドロスの特別な男だったことを後世に示して
いるとも書かれてました。
大王が「お前はパトロクロスのお墓に花冠を手向けろ!」とヘパイスティオン
に花冠を渡したかと思うと微笑ましいです。

こう見ても、大王ってばそうとうロマンチストなんですよね。

ちなみに、私は大王に「世継ぎを作らなくちゃだめですからね。大王
なんですから。いいですか、今夜は私のとこに来ては駄目ですよ」
と言ってヘパイスティオンが妻たちの寝所に大王を
送り出したと信じています。





さきほど、サン・マリノ共和国から戻ってきました。
いとしのサン・マリノ! 期待していなかっただけに素晴らしい
思い出を作りました。やっと旅に来たという感じがしました。
都市国家のような小国というのは、魅力がありますよね〜。
景色も素敵でしたが、サン・マリノの概略などを知り、現代にも
こんな国があったのかとウハウハしていたら、武器や昔の装身具
などのレプリカを売っている店がありました。もちろんこうした
店を見過ごせるはずはありません。40歳くらいの女性のお店で、
話しかけてきたので「古代ギリシアと19世紀のものはないか」
と尋ねたら、いろいろなものを出してきてくれました。まずは
ギリシアの短剣を出してきてくれました〜。そこで、きゃーっ
と(内心)なって、「ギリシアのいつの時代か」と尋ねたのですが、
よくわからないと言います。しかし明らかに古代ギリシアです。
ここまで来てなぜギリシアか、と言われたので、アレクサンドロス
の大ファンなんだ、と言ったんですが、英名でもギリシア名
でも通じません。大王のことを西ヨーロッパ人が知らないはずは
ないと思うんですが、いろいろ説明を試みましたが最後まで通じ
ませんでした。その後で、古代ローマについての話になりましたが、
カエサルのことも、ユリウス・カエサルと言えど、ジュリアス・
シーザーといえど、通じません。何度も繰り返しているうちに
シーザーだということで合意に達した時には、シーザーは
「ジュリウッス・チージュル」のような名前に落ち着いていました。
アレクサンドロスの名前もイタリア語にするとまったく
違うんでしょう。クレオパトラの話になったので、
「クレオパトラのプトレマイオス朝を築いたプトレマイオスが
仕えていたのがアレクサンドロス大王だ」と言ったんですが、
私のいい加減な英語のせいもあり、彼女うんうん唸るばかり。
短剣は非常に美しく、今思えば、なぜトロイの話をしなかった
んだろう! というのも、その後映画の話もしたのです。
彼女はしきりに、トム・クルーズのラストサムライのことを
私に言ってきて、「彼は実在したのか、日本にはサムライは
まだいるのか」と尋ねてきました。この時には、他の従業員
の男性も興味津々で話を聞いていました。そこで私は、
「たしかにサムライはもういない。だが、我々日本人は
まだサムライのスピリットを持っている」
と、
詐欺師のようなことを言いました(笑)。
カエサルが「犀は投げられた」と言って渡ったルビコン川が
近くにあったが、小川でした、と言ったらたいそう喜んで
ました。
こんな話をしながら、クロスボウ(いしゆみ)を見せて
貰いました。撃ち方を教えて貰ったんですが、小さい石弓
から始まり、次はこっちだと大きな石弓になってゆき、そのうち
「飾り用が欲しいのか、実用的なのが欲しいのか」と尋ねられ、
もちろん飾り用だ! と言いました。私を暗殺者かなにかに
育て上げるつもりだったのか。

石弓は欲しかったんですが、買いませんでした。今になって後悔
してます。戻りたいくらいだ……。
その後、ピストルを見たいと言いました。出されたピストルの型が
古かったのでいつの時代のかと尋ねると、17世紀のレプリカだと言われ、
「19世紀のが見たい」と言うと、「19世紀の半ばのでいいか」と
言われ、「初期の、ナポレオンの時代のが見たい」と言いました。
ナポレオンは普通に伝わって一安心です。その撃ち方などを教えて
貰って握った感触などを楽しんでいると、「実はもっといいものが
ある」と言われ、ショーケースの中からカッコいい二連発式の
ピストルを取り出されました。フレンチ・ピストルかと尋ねたら
スペイン製だと言われました。これが檄鉄と引鉄が二つずつついてて
物凄くカッコいい。そして何が起こったかというと、
古代ギリシアの短剣と二連発式ピストルを抱えて
サンマリノの坂を駆け下りていく笑顔の私がいました。

ほかに、サンマリノの紋章の入ったかっこいいみやげ物もそこで
買いました。
その後、お互いの個人的な話にもなりました。
彼女はサンマリノの人ではなくイタリア人だと言ってました。
インターネットのアドレスを教えてもらったので、後日行ってみたい
と思います。
それと、キリストが生まれる前、ギリシア人はギリシア神話を
信じていたが、パクス・ロマーナ(ローマの平和)と呼ばれていた頃の
古代ローマでもギリシア神話が信じられていたのか尋ねたのですが、
イタリア人の彼女は「違うと思う。でもはっきりはわからない。
むしろエジプトの神じゃないか」と言ってました。
気になるので、後で添乗員さんに訊いてみようと思います。
添乗員のMさんには、私にパンツの借りがあるので(笑)
教えてくれるでしょう。添乗員さんというのは凄いですよね〜。
ほんとにいろんなことを知ってて、大変でしょうが、羨ましい職業
でもあります。このイタリア旅行の前は、モロッコに行ったと言って
いました。

また、ピストルと短剣は写真に撮って日記にアップします。
えっ別に興味ないと!? そう言わず見てくださいよ〜。
ところで、1797年にナポレオンはサンマリノに敬意を込めて
書簡を送り、自治を継続することを許したそうですよ。どこにでも
ナポレオンとアレクサンドロスの影響は及んでいますが、その
ナポレオンは、いつもアレクサンドロスの絵画の前で服を着替えた
とか、愛読書としてアレクサンドロスの歴史書をいつも傍において
いた、とかいう話が残っています(半分はフィクションと言われて
いますが)。ナポレオンのドラマを数ヶ月前に見たのですが、
すごくよく出来たドラマでした。(キング・オブ・ギングズ)
自宅にも本だけはたくさんあるので、また読みたいと思います。

そろそろ、ボローニャが見えてきました。

コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)




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