| 7815,閑話小題 〜そうそう甘くはない連日の随想日記 |
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2022年08月09日(火)
この本の副題が〜「The last self help」~が、なんとも現在の私の心情。」 孤老の年齢ともなれば、孤独が、それも絶対孤独が問題になる。そして、独り 習慣に従って生きるしかない。11年前に事業清算にいたり、残るのはただ独り の孤独業が、我が身 に迫られる。それは、自分しか頼れない孤独業と相成る。 問題は一日の初めの一歩、パソコン前の、この独座。そして、自転車による、 信濃川にある二つの大橋の一周。その後は、食後、風呂に入り、このブログの 文章の完成。このパンデミックが始まる前までの孤独業! ーー * 随想日記を21年来、書き続けて 健康が正常なら、まだ良いが・・・ 季節の変わり目の腰痛時の早朝のパソコン前 に座るのは、それはきつい。初夏、秋口の二回は、誰に頼まれた訳じゃ無し・・ 「腰痛で休みます!」ともできず、何とか書上げる。一応・・・起承転結の体裁は ないと・・・ それでも習慣の力を利用して書上げる。何とか出来上がりを70点を 目指すが、体調不調の場合は、書直しの繰り返しで30点いっぱいいっぱい。 以前は、思いついたときに、かきおき吊るしにしておくが、今では、そのような 余裕はない。毎日、テーマを探し出し、一パックに括るのは不思議でもある。 それと同月同日の数年分を読み返すのもなんとも味わいがある。
・・・・・・ 7481,閑話小題 〜東京オリンピックの総括 2021年08月09日(月)
* 蒟蒻長屋の談議 まずはニヶ月前の6・08日のテーマ日記から… < ◉ 本当にやるの… ならば 東京オリンピック、本当にやるの… 実行するなら、TV視聴観客が地峡上に 数知れず。TV視聴者が現場感覚で注目しやすい面白い内容に総力をあげて編集 すれば良い。 あれだけ、会場造りに資金を入れたのであれば、参加選手の 過去の演技、競技を紹介した 日本の得意の分野… 時代はリモートの時代。 ネタはスポーツの最高の得意技を…ドローンなどリモートを駆使した技術を 披露すれば良い。まだ、間に合うか…其の位のことは当然、し尽している筈か?> ―― ▼ …長屋の‘トラ、熊、八、大家さん’の茶飲み話から… 熊: おいおい、絶対無理だと思ってけど、ヤッチャッタよ。 トラ: あそこまで、施設に投資して、やらないじゃ済まされねえよ。 政治ってのは凄いね。それも国際的決定事項は、それはそれは! 八: 金メダルを取れそうな種目を前半に集中して、気をコロナ禍から 逸らせるなぞ、シタタカだが、それはそれで良いんじゃないかな。 大家: 開会式と閉会式を、それぞれ一時間ほど睡魔の中で見たけど、 開会式が酷かったね!カミさん、あれはあれで、悪くはなかったと 宣っていたが、翌日、タレントの‘たけし’が、金返せと言いたくなる ほど何だありゃだったと、堂々と話していたけど… トラ: 普通じゃ言えないよ。即座にマスコミ界から締め出しを喰らうよ! 八: とにかく、それぞれの業界にはドン様がおられて、間接、直接の言論 チェックをしているからね。それにチャットなど、誰もが言いたい放題! 八: で、何を言いたいの…? 大家: 地政学的にみて、離れ小島の日本だから出来たのさ。それも真面目な 性格もあるね! でも、成功とはかぎらないがね。 私の評価は、コロナ禍の下で甘くみて70 点というところさ。 八: 私は大甘で80点! 熊: 85点。 トラ: 80点。 大家: 問題は、コロナ禍で強行実施した評価になるが、これは難しい! ―― 6272,閑話小題 〜情報の階層化について −3 2018年05月16日(水) 〜NHK:BS1【三和:人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜】 * 弾け出された中国の若者 あるのは小さなカバンと、着たきりのTシャツと、ズボンと小銭。 月給制の職場に堪えられず日雇い仕事で日々を暮らす若者。寝ぐらは、 ゲーセン。その実態は、現代社会の蔭を象徴している。日本のホームレスの 中国・深セン・バージョンというところか。大陸なればこそ、深刻度は深い。 これなら犯罪を犯しかねない状況である。 〜NHK・HPより〜 《 中国・深センにある職業斡旋場・三和人材市場。 工場労働からはじき出され、1日働いて3日遊んで暮らす「三和ゴッド」 と呼ばれる中国の若者を、何が追い詰めているのか。 総資産が1億7000万円以上の富裕層が7万人に達する深セン。 格差社会の底辺から脱出できずもがく若者たちの間に不満が高まっている。 豊かになる夢を持ってやって来た出稼ぎ労働者の希望は、失望と不満に変わる。 三和市場で日雇いの暮らしを3か月送った男性は、深センを離れることを決めた。 中国の繁栄を謳歌する最先端都市・深セン。その発展を支えてきた人々。 しかし急成長がもたらした貧富の格差と負の連鎖によって、若者たちの夢は 更に手の届かないところに行こうとしている 。》 ― ▼ 月給制は縛られ窮屈と、日給の働きを求め、ゲーセンで過ごす若者達。 情報化がもたらした原子化した流砂の民の象徴。誰が悪いのではない… 思わず魅入ってしまったのは、彼らの姿の中に、何やら、老い先短い? 我が身の姿「俺たちには明日がない」に重なる部分があったからか。 ネットサーフィン、TVドラマ、TV]映画、シネマ館の仮想の世界に日々、 逃避しているような? としても、それで充実するから不思議だが。 ―― 熊: カミさんとガキがいる以外、俺と大して変わりはしないよ。 寅: 俺もだがね。原子化さえしてない俺たちは、良い悪いかは別として 少しましかい。でも、砂粒がネットで強固に繋がるのも問題だね。 それとゲーセンでネット仮想世界の逃避ね。八つぁんと大して変わりはしない。 熊: インドの人力車の車夫と似ているね。俺たちの寝泊りは、人力車のかわり に長屋の部屋だけど。でも、老い先短くなれば、何もかも同じよ。 大家: 私に対する嫌味かい。確かに死んで三日もすれば3百年前と同じさ。 情報社会のグローバル化ってのは、誰もが一瞬で底なしになる可能性があるね。 寅: 豊かさで恩恵を受けるのは衣食住を除けば、情報の質量の差だろう。 それが両親の質と、本人の才覚で変わる。確かに出発点で殆どが決まるね。 熊: 俺なんて、貧しさしか知らないだろう。豊かさの恩恵を一度でもよいから 受けてみたいね。良いことなかったもの。バブルで阿波踊りしたかったね。 大家さんは経験したというじゃないですか。 大家: ああしたよ。20年、いや40年は、そりゃ天国さ。良い時代に良い思い をさせてもらいましたよ。それがあったから、老いても心だけは豊かさね。 寅: 行蔵内の御宝が無いと、人間、老いてからの歪みが大きくなるの。 それが顔に出るから、恐ろしいね。他人事じゃないがね。 熊: 何で今、俺の顔を見るんだよ。貧乏も馴染むと、けっこう面白いんだ。 寅: でも、傍で見ていて、「天気晴朗なれど波高し」がピッタシだね。 舟は大揺れでさ。特に月末は、ウドンばかりじゃないか。 熊: 御前も同じようなモノじゃないか。御前のように宝籤など俺、買わない。 大家: 御前らが話すと、折角の社会問題も卑しい話になってしまう。 ―― ▼
・・・・・・ 7087,閑話小題 〜コロナ禍を金価格から見る 2020年08月09日(日)
* 10数年ぶりに金価格の推移をみる 湾岸戦争などの国際的軍事危機となれば、金価格である。今回の危機ともなれば、 湾岸危機と比べようがないほど高い。なれば、暴騰かと興味でみたら、案の定! 国際価格が1200ドル辺りだったのが、2000ドルを超えていた。国内価格は半年前に 5666円が、今では7769円で37%アップ。 長期投資が基本のため、乱高下の幅は 小さいが、これは異常値である。専門家に言うには、1万も有りうるとか! 来年になって、この流感の拡大が止まらないとしたら、有りえること! ― * この9,10月から始まるのか? 夏場の帰省も終わり、ホッとする間もなく、中小を中心に統廃合が始まり、予想 とおりに世相が一変するのか… 銀座を中心にした有名繁華街の有名店の売り物件 が多く出てくる時節。それと、失業率が大幅に跳ね上がる。現実に売上が5〜7割減が、 相場だろう。劇的なコロナ菌を克服できる薬が出来たとしても、世界が落ち着くまで、 数年はかかる。それまで、事業継続可能かどうか? その判断が、この9,10月に 下される。現在、多くの経営者は、七転八倒をしながら… そこで、問題が、その 設定があるかどうか? 最後まで踏ん張る!と、啖呵を切っていた居酒屋の社長が いたが、この判断一つで、人生が決定的に違ってくる。…凄い事例は捨てる程ある。 ― * あれは夢か、如何だろう? 数日前になるが、近未来の補助ロボットなど、これまで無かったマシーンを 紹介する番組があった。その辺りに眠気が襲ってきたため、寝入ったが、私の創作 かどうか?今でも判定不能。 進化したゴーグルで、被って、作動すると、そこに 人型をした人形があって、横には選択するシステムがあって… YouTubeで探して みればと思いつつその場面で完全に寝入った。で、翌日、録画を探したが、そんな 場面はない… 例えばドローンの操縦席に、人形を被って坐り、スイスアルプスを 上空から散策するとか、ドローンレースに参加するとか… 世界一怖ろしいジェット コースタに最前列に座った体験をするとか… 面白そうだ! 歌舞伎座の一席を借りた設定で、ゴーグルを装着したのも面白そうだ。何か暗いか? 今では、居酒屋の席で、リモート飲み会もあるのだから、何ら不思議のことでない。
・・・・・・ 6720,閑話小題 〜美しいことは、どう、良いのか? −3 2019年08月09日(金) * 具体的な美女の共通点とは… ・・・・・・ 6357,閑話小題 〜つれづれに哲学=言語ゲーム 2018年08月09日(木) * 日常生活の中で言語を考える! 1日1テーマで、文章を書上げ、ここに提示しているが、これはテーマ探しから、 起承転結の文を書上げ、推敲し、完成に至るゲームでもある。毎日、何か黒い影 に追いたてられている感覚になるが、これも慣れ。気ままに、ゲーム感覚で、思い のままにテーマを決めて、論理を組みたてる遊び。どうしても、過去の話に捉われ がちになるが、前向きな創造的内容も多くある。 5年、10年、17年間、読み続けて いる読者(自分も含め)に向け書いている点でゲームに近い。 ウィトゲンシュタインとは少し意味合いが違う。彼は日常用語に注目し、 諸活動に織り込まれた言語に注目し、分析する。 〜その幾つかを紹介する〜
≪ 言語ゲームとは、言語哲学者ウィトゲンシュタインの用語。 彼は言語を、「命令する」「演劇をする」「ジョークを作って話す」などの、 諸々の活動に織り合わされたものとして考察した。 このような言語を伴った諸活動が、言語ゲームと呼ばれる(『哲学探究』1953年〉)。 そこには「言語に先立って個人の内的感覚や客観的事実があらかじめ存在しており、 言語はそれを写し取る道具である」とする古典的言語観を解体しようとする意図がある。 ・言語が客観的事実を描写するとしても、それは単に事態を写すのではなく、例えば 火事を知らせる場合のように、「自己や他者に対するなんらかの活動」なのである。 ・第2に、言語による表現は、人々の間に共有されたルールにもとづくものとされる。 個人の内的感覚でさえも、そうしたルールに基いてはじめて表現され理解されうる。 ・第3に、ルールはたまたま成立している慣習的なものにすぎず、絶対のルールなど 存在しないとされる。 例えば真偽を判断する際も、なんらかの慣習的なルールに 基いて行われる以外になく、絶対的な判断基準などは存在しない。 こうして言語ゲームの考え方は、相対主義的ニュアンスを強く帯びることになった。 現在では言語ゲームは、社会学上の用語としても広く用いられている。例えば、学校 や家庭やもろもろの宗教などを、それぞれ異なったルールをもつ言語ゲームと見なし、 それぞれの特質を分析することができるからである。≫
≪ 言語の本質はなにか、というのを考えて行き着いた概念。 例として挙ているのは、石置き場におけるやりとり。親方が「柱石」と叫ぶとする。 すると、弟子が柱石を持ってきてそれを親方に渡す。この場合、別にその「柱石」 という語の意味を把握して何かの行為をしているわけではない。この台詞を聞けば このように行為せよ、というのを既に習得していて、それに従って行為したという だけだ。だから、たとえばこの「柱石」という言葉は、別のところに行けばまた 別の意味を持ってくるわけである。個々の状況から独立した言葉の意味というものは 存在しない。すべての語の意味は、状況に規定されるものだ、ということになるわけ。 このことを、ゲーム(互いに理解しているルールに基づいてやりとりするもの)と 似ているという理由で言語ゲームと呼んでいる。≫
― ▼ <諸活動に織り込まれた言語活動という点で、このブログ活動は言語ゲーム。> 新たな読者が読みはじめて半年、一年では、脈絡が理解しにくいだろうが、 慣れてしまえば、こんなものか?と。ウィトゲンシュタインの後期には、日常言語 に立ちもどって日常会話に注意を向け分析をしている。哲学者たちは神、魂などの 語りえないものについて語ろうとしているわけになるが、彼は哲学から、こういう 形而学を排除し、語りえないことには沈黙を守るべし!と主張した。それは、この ブログを読めば、生半可な知識、情報を、未消化で提示している愚かを気づくはず。 それでも、私にとってプラスと思えるから続けている。毎日、同月同日分の 文章を読み直しているが、書き、提示する目的が自分自身向けのためか、状況説明 が甘い欠点と、それ故の誤解も多くなる。大相撲協会の怪しげな体質を代表とする 諸々のスポーツ協会の問題。現在は、レスリング協会、日大アメフト問題、そして ボクシング協会へと問題が移動しているが、彼らの言語活動から垣間見る異常な 世界が、言語ゲーム感覚で何とも面白い。格闘技など、言語の代わりに「暴力」を 入替えた「暴力ゲーム」でしかないため、そこには、『言葉足らず』の活動が 独り歩きし、独特の世界を形成する。「力」とは「知空」とゲーム感覚で当て はめるのも言語ゲームですか。スマートフォンの進化の御蔭で、言語ゲームから、 インスタバハエの『映像ゲーム』に世の中は変化をしている。これも、添えて書き こまれた言語次第だが、それさえ必要としない映像が溢れている。 豊かさって何でしょう? その根本が、世界で問われている。「意味の意味?」… さて、エネギー補充のため、信濃川土手に向けて出発だ! ・・・・・・ 5 う一度、いや何度でも、まったく同じ自分の人生を」といった、 自分の生を絶対的に肯定する。これがニーチェの言う「永劫回帰」である。 人は誰もが死に至る。しかしこの「私」とは、生まれてきた以上、永遠である。 生まれ変ったら別の人生を歩もうとか、前世は立派な人間だったはずだ、とか、 そういう考えはたわごとにすぎない。永遠にくりかえし、足し引きがなく、 まったく変わらず、そのままの人生に戻ってくる、と二ーチェは述べる。 永劫回帰は、どうみても当時ヨーロッパにおいて流行した仏教の輪廻思想との 近似性を感じるが、ただし輪廻においては全く同じ人生に戻ることはない。 世界のあらゆる事象が有機的に結びつき、死もまた新たな生と結びついている ということを輪廻は教える。また、輪廻思想では、自分が死んだあとには 別の何者かに生まれ変わるが、ニーチェは生まれ変わってもまた、全く同じ 自分が「生きる」だけなのだ。これは、一般的には好まれない考え方だろう。 人はみな、生まれ変わったら、別の自分でありたい、と思う場合が多いからだ。 つまり何かしら後悔をしており、やり直したい、別の人生を歩みたい、 あのときもし、ああしていれば、そういった後悔の修復・訂正を求めている。 しかしニーチェはそういった考えをやめよ、と強く主張しているのである。 つまり死んだらおしまい、である。永劫回帰とは、絶対的な虚無主義を基盤と しつつも、だから人生は虚しい、と考えるのではなく、人間は本来、この一度 きりの生を十分に楽しみ自己を肯定して生きるべきである、という人生観を 現している。そこにニーチェの強烈な、魂の咆哮を感じずにはおれない。 二ーチェの嫌ったソクラテスが自らの運命として毒杯をあおったように、 ニーチェは自らの「表現」に稲妻を落とすのであった。しかし、ニーチェは、 このように並なみならぬ強さ、超人的な生き方を強調するが、実際の彼は きわめて病弱だった。そんな彼が異常なまでに健康や生の強度(内的な充実性 に溢れた自己経験)にこだわった文章を遺していることこそ、実は、彼の生の 弱さを物語っているとも言える。そして同時に(だからこそ)彼がここで「超人」 に至っているのは、それでもなお、自分の生を肯定的に受けとめ、しかも それを永遠にくりかえしてもかまわない、と言い切ってしまったところである。 ここに他の哲学者にはない迫力と緊張を私たちは見ることになる。・・ ≫ ▼ 『再び、生まれ変わったても同じ人生を!』と言えるかどうかが、晩年の 私たちに 突きつけられる大問題。自分の人生が肯定できるか、否かは、 本人にとっての一大問題。しかし、肯定できたとしても、死んで三日もすれば! ならばこそ、「一度限りの人生を楽しみ、自分を肯定して生きるべき」になる。
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