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2003年11月12日(水)
http://www.rosetta.jp/hareruya/back.html サロンのコーナーに貼り付けてある。
世の中には、想像を絶した生き方があるものだ。 「殴られ屋」の存在は「ホームレス作家」を読んだ時に、そのレフリーのアルバイトを した内容が詳細に書いてあったので知っていた。 その本を図書館で偶然見つけた しかし借りてきて暫くの間は、手に取ることができなかった。 気の毒で正視できない思いが先立ったからだ。 しかし、読んでみてサッパリした体育会系の生の必死さが伝わってきて 好感の持てる内容であった。 人間死んだ気になれば、何でもできるものである。 そして、その凄みが周囲の人に感動を与えていく様は素晴らしい。 それはものごとから逃げないという信念が直に伝わってくるからである。
ヤクザにショバ代を要求された時、殴られることで支払おうとした。 それを親分が見にきて「馬鹿野郎、殴られて商売をする奴から金を取れるか!」 と子分を叱ったというのが、よい。
お客は素人と思っていたが、プロの挌闘家が多いという。 まさに命がけである。
本は買う必要が無いが、是非ホームページを見てください。 破産せずに、毎日、殴られ屋をやって「借金の全額返済」を目指している 姿を、いまの政治家や役人に是非見てほしいと思う。 いや自分のことか!ほんと。 今の時代これがジョークでなくなるから恐ろしい。
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『殴られ屋』 晴留屋明著、古川書房
■借金1億5千万の男
殴られ屋をご存知だろうか?奴はいつも歌舞伎町に立っている。
ボクシング・グローブ、ぼろぼろのヘッドギア、スウェットの上下という 出で立ちで、夜になると商売を始める。 「さあ、だれか私を殴ってください!」 殴られ屋は一分間千円で、客に好きなだけ殴らせる。 蹴りや投げなどは無く、拳による攻撃だけだ。しかし、殴られるだけでは たまったもんじゃないからパンチを避けるわけだが、これが見事なまでに 当たらない。たまに一二発当たってもクリーンヒットはほとんど無い (もちろん反撃はしない)。 モハメド・アリのようにヒラヒラと攻撃をかわすさまは、自らが 『世界一のディフェンス技術』とうそぶく程だか、あながち嘘とも言いがたい。
その男の名は晴留屋明という。 彼は借金1億5千万を返すために、今日も歌舞伎町に立ち続ける。
■いい人なんだなぁ〜
こんな多額の借金を背負っているからと言って、晴留屋氏が決してナマケモノ だった訳ではない。むしろ勤勉でまじめな人だ。 殴られ屋なんて商売をしてはいるが、昼間はちゃんと仕事をしている。
ごく普通の電気工事会社の社長であった彼は、自ら進んで働き社員には 優しい男だった。どんな駄目な人間でも辞めさせたりせず、なんとかいい所を 見つけてやろうとする。また情にもろく、貧乏教会から頼まれた工事を破格の 値段で引き受けてしまう。情に厚いといえば聞こえがいいが、 結局はお人よしなだけである。人としては合格だか、社長としては失格である。
結局その人のよさが災いして、お決まりの連帯保証人→債権者失踪という パターンにハマってしまう。バブル崩壊の時によくあったアレだ。
まあだから、本当は晴留屋氏はぜんぜん悪くない。 たまたまお人よし過ぎただけだ。
■あと3日で止めろ。さもなきゃ死ぬぞ!
ある日彼がいつものように歌舞伎町で客に殴られていると、酔っ払った ヤクザが近寄ってきて、涙しながしながらこう言ったそうだ。
確かに殴られ屋なんて商売は危険きわまりない。そもそも彼はなんでこんな 商売をしているのか?それはもちろん借金を返すためなのだが、もっと他の 方法はないのだろうか?結論から言ってしまえば、ある。 自殺して保険金を借金返済にあてるなり (偶然にも晴留屋氏の保険金は1億5千万だったそうだ)、 死なないまでも自己破産するという手もあるだろう。 僕なら間違いなく自己破産を選ぶ。
しかし晴留屋明は「殴られ屋」という道を選んだ。 なんという馬鹿だ。
自殺や自己破産のようなネガティブな事はしたくない、人様から借りたものは 返さなきゃいけない、というのがその理由だ。 財産といえば、ボクシングで鍛えたという自分の体だけだ。 できる事といえば殴られ屋しかない。
それにしても、なんという不器用な生き方だろうか。 つーかお前、そんな事いってる場合かヨ!奇麗事ばっかり言いやがって。 借金一億五千万を返すためには、一分間千円として15万人に殴られなくては ならない。15万人!?できる訳が無い。僕ならさっさと自己破産する。
でも、彼はできると信じている。
頭では無理だと思いつつ、本を読んで体の奥から震えがくるのは、 僕だけではないはずだ。男だったら誰もが共感せずにはいられないだろう。 いや、女にだってわかるはずだ。 僕や君にこんな波乱万丈な生き方が出来るだろうか。
■勇気をもらう
しかし晴留屋明は一人ではない。 彼の生き方に共感した多くのサポートがいる。サポーター達は無償で彼を 支える。多くの人がもともと客として晴留屋を殴りにきて、その生き方に 感激し、勇気をもらった人々だ。
そもそも彼には妻と子供がいる。今はこんな生活をしているので一緒に 暮らしてはいない。彼のささやかな夢が、家族と再び一緒に暮らす事だという。 本当にささやかな夢だが、実現は困難と言わざるを得ない。 そのためには借金1億5千万を完済しなくてはならないからだ。
でも彼はできると信じている。
この本を読んで僕は根拠の無い希望を持った。勇気が湧いてくる。 いつか挫けそうになったら、歌舞伎町を訪れてみたいと思う。 あの晴留屋明に勇気をもらう為に。
・・・・・・・・・・・ 578, 読書について - 2002年11月12日(火)
以前「本を読むときのポイントは何か?」と不意打ちに聞かれて、 瞬時に出た言葉が「読みたいところを探して読む」であった。 小説や本の構造が大事の場合が多いから、すべての本にはいえないが。
「一冊の本からその真髄を一つを掴め!多くのものを得ようとするな!」 そう割り切ってそのノウハウを身につけた時、本屋や図書館は 知識の宝庫に変わる。立ち読みでも多くの知識を得る事が出来る。
勿論(^^ゞしいー自嘲の話しだが,今まで本を読んで一つでも本当に モノにしてきただろうかというと疑問だ。 「要するに一番のポイントは、結論は何なんだ?」 「読み終わった後に、この本はこういう事がポイントだった」 とまとめていただろうか?何回も自省してみる必要があるのに。 読書の一番の要諦はこれしかないのに。
多くのものを得ようとして何も得る事ができなかったのでは? また自分の壁がそれを不可能にしていたのでは? このことを考えてみても、内部の壁が如何に大きく自分を取り囲んで いるかが解る。自分でこの随想日記を書き続けて、作家や記者などの 物書きの凄さが解ってきた。
文章の中に込められたエネルギーや魂が感じ取れるようになった。 本屋や図書館はエネルギーのルツボである事も。 そこに行きなれない人が行くと便意をもよおすのは、 人間の脳の中枢を刺激されるからだ。
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