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2003年07月16日(水)
以前も書いたが(あとでコピーしておきます)、再び孤独について書く。 経営者は孤独でなくてはならないとか、孤独であるという。 特に創業は孤独に徹しないと、甘さが生まれてくる。 山の中の孤独というより、街の中の孤独である。 街の中の孤独とは自分と他者の間にラインを引くことである。 お互いの距離をおくことである。
ある本に孤独を「六独」6つに分解して、説明をしていた。 1 独想 2 独学 3 独行 4 独遊 5 独創 6 独楽
これが出来るようになるには強い意志が必要だ。 創業を何回か経験をすると深い孤独の経験をする。 独り着想と構想をねり、その為の情報を集め、分析をして決断、たった独りで 嘲笑のなか行動開始、途中からゲーム化をして遊びまで高め、創りあげる。 そしてその起承転結を楽しむ。 しかし実際はつらい孤独業である。つらさと楽しみは裏表であることを知る。 二代目が失敗をするのは、この孤独に耐えられないためである。
孤独に耐えるためには、宗教が必要である。 日本人が平気で自分は無宗教と答えるが、グローバルで見たときとんでもないことだ。 欧米では自分が気違いだと言っているに近いことになる。 スモールS (多神教)の集まりを宗教観を前提で答えていることを、自覚して いない為である。 ーつづく
・・・・・・・・・・・・・・・ 2002年09月01日(日) 506, 孤独について
人間は独りで生まれ、独りで死んでいかなくてはならない。 本質は孤独である。 学生時代、名僧いや怪僧?の新井石龍禅師との問答で、 禅師は、[禅は一言でいうと何ですか?]の私の問いに 「字のとおり単を示すことだー宇宙に自分が独りということに 気づくこと」と答えられた。全くそのとおりである。
若い時に大都会に出る必要性は、 大都会の中で、凍りつくような孤独の経験をしておくことである。 圧縮された大都会の真ん中での孤独な生活である。
じっくりと孤独の厳しさを知ると ・仲間の大切さを知る事ができる、但し真っ当な人だが! ・本を通して数千年前、数百年前の人物と出会うことができる。 ・独り遊びの大切さ知るー音楽会や映画に独りで行くとか。 ・自分のアイデンテティーが見えてくるー自己の確立。 ・孤独の賑やかを知る。
それを若い時にじっくり経験してないと、 「何処かの子狐?」のように中年期・壮年期を迎えたとき、 どのようにしてよいか解らないで、 そのレベルでベタベタ群れるしかないのだ。 それか濡れ落ち葉になるしかない。 失敗の人生である。
地方にはこういう人が大部分だ。 仕方ないことだが?
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