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2003年07月15日(火)
先週末にDVDレンタルショップで『阿弥陀堂だより』を借りてきて見た。 何げなく借りてきたのだが、何とも味わいのある内容であった。 あとで作家の南木けい士の『自書を語る』をコピーして貼り付けておくが、 日本の味わいとスローなテンポと日本人が忘れていた故郷の世界を、感慨深く表現していた。 主役の夫婦が春に信州の田舎に転居して来て、田舎の四季の美しさを見せながらストーリーを展開していくスローなリズムが良かった。 美智子役の樋口加奈子がいう言葉『悲しくないのに、涙が出てくる』という言葉がこのストーリを全て言いあらわしているように思えた。 また北林谷栄役の、おうめ婆さんが長野の自然の中に溶けこんでいたのも印象的である。 黒澤明の遺稿シナリオを映画化した『雨あがる』で、日本アカデミー賞を受賞した小泉堯史監督の新作であることを、インターネットで調べてしった。 気楽に話題の名作をDVDレンタルで見ているのが不思議な感覚である。 特にアラスカから帰ってきたばかりだからこそ、日本のアイデンティテーが 印象的だったのだろう。下手な感想文より以下をご覧あれ!
ーあらすじー 東京に住む夫婦、孝夫と美智子。夫はなかなか日の目を見ない小説家。 妻は大学病院で働く有能な医者だった。ある時、美智子はパニック障害という心の病にかかる。それをきっかけに、二人は、孝夫の故郷、信州に移り住むことを決意する。山里の美しい村に帰った二人は、96歳の老婆おうめを訪ねる。彼女は阿弥陀堂という、村の死者が祭られたお堂に暮らしていた。おうめのところに通ううちに、孝夫は声の出ない少女・小百合に出会う。彼女は村の広報誌に、おうめが日々話したことを書きとめまとめた「阿弥陀堂だより」というコラムを連載していた。美智子はこの村で診療所を開き、おうめや小百合、村の人々の診察を通して、医者としての自信と責任を取り戻してくる。…
ー南木けい士の『自書を語る』ー 阿弥陀堂は生まれ育った群馬県吾妻郡嬬恋村大字三原の下屋組と称される十軒あまりの集落の裏山にある。そのすぐ下の墓地には私が三歳のときに死んだ母や、以後十三歳の春までこの集落で私を育ててくれた祖母の墓がある。弱りきった精神は退行を好む。あのころの私は底上げなしの、あるがままの存在を許されたふるさとの自然や人のなかに還りたかった。 しかし、実際に還ったところで懐かしい人たちはみな死者であり、ともにながめる人を亡くした風景は色あせて見えるだけだろう。ならば言葉でふるさとを創り出すしかない。そんな想いで『阿弥陀堂だより』を書き始めた。
祖母は村の広報誌のことを「村だより」と呼んでいた。「阿弥陀堂」と「村だより」、小説の題名はこの二つをくっつけたのだ。祖母たち老人が先祖供養の念仏をもうしながら 数珠を回していた阿弥陀堂。その小さな庭からは向かいの崖と谷底の川と狭い集落が見渡せた。それが幼い私にとっての世界の景色のすべてだった。 もし生きのびられるのなら、もう一度この世界から歩き出したかった。 切実に、誠実にその世界を創りあげたかった。
うつ病による罪業妄想と言ってしまえばそれまでだが、末期の癌患者さんたちを看取ることの多い生活をしてきた私は夜ごとに 亡くなった人たちの顔を思い出し、彼、彼女たちの訴えの十分の一も理解できていなかったことを悔い、ひたすら詫びた。 悪夢で深夜に目覚めるたびに「天罰」という言葉が天井から降ってきた。 書くことで供養ができるなら……そんな想いを先祖の霊を守る老婆に託た。 記憶に刻まれた人や風景を寄せ集め、仮想の村、集落を創り、それらを忠実に描写していったら一つのおとぎ話ができあがった。 この物語を誰よりも読みたかったのは私自身なのだった。完成したとき、 これが小説たりえているのかどうか判断できなかったからとにかく編集者に送り、大丈夫ですよ、の回答をもらって安堵のため息を何度もついた。 しかし、ある新聞に載った文芸時評では、その内容の甘さをこっぴどく批判された。そんなにひどいことを書くならなんでこれほど大きく時評に取り上げるんだよ、と涙ぐみつつ送られてきた新聞を庭の隅の焼却炉で燃やした。ものを書くことを仕事にしてから、他者が私の作品について評した文章を燃やすのは初めてだったが、いかにも後味の悪い体験だった。 都会の病院勤務で心を病んだ女医が小説家である夫のふるさとの村で癒されてゆく。たしかに安易と言われればそれまでのプロットだが、そのころの私には企んだ小説を書ける余力がなかった。細部をていねいに書き込むことしかできなかった。 『阿弥陀堂だより』には私の存在の世話をしてくれた人たち、底上げされた 私のいたらなさを口に出して責めぬまま静かに逝った人たち、そして、ただの存在にもどった私の目に映った自然の生なましさなどが詰め込まれている。甘く書くしかなかった酷薄な事実が隠されている。 書きあげ、本になった時点でこれらのものはすべて本のなかに大事に封印した。 表紙の阿弥陀堂の戸はしっかり閉じている。そうすることでなんとか今日まで生きてこられた。 少なくともいまのところこの封印を解くつもりはない。 他者の解釈を観たり聞いたりする勇気もない。 いつか、どこかの映画館の片隅で『阿弥陀堂だより』を観る機会があったら、私はこの懐かしいタイトルを観ただけで泣き出してしまうかもしれない。そんなことを書きながら、流れに乗れば気軽に観終えてしまうのも私の根性なしのところで、実はもうそういうつっぱりはどうでもよくなっている。それにしても、試写会に行かない原作者なんて他にも誰かいたのだろうか、と気にしてしまう小心さだけはいかんともしがたい。
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