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2003年01月26日(日)
この言葉を初めて聞いた時、その意味をしばし考えてしまった。 相手を傷つけてしまう事は「何らかの意味で自分の問題を相手に投影 してしまった」という事でないか。
いじめっ子は家庭の不和の子が大部分だ。 そのトバッチリを学校で弱い相手を捜して攻撃する卑劣の行為だ。 これが「他人の血で自分の傷口を洗おうとする行為」の典型だ。 あと戦前の日本軍の古参兵の新兵虐めもそうだった。 「新兵の時の虐めをやりかえす」という行為で傷口を洗っている愚劣の行為だ。 必要悪の部分もあるが。
傷ついて膿を心に持っている精神症(精神病)の人も、その苦しさの あまり血の匂い嗅ぎつける。 「自分の人生失敗だった」という敗残者もこういう傾向が強い。 精神に深い傷を持っている。
といって正常の人でも、誰でもその傾向はある。 その軽い症状が「他人の噂しか話す内容を持たない人種」だ。 教養を積んでこなかったオバちゃんだ。男ー子狐もいるが。
これには大きな落とし穴がある。 他人の血で傷を洗うという事は、その傷を目先癒すが 逆にどんどん傷を深くし、さらに黴菌が入ってくる。 それこそ「無知の涙」である。
他人の事といっていられない自分の問題だ。 誰もが心の傷を持って知らないうちに他人を傷つけている。 そして傷つけてきた??・・!! それに気がついているかどうかのだが。
「恨んだ相手は高いびき」 その相手になっているのではなかろうか?
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