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2002年12月03日(火)
開業の年から毎年行われている会社の名物が忘年会である。 昨夜がその忘年会であった。 社内中心の新年会もあったが6^7年前からは行われてない。 とにかく盛り上がる。大体50人前後が出席する。 若い女子社員を先頭に一次会では座敷ゲームが行われる。
そのゲームでとにかく酒を飲ませるのがミソの様だ。 そこで最高潮になる。 今年のように大不況でも盛り上がりは最高潮だ。 お客さんがだいたい7割を占めるが、ほとんど人が営業か 営業経験者の為、遊び上手でうまく盛り上げてくれる。
昨夜も最高潮に盛り上がった。 毎年その日にボーナスを出すので、社員も気持ちが盛り上がっている。 とにかく若い人のエネルギーがよい。 時代時代により色々な忘年会の思い出がある。
急性アルコールで入院した人もいる。 この忘年会で初めて年末の到来を実感する。
過去に書いた文章をコピーしておきます。 ・・・・・・・・
H0905 宴会好き!
創業来16年、当社の宴会が110回以上という。 私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になった のだろう! 忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけて よく飲んだものだ。もともと私の父が宴会好きであった。 酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、 無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いて いた。 これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。 今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位 だった。芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。 丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返して いると思うと“三つ子魂”何やらである。
当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。 今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、 その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。 酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、 痴呆で亡くなった。
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