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2002年11月27日(水)
八ちゃんという言葉が私のアイデンティーである。 8人兄姉の末っ子で、父親の42歳の子供であった。 両親と兄姉と従業員の中で可愛がられ育った。 特に父親に溺愛されていた。 但し物理的には何も与えられなかった。当時は誰もがそうであったが。 今も人好きなのは三つ子の魂いつまでもである。
今でも姉が憎憎しく「あの八ちゃんは何処にいったの?」という。 「しょうがないだろう、あれから五十年経ったのだから」 これが私の答えである。
今考えてみても刺激の強い幼児期だった。 映画のような世界であった。 刺激は強く貧しいが、明るく豊かな世界だった。
今も鮮烈に当時の記憶が残っている。 子供心に当時の出来事を全て受け止めていた
・無尽上がりの??相互銀行のKが成り上がってきたとか。 ・十日町のイチムラが近くに百貨店をオープンした。 ・同じく三条の香具師が百貨店を開いたとか。 ・北越銀行の頭取が何処かの未亡人に熱を上げて通っているとか。
見ていても、聞いていても刺激の強い世界であった。 自殺、夜逃げ・妾の話が子供ながらに面白くワクワクして聞いていた。
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