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2002年10月19日(土)
ある雑誌に、たまたま数日前に書いた「人生の目的」について 書いてあった。まさに偶然の一致であった。 京セラの会長の稲盛和夫氏の「何のために生きるか」 の一文である。 ーー人生の目的とは、心を高めることです。心を純化する。 心を浄化する。人間性を高める。人格を高める。 これが人生の目的です。 波乱万丈の現象に遭遇しながら、その現象に対処しながら、 自分の魂を磨いていくこと。それが人生の目的です。 これを具体的に言い換えると、世のため人のため尽くすことです。 世のため人のため尽くすことが人生の目的と考えてきたが、 心を高めることが、人生の目的であった。
そのために仏教の六波羅蜜の修行をしなくてはならない。 一生懸命に働くことが、利他の心を持つことが、 そのまま人生の目的になるーー
仏教的な人生の目的というところか。 果たしてそうだろうか?奇麗事でしか思えないが。 別に心など磨かなくても、知らずに磨かれているいるものだ。
心の純化などいうことは、汚れているから言いたくなるのではないか。 汚れのない若い乙女に人生の目的など必要ないことになる。 もっとも磨かなければ汚れた小母ちゃんになってしまうか。
今日死ぬ明日死ぬのギリギリの人がこれを読んだら、 そうだそうだといわない筈だ。 戦争で逃げ回っている人もそうだ。 「なにを甘ったるい事を言っていやがる」と思うであろう。
苦しい時に心の修行と思えるのは素晴らしいが。 けっして心の純化だけが目的でないはずだ。
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