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2002年06月17日(月)
誰でも持っている要素である。 組織も対象の人とも合わない、突き詰めてみると自分と合わない人だ。
自分の事といってよい。 ・今所属している組織か職業と自己一致しているかである。 ・夫婦間の問題 ・両親の仲が良かったか
中学時の問題児は両親の不一致である場合が多い。 不幸にしているのは本人にその意識がないことだ。 あと舅・姑の関係も絡んでくる。 家庭内が安定しているかどうかであるし、やはり家系も関係している。
夫婦間を見ていると、いろいろな問題がある。 それがそのまま子供に反映してくる。 あるいは自分に反映してくる。
その蓄積が自己不一致を深めていく。 そしてそれが対象に不満という形で向けられる、実際は自分の問題なのに。 誰もが多かれ少なかれ抱えている問題である。
大手会社が両親が離婚をしている人を入れたがらないのは、 多くの人の中で経験的にそれを知っているからである。 何事も例外はあるだろうが。
言葉を持ってしまった人間が無限の欲を持ってしまった。 アダムとイブが蛇に勧められて食べてしまったりんごである。 しかしそれは有限である。そこに不平が出てくる。 仏様はその欲の対処の仕方を教えた、それが仏教である。
ただ自己不一致も捉え方によっては必要なことがある。 理想主義による不一致、それを埋めるための視点であるからである。 あるいは経営にとって、計画の不一致のフィードバックとして必要な事だ。 前向きな建設的な自己不一致ならむしろエネルギーにもなる。 コンプレックスもそうなのかもしれない。
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