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2002年06月18日(火)
「金持ちがあるなら、時間持ちという言葉もあってよい」 というのを本で読んだ事がある。
若いときから時間だけは多くあった。 時間のブルジョアといってよい。現在もそうである。 初めは持て余していたが、今は充分?に有効利用をしている?
現在も装置産業を選んでしまった為、時間だけはたっぷりある。 初めの数年は本当のところ、どうしてよいか戸惑った。 小人閑居して不善をなす」というところもあった、今もか。
経営セミナーに出るか本を読むか??しかなかった。
お金と同じである。 人がお金を持て余さないのは、お金を自分のために使おうとしている為である。 「主体的」に使えるから、お金は幾らあっても持て余さない。 お金は自由の塊そのもの。
時間があるということは、自分で使える自由があるということだ。 時間を持て余すことは、その自由を使いこなせない事。
もう十数年も前の事になるが、ある長岡の不動産屋の社長が 毎日が日曜日のくらい暇な日程の私の姿を見ていて笑っていた。
3月のある日、年度替りで不動産屋が一番忙しい時だった。 奥さんと二人パニックに近い状態に。
その後二人で喫茶店に行った。 本人自慢げに「イヤー忙しいくってね〜」 私「その仕事何パーセント、500円のパートのできる仕事?」 不動「99パーセント」 私「ふーん、あんたの時給はいくら?」 不動「一万円あたりかな!」 私「時給一万が、500円(当時)の仕事をして喜んでいるんだ」 その後、本人はすぐ一切の雑務をしなくなった。
話しは外れたが、 時間もち(金持ち)とは、主体を持って使いこなしているかどうかだ。
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