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2002年06月11日(火)
過去に創業を何回か繰り返してきた。 好きで自分で望んだ事だから、そう苦ではなかった。
しかしそう甘くもなかった。 その時は、のるか反るかの大勝負を賭けている。 やはり脳は全開、見えない相手を考え尽くした上で一つづつ 判断していかなくてはならない。ゼロからの出発である。
表面には出してないが、しかし色で出ているだろうが、 キーワードは「発狂」である。 まったく存在してない自分の主張を、実際のカタチに創り上げていく 工程を踏んでいるのだから。
部外者の人は狂っているという。 そうでなくては実際新しい創造は不可能だ。 基本に忠実にゼロから一人で、一日一日孤独の行為の積み重ねである。
その時、見えるのは人間の浅ましさと嫌らしさである。 これは自分事でもある、人間の底である。
・人間はエゴであるー生命の発展はそれぞれのエゴイズムが原点である。 ・それがどうしたというのかーその当然の行為を始めたのだ。 ・その積み重ねが事業の出発点である。 ・馬鹿二代目が冷笑している、結構である。 むしろそれが正しい事を証明してくれている。 ・赤裸々な莚旗を立てた赤裸々な姿、それが創業である。 ・事業に関していえば、まずは金そして金そして金・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・金である。 それを命を賭けて投資するのである。 なけなしの金と銀行から借りた資金を合わせて、 その「思い込みの対象」に対する命を賭けた博打である。 それが面白いといえば面白いが、それは結果がよければの話しである。 いま世の中の風潮で創業の勧めがあるが、そう甘いものではない。 コツがあるとすれば、時間をかけた準備、準備、準備、計画の練り上げしかない。 500�佑寮�功確立の見通しになるまで練り上げるしかない。 それで実際のところ50�佑靴�うまくいかないだろう。
実際のところ事業を始める時、自分の心に約束した全て失っても 後悔はしないと。 創業は勉強になる!!それでこの程度!
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