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2002年06月10日(月)
自由ほど不自由なものはなし! 誰もが経験がある事だと思うが。
ー至近の例で、 サラリーマン生活をしてきて、待っていた定年がきた時ただ呆然。 こんな筈でなかった、何もできない自分に直面する。 あれだけ求めていた自由に躊躇してしまう。
今まで束縛されていた組織からの自由を求めているだけ。 「自らに由る」という言葉の意味さえ考える余裕も無かった自分に直面する。
如何してよいか判らない。 仕方がないので、それまでの行動をとるしかない。 会社の近くに同じ時間に出勤する。 今まで行っていた喫茶店やスナックなどの溜まり場に行きざるをえなくなる。 目の見えない首輪がそのまま付いたままなのだ、紐まで付いたまま。
そして紐付き首輪を付けて、それまで出たことのない同級会に出たりする。 「元・・などの肩書き」はそこでは何も通用しない事をそこで思い知らされる。 そして他の軽く軽蔑してきた人と同じレベルまで引き摺り下ろされる。 いや彼らの中味のほうがズット詰まっていることに初めて気が付く。
自らに由るとは何か?自ら判断し責任をとることだ。 ただ群れて、その群れと同じ行動をして、 何も考えず判断をしてこなかった自分に初めて直面する。
自由とは本当に厳しいことだ。 人に甘く自分に厳しさが基本になくてはならない。 普通、人間は逆になってしまう、自分に甘く人に厳しく。
自由、平等、博愛のフランス革命の精神。 自由に重きを置いたのが資本主義社会。 平等に重きを置いたのが社会主義である。
自由は平等ではなく公平を求められる。
それまでの平等の意識が根底から崩される。 もう誰も相手にしてくれない小さな自分にはじめて気づく。 公平?社会がすぐに冷たく圧し掛かってくる。 自由はそれに適応できる人には優しく、出来ない人には 厳しく反応してくる。
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