堀井On-Line



321、宗教的真実について−1

2002年02月04日(月)

・「もし、私の聖書の読み方が正しいとすれば、神があるがままの
人間を愛される、あるべき人間の姿を期待して愛されるのではないのです」
(ジョセフラブ・神父)

この言葉でハッとした。あるべきという視点で人を見ていなかったか? 
マイナスをマイナスとして愛すということか。
だから、こうあるべきとかいう自分の価値観で、人を見るべきでないという
理屈はそのとおりである。

宗教は真実を気ずかしてくれる。

・「聖書は事実でないかもしれないが、真実である」
これもいい言葉である。
聖書の創世記では「アダムとイブの時代」は7000年前という。
150億年前のビッグバンとはあまりに差がありすぎだ。

私の神をどう思っているかというと
「人間を自然をここまでならしめている天地創造の存在」
「人間の創り出した手前勝手な絶対的存在」
「人間が持っている共通の意識の存在」
「言葉が造り出したバーチャルの世界」



 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]