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2002年02月04日(月)
・「もし、私の聖書の読み方が正しいとすれば、神があるがままの 人間を愛される、あるべき人間の姿を期待して愛されるのではないのです」 (ジョセフラブ・神父)
この言葉でハッとした。あるべきという視点で人を見ていなかったか? マイナスをマイナスとして愛すということか。 だから、こうあるべきとかいう自分の価値観で、人を見るべきでないという 理屈はそのとおりである。
宗教は真実を気ずかしてくれる。
・「聖書は事実でないかもしれないが、真実である」 これもいい言葉である。 聖書の創世記では「アダムとイブの時代」は7000年前という。 150億年前のビッグバンとはあまりに差がありすぎだ。
私の神をどう思っているかというと 「人間を自然をここまでならしめている天地創造の存在」 「人間の創り出した手前勝手な絶対的存在」 「人間が持っている共通の意識の存在」 「言葉が造り出したバーチャルの世界」
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