日記帳

2005年02月23日(水) あとから気付く

こないだ書いたように、公園で会うママにカミングアウトしてからというもの、すごく気が楽になった。

自分から切り出すことに、実はとてもこだわっていたのかもしれない。言ったほうがいいか、いや言わなくてもいいや、と自問自答で済ますたびに、この人とはそこまでのおつきあいじゃないし、と確認したみたいで、勝手に寂しくなっていたのかもしれない。

わーっとコドモたちが盛り上がっていても、娘が低そうな怪しいそぶりを見せたら、その輪からソッコウで離れなくてはならない。他のママ達の目を気にしすぎだとは思うけど、そこで理由を話せたらなあ、とずっと思っていたんだと思う。「つきあいの悪い親子」と思われたくなかったんだな>つくづく小心者。

ひとりに話したから何が変わるわけじゃないとは思うけど、「話しても平気」という経験がとても心強い。

自分が実はびくびくしていたんだな、と、今わかる。わかってほしいなら、話さなくちゃいけないってことも。

これからもこんなことを繰り返して、少しずつ前に進んでいくんだろう。

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あとから気付く、といえば、もうひとつ。

スガ様の夜以降、カーサンとても落ち着いている。

スガ様ナイト(活用形)以前、カーサン娘と劣悪な感情関係を展開していたのだ。

お風呂が湧いたのを知らせるチャイムが鳴った途端、「うかはいまみっきーのごはんちゅくってるんだからー」とさも嫌そうに主張する娘に「だからなんなの!」と食ってかかるカーサンを見て、夫はしみじみ「日頃の敵対関係が現れているね」と笑ったが、一事が万事その調子だったのだ。

底にあるのは本当はこっちかもしれない。娘が最近測定も注射も嫌がり方が強くなり、それを御すのにカーサン四苦八苦。三度の食事のたび、おやつのたび、寝る前、それプラス低いと思われるとき。そして誰もカーサンを褒めてくれない。褒めるどころか娘は嫌がるばかり。あーもうやってらんない。

カーサンそんな自分自身にガッカリするやら嫌気がさすやら、毎晩夫に愚痴りまくり。愚痴る自分も情けない、と続く、そんなループに毎日はまっていた。娘も巻き込んだ不機嫌スパイラル。

また妙なことを、と言われてもいいけど、スガさんの声を聴いていたとき、とても褒められたような気がしたのだ。「よくやってるね、がんばってるね」。一番聞きたかった言葉を、スガさんの声で自分の中に見つけたかんじ。ええ、図々しくてすみません。

毎日の娘の持病の管理で、と言い訳をつけることもないのだろうが、カーサン乾いたスポンジ状態だった気がする。絞っても、逆立ちしても鼻血も出ませんってやつ。

そしてそれを自覚できたのは、スポンジが充分湿って、滴り落ちるくらいに含ませることができたからのように思えてならないのだ。あの晩湿らせてくれたのは、スガさんだけじゃなかったし(←あ、やらしい?)。

たまには必要とわかっていても、娘の管理を理由に「無理無理」とあきらめていたことに、本当は執着していた。カーサン自身がわざわざ選んで、好んで、クサイものに蓋をしてきたツケが、乾いたスポンジだったんだろう。

だから本当に、いくら感謝しても足りないくらいと思っているんです、はい(無理やりまとめてみる)。


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