日記帳

2005年01月19日(水) 3日間凹み続けるの巻

長いうえに暗いです、今日の日記。

日曜日に同年代の親戚が集まる機会があり、どうもそれ以来低調モード。

とにかくカーサンの実家方面は親戚が多い。両親それぞれの兄弟姉妹や、祖父母にまでさかのぼって兄弟姉妹が多くて、しかも大概関東地方に住んでいる。

しかもしかも親達が同年代、生まれてくる子ども達も年齢層が10年以内に集約されている。

しかもしかもしかも正月だと言っては集まり、お彼岸だと言っては集まり、冠婚葬祭でももちろん集う。親達の世代では、世の中それが当たり前だったのだろうか。

会えば顔はわかるけど、自分とどうつながるのかがわからないおじおばアンドいとこたち多数。子どもの頃は正月の集まりが楽しみでもあり、苦痛でもあった。
※楽しいのはお年玉がたくさんもらえるから、苦痛なのは既に出来上がっているいとこ達の輪に入れず、それを父からくどくどダメ出しされるから。

そのうち子世代がそれぞれ家庭持ちになり、正月大集合は執り行われなくなったと聞いた。嫁たちの安堵はいかばかりか。

それでもごく近い親戚だけが、私の実家に集う正月二日。大阪帰省という名目で逃れることが出来た年は正直今でもラッキーと思う。場を取り仕切るのが父から兄に移りつつあるのが、苦痛に拍車をかける。彼の尊大な仕切り方が、酔うと特にひどくなる、それが大嫌いなのだ。

今年も難を逃れたとほっとしていたのに、また集まるんですか。子世代だけとはいえ、兄に振り回されるのはもううんざりなのだ。

気が乗らないと文句を垂れるカーサンに、夫が「正月二日に我々が居合わせなかったから開催されるのではないか、ならば行かなくては」と優等生発言。すまん。カーサンの方の親戚だっていうのにねえ。

理由は夫が考えたものではなかった。いとこだけでなく、はとこまで集まっていたのだ。10年くらい前に集まったことがあるメンツだ。

あまりに気が乗らないから事前に連絡も密に取らず、誰が参加するのかさえ聞いていなかったことに気付く(凹みポイント1)。

既婚だがまだ子どものいない年長のはとこ姉に育児について語られ、ちょっと目が虚ろになる。ほぼ同じ年のいとこ嫁が「とっても為になるわ」と素晴らしい相槌を心底打つのを聞いてさらに目が泳ぐ。

他人の話を素直に聞けない自分の性質に改めて気付く(凹みポイント2)。

危惧していた兄の暴挙は予想外なことにほとんど無く、それが年齢によるものなのかメンツによるものなのかと考える。

つくづく悲観的な自分の性格に嫌気がさす(凹みポイント3)。

次回はまた10年後かと笑っていたら、また夏に集まろうという流れになりやはりうんざりしてしまう。それを夫に話し、なだめられる始末(凹みポイント4)。

だって共通の話題なんて、子どもの頃の思い出話か親戚の誰がどうしたとかかつての親戚の栄光とか、そんな話しかないんだよ。当事者はともかく、その連れがそれを聞いて楽しいのかなあ。ルーツを知ってもらうことは出来るけど、話に参加しようがないじゃないか。

夫は冠婚葬祭で顔を合わせることが必ずあるんだから、それ以外のときにこうして顔をつなぐのもいいことだ、と言う。

低く低く自己嫌悪スパイラルにはまり、さらに娘にとばっちりをくらわせ、さらに凹む凹む。

今日友人が遊びに来てくれて、ようやくその下降曲線から逃れることが出来た。有難いよ、ほんとに。

子どもの頃は父にダメ出しされていたけど、自分自身でそれをやっちゃった。よくないよくない。どこまで行っても出口がなくて、本当に落ち込むばかりだった。

「おかあちゃんげんきだの?」と娘を泣かせるような、笑顔のない一日を送っちゃいけない。元気なの?と尋ねているようだけど、それは怒らないでという懇願なのだ。ささいな言い合いから、娘に意地悪なことを言ってしまったよ。まるであの日の父のように。


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