日記帳

2004年09月02日(木) ひと山越えたか

伊勢志摩ブラボーはともかく、宿はどうする。夫と雁首並べて深夜のネット徘徊。1時近くまで探し回って候補を決め、予約のメールを送った。

その後、娘の糖尿病絡みで最近感じたことを夫に話し始めたら、これがもう止まらない。意外なことに夫も止まらない。二人でしゃべくり倒す。

もっと話すネタはあったのだが、3時に娘が泣いてお開き。

さ、なだめて抱え込んで寝かしつけて・・・と思ったら、娘が強硬に夜泣き。もう寝ない、起きる、お茶をくれ、もう朝になった、と言い張る。

お茶を飲ませて、念のため血糖値を測り(低くなくてひと安心)、夫も巻き込んでなんとか寝かそうとするも、寝付きがいいにもほどがあるだろう>夫。アータのいびきで娘が起きてしまう。

せっかく添い寝してくれて嬉しいんだけどさ、向こうの自分の部屋で寝てください。夫を追い出す鬼妻。
※それ以上に夫を蹴飛ばしてた鬼娘>遺伝したか。いや学習か、それとも。

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娘の発症〜入退院以来ずっと抱えてきた重いものが、腹をくくるという一番底の部分を夫と共有することで消滅したように感じている。

たとえ目が見えなくなっても透析を受けることになっても娘は娘だ。

食べ物に関しても、血糖値と直結するものがどんな食べ物なのかを知ることが出来たので、カロリー制限のジレンマから少し脱け出せそうだ。

食べるということはコミュニケーションの場と密接に繋がっていて、それだけに親としてどう振舞うのが妥当なのか、ずいぶん考え込んでしまっていたカーサン。

1型糖尿病が心理的に厄介なのは、管理次第で合併症が避けられる可能性と、「それでも管理しきれない血糖値」という努力が報われない可能性とが、短期間で見ると拮抗してしまうことだと思う。

100%理想的な管理を目指せば食べることがストレスになる。この二ヶ月でそれを学んだよ。

目指すべき方向や、その方法を病院は教えてくれる。我々親ふたりはそれを頭に入れつつ、娘に幸せを教えなければいけないと思う。

わたしたちには出来なくて、病院がしてくれること。

病院には出来なくて、わたしたちには可能なこと。

・・・何書いてるのかわからなくなってきたぞ。


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