Opportunity knocks
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水曜日の10時から日本テレビで放映されている自閉症児をとりあげた番組をこのところずっと見ているのだけど、自閉症児を演じている子役の子を見ながら自閉症という障害を持つことはどういうことなのかということを考えてみた。
まず言葉でのコミュニケーションができないということ。 言葉が話せないというのは、機能的に言葉を口にできないということとは少し違う。言葉を頭の中に形作っていながら口にだせないのと、言葉自体を頭の中で形作れないととは大きく違うから。 うれしい、またはかなしい、という言葉を知っていてだせないのと、うれしい、かなしいという言葉自体をまたは感情自体を認知できないというのは本当に違いがあると思う。普通の人はうれしいとか悲しいとか不快だとか怒りみたいなものを自分の中で認知できるけれど、自閉症の人にはそれが認知できない。自分の中に入ってくる情報に偏りがあるから(全部を認知できないから)自分が今どういう状況におかれているのかがわからない。その結果不安に陥ってパニック状態になりひどいときには自傷行為をしたりする。 でも考えてみると、自分がそんな状態になったらどう思うだろうか。目が見えず耳も聞えず口も聞えず感覚もわからず、広い海の真っ只中に小船に乗せられてただよっている状態を想像すればなんとなくわかるかもしれない。自分がそんな状態だとしたらわたしたちが送っている普通の生活などできるはずがないし、それどころか大きな抱えきれないほどのストレスを持った生活を強いられることになるだろうと思う。
番組の中で、自閉症の子がひとつのパズルに固執する場面があったのだけど、見ていてなんとなく、その子がなぜそれにこだわるのかが分かる気がした。たぶんその子にとってそのパズルは、真っ暗闇の中に見える灯台の明かりのようなものなんだろうと思う。何もかも分からない中で唯一見えるもの。唯一自分が把握できるもの唯一自分が理解できるもの。もしわたしだったらそれにすがりつくだろうとおもう。それを大事に大事にするだろうと思う。そんな気持ちが少しだけ分かる気がした。 どれくらいの人があの番組をみているかわからないけれど、多くの人がみてくれたらいいと思う。そしてそういう生き方しかできない人達がいることを少しでもわかってくれたらと思う。
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