| 2006年12月10日(日) |
かの県は大魔神生誕の地にもございます(横浜ファン) |
うーあー、オンリ申し込み締め切りが近付いてきます。 はやく。はやく結論を出してしまわないと。
こんばんわ、往生際悪いですね。もえぎです。 うー、うー、ほんまどうしたものか。 東京は遠いのです。数年前までは外国くらい遠くに思えたものです。 交通手段だとか、宿の確保だとか、考えることはたくさんですが。 取り敢えず、懐と正面から向き合って相談し、討議を重ねようと思います。 こればっかりはゾハルにお願いしてもどうしようもありません。 残り時間、あと僅か。どうか早期決着を。
あいもかわらず慶次さんと上杉主従の春日山三人をぼんやり考えておりましたら。 ふと、慶次さんの台詞にひっかかるのがあったり。 ええと確か慶次さんだと思うのですよ。小十郎さんに対しての台詞で。 小十郎さんに会ったとき、『かなしいことがあったんだな』みたいに仰いませんでしたっけ。 BASARAな方々の敵心証台詞において、 最も鋭い洞察を示すのは謙信さまだと思います。 半兵衛さんに『のがれられぬときが』とか見抜かれますしね。 まあ謙信さまに関しては色々となんでもありなので、別格にしておくとしても。 謙信さまに次いで、洞察力に優れているのは慶次さんだと思うのです。 時折、びっくりするほど深くまで見通されて、目をぱちくりしてしまうのです。 そんな慶次さんが、小十郎さんに『かなしいことが』なんて仰るものですから。 一体どんなかなしいことが、と思わず考え込んでしまいました。 結果。『ああ成る程…手塩にかけて育てた野菜が霜にやられて……』 ということで落ち着きました。うわあそれはかなしいです。納得。
話が珍しく伊達軍方面に流れているので、ついでにもう一つ思い出したことを。 かなーり前の話です。わたしが戦国にはまるだなんて考えもしない頃。 丁度、日本球界再編問題で、楽天ができた辺りのこと。 わたしは内心ぶうぶう言ってたのですが、ニュースは連日加熱報道していて。 関西ローカルの番組でも特集が組まれていたのです。 コーナーをしきっているアナウンサーさんが、丁度東北がご出身とのことで。 そりゃあもういきいきとして今にも歓声を上げながら走り出しそうな喜びようで。 地元に球団が新しくできるというのは、これほどまでに喜ばしいことなのかと、 新鮮な驚きを抱かされたものです。 関西圏だと猛虎を筆頭にたくさんですから、そんなにありがたみがないのです。 あって当たり前な気がしていて。 感心しつつ受け止めておりますと。 喜色に溢れたアナウンサーさんの、はしゃぎだしそうに元気な言葉。 『これほど仙台が注目されるのは、伊達政宗公生誕以来です!!』 ぅをおおーーい!?と、なりました(笑) 先程まで心をうつろっていた驚きなど比較にならない驚愕が押し寄せてきました。 え、そんなレベルなの?既にそんなレベルの話になってるの楽天!?と、動揺。 球団一つできることが、戦国武将クラスの事件なのかと。 いやあ、あれには驚きました。 地元球団の存在って凄いものなのだと思い知らされました。 お陰でいまだに楽天を見るたび、伊達さんがちらつきます。 これで伊達さんが楽天ファンなら、わたしきっと伊達さんが好きになれると思います。
BASARAの伊達さんは、わたし少々こわがってしまって、苦手ぽくなっちゃってますが。 こんな逸話がありますよ!と教えて頂いて以来、おそるおそる近寄ろうとしています。 更に最近、『雪輪に薄』のご紋を創られた、みたいに伺いまして。 『伊達氏が創成』とあったので、政宗さんではないやもですけれど。 そうだとしても、あんなに風雅なご紋を創られたお家の方だなんて。 風流紋の傑作なのですってね。本当に綺麗。雪輪に風そよぐ薄、舞う露と…。 陣羽織だって物凄く可愛い意匠ですし、流石は伊達男さんです。 でも、本当のご紋は丸に三つ引両ですのに。 用いるご紋は仙台笹に、九曜に、雪輪に薄。 どんだけお好きじゃなかったのですか三つ引両(笑)
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