| 2005年01月08日(土) |
半年以上前のおもひでがたり |
はひゅー。明日は実家を離れて京都に戻らねば。 ほどよくだらだらできて大変有意義な年末年始でした。
こんばんわ、多少じんましん再発とかしましたけれどね。もえぎです。 なんだかんだ言いつつ知らない間にストレスためているようです。 自分のうちにいてストレスたまるなんてどーしようもないような気もします。 ……まあ二十年以上色々ためこんだツケが今きているのでしょうが。 それも含めて。今年は、のんびりゆっくり自分のペースでいかないとです。 適度にがんばるぞー。おー。
なんだか昨日の日記は新年早々(一月一桁の間は新年だと思っている) エピ2恨み言大会みたいになってしまいまして。 もしご気分を害されたお客様がいらしたら、本当に申し訳ありません。 けれどあれとてほんの一端に過ぎません。書き出したらきりのないこと。 今更どうしようもないこと。でも。書かずには思わずにはいられなかったこと……。 そしてまたひとつ、時折ふと考えては胸が凍りそうなことがあるのです。 一つの危惧。 監督は、もうそこでは自分のおもうものが作れないからと、モノリスを作ったのでしょう? おもうものが作れるように、そういうことが可能となる場。 けれど……。 もし。せっかく作ったその場でさえ、おもうものが作れなくなったら? そしたら、監督は、いったいいかがなさるのでしょう? ただそれだけが、心配で、不安で、なりません。
ですからワガママなわたしはおもいます。 監督。どうか、どうかお言葉をください。 監督の言葉でお話ください。話されてください。 そうでなければわたしは不安で不安でたまらないのです。 もし監督がお言葉をくだされば、わたしは安堵いたしますから……。
そういえば。エピ1をしているときは、そこかしこに言葉が見えました。 それらは懐かしく、快く、小さな言葉でさえ深い重みを持ち、胸に刻まれました。 だのに、エピ2の言葉はいったいどういうことだったのでしょう。 わたしはもともと町中の名もない人達の言葉とかがとても好きな性質です。 けれどエピ2ではそこかしこの一応名前のついた町の人々の言葉が嫌でたまらなかった。 かつては痛い言葉にも意義がありました。今は痛い言葉はただ痛みを与えるだけでした。 世界観全体に漂うあの軽佻さ。浮薄さ。ゼノに最も似合わないものの一つ。 それに満ち溢れた宇宙は決定的な違和感をばらまきました。 唯一、それがなかったのは、作られた庭園の作られた子供たち。 U.R.T.V.の子たちの言葉はシンプルなので、逆に良かったようです。 特に498や352が印象的で…そうじゃなければこんなに書かないですね(笑) わたしがエピ2のお話はU.R.T.V.しか書いていないのは、 この子たちしか書けないから、もしくは現実逃避と考えられます。 どうしてあんな軽薄な言葉を使おうと思われたのか。 どうしてあんな酷い言葉を他愛もなく用いようと思われたのか。 愚かなわたしにはまだその意図が理解出来ません。
エピ1プレイ中はご飯を食べる気がしませんでした。 プレイしているだけで嬉しくて、楽しくて、食欲がわかなかった。 体中の全ての欲望が、初めの叙事詩にうずもれてゆくことに向かった。 それ以外なにも要らないからと。だからおなかが空かなかった。 エピ2プレイ中はご飯を食べる気がしませんでした。 プレイをしていると、段々何かに追い立てられているような気がして。 不安で。恐ろしくて、せきたてられるがままびくびくしながら進めた。 野菜生活が唯一の栄養補給。そのまま走り続けさせられて。 クリア時には立ち尽くす体力も無く、食事を取る胃の状態さえ整っていなかった。 目眩が酷く、すぐベッドに倒れ込んだりもしました。 まずおかゆもどきを作って、それを無理矢理流し込んだものです。 数日ぶりの食事はちっともおいしくなかったです。
『かえして』と慟哭をあげることは無意味ですし、第一お門違いでしょう。 でもそのぶん。やりきれないやりばのない叫びをどうしたら良いのか。 もてあましたまま。わたしは出会ってから七年目に入ります。 今年のお誕生日こそ、ケーキを焼いて、お祝いしましょう。
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