| 2004年05月02日(日) |
あの子の髪の感触さえまだおぼえている |
明後日は紺堂嬢がお泊りに来ますー♪おでむかえおでむかえ! 雨降り明日は部屋でおとなしくブラウニーでも焼いて準備しておきましょう。
こんばんわ、学校の側の泰山木につぼみをみつけました。もえぎです。 おおきなはっぱにちいさなつぼみ。 昔の武将はあの綺麗な花びらを盃に用いたそうですね。風雅なことです。 なめらかにやわらかく、 真珠と金の粉をまぶしたような花弁は白木蓮に似た印象。 あくまでわたしの中でのイメージですが。 その香には紛うことなき水の香がします。わたしの大好きな。 記憶も色も物も雰囲気にも、好きなものには全て水の香がします。 今日の空は午後になるとご機嫌斜めで。 でもそのかわり、木々はいきいきとしていました。 鈍色の空に若葉の萌黄(笑)が映えてうつくしかったのです。 この季節のこの色がとても好き。だから自分の名前にまでしたのです。 水と、森と、土の香。たまらなくこころよいかおり。 さあ恵みを!と若々しい腕を伸ばす木々のむせかえるような芳香。 芳香と呼ぶには余りにも清らで爽やかなものですけれどね。 すきなものは、ゲームも、音楽も、小説も、みんなこの香を宿しています。 サーガのエピ2にも、この香がするでしょうか?
『こどものためのもの』 それは、下手をすると、とんでもなく嘘くさくて陳腐で信じられない文句。 ほんとうにほんとうにこころから。 そうおもって願って生み出されたものが幾つあるでしょう? ああ、それに。いくらこっちがそう考えて生み出したとしても。 本当にそれが子供に受け入れてもらえるかどうかは定かではありません。 子供の欲望も多様化し肥大化し、 彼らの手にすることが出来るものは果てなく溢れているのですから。 こちらが勝手に抱いているステレオタイプへの押し付け幻想なのやも。 いいや、お説教なんて書く気はありません。欠片だって。 ただ―― ―…子供は、六年前まで神様。 こんな考え方があるのだそうですね。 知ったとき、あ、いいな。と思い、とても好きになりました。 六年前までは神様であった子ら。 その子らに、その子らと、笑いながらお話できるような。そんな。
ちいさな消しゴムのきれっぱしがおちていた。 そうじの時間になってそれはほうきでちりとりにおっぱらわれそうになった。 ほこりにまみれざらざらな消しゴムのかけらが、ひょいとひろいあげられた。 ほうきを持ったおとこのこがいった。 『すてないのか?』 ちいさなちいさな、もう消しゴムともよべないもの。 ちいさなちいさな、てのひらがそっとやわらかにつつみこむ。 わたぼこりによごれて。砂つぶがまぎれ込んで。 消しゴムのきれっぱしをりょうてでいだいたおんなのこはにっこりわらった。 『かわいそう。』 ほうきを持ったおとこのこはわらった。 『ゴミなのに!』 それでも、おんなのこはにっこりわらっていた。 てを、ほこりまみれにしながら。
―…わたしはちいさなあの子に書いてやりたいだけなのかもしれない。 消しゴムを『かわいそう』だと拾い上げた、ちいさな、あの子に。 だとしたらそれはもう子供のためのものではない。 ことばはどこへゆくのだろう。
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