| 2002年04月10日(水) |
たけのこ見るたび思い出す |
田舎に住んでいると、旬のものを食べる機会が多い。近所の畑でつくっている野菜や、近くの港におろされたばかりの魚貝類たち。1年で一番美味しい時期に食べることができる。それも、知り合いが何かの機会に譲ってくれる事が多く、こういうものは本当に嬉しい。田舎暮らしの良いところだ。 ただ、一つ悲しいのは、近所の知り合いというのは似たようなものが手に入りやすいので、同じ時期に同じものを大量にもらうことだ。 長持ちするようなものなら困らない。栗とかイモとか干物とか、少しおくことができるものならとっておけばいいのだ。 しかし、困るのはそれ程長くおけないものだ。 この時期にもらうもので考えてしまうのは『たけのこ』である。
私が住んでいるところより少し奥の方はたけのこがとれる。もちろん収穫という意味のとれるであり、盗むという意味のとれるではない。そして、父の知人の何人かは竹林を所持している。彼らは口々に言う。 「たけのこはとりたてをすぐに茹でないと美味しくないんだ」 美味しい実物を手に持って。 いただきもののたけのこは、母の手により朝と夕方のおかずに変わる。たけのこ料理のレパートリーなど知れたもので、煮付けるか炒めるか味噌汁に入れるか、あとは刺身にして食べるくらいなものである。それがほぼ毎日、半月ばかりも続けばありがたみというものはなくなる。それでも 「これ、今年最後のたけのこだから」 「いっかい(大きい)のがとれたから、ぜひ親父さんに」 と、笑顔で渡されると断ることはできない。 そして、その日もまた、たけのこ料理が並ぶのである。
半分飽き飽きしていた時のことだ。 私がたけのこを受け取ったときに聞かれた。
「ボウズはたけのこが好きか?」
もらったものを手に「嫌いです」と答えられるほど神経は太くなく、 「はい。とくに先の軟らかいところが好きです」 そう答えた。もしかしたら、大きなたけのこが小さくなるかもしれないと思って。
「そうか。でもな、男だったら竹のように硬いとこが好きにならんとダメだぞ」
どんな理念があってそういうのかは知らないが、食べ物の好き嫌いには男女はない気がする。それほど硬いところが好きなのならと、 「そういえば、竹を食べる方法を知ってます? 強火で1日煮て、虎の脂を入れると美味しく食べられますよ」 そう言ってしまった。
当時、図書館から借りた本に書いてあったとんち話で、いろりの火をもケチる老婆に寒かった主人公が暖をとるために使った話だ。 私は「そんなことあるかよ」とか、「虎の脂なんてどこにあるんだ」とか突っ込まれるのを覚悟で言ったのだ。
「じゃあ、今度ためしてみるよ」
そう言って背を向けた。 ちょっと待て。真に受けないでくれ。
もしかすると漢方薬店に行けば『虎の脂』とやらは売っているのかもしれない。今の世の中なら大きなスーパーに売っているかもしれない。 『虎の脂』を見つけ出し、強火で竹をゆでたあとにたっぷりと入れ、その竹をわが家に持ってくるかもしれない。「息子さんに教わってつくってみたんです」笑顔で差し出す。断りきれずに受け取る。そして夕飯に竹をぼりぼりと食べる我が家。 ダメだ。想像してしまった。 私はすぐに呼び止めて、
「今の冗談だから」
言わずに入られなかった。
このとき実感した。 善意と素でボケる人。 これには勝てないことを。
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