
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2006年07月14日(金) ■ |
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| いついつまでも君の心の中で。 |
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いつものお持ち帰りを特大のコンビニ袋でパンパンに二つ、今あるものから消化すると言ったくせに 性懲りも無く又買った古本の一式、生活飲料水たるリンゴジュース三リットル。 これだけ持っていると新聞を取りに行く事さえも最早億劫でサボってみた訳ですが、 それから半日以上して存在をすっかり忘れていながら、ようやく取りに行こうと思い立った夜の始め。 久々に飛び出た空間は、嘗てこよなく愛した境目、夕方が終わったばかりの真新しい夜。 むわっとする空気はあまり好きではなくて、ただそれが家を冷やし過ぎているからだと思い至ると もう少し冷房を下げようかなんて反省もあって、靴下を脱いだ素足にサンダルで階段を下りると カラコロ踵の音が響く。最初はエレベーターでも使おうかと思ったけれど、最近には珍しく 着の身着のまま猫毛だらけのTシャツに明らかに寝巻きのズボン。カチューシャで掻きあげた前髪。 前はよくその恰好でマンション内なら出歩いていたのに何だか不意に気恥ずかしくなって、 ボタンも押さずに上がってくる誰かの為のエレベーターを無視して、若しそのままエレベーターに 乗っていたら気付きもしなかった、昔は一日一回決まりでも無いのに欠かさず見ていた、空。 今だって全く眺めない訳では無いし寧ろ外気と接する時間は多くなったのに自転車で浴びる風が 心地良くて、前を向いていれば視界に入る程度の風景に満足していた。 深夜のコンビニ、たまに車が通り過ぎる道路、オレンジ色の光が落ちたあの空間を、 今はもう片時も見る事を望みはしなくて、覚えてすらいなくて、思い出したのに行きもしなかった。 一番の原因は鍵を持っていなかったと言う致命的理由だけれど、出歩きたい衝動とかが ある訳でもないのだけれど、そうしなくても住む毎日に、それを思い描かない毎日に、 朝起きて昼間に活動する普通に、なんだか慣れきって、寂しくて、いやで、疲れた気がする。 言う程の何かをした訳でもしている訳でも無くつまりこれは自分のきらいな甘えの範疇に入る くっだらない戯言だけれども、あの日のリズムは狂って跡形も無い。今は、今の時間が流れてる。 ビルの明かりが強くて夜なのに全然暗くなくって、ちかちか小まめに飛行機の位置を教える信号も もう本当に今は何一つ目に入れず生活しているのは、矢張り変わった証拠なのだろう。 さみしい。好きだった風景を簡単に忘れ去れる事。懐かしいと、思い返してしまう事。 太陽が照っていても青空が広がっていても感動も満たされる事も無い天邪鬼な心が、 星が瞬くには早いせいなのかそれともありがちな今の空ではあんまり星が見えない現象なのか、 ただ暗いだけの、色素が変わっただけの、空を見てこんなにも何かを感じるなんて。 今に満足している。食うに困らず、飽きる事も無く、誰にせっつかれたりどやされたりする事も無く、 趣味を謳歌し好きなだけ好きなように振舞えて、慢性的な飽きを感じるのはいつもの事。 だけどジャージやみすぼらしい如何にも部屋着を着たままうろつく事も今では無いんだ。 赤と青が混じる空や赤と黒が混じる空や黒一色やそれに灰色が混じってきて明るくなる 嘗てあんなにも好きだった色彩を、今では全く感じる事も無く、生きているんだ。 たったそれだけの事と引き換えに夏は寒く冬は暑い明るい店の中を捨てるなんてしないけれど、 たったそれだけの事と引き換えに何かを手に入れたとも失ったとも思う程何も持ってはいないけれど、 たったそれだけの事と引き換えに、自分は何かをしたのだろうか。変わったとでも、言えるのだろうか。 さみしい。そんな表現自体に嫌気を感じる。だけど多分これが適切なんだ。だって湧き上がってくる。 さみしい。さみしい。さみしい。当たり前にあった時間が、自分の背景であった空が、 今ではもうまるで違い、一時も触れる事無く考える事も無く過ぎ去る当たり前の、事が。 そういうものに焦がれたり、そもそも発言している自体、子供の頃を忘れた無味乾燥な大人みたい。 何処にもそんな要素なんて持ち合わせちゃいないってのに、感傷に耽っているような臭さが いやだなって事はつまり否定しているのか受け入れているからこそなのか。 真人間と言う程の生活はしていなくて相変わらず寧ろ助長された自堕落だけど、 なんだか違うんだ。少しの責任も少しの生産性も持ち合わせていない頃に帰りたいだなんてそんな、 罰当たりな事を言えばそれこそ今のバイトとか暮らしを否定している事に繋がるし、否定はきらいだ。 だけどそんなこれっぽちと言われるものを再び手にする為だったら、そこまで強く思えるのなら、 どうなったっていいと思う、思うけれど高がそんな如きでと思う素直で無いだけかもしれない それでも確かな感情がある以上、憧れであっても、愛情じゃないんだ。強く欲する、欲望ではない。 だったら何故馬鹿みたいに階段の踊り場に立ち尽くしていたんだろう。あの時間。 無駄に感じる立ちんぼ、振り返ったあの日ってのは一体いつの事なんだろう。具体的ではない。 少しだけ、本来多くに流れ多種多様に違えども似通っている日常のレールにこれでも戻ったといえる、 そんな少しだけ普通の自分が、いやだ。いつまでも奇抜でいたいとか、馬鹿やって目立ちたいとか、 欠片も考えた事も無いしやった事も無い、のに。そんなんじゃないのに。なんかいやだ。 世捨て人でいたい訳でも無い。大体そんな、一瞬があった訳でも無い。でも、なんかいやだ。 さみしい。なぁ。やっぱりそれが適切なんだと考えるとそれもいやでいやでたまらない。 締め付けられるような込み上げてくるような一般的には恋って言われる現象にもよく似ている。 さみしいなぁ。うん。さみしいんだ。誰に対して、何に対して、では無く、漠然と。 せめて指定するならば、目を向ける時には必然に近い確率で傍にいた、相棒。 仲良くなんてないけれど、笑ったりしたくなるような、時間も、空も、今は傍に、無いのだと。 嗚呼。あんまり言っているとそろそろいやになってきたと言う自分をよく知るからこその原理を用いて、 もうさみしいなんて言いたかないし違うと思う。近いけど、そうじゃない。 さようなら。またいつか。逢える日があるなら。何に逢いたいのか判らないけれど。 さようなら。見上げればいつだって共にあった、交じり合う仲間外れの空よ。 中間で、はみ出しちゃいないけれど、多くの人が思い浮かべる、ものに変わる為の、準備段階。 青空とも夕暮れとも宵闇とも名付けられない、混沌とした、不純物よ。さようなら。
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