原初

羅列 回帰



―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年07月04日(火)
ほんのちょっとだけ、ほんのちょっとの事。


時期的には、少し前の事。何故って、今はもう結論に甘んじているから。
だけど勿論何処にも正解が無いものである以上簡単な事でそれらはぐらつくのだ。
此処暫くスレイヤーズ関連の更新はありません。いやそりゃ絞ってるってのもありますが。
主軸に置きたいキャラクターは、どう見ても本編のそれとは似つかわしくない。
既にそういった指摘を受ける方がいらしたので、その飛び火が自分にまで及ぶ事は無かったけれど。
自分が好きなものを自分の好きなようにして何が悪いと、そこまで横暴でも無いけれど、
基本的な観念といえばそこに帰るので、やっぱり多少そう考えていたのだろう。
だからこそ、悩む姿がわからなかった。湧き出るものがその形ならば、それでいいじゃないかと。
あくまでそれは人様の事なので、もう少し自分に問題を置き換えて、最近は考える。
成る程確かに、自分はアニメしか見ていないけれど、その中には今の自分が画くような
姫の姿なんてのは欠片も存在しない。弁護を偏って要素ぐらいはあったのだとしても。
それでは何故、今自分はその姫の姿に到っているのか? 過程には、意味が無いともいう。
結果が全てでも過程が大事でも無い人なので、どっちでもいいとも言えるし、どっちもすきとも。
所詮すきとかきらいとか、そんなものに尽きてしまうのか。いいや、尽きてしまえるのだ。
色んなもので世界を二つに分けるならば的台詞はあるけれど、そのどれも面白いと思う。
そしてそのどれも、正解では無いと思う。但し不正解でも、きっと無いのだ。
己に没頭し判らなくなるならば、別のものを借りて例と建ててみよう。
今のそういう業界を象徴しているとも言える女性向け。その市場。とっても人気。とっても盛ん。
でも本来そういう目的で描かれた物語より、普通の少年誌に載る話で、それらは花咲いている。
ある程度それを見込んでそういったキャラ建てをしている人もいるのかもしれない。
それが当たり前の事なのかもしれない。が、全てが全て、全員とはとてもいえない。
それでも主人公と敵対するキャラやライバルや逆に取り分け仲のいい同性。
それらは悉くくっ付くし、ただの一読者では何故そうなるのか判らないところでだって展開する。
ヒロインがいようがいまいが、至上主義と掲げていようが退廃的であろうが、
同情や肉体だけの楽しみ、快楽、苛め抜く喜び。心での繋がり。一番の愛情。色々ある。
しかしそれがオールマイティとは言えない。多くの同じ趣向を持つ人がいようと、
多分同じくらいそれとは相反する好みを持つ人がいて、嫌悪を覚える人もいると言う。
心酔しても毛嫌いしてもいないので、そのどちらの自分には判る事は出来ないけれど、
その目的で描かれているにせよ全くそんな考えが無いにせよ、ボーイズラブは存在する。
最後にはめでたく結婚する人が決まっているとしても、そこに愛を傾ける事が一切いけないとも
又終わりであるとも、誰も言わないし考えていない。いや、いるのだろうけれど、それって野暮。
その話を読んで、誰かがこうなんじゃないかと想像して、喚起されて、楽しみの一つになる。
ではカプリングがそれでよくて、何故性格ではいけないのだろうか。仮説から本題に戻り。
スレイヤーズのアメリアといえば、セイルーンという国の王女で、父親にとても愛されていて、
同じように彼女も父を国をその思想を愛し、常に正義を心に掲げている、元気で無鉄砲な娘。
一見して受け取れる情報も、勿論全てであるし、勿論ただのちっぽけでしかない。一面。
そこに到る動機として、悪に引き裂かれた心があるからか。それとも自らが本当は悪であり、
或いはそう思っている、だからこそ憧れるコンプレックス。何故そう考える事は、いけないのだろうか。
正義を愛するものは等しく、正義の魂で無いといけないのだろうか。絡まるような複雑な心、
誰も単純だけでは生きてはゆけないのに。相反する気持ちがあって、それを抑えて、理性と呼ぶのに。
話を見る限り、明らかに彼女は処女だといえる。恥じらいを持って、夢も憧れもあるかもしれない。
本当に好きな人としか身を委ねないような。そして始めて結ばれた人と永遠に添い遂げるような。
が、誰もそうだとは言っていない。勿論いちいち本文や況して公共の電波に乗せて
そんな情報を届ける理由は無いし、行動を見ているだけで読み取れる事なのだから。
しかし事実なんて理解らない。悪女だったかもしれないし、手玉に取っていたのかもしれないし、
過去に酷い経験を持っていて、だからこそより一層純愛を信じるような純情になったのかもしれないし、
好奇心どころか性欲だって旺盛かもしれない。誰彼構わず誘ったりするかもしれない。
到る動機付けが己の中で納得出来るような、確固たるもので無くとも、それも面白いと思えば、
それだって一つの選択肢。情報を受け取り解読した、人の答えだ。
人間がきらいだからすきになろうと努力しているのかもしれないし、逆にだからこそ博愛主義者を
ひけらかせて愉快なのかもしれない。そう取れないとは、誰も断言出来ない。
捻じ曲がった解釈をされれば、傷付く人もいるのだろう。そして賛同する人もまた、いるのだ。
であるならば、誰も誰かの考えを否定する事なんて出来ないし、子供染みた罵倒をされて、
落ち込む方が愚かなんじゃないだろうか。全てを意に介さず丸無視という人も凄いけれど、
あくまで断っておきますが別に誰が誰に罵倒された訳でも無視している訳でも無いんですよ。
しかしそういった事が無いとはいえない。ただ私や誰かが知らないだけなのかもしれない。
この先もあり得ないとはいえない。この事で、それとも全然別の問題で。
独り善がりで誰かを苦しめるのならば加害者被害者どちらも愚かだし、振り回されるなら
全てが馬鹿げていて、だけどそういったものに誰しもが縛られている、だから生きている。
おかしい。ありえない。間違った解釈。どれも結構。十人十色と言う、言葉があるのだから。
逆に誰にも愛されないなんて筈は無く、少なくとも自分はそれを描いているのだからして。
私の姫は、私の姫だ。それが全てであって、それだけでしかないのだ。なんて、これっぽっち。


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