doo-bop days
ブーツィラの音楽雑記



 「自衛隊音楽まつり MARCHING FESTIVAL 2006」

11/18(土)に日本武道館で「自衛隊音楽まつり MARCHING FESTIVAL 2006」(2日目の第2部)を観る。
出演は陸・海・空の自衛隊音楽隊と女性自衛官演技隊、防衛大学校儀仗隊などの他、ゲスト・バンドとしてインド陸軍軍楽隊、在日米陸軍軍楽隊、米国海軍第7艦隊軍楽隊、在沖海兵隊音楽隊。
自衛隊の各音楽隊が一堂に会し、総力を挙げて取り組む年に一度のフェスティヴァルである。

自衛隊の音楽隊による演奏会は初めて観たが、褒め言葉しか出てこない。自衛隊音楽隊の技量の高い演奏はもちろんのこと、客席のあちこちで感嘆の声と拍手が上がったドリル(演奏しながら隊列をいろいろな形に変化させつつ行進する演技)は、視覚的にも見応えがある。自衛隊ならではの統制と調和がとれたもので、キビキビとした動作は気持ち良い。もちろん、独裁国家の軍事パレードやマスゲームのような異様さは欠けらもない。
オープニングは観客も起立しての「君が代」斉唱(歌い手なしの演奏のみ)。「君が代」の生演奏を聴くのは何十年ぶりだろうか。近年テレビで聴くに堪えない「君が代」独唱を唐突に聴かされることが何度かあったが、それとはまったく次元の異なる“本物”を聴かせてもらった。

1時間45分のプログラムは、どれも無駄のないスピーディーな展開で進行し、パフォーマンスは演出および計算し尽くされた“魅せるもの”となっている。防衛大学校儀仗隊によるファンシードリルも見所の一つだが、白眉は、総勢220名が一糸乱れずに和太鼓を叩いた「自衛太鼓」だろう。5分くらいのパフォーマンスだったと思うが、太鼓の響きは3階席の私の体全体に直接伝わるほどの力強さ。日本の風土、大地に根ざした土着的な響きで、大和民族としての私のDNAをも刺激するかのようだった。
オーロラヴィジョンや曲間のナレーションでは、国内外で任務にあたる自衛隊の宣伝が当然ながら挿入される。だが、「自衛隊音楽まつり」は単なるPRイベントとは一線を画す本格的な演奏会で、グレードもかなり高い。幅広い年代の方々、マーチング・バンドにあまり関心のない方が観ても楽しめるフェスティヴァルであった。

ところで、私が日本武道館に着いたのは開演の30分くらい前の17:30頃。観客の大半は自衛隊員の家族と知人、関係者が占めるイベントだと思い込み、客入りは少ないだろうと高を括っていたのだが、会場の入り口付近には長い列がいくつもあって焦る。
入場するため一番人の少なそうな列に並び、手荷物検査を受けるが、その厳重さに驚いた。バッグなどの持ち物は完全に手放したうえで調べられるし、ペットボトルなどの飲食物の持ち込みはダメ。手荷物検査を遠巻きに監視している屈強な男性も何人かいる。空港にある金属探知機のような物まであった。
会場に入ると、すでに8〜9割の席が埋まっており、こちらもビックリ。止むなく3階席の端の方で観るはめとなった。自衛隊の関係者でない一般の観客が1階の正面席を確保するには、何時間も前に会場に着いて並んでないと無理かもしれない。

「自衛隊音楽まつり」の入場チケットは無料である。私の場合はネットで申し込み、抽選で当たった。1枚の入場チケット(はがき)で2名まで入場できる。入場チケットを申し込んだ理由は、陸上自衛隊中央音楽隊のCD『伊福部昭 吹奏楽作品集』(2005年)を聴き、自衛隊音楽隊による演奏会をぜひ観たいと思い続けていたため。入場チケットはプレミア物で、何十倍という競争率らしいのは、演奏会が終わってから知った。
ちなみに、「自衛隊音楽まつり」では、演奏中におけるデジカメでの撮影は黙認しているようだ(フラッシュ撮影は厳禁)。こちらも演奏会が終わってから知った。

陸・海・空自衛隊合同コンサートが、2007年3月11日(日)にサントリーホールで行われる予定(『陸上自衛隊 JGSDF』「What's New」12月11日付などより)。入場無料。応募要領は2007年1月9日(火)に発表される。
“観て楽しむ”自衛隊音楽まつりとは違い、“聴いて楽しむ”コンサート形式の演奏会とのこと。こちらもぜひ観に行きたい。

「未来をひらく情熱」テーマに自衛隊音楽まつり(『自衛隊ニュース』2006年12月1日)
自衛隊音楽まつり『陸上自衛隊 JGSDF』, 同トップページ「ギャラリー」の「動画集」「自衛隊音楽集」では、視聴&試聴が出来る)
自衛隊音楽隊の情報サイト







2006年11月18日(土)



 「阿寒のアイヌの歌と踊り」

「アイヌの歌謡は、生活に楽しみを増すためといった余裕のあるものではなく、もっと切実な、生きるために善神に救いを求め、生命をおびやかす魔神を威嚇して追いはらうための、絶対絶命の叫び声から発生したものである」(詩人・更科源蔵, 北海道中川郡「本別町史 概要」より)

第2部の終わりの方で披露された「エムシ リムセ」(刀の踊り)では、阿寒のアイヌ民族の女性たちによる祈るような歌と手拍子が繰り返されるなか、アイヌの男性2人が魔を祓う(はらう)ための刀を振りかざし、掛け声を発しながら勇ましく踊る。アイヌ民族の古式舞踊は「神への踊り」である(『アイヌ民族博物館』「アイヌ文化入門」の12「神への踊り 1〜4」参照)。本来見世物ではないが、観せてもらう側にとって「エムシ リムセ」(刀の踊り)は見所の一つだろう。更科源蔵による前掲の説の具体例としても挙げられるかもしれない。

11/16(木)に東京・代々木上原のけやきホール(古賀政男音楽博物館・JASRACビル)で「阿寒のアイヌの歌と踊り」を観る。東京音楽大学付属民族音楽研究所主催の公開講座(入場無料)として行われ、出演したのは阿寒口琴の会の皆さん(代表: 弟子シギ子さん)。阿寒のアイヌ民族に伝わる古式舞踊を中心に、ウコウク(本公開講座のパンフレットによると「座り歌」、一般的には「輪唱」の意)、アイヌ民族の口琴であるムックリの演奏、樺太アイヌの弦楽器・トンコリの演奏を、第1部と2部合わせて約1時間40分披露してくれた。

第1部の始めの方では、阿寒のアイヌ民族に伝わるウコウク(「座り歌」)が7曲歌われた。10名の女性が2つに分かれ、シントコ(和人との交易で得た漆塗りの容器, アイヌにとって大変高価な宝物)のふたを囲み、輪になって座る。シントコのふたを片手で軽く叩いて拍子をとりながら、どの座り歌も輪唱で歌う。阿寒口琴の会の床 明さんが、座り歌の始まる前にそれぞれの歌の解説をしてくれるので、聴かせてもらう方としては歌の意味をつかんだうえで聴ける。
歌われたのは、山の神様である熊が暖かい毛皮とおいしいお肉を持って山から下りてきたと歌う「カラカラ」、(かもめの鳴き声の反復を挿入しながら)子を育てる親心を歌う「エアウオ」(「カピウ ウポポ」)など、どれもゆったりとしたリズムと素朴な旋律の繰り返しのあるもので、聴いていると心が自然と和むような歌ばかりだ。
これら7曲の座り歌は、弟子(てし)シギ子さん、床みどりさん、山本栄子さん(3人とも阿寒口琴の会)他が参加したCD『Mukkuri Hawehe − ムックリの響き:アイヌ民族の口琴と歌』(2001年, 日本口琴協会)にすべて収録されているが、十勝・帯広地方のアイヌの歌を伝承する安東ウメ子さんの作品では聴けない。アイヌ民族に伝わる歌(とその歌詞、意味、旋律、節回しなど)は、地方によって異なるものが多い好例だろう。

阿寒口琴の会は、1992年に弟子シギ子さん、床みどりさん、山本栄子さんの3人が中心となって発足した会で、世界口琴大会に何度も出演するなど幅広く活動している。今回ステージに登場したのは、前記3人を含む19歳から70代までの11名(うち男性2名)。さらに床 明さん・みどりさん夫妻の娘で、トンコリ奏者のOKIや安東ウメ子さんの作品への参加などで知られるアイヌの歌い手・床 絵美(旧姓、東京在住)も特別に参加した。
質問コーナーでの床 みどりさんの回答によると、阿寒のアイヌの踊りは普段の生活のなかで受け継がれているものなので、踊りを練習することは特にないが、特別な催しがある時は皆で集まり、週に2〜3回練習することがあるという。
阿寒口琴の会の皆さんの民族衣装は、同じ地域なので似通っているのではと思いきや、デザインや色合いなどどれも随分違う。地域や集落によって歌い方が決まっているアイヌの歌とは対照的だ。

印象的だった踊りは、鶴の親が子に飛び方を教えて一緒に飛び立つまでを、アイヌの民族衣装を鶴のように羽ばたかせて踊る「サロルン リムセ」(鶴の舞い)、キツネが尾を振りながら跳ね回っている様子を模した「チロンヌプ リムセ」(きつねの踊り)、松の木が風に揺れている様を、アイヌの女性たちが長い黒髪を大きく揺らして踊る「フッタレチュイ」、お盆を交互に投げ合い、落とすか取られた方が負けという遊戯性の高い踊り「ヘクリサラリ」(盆の取り合いの踊り, 物を大事に扱うという意味もある)など。観客の反応が一番良かったのは、ユーモラスな娯楽踊りの「シネオッカイ トゥンメノコ」(色男の踊り)。仲の良い2人の女が1人の色男をめぐり、最後には取っ組み合いの喧嘩になる滑稽な様が、実際に女性2人・男性1人によって演じられ、会場は笑いに包まれた。

「阿寒のアイヌの歌と踊り」の主催である東京音楽大学付属民族音楽研究所は、東京音楽大学学長であった伊福部 昭先生によって「1975年」(本公開講座のパンフレットより)に創設された。伊福部先生は同研究所の所長、のち名誉所長に就任。アイヌ音楽の研究は、同研究所の開設以来、最優先課題として採り上げてきたという。過去にアイヌ民族の公開講座で招いた方は、1994年7月に安東ウメ子さん(と帯広カムイトウウポポ保存会?)、1999年に萱野 茂さんなど。2002年には「千歳アイヌの歌と踊り」が催されている。

「阿寒のアイヌの歌と踊り」は、アイヌ民族の踊りがたくさん観られる数少ない機会であるとともに、かなり充実した内容の公開講座であった。10/21(土)に観に行った「アイヌ文化フェスティヴァル 2006」での不満(アイヌ民族の古式舞踊は数曲しか披露されなかった)を払拭できたと思う。
ムックリは、技巧を凝らした演奏を6人の女性が聴かせてくれたものの、遂に生で聴けると期待していたムックリの名手・弟子シギ子さんのムックリは聴けなかった。エンディングの挨拶の場に唯一人出て来なかったので(最後に花束を受け取るため、ほんの少し登場した)、体調が芳しくなかったのだろうか。あるいは、床みどりさんのムックリも聴けなかったことから、後輩に演奏発表の場を譲ったのかもしれない。いずれにせよ、非常に残念であった。
節回しが難しいとされるアイヌの歌の、フチ(アイヌ民族の女性の古老)から若い世代への伝承は、阿寒口琴の会に限らず、アイヌのどの保存会にとっても差し迫った課題と思われる。

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「阿寒のアイヌの歌と踊り」

2006年11月16日(木)18:30開演
会場: けやきホール(古賀政男音楽博物館・JASRACビル)
出演: 阿寒口琴の会
主催: 東京音楽大学付属民族音楽研究所
助成: 財団法人 アイヌ文化振興・研究推進機構

【プログラム】
第1部
1.「トノト ソロパ」(酒こしの踊り)
2.ウコウク(本公開講座のパンフレットによると「座り歌」、一般的には「輪唱」の意)
 -1)「イカムッカサンケー」
 -2)「イタサンカタ」
 -3)「カラカラ」
 -4)「ウララシュエ」
 -5)「アーラフンヤー」
 -6)「サァーオィ」
 -7)「エアウオ」(「カピウ ウポポ」)
3.「ク リムセ」(弓の舞い)
4.ムックリ演奏1 − 女性3人がそれぞれ演奏
5.「サロルン リムセ」(鶴の舞い)
6.「ヘクリサラリ」(盆の取り合いの踊り)
7.「シネオッカイ トゥンメノコ」(色男の踊り)

【15分の休憩】

第2部
1.トンコリ演奏 − 女性5人による合奏で3曲演奏
 -1)「スマリ プー コ サン」(樺太アイヌのトンコリ奏者・西平ウメさん[1901-1977]による樺太アイヌの伝承曲「Sumari Puu Ko San」, 狐が山から下りて来て、蔵の中の食料を漁る)
 -2)「エトフカ マー イレッテ」(カラスの水浴び, 樺太アイヌの伝承曲で、OKIのCD『TONKORI』収録)
 -3)「トー キト ラン ラン」(樺太アイヌの伝承曲で、OKIのCD『TONKORI』収録)
2.「チロンヌプ リムセ」(きつねの踊り)
3.「シッチョチョイ」(種まきの踊り)
4.「ヘリカンホ」(「ヘレカン ホー」) 祭事などにおいて興にのった頃、踊りの輪に座っている人を入れ、一人ずつ順番に得意な踊りを出し合いながら、皆で踊りを競い楽しむ踊り。歌詞は囃子言葉。
5.ムックリ演奏2 − 女性3人がそれぞれ演奏(床 絵美も奏でる)
6.「フッタレチュイ」(松の木が風に揺れる踊り)
7.「エムシ リムセ」(刀の踊り)
8.「エッサー ホーホー」(輪踊り、踊り比べ) 踊りを競い合い、誰かが倒れるまで皆で踊る輪踊り。祭事の終わりに皆で楽しむ踊りでもある。観客が大勢参加して踊った。
9.質問コーナー

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【アイヌ民族の古式舞踊の動画】
阿寒湖アイヌコタンの劇場「オンネチセ」(アイヌ語で「古い家」)で撮影された「AINU 古式の舞 7分42秒」『yagiq』「ストリーミング映画館」における「yagiq のビデオ代表作品 2005年」より)
「神々とともに  帯広カムイトウウポポ保存会の歌と踊り」(ダイジェスト3分/本編45分, 『地域文化資産ポータル』「北海道/帯広市」)

2006年11月16日(木)



 高橋竹山、三味線との一人旅

5枚組CD『復元 幻の「長時間レコード」山城少掾 大正・昭和の文楽を聞く』が、10/28に紀伊國屋書店から発売された。
【演奏者】浄瑠璃 二世 豊竹古靱太夫(のちの山城少掾、当時49〜50歳)/ 三味線 四世 鶴澤清六(当時38〜39歳)
【製作年代】大正15年〜昭和2年発売
【価格】12,000円

何日か前に『TOWER.JP』でチェックしたところ、本作が20パーセント引きで売っていた。2割引きなら今月下旬辺りに購入しようと思っていたのだが、本日(11/10)『TOWER.JP』で改めてチェックしたら、「販売していません」との表示。今さら定価で『Amazon.co.jp』などで買うのも損した気がするし、購入は当分先となりそう。

「つらいことは忘れない。楽しいことは忘れるものですよ」

ボサマ(坊様, 盲目の男性の門付け芸人)のホイト(乞食)芸から出発した津軽三味線の名人・高橋竹山(1910−98)は、事あるごとに門付け(旅において家を一軒一軒まわり、門の前で三味線芸を見てもらい、報酬として米やお金を貰う)のつらさを語っている。

17歳から始めた門付けは、生まれ故郷の(青森県東津軽郡中平内村字)小湊から始めたのですかとの鈴木健二の質問に、「小湊だけは歩きません。17、18の若者で外見を気にする年頃なのに、『竹山、袋下げて米やお金をもらって歩いているわ』と笑われ、恥ずかしいだけ。【ここで鈴木健二が失礼にも笑い、冗談のつもりか「お国土産」とも言う】 そんなもんじゃありませんよ。香水の匂いのする年頃の娘さんがいる家に門付けに行き、(物乞い芸で得た物を入れる)袋下げてお金もらうんですから。あんたら今聞けば面白いとか可笑しいって笑うかもしれませんが、そういう身になってごらんなさい。どんなに話をしたって分かりませんよ。並大抵のものじゃない。つらいものですよ」

11/4(土)AM11:40〜11:50にNHK総合テレビで放映された『NHK映像ファイル あの人に会いたい 「高橋竹山」』を偶然にも途中から見る。NHKが所有するいくつかの映像を編集して構成されたこの番組では、『気くばりのすすめ』の著者で、元NHKアナウンサーの鈴木健二への受け応えが特に印象的だった。
この高橋竹山を囲んでのインタビュー映像は、DVD『高橋竹山その人生 音は枯野をかけ廻り』&『高橋竹山独り語り 三味線は津軽の匂い』(共に2001年発売)にも一部収録されているが、鈴木健二の映像と発言&失礼な笑いはカットされている。

2006年11月10日(金)
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