doo-bop days
ブーツィラの音楽雑記



 トップページに掲載した作品 Vol. 18

トルコのスーフィー(イスラム神秘主義)音楽家で、ネイ(葦笛)奏者/エレクトロニック系プロデューサー/DJ、メルジャン・デデの『BREATH』(5/21発売の直輸入盤, 10月に初来日公演, 試聴
アブドゥライ・ジャバテ(p)、ジェリ・ムサ・ジャワラ(32弦仕様コラ奏者)、ムサ・シソコ(per)からなるKORA JAZZ TRIOの『PART TWO』(4/23発売の直輸入盤, 試聴
DVD『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』 (マーティン・スコセッシ監督作品, 6/23発売, 初回限定特別仕様)
ムーディーマンのベスト盤MIX CD『Moodymann Collection』Mahogani Musicから6/29発売のUS盤, disk union, 試聴

サブマージ軍団(Galaxy 2 Galaxy, Los Hermanos, Electrofunk feat. Mr.De')のDVD『Submerge Live In Japan - Metamorphose presents Submerge Tour 2005.02.13 at Liquidroom』(6/30発売の日本盤, CDの試聴, Gerald Mitchellインタビュー
ローランド・カークのDVD『In Europe 1962-1967 With Tete Montoliu』6/25発売のEU盤, All Regions, 約75分, Impro-Jazzレーベル)
トンコリ奏者・OKI『Dub Ainu Deluxe』(7/16発売の日本盤, 試聴
“幻のヒュー・トレイシー・レコーディング・シリーズ 〜 50年代アフリカの音”『ケニア、歌と弦楽の響き、1950&1952 − Kenyan Songs and Strings 1950&1952』(7/16発売の直輸入盤, フィールド録音, SWP Records

ハイパー箏奏者・八木美知依(electroacoustic 21-and 17-string kotos)/ インゲブリグト・ホーケル・フラーテン(contrabass, electronics)/ ポール・ニルセン・ラヴ(drums)の3人による2005年4月の西麻布でのライヴを収録した『Live! at SuperDeluxe』(7/23発売の日本盤, ボンバ・レコード)
マイク・パットン(voice)、トレヴァー・ダン(b)、ジョーイ・バロン(ds)を擁する、ジョン・ゾーン(conceived, composed, arranged&conducted)の新プロジェクト作『Moonchild』(5/23発売のUS盤, 試聴
パキスタンのイスラム宗教音楽カッワーリーの巨人、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの後継者の一人、ファイズ・アリ・ファイズの来日記念盤『わが師ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン − L'amour De Toi Me Fait Danser − Your Love Makes Me Dance』(7/9発売の直輸入盤, 2004年発表のライヴ盤, 試聴
“キューバ音楽の巨人”で盲目のトレース奏者、アルセニオ・ロドリゲス(1911−70)の『ビバ・アルセニオ! − Viva Arsenio! / Arsenio Rodriguez & The Afro-Cubano Sound Of Now!』(7/19発売の日本盤, 1967年発表, 世界初CD化, 試聴

2006年08月04日(金)



 箏演奏家・八木美知依インタビュー

私が今最も期待している音楽家の一人、箏奏者・八木美知依のインタビュー記事(7/6付)に遅まきながら気付く。

7/23には、アトミックのリズム隊であるインゲブリグト・ホーケル・フラーテン&ポール・ニルセン・ラヴとのトリオでのライヴ盤『Live! at SuperDeluxe』がボンバ・レコードから発売されたばかりだが、インタビュー記事によると、「2006年7月から来年にかけて3〜4枚のCDがリリースされる予定」とのこと。

八木美知依には、『Seventeen』(2005年, 試聴)は通過点でしかなかったと思えるような新作の発表を期待している。

点と線をつなぐ独創的な箏の世界 箏演奏家・八木美知依(『Performing Arts Network Japan』2006.7.6)

2006年07月29日(土)



 ウメ子フチから学んだ民族の心〜けうとぅむ〜 / 小助川 勝義

「安東ウメ子フチ(アイヌ民族の女性の古老に対する敬称)は、アイヌ文化の素晴らしい伝承者です。この方のレベルの人はいません。歌やムックリ(アイヌ民族の口琴)だけではないんです」

7/21(金)に東京・八重洲のアイヌ文化交流センターで行われた、アイヌ文化公開講座“キロロアン”(定員40名程度)に初めて参加する。故・安東ウメ子さんの2枚のCD(幕別町教育委員会)とDVD『けうとぅむ』の制作などに尽力された小助川 勝義氏が講師で、タイトルは「ウメ子フチから学んだ民族の心 〜けうとぅむ〜」
小助川氏は、北海道十勝地方の小・中学校で教員および校長を務め、現在はマクンベツアイヌ文化伝承保存会の会長である。

長年、安東ウメ子さんの良き理解者で、最も間近にいた小助川 勝義氏の公開講座ということで、ウメ子さんに関するエピソードや情報など、何かしら得られるのではと思い、参加した。ウメ子さん関係で初めて知ったことがいくつかあったうえ、公開講座の雰囲気がわかったこともあり(勇気を出して参加したが、杞憂に終わる)、私にとっては有意義な講座であった。

最初に、本題とは別にいくつか書いておこう。小助川氏は、奥様や保存会の方がこの公開講座のために作ってくれたアイヌ民族の正装をいくつか実際に着て説明した後、アイヌ文様刺しゅうのマタンプシ(鉢巻)を頭にまいて披露してくれた。マタンプシは、安東ウメ子さんの娘の春江さんがこの日のために作ってくれたという。アイヌの歌い手としての春江さんは、母と同じく声がきれいだし、期待しているとのこと。
一方、公開講座の終わり頃、小助川氏によって紹介され、教室の一番後ろの席から立ち上がってお辞儀をしたのは、安東ウメ子さんのお孫さん(!)。ウメ子さん自らムックリの手ほどきをし、成長を楽しみにしている「19歳」のお孫さんとは彼女のことかも。ちょっとした驚きであった(「19歳」=おそらく2002年当時。 CD『シリピリカ』発表に伴うネット上にかつてあった記事より)。
【追記】「彼女」(安東ウメ子さんのお孫さん)は、東京を中心に活動するアイヌ民族の若手グループで、アイヌの歌と踊りにヒップホップなどを取り入れているアイヌ・レブルズの女性メンバーの一人である。2008年1月13日(日)22:00から放映のNHK教育テレビ『ETV特集』「僕たちのアイヌ宣言 〜“民族”と“自分”のはざまで〜」を見て確認した。

個人的な備忘録も兼ね、小助川氏の公開講座のうち、安東ウメ子さんに関する話のなかからいくつかピックアップして、大意を中心に記しておく。なお、小助川氏はこの公開講座で安東ウメ子さんのことを多くの場合「安東さん」or「ウメさん」という呼び方で話していたが、「ウメ子フチ」にほぼ統一して書いた。

ウメ子フチが生まれ育ったコタン(集落)には、明治政府によるアイヌ語の禁止にも関わらず、アイヌ語だけで生活している人がいた。嫁ぎ先のコタンにもそういう人がいた。だから、ウメ子フチは本物のアイヌ語を聞いて育っているし、本物のムックリの音も聴いている。
ウメ子フチの存在を知ったのは、私が20代の時だった。教員仲間と編集誌(郷土史部会?)をやっていた30代の時に、ウポポ保存会との交流会でウメ子フチと初めて接触した。
ウメ子フチのムックリを初めて聴いた時には言葉が出なかった。この人の音を遺そうとウメ子フチの自宅を訪れ、カセットによる録音を始めた。
録音するだけではなく多くの人に聴いてもらいたくなり、資料館(幕別町ふるさと館?)でウメ子フチの演奏会を開いた。
帯広市の大通りにある私の知人の喫茶店でウメ子フチのコンサートを行った(1980年代初頭?, ウメ子さん初のライヴとされる『ムックリの夕べ』)。
(『ムックリの夕べ』は、)ムックリも良かったけれど、ウメ子フチの話が良かったという人が多かった。アイヌの人はこんな風に感じているんだ、小学校の時はこんな思いをしていたんだと(注:ウメ子さんはアイヌという理由でいじめられ、小学校には100日くらいしか通っていない)。このライヴがきっかけで、ウメ子フチの小学校の同窓会が開かれた。
『ムックリの夕べ』の観客の一人であったNHKのディレクターが、ウメ子フチの演奏を聴いて感動した。そのディレクターの尽力で、NHK特集「世界の科学者は予見する 核戦争後の地球」(1984年)のBGMとして、ウメ子フチのムックリが採用された。
ウメ子フチのことをもっと知ってもらいたい思いで書いた私の文章が、雑誌『婦人公論』(昭和59年5月号)に掲載された。
「今こんなアルバム作っているんだけど、先生、ぜひ題名をつけて」と、入院している私のお見舞いにウメ子フチが来て言った。私が助からないだろうと思ってのことかと思う。私がつけたアルバムの題名は『イフンケ』(2001年発表)。

(ウメ子さんのCD『イフンケ』の1曲目「ペカンベ ウク」(菱の実採りの歌)をかけながら、)ウメ子フチはトンコリ(樺太アイヌの弦楽器)に合わせ、練習なしでいきなり歌うことが出来る。また、実際に丸木舟を静かに浮かべてペカンベ(菱の実)を採る経験をしているから、聴いていて情景が浮かんでくる。これがウメ子フチの歌の素晴らしいところ。
DVD『けうとぅむ』の最後の録音を終え、私がウメ子フチに「編集、これでいいね?」と言ってから2ヵ月後にウメ子フチは亡くなった。アイヌの歌を1人で31曲も遺した人はいない。
坂本龍一がウメ子フチを高く評価したり、JAL国内線(&国際線)の機内放送にウメ子フチの「アルオー」が採用されるなど、アイヌ文化の伝承者として入った私とは逆に、世の中の人はミュージシャンとして見ていた。
DVD『けうとぅむ』が出来上がった時、最初にしたのは、チロット(幕別町白人)の共同墓地に行き、ウメ子フチに「どうもありがとう」と報告したこと。
ウメ子フチが口癖のように使ったアイヌ語の“けうとぅむ”は、心・想い(思い)・気持ちという意味。最近は愛かなとも思っている。“けうとぅむ”があるからこそ、ウメ子フチのムックリや歌は人に感動を与える。
安東ウメ子さんのことを知ってもらいたくて今までやって来たが、間違っていなかったと思う。


郷土史研究で地域に貢献する小助川 勝義さん(『十勝毎日新聞』2003.09.29)

糠内中 ムックリ演奏でアイヌ文化学ぶ 伝承者の安東さん招く(十勝メール.com「幕別めーる」2002年12月16日)

【2008年8月16日追記】[PDFファイル] ウメ子フチに学ぶ 講師 小助川 勝義(2007年8月29日 札幌および同年9月28日 函館での「アイヌ文化振興・研究推進機構」のアイヌ文化普及啓発セミナーにて)

2006年07月21日(金)
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