doo-bop days
ブーツィラの音楽雑記



 スライ&ザ・ファミリー・ストーンのブートDVD『My Own Beliefs』

イギリスの音楽雑誌『Mojo』の2001年8月号(No.93)では、スライ・ストーンの特集がP.80〜P.92に渡って組まれている。
このスライ特集号を買ったのは、当時生きているのかさえ不明に近かったスライに関する1993, 95&97年の小さな記事を始めとして、資料的に貴重と思えたことと、スライが最後に公の場に姿を現した1993年の『Rock and Roll Hall of Fame』出演時のスライの写真にショックを受けたからだった(何年かぶりにスライのその写真を見てみたが、特にインパクトなし)。
ちなみに、写真のキャプションには、「The artist: a Prince styled Sly turns up at the Rock and Roll Hall of Fame, January 12, 1993.」とある。
・1993年の『Rock and Roll Hall of Fame』のスライ関連: SLY & THE FAMILY STONE、グラミーの授賞式に出演か(『bounce.com』2/2付)

今月上旬に発売されたスライ&ザ・ファミリー・ストーンのブートDVD『My Own Beliefs』(Avdenture Discレーベル)を、ようやく見終える。『My Own Beliefs』は、スライ・ストーンが出演した1968年から1986年までのテレビ関係の映像を収録したプレス盤の2枚組で、スライのブート映像商品としては、現時点での決定版と思われる。

約242分にも及ぶ『My Own Beliefs』の収録内容は、アルバム『スタンド』, 『暴動』, 『フレッシュ』の3大傑作の頃のパフォーマンスが多くを占める他、1968年のシングル曲のプロモ、1974年のマジソン・スクエア・ガーデンにおける女優キャシー・シルヴァとの結婚式とレセプション、モハメッド・アリらと出演した1974年の『Mike Douglas Show』(黒人差別?に関するシリアスな討論を展開)、1975年の『American Music Awards』での「Loose Booty」等のパフォーマンス、1980年代にスライの自宅を訪れてのインタビュー等で構成された「TV Documentary 80's」、最後には「Bill Graham Special Live at Fillmore 1986」(「I Want To Take You Higher」のパフォーマンス)を収録。
1969年のウッドストックでのライヴは入っていないが、その直後に行われたテキサス・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルでのパフォーマンスが、プロショットで(完全?)収録されている。

『My Own Beliefs』は、ボーナス・ディスクとして限定100枚のみ1DVD-R付き。ボーナス・ディスクには、スライ・ストーンに関する1980年代制作のドキュメンタリー『The Portrait of Legend』の、約11分の「Canadian TV Version」と約19分の「Austrian TV Version」が入っている。スライへのインタビューの他、ブートDVD本編に未収録のライヴ映像が、断片的ながら見られる。
ブートDVD『My Own Beliefs』の制作がもう少し後に行われていたら、2/8の第48回グラミー賞授賞式でのスライのパフォーマンスも収録されたかも(→『You Tube』で、「Sly Stone Tribute 2006」の完全版映像が、現時点では見られる。画像は『Getty Images Editorial』など)。

東映のポルノ女優・池 玲子の甘く淫靡な喘ぎ声が全曲&全編にフィーチャーされている、1971年発表の伝説の“官能芸術”『恍惚の世界』が、2/1に発売された。
世界初CD化&リマスター盤で、紙ジャケット仕様は限定1,000枚。プラスチックケースの通常盤も後日発売される予定らしい。
本作、音楽的に意外にも侮れない。

2006年02月17日(金)



 黛 敏郎

2CD『伊福部 昭 米寿記念演奏会 完全ライヴ』「定評のある美しか認めぬ人を私は軽蔑する」(アンドレ・ジイド − フランスの小説家)
「芸術家たるものは、道ばたの石の地蔵さんの頭にカラスが糞をたれたその跡を美しいと思うような新鮮な感覚と心を持たねばいけない」(伊福部 昭 − 1946年、管弦楽法の教官として赴任した現在の東京芸術大学での最初の授業における言葉)

伊福部先生は、アンドレ・ジイドの言葉の引用に続き、上記の発言をされたらしい。この時の授業を「忘れることが出来ない」という作曲家の故・黛 敏郎が、そう著している。

伊福部先生の弟子の一人で、多彩な顔を持つ黛 敏郎は、前衛作曲家として1953年にミュージック・コンクレート、1955年にはNHK電子音楽スタジオで制作した日本最初の電子音楽を発表。後者を始めとする同スタジオにおける黛 敏郎の作品は、同スタジオのエンジニアであった故・塩谷 宏への追悼盤CD『音の始源(はじまり)を求めて − 塩谷 宏の仕事 −』等で聴ける(左の画像の上。下は『黛 敏郎: 《涅槃》交響曲、他』岩城宏之 指揮, 2002年発売)。

なお、CD『音の始源(はじまり)を求めて − 塩谷 宏の仕事 −』は、2001年に「増補」となった際、カールハインツ・シュトックハウゼンが1966年にNHK電子音楽スタジオで作った「Telemusik(テレムジーク)」(17分25秒)が追加された。だが、追加収録のクレジットは、表&裏ジャケットにはない。CD未開封での外観では、「Telemusik(テレムジーク)」が追加されているのかわからない。

2006年02月16日(木)



 巨星墜つ、作曲家・伊福部 昭 逝く

作曲家の伊福部 昭先生が、2/8(水)午後10時23分、直腸がんのためお亡くなりになった。91歳だった。

訃報: 伊福部 昭さん91歳=作曲家 映画「ゴジラ」も作曲(『毎日新聞』2006年2月9日 1時13分, 最終更新時間 2月9日 11時03分)
「ゴジラ」作曲、東京音大元学長の伊福部昭さん死去(『asahi.com』2006年02月09日01時48分)
伊福部 昭さん死去 ゴジラ作曲、釧路出身(『北海道新聞』2006/02/09 12:41)

数年前、たまたま見たNHK総合テレビのドキュメンタリー番組(『ゴジラを音楽にした男 作曲家・伊福部 昭の世界』?, 2002年10月14日放映?)によって、「伊福部 昭」という作曲家を遅まきながら知った。それから約2年後、伊福部先生のCDを初めて聴く。きっかけは、伊福部先生と親交のあった故・安東ウメ子さん。音楽関係全般において、私が何の抵抗もなく伊福部「先生」と言える、ほとんど唯一の方でもあった。

心からご冥福をお祈りします。

伊福部 昭(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
「伊福部 昭先生のすべて」「伊福部 昭インタビュー」『新交響楽団ホームページ』
伊福部 昭氏の思い出(上)(下)(『西村雄一郎 シネマトーク』2006年2月18&25日付)
「ゴジラ」よ永遠に 〜 伊福部 昭「SF交響ファンタジー」(『nikkeibp.jp』「クラシック、再発見」ジャーナリスト・田中一実, 2005年4月12日付)
ゴジラが、恩師・伊福部 昭先生の卒寿をお祝い(『東宝 映画トピックス』2004年5月31日付)
伊福部 昭氏と音更(『十勝毎日新聞社』)
伊福部 昭の名著『音楽入門 ‐ 音楽鑑賞の立場』(1951年, 2003年に復刊)

2006年02月09日(木)
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