doo-bop days
ブーツィラの音楽雑記



 『太鼓と芸能』&ストーンズのブートDVD『Ladies And Gentlemen』

秩父神社神楽の代表的な舞「第七座 天岩屋戸開き」
日本の太鼓の響きが無料で聴けるとあって、民俗芸能の公演を観に行く。
公演のメインは、秩父神社の神楽の中から「天岩屋戸開き」と「国平の槌(大黒舞)」。他に、主催である某市から無形民俗文化財に指定されている祭囃子、獅子舞、真言も披露された、約3時間に及ぶ公演だった。
やはり、国から重要無形民俗文化財に指定されている秩父神社神楽は、優雅で厳かな佇まい、雰囲気が漂う格別のもの。太鼓2人と笛3人による演奏に関しても、相当の熟練者によるものと思われる。今後、国によって重要無形民俗文化財などに指定されている団体・個人の公演を観られる機会がある時は、何の予備知識がなくても可能な限り観に行こうと思わせるものだった。
一方、市の無形民俗文化財に指定されているものでも、演奏者の技術的な問題点、出演者の舞台における振る舞いなどから、大事な時間を割いて観に行く価値のあるものかどうか、疑問がある演目も一部あり得ることを、この公演で知った。
ちなみに、観客の多く(7〜8割?)は60代以上と出演者の知り合いのようで、伝統の継承を考えると課題が多いと思われる。開演中のフラッシュによる写真撮影は公演の妨げになるとのことで厳禁だったが、フラッシュを除く写真およびビデオ撮影は認めていた模様。民俗芸能の公演の多くでは、通常そうなのだろうか。
ストーンズのブートDVD『Ladies And Gentlemen』(中央)と、1972〜73年のストーンズのライヴ・ブートCD各種
ところで、プレミア・ショーが一度行われたきりでお蔵入りとなっている、ザ・ローリング・ストーンズの1972年全米ツアーでのライヴを収録した未公開フィルム『Ladies And Gentlemen』のブートDVD(プレス盤)を、本日入手した。
最近発売されたこの商品は、名門ブート・レーベルScorpioからのもので、画質、音質ともに過去最高らしい。クレジットによると、ストーンズの1972年6月24日テキサス州フォート・ワース公演と翌25日テキサス州ヒューストンでのライヴ映像を収録(約79分)とのこと。
1972〜73年のライヴにおけるストーンズは、1969〜70年のザ・フー、1969〜71年のレッド・ツェッペリンと肩を並べる世界最強のライヴ・バンドであると、改めて実感させられた。言わずもがなだが、オフィシャルとして一刻も早く発売すべき映像作品。


2005年02月13日(日)



 インターネット・ラジオ番組「アンコロ ウポポ」

世界遺産候補地である北海道知床のインターネット・ラジオ放送局『radio KISAR』による音楽番組「アンコロ ウポポ」が、2/5(土)から放送開始となった。

「知床の自然の中で、ドライブ中に、生活の中で聞いたら楽しい曲をradio KISARがセレクトしてお届けします」とのこと。現在、安東ウメ子さんの「ヘレカン ホー」などが聴ける。
ちなみに、「KISAR:キサラ」とはアイヌ語で「耳」の意、「アンコロ ウポポ」は、アイヌ語で「みんなの歌」という意味らしい。

radio KISAR-ラジオキサラ-on the WEB
大いなる知床(北海道新聞)

2005年02月12日(土)



 マイルスの『Agharta』&『Pangaea』録音30周年記念特別イヴェント


東京・四谷にあるジャズ喫茶『いーぐる』で行われた、マイルス・デイヴィスのライヴ盤『アガルタ』&『パンゲア』録音30周年記念特別イヴェントに行った。

ジャズ喫茶において大音量で聴く『Agharta』と『Pangaea』は、やはり自宅で聴く両作品とはまったくの別物。私の前に初めて立ち現れ、相対する『Agharta』と『Pangaea』であった。今まで『Agharta』と『Pangaea』は何回も聴いているものの、未だに両ライヴ盤のごく一部分しか聴き取れていないのだろう。マイルスの『Agharta』と『Pangaea』という音楽の得体の知れなさを思い知らされたイヴェントだった。

このイヴェントで聴けたのは、『Agharta』(2CD)と『Pangaea』(2CD)のいずれも1枚め(1stセット)のCDで、何年に発売されたどこの国のCDであるかの説明はなし。トークは、『いーぐる』の店主・後藤雅洋氏、ゲストの『マイルスを聴け!』の著書で知られる中山康樹氏、このイヴェントの発案・企画者である宝島社の編集者によるもので、『Agharta』&『Pangaea』となる両ライヴを実際に観ている中山康樹氏は、『Agharta』と『Pangaea』に関するいろいろな話をしてくれた。
その中から一つ紹介すると、『Agharta』にあたる昼の部の公演が終わり、別の場所での休憩のため、大阪フェスティヴァル・ホールの地下(駐車場?)の通路を移動するマイルスを待っていたサインを求めるファン(その中の一人が中山氏)に対し、マイルスはいやな顔一つせず、マネージャーが止めに入るまでいつまでもサインに応じ続けていたという。マイルスはそういう誠実なところがある人だと、中山氏は話していた。

2005年02月05日(土)
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