いつの間にかすっかり秋になってしまいました。 健生病院の「赤ちゃんにやさしい病院」認定記念講演に招かれ、青森県弘前市に行ってきました。岡山ー東京、東京ー青森と飛行機を乗り継いでいくのですが、早朝7時15分のフライトの際、搭乗手続きをしていると、係りの方が「弘前は今きりが発生しています。離着陸がむずかしいかもしれませんので、状況によっては近くの飛行場か、羽田に引き返すことがあることをご了解ください」といわれるではありませんか。
一瞬、どうしようと思いましたが乗るよりしかたありません。まあ、何とかなるだろうと出発しました。
弘前は薄曇りで、何事もなかったように無事到着しました。迎えの車中でその話をすると、「よくあることで、日本で一番欠航率の高い飛行場です。函館まで行って、青函連絡船で戻ってくるなんていうこともあります」と涼しい顔でした。
無事に来れたことに感謝!
記念行事は盛会のうちに終了し、夜、「杏(あんず)」というお店で津軽三味線の生演奏を聴かせていただきました。女性3人による演奏でしたが迫力満点、じょんがら節、よされ節などその土地でなければ味わえない情感が伝わってきました。
興味深かったのは、昔の門付けの習慣からか、演奏が終わった後、ざるが回され、いくばくかのお金を入れて渡すことでした。
| 2006年09月07日(木) |
秋篠宮紀子さまと母子同室 |
秋篠宮紀子さまが無事ご出産されましたね。 喜ばしい限りです。 昨日帝王切開を受けられ、なんと今日からもう同室されるようです。
これはビッグニュースです。 母子同室ということはご存知ですか。 24時間赤ちゃんとお母さんが同じお部屋で過ごすことは、日本でもかなり広まっていますが、まだまだ一般的というわけではありません。 (当院は開院依頼、母子同室です)
戦後、新生児医療の発展に伴って、赤ちゃんの安全を確保する目的で、分娩後すぐ新生児室に収容することが勧められ、病院での出産にはそれが当たり前のようになりました。 専門スタッフによる完全な管理の下に、ほとんど24時間の看護を受けることで、確かに新生児死亡率は世界で最も低くなりました。
しかしそれは同時に赤ちゃんをお母さんから離す、母子異室をもたらしました。さらに、当然のことながら栄養は母乳からミルクに変わっていきました。 当時はまだ「母と子の絆」がどのように結ばれるかあまりわかっていませんでしたし、興味ももたれていませんでした。
その後子どものこころと身体の発達に母と子の絆の形成が不可欠であるとされ、母乳育児が世界的にすすめられるようになりました。 そこで母子同室が見直されるようになったのです。 なぜなら、母乳育児を自然に可能にするには、赤ちゃんが抱っこしてほしい時にいつでも抱き上げることが出来、飲みたそうにすればいつでもあげられるように、いつも赤ちゃんと一緒にいることが必要だからです。
今回、日本の象徴ともいえる皇室が母子同室を取り入れたことはとても深い意味があります。
まさに国の総意として受け入れる道が開かれたことになるからです。 海外でもきっと大きなニュースになるでしょう。
このところサンマがおいしい。 生のサンマは今しか食べられません。 たくさんの大根おろしと少しの生醤油で、内臓や小骨まで、とっても美味しい。 スダチがあると大人の味。
焼きたてのアツアツが食卓に乗せられると、思わず歓声が上がります。
匂いにまず感動します。尻尾をつかんで、薄く焦げ目の付いた身の真ん中くらいに箸を当て、上に引き上げると、きれいに二つにわかれます。 大根おろしを載せ、ガブッと口に入れると、調和したうまさがどっと口に広がります。
だれかが「うま〜い!」と声を上げると、それにつられて、次々と口にほおばり、「うまい!」「おいしい!」の連呼になります。 このとき食卓を囲む家族を包む幸せ感こそ「共感覚」で、「うまい!」の連呼が共感覚することといえます。
旬の加工されないものを、素材を生かして、付け合せよく味わう。 これが身体とこころを喜ばせる食べ方の第一歩です。
早朝お産がありました。
赤ちゃんがカンガルーケアでお母さんの胸に安らいでいるところへ、おばあちゃんにつれられたおにいちゃんが到着しました。
眠い目をこすりながら分娩室に入ってきたその子は、赤ちゃんを見るや否や、みるみる顔に生気がみなぎり、ちょっと照れくさそうに小さな手と握手しました。
ちょうど胎盤が出ましたので、血液をふき取り、きれいな形で、お母さんや家族の方にお見せしました。
その瞬間、おにいちゃんの目がこれ以上大きくならないくらいまん丸になり、じっと胎盤を見つめました。その真剣さに、ご家族もスタッフも驚かされました。
怖がった風はなかったので、もしかして何か思い出したのでしょうか。
朝、夕べ駆除した蜂の巣の下へ行くと、20匹あまりのハチの屍骸が散らばっていました。確かに体は黄色いのですが、スズメバチとは違うようでした。巣も頑丈なスズメバチのものとは違っていました。ネットで調べてみると、背黒あしなが蜂に似ていました。
午後1時30分から坂田道信先生の読書会がありました。
今日は特別に、ご自身の「続婚式」での誓い文を教材にしてくれました。
その中から抜粋です。
・人と人との縁“であい”結び付きは 運命を変えるほどの 不思議なもので じつに深い“味”があり 意外性に満ちていて まったくの偶然にも思えます。 ですが 過ぎ去ったずっと後から この結び付きは神の暖かな巧妙なカラクリがあり 必然だったのだと気が付き 神の深い配慮に驚き 感謝の心がわき ありがたくて 面白くも感じます。
・そして その絶妙と思える不思議な“であい”は偶然に見えますが・・・ 特に男女の場合は 神の いたずらか 遊びか はたまた魂を鍛え成長させるためにか 想像を越えた 絶妙なる不思議な計(はか)らいだとも言えます。
・人は この世に送り出される時に その人だけの“生きる道具”が与えられているようです。
・「続婚式」は不思議な縁で結ばれた夫婦が お互いに与えられた人生を より豊かに生きてゆくようにと ほんの少しでも模索 考えてみようという集いです。
・私たちは これからの日本の文化になればいいと ひそかに 願っています。
・坂田先生ご夫妻の署名
抜粋なのでわかりにくいかもしれませんが、先生の思いはよくつたわってくるように思います。人間関係で一番難しいのが夫婦だといわれますが、ひとつの突破口になるかもしれませんね。
午後、父親学級が開かれ、同伴分娩をするということ、子どもが産まれるということ、子どものこころが育つ仕組み、などについてお話しました。
その中で「愛ずる」ということの大切な意味についても触れました。
わかりやすい例は平安時代の「堤大納言物語」の中の「虫めずる姫君」にあります。このお話は古典の教科書にもよく出てきますから、多くの人が一度は目にし、耳にしているポピュラーなものです。
位の高い貴族の家に育った、虫が大好きな変わった姫君のお話です。 蝶などのきれいな虫ではなく、毛虫、青虫の類が大好きで、次女などまわりの者を困らせていました。化粧もまったくせず、成人した女性のたしなみである眉を剃ったり、おはぐろを塗ったりせず、服装も地味なはかまをはいて日常を虫集めに没頭していました。
両親をはじめ、周囲の人たちが醜い虫をなぜ好むのかいぶかると、「虫の姿しか見ていないから醜いというのよ。この虫がさなぎになり、孵化して、あの美しい蝶に変身することを思ってごらんなさい。私がこの虫をめずる気持ちがわかるでしょう」と答えました。
子育てにおいて「愛ずる」とは、その子の過去、現在、未来をいつも想い描きながらいとおしむことをいいます。
もっと大きな視野を広げると、生命発生以来の35億年間のあらゆる生物に連なる遺伝子をもった貴重な生命として子どもを見ることを「愛ずる」というのでしょう。
そんなお話をした父親学級を終え、夕方いえに帰ると、長男が「ハチが庭の木に巣を作っている。足長バチか、黄色スズメバチと思うけど、結構たくさんいるようだ」と教えてくれました。
少し日が陰った頃、恐る恐るのぞくと、数十匹の2cmほどの黄色いハチが10cmあまりの巣に群がっていました。それ以上巣が大きくなると危険と判断し、ザグザグへ行ってスズメバチ用の噴霧器を購入し、夜を待ちました。
日がすっかり落ちたのを見計らって、長男と持ち場を決めて、一気に殺虫剤を噴射しました。思ったよりも簡単に駆除に成功しました。巣を袋に入れ、作業を終了しました。残酷でしたがやむを得ません。
虫つながりの日曜日でした。
急にトンボが増えてきました。 午後、田んぼの傍の小道を車で通りかかると、トンボの大群に道をふさがれました。あまりの多さに徐行してしまいました。秋です。
夕方、親しくしている後輩が家族ずれで訪ねてくれました。 少し見ない間にお子さんが随分大きくなっていました。子どもを見守るご両親の目が、すっかり父と母の眼差しでした。
数人のスタッフをさそって、ご家族との旧交を温めました。
| 2006年09月01日(金) |
「愛ずる(めずる)」 |
8月がいつの間にか終わってしまいました。
今年の夏の暑さは尋常ではありませんでした。妊婦健診に来るお母さん方がのきなみ体重が減っているのです。暑気あたりといいましょうか、あまりの暑さに食欲が落ちてしまったのが原因と思われます。
前回の続きになりますが、8月5(土),6(日)日に第15回母乳育児シンポジウムが東京で開かれました。 テーマは「家族の始まりを支える母乳育児」ということで、1100人あまりの参加者がありました。
特別講演は中村桂子 JT生命誌研究館館長で、「“生きている”を見つめ、“生きる”を考える」という題で、とても印象的なお話をされました。 お話の中からいくつかの分かち合いをしたいと思います。
・食べることと、生きることについては、科学は疑ってかかりなさい。 ・生きてるってどういうことか、自分で考えてないのじゃない?何かに教え られたり、見せられたりしてるだけ!考えてないと思う。 ・20世紀は機械の時代。21世紀は生命の時代。 ・便利とは 早くできる。(手抜きが出来る) 思い通りに出来る。 生き物に大切なことは<続けること>。子どもは一度に大きくなることは ない。 時間を紡ぐということが生きるということ。 ・子育ては思い通りにはならない。 思い通りにはならないけれど、思いがけないことがおこる。 機械は思い通りにならないと故障です。 ・ヒトとしての「私」、人間としての「私」」 鏡の向こうは生き物なのです。生き物としての「私」を感じて日常を生き ているでしょうか。 ・赤ちゃんが「しあわせな人生」を生きるために何をすればいいの? 答えはこの鏡。生き物であることを見せてくれる「鏡」を見つめなさい。 そのとき大切なのは「愛ずる」ということ。 ・母乳育児は抱っこしてゆっくり飲ませるしかない。その間見つめている。 見つめることから、じわっと愛が生まれる。
少し長くなりましたが味わってみてください。
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