子育て情報交換
sunclinicの日記

2006年06月23日(金) 金光洋一郎先生を悼む

「岡山いのちの電話」の創設者、金光洋一郎先生が昨日昇天されました。享年82歳でした。

戦後まもなく、少年たちの厚生施設に赴任し、その後生涯を教育者として送られました。そのかたわら詩作を自己表現のひとつとされ、現代日本を代表する詩人として活躍されました。また、油絵もよくされ、15年ほど前から毎年個展を開かれていました。
岡山いのちの電話は、約20年前から自殺予防のため全国的に広がったいのちの電話カウンセリングの一環としてできたものです。多くの苦労を乗り越えて準備から維持まで中心で関わっておられました。

その「岡山いのちの電話」の機関紙の表紙を毎回飾ったのが先生の詩でした。
その中で最も私がこころ打たれたものを紹介します。

紅葉
                  
一枚一枚のいのちが
輝きながら終わろうとしている
それはやがて
時の流れに落ちて
かたちを失っていくだろう

数ヵ月であろうと
数十年であろうと
たまゆらにすぎぬその時間

それでも
若芽から紅葉まで生きて
次の世代にいのちを渡す
一枚一枚は滅びながら
永遠を信じているから
最後をこんなに輝けるのか
               金光 洋一郎

先生の永眠されたお顔にお会いして驚きました。
なんととてもお若くなり、微笑み、ピンク色に輝いていました。
まさに、最後を輝いて旅立たれたと思いました。



2006年06月22日(木) 鏡の中の私

午後、久しぶりに身体が空いたので、床屋さんへ行きました。

いつもはイスに座るとすぐに気持ちが良くなって、居眠りすることが多いのですが、今日はお店の方とお孫さんのことで盛り上がり、つい散髪が終わるまで自分の顔とにらめっこをしていました。

毎朝ひげをそるのに鏡は見ますが、日常的に自分の顔をまじまじと長い時間見ることはありません。散髪に行った時くらいですね。

しかし、いつも突きつけられるのは、自分が感じている肉体年齢と、鏡に映る自分の客観的年齢とは随分開きがあるように感じます。

たまにはまじまじと自分の現実を見つめることが必要かもしれませんね。



2006年06月21日(水) いのちの感じ方

「岡山いのちと心を考える会」代表、柴田高志先生のお話をCDで聴いた。

「最近は子どもたちが生命に触れる機会がほとんどない。私が子どもの頃は学校へ行っていても、祖父母がなくなる時は必ず呼び返された。おじいちゃんの手を握ると、暖かかった手がだんだん冷たくなってくる。まわりで大人たちがすすり泣きしたりする、悲しげな雰囲気が伝わってくる。命が消えていくのを体験しながら、自分の生命の大事さを感じる。
今は学校が大事なようで、家族が危篤でも学校へ行かされる。いのちを学ぶことのほうが、学校などの授業よりはるかに大切なのに、どうして気づかないのだろう?」と嘆いておられました。

まったく同感です。
ここ10年来青少年の起こす殺人事件で、時々耳にするのが「人を殺してみたかった。死ぬというのがどんなことなのか見たかった」という言葉です。

いまや、死も、生も、子どもたちの中では随分希薄になっているのかもしれません。



2006年06月20日(火) 死と出会う

昨日の夜半、亡くなった今村昌平監督の遺作「楢山節考」を観ました。

“むかしむかしあるところに・・・”という表現が当てはまるような、メルヘンチックで美しい日本の原風景の中で、近世のいつかの時代に、まずしい農村で繰り広げられていた生きるための日常生活風景が描写されていました。

この村にはなぜかお墓がありません。

集団が生きるために必要な知恵でしょう。墓を持たない理由は、嫁や孫が増えてくると口減らしの風習で、老いた者から順に御山(おやま)参りをするのです。そこへ入ると神様が迎えてくれるという言い伝えで、代々覚悟を決めてその時を自分で図ります。
  
チベットの鳥葬を思わせる原風景は、人間の心の奥に潜む根源的寂しさを象徴しているのかもしれません。

見終わって、しんとした妙な安堵感と、映像のあくまでも美しい印象が残りました。



2006年06月19日(月) 御用繁多

ここしばらく皆様にお会いしていませんでした。
5月27,28日は青森県弘前市へ、6月3、4日は沖縄県那覇市へ、10、11日は横浜へ、18日は大阪へと講演その他で飛び回っていました。この間こどもたちもたくさん生まれました。実に密度の濃い日々を送っていました。

この日記を読んでくださっている方と講演会で偶然お会いしました。開口一番「お元気ですか?大丈夫ですか?」と気遣ってくれました。

体調が悪くて日記が書けなかったのではありません。時間が飛ぶように過ぎてしまったというわけです。これを御用繁多というようです。(ものは言いよう)
大変ご心配をかけました。ありがとうございました。

弘前は桜の時期が過ぎたばかりでしたが、新緑と呼ぶにふさわしい弘前城公園を散策することが出来ました。色とりどりの芍薬が実にきれいでした。
もちろんりんごの花が満開でした。真っ白な可憐さが北国の切なさを歌っているようでした。

沖縄は真っ赤なホオウボクが満開でした。
梅雨でしたが、幸い2日間ほとんど雨が降りませんでした。
那覇市の名店「ピザハウス」へ案内していただき、元領事館だった見事な建物に感動しました。
沖縄を離れた翌日から大雨が続き、テレビなどで大変な被害が報道されていました。被害が最小限ですむことをお祈りします。

横浜では関内にある開港記念会館という美しい歴史的建築物でお話させていただきました。赤レンガの概観は時計台の塔を含めて実に優雅なたたずまいです。内部はロココ調の教会建築の様式で、壁は漆喰の白が黒光りする柱に対比して美しいコントラストを見せていました。

大阪は雨上がりでくすんでいました。朝8時半ごろ新大阪へつき、環状線で大阪駅に降りたのですが、目的地へ行くのに、昔よく歩いたはずの町並みがビルの陰に飲み込まれてしまい、随分迷ってしまいました。まるで浦島太郎状態でした。


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