妻の誘いを受け、話題作映画「ホテル・ルアンダ」をシネマクレール丸の内で観賞しました。実に深い感動に包まれました。
以下の公式サイトのあらすじと紹介文をのせます。 http://www.hotelrwanda.jp/intro/index.html
1994年、アフリカのルワンダで長年続いていた民族間の諍いが大虐殺に発展し、100日で100万もの罪なき人々が惨殺された。アメリカ、ヨーロッパ、そして国連までもが「第三世界の出来事」としてこの悲劇を黙殺する中、ひとりの男性の良心と勇気が、殺されゆく運命にあった1200人の命を救う。
「アフリカのシンドラー」と呼ばれたこの男性は、ルワンダの高級ホテルに勤めていたポール・ルセサバギナ。命を狙われていたツチ族の妻をもつ彼の当初の目的は、なんとか家族だけでも救うことだった。しかし、彼を頼りに集まってきた人々、そして親を殺されて孤児になった子供たちを見ているうちにポールの中で何かが変わり、たったひとりで虐殺者たちに立ち向かうことを決意。行き場所のない人々をホテルにかくまい、ホテルマンとして培った話術と機転だけを頼りに、虐殺者たちを懐柔し、翻弄し、そして時には脅しながら、1200人もの命を守り抜いた。本作は、家族4人を救うことを心に決めたひとりの父親が、ヒーローへと飛翔する奇蹟の過程を描いた実話である。
主人公のポールを演じるのは、スティーヴン・ソダーバーグ監督作品の常連である実力派ドン・チードル。本作でアカデミー賞に初ノミネートされ、名実共にハリウッドのトップ俳優の仲間入りを果たす。ポールの妻タチアナ役には『堕天使のパスポート』のソフィー・オコネドー。そのほか、ハリウッドのベテラン演技派俳優ニック・ノルティと、今一番勢いのある若手俳優ホアキン・フェニックスががっちりと脇を固めている。
観終わった後とてもすぐに席を立とうという気がおきないくらい重い感動でした。
人間が繰り返す権力闘争のおろかさと、その中で宝石のように輝く人間の愛と勇気が見事に描き出されていました。
朝から花曇の肌寒いなか、休日ですがお産など、あわただしい1日の始まりでした。
私の坪庭は春爛漫です。昨年から復活したどうだんツツジや深山ツツジが可憐な白と見事な赤の彩を見せてくれています。数種の苔も次第に緑を深めています。
庭にはさまざまな花が咲き乱れ、妻は手入れに余念がありません。
午後、楽しみのガラス吹きに息子と行きました。
1時間ほどたった4時頃から時々なっていた雷が次第に大きく響くようになり、5時頃、近くに落ちたような大音響と共に、バケツをひっくり返したような雨に混じって、大粒の雹が降ってきました。 ガラス工房の屋根を今にも打ち抜くかと不安になるくらいの勢いでした。 近くで遊んでいた子どもたちはあわてて工房に飛び込んできました。 このとっておきのイベントは30分ほどで終わりました。
雷様もなかなか忙しいようですね。
明日から大型連休です。 外来がかなり混み合いました。
そんな中、新患の方が月経異常の相談にこられました。 予診に書かれている内容を見ながら、少しお話し、診察の後説明に入りました。
心配されている症状は病気ではなく、生理的に起こる身体の調節の仕組みが、一時的にバランスを崩していることなどをお話している時、聞いている彼女の表情から“まずい!”と思いました。
心配している彼女の気持ちを受け止めていなかったようで、説明が彼女の耳を素通りしているのです。十分修復できないまま、その方のほうから帰られました。
忙しい最中とはいえ、意識のすれ違いは大きな後悔を残しました。 忙しいとは、心を亡ぼすと書きます。
2度目の出産の方が入院してきました。
「明日が予定日なのですが、上の子に何時産まれてくるか聞いてみたら、“いっぽん遅い”というんです。お産はあさってになるのでしょうか?」と尋ねられました。
どうみても後数時間で産まれる状態なので、それはないというと、「そうでしょうね。こどもに聞いても笑ってるだけで、それ以上は言わないのです」と、なんとなく腑に落ちない表情です。
そうこうしているうちに、無事安産されました。 上のお兄ちゃんはとてもユニークなお子さんです。 嬉しそうにニコニコしているおにいちゃんに、「赤ちゃん来たね!」言葉をかけると、「あのね、あのね、ヒュー!!」と少し興奮気味に叫びました。
ハッとひらめきました。 列車に便があるように、赤ちゃんがやってくる波にも便があり、その波の便が、赤ちゃんが決めた予定より1便遅くなったということかもしれません。
“いっぽん遅い”の意味はいかがでしょうか? それにしても、このお母さんの感性はすごいですね。
今朝、スタッフのご尊父様が帰天されたとの訃報が入りました。
長い間闘病生活を送っていたので、ご家族のこころの準備はある程度出来ていたとはいえ、実際に息を引き取られると、とても言葉にはならない空虚感に包まれるものです。 こころよりご冥福をお祈りいたします。
いのちには何一つ無駄なものはありません。 足元をしっかり見つめ、日常のなすべきことを成し遂げて次の世界に旅立っていくことこそ、人生を生ききることと思います。 死こそ、生きることの意味を見送る者たちに教えます。
職業柄、死と対面する機会が少し多いのですが、そのたびに見送った方々の臨終を反芻します。何度も思うのは、医師としてだけではなく、人間として臨終としっかり向き合ったかどうかです。
残されたご家族の悲しみに共感することは当然ですが、旅立つ方の霊性に思いをはせることの大切さを痛感します。
合掌。
今日の母親学級は私の担当です。 胎児期から大切なこころと身体の発達・成長と、お母さんに抱かれて守られることで作られる永続的信頼感(絆)が、こどものしあわせにつながるというお話をしました。
託児つきなのですが、お母さんから離れられないこどもたちが3人ほど一緒に聞いてくれました。
なんとその子たちが真剣な顔で聴いているのには驚きました。 赤ちゃんだった頃を思い出したのかもしれませんね。
今日退院された方の印象に残った言葉です。
このお母さんは出産直前まで子供を生むことへの不安にさいなまれていました。 産科医の私に、そして小児科医の中山先生に、お産の日が迫ってくる不安感を訴えました。 怖いということではなく、それまでの自分の人生がこどもが産まれる事で、大きく変わってしまうことへの受け入れができないというのです。妊娠中ずっと悩んできたようでした。
どうしたらこどもを受け入れてもらえるか、いろいろ思いをめぐらせているうちに陣痛が始まり入院されました。 なんと“案ずるより産むが安し”で、とってもスムースに分娩が進み、とても上手に元気な赤ちゃんを産みました。中山先生始め、立ち会った私たちスタッフ一同、拍手でお祝いしました。
母乳が出るようになるまでのつらい3日間をどう乗り切るかも心配でした。 ところが私たちの心配をよそに、おっぱいを上手にふくませ、あれよあれよというまもなく、赤ちゃんは太っていきました。
そして退院の今日、「赤ちゃんはどう?」とたずねると、すかさず「せんせい、どうしよう!めっちゃかわいい!!」と全身で喜びを表現しました。
産む前のあの不安げな表情は微塵もありませんでした。 すばらしいどんでん返しでした。
敬愛する方を交えて会食がありました。
会場のご主人が旬のものといって、ふぐ料理を出してくれました。 今の季節に?と不思議に思っていると、岡山にこの時期短期間しか解禁されないふぐがあるというのです。
30年も住んでいながらまったく知りませんでした。 実に美味しく、心も豊かになりました。 感謝!
| 2006年04月21日(金) |
ホスピタリティへの熱き想い |
東京青山に「カシータ」というレストラン(リゾートダイニング)があります。 オーナーの高橋滋氏の講演がアイナリーホールでありました。
彼は世界中を旅し、もてなされ方への感性を磨きました。フィリピンのホテル、アマンリゾートに宿泊し、もてなしの奥の深さに深い感銘を受けました。それまでの仕事から転進し、六本木にリゾートレストラン「カシータ」を開店し、1年も経たないうちに奇跡のレストランといわれるほどの盛況を実現しました。昨年、店を青山の国連大学の横に移して、盛況のうちに今に至っています。
高橋氏の講演は実に熱い。すべて彼の経験からくるホスピタリティの追求です。究極のもてなしを追求する感性の高さに、会場は感動の波に何度も包まれました。
高橋滋氏のオリジナル言霊、「もてなしの気持ちを言葉に代えて、右足に乗せて、お客様に伝える。伝わらなかったことは無かったこと」が、「カシータ」を動かしています。
さらに、「二つの当たり前のこと」というのがあります。 ひとつめは、職業として当たり前のこと。 ふたつめは、人間として当たり前のこと。 この人間として当たり前のことが、ほとんどできていない。 人間として当たり前のことをもてなしの中に感じると、それは感動に変わる。
この当たり前のことは、日常のさまざまなことに当てはまるように思います。
今日は定例の“共に育つ会”がありました。 今日のグループワークはセルフエンパワーメントでした。
会が始まる冒頭に、毎回サンキューカードが読まれます。 スタッフ同士、していただいたことへの感動・感謝をカードに書いて、外来ホール掲示板に貼ります。その1ヶ月分を共に育つ会で読むのです。
その最後に2通の手紙が披露されました。 どちらも12歳の中学生からのものでした。
当院が開院した年度に生まれた子どもたちが、今年から中学生です。 連絡が取れ、ご両親が希望されたその子達にささやかなプレゼントをしました。 パーソナルCDと2冊の本、マックス・ルケード著「たいせつなきみ」と村上龍著「13歳のハローワーク」を送りました。
2通の手紙はそのお礼でした。 子供たちから私たちスタッフへの素晴しいプレゼントでした。
朝、目をあけると昨日とはうってかわって快晴です。 シャワーを浴びた後、散歩に出かけました。
朝のすがすがしい太陽を浴びて、ほとんど人通りのない道を歩くのは気持ちのいいものです。近くに大きなお寺がありました。うっそうと茂った大木にひかれ、境内に入ろうと近づくと立看板が目につきました。 なんと「カラスが襲います」書いてあるではありませんか。 一瞬、2年前北海道旭川の公園でカラスに襲われたときのことを思い出しました。 足が止まってしまいました。
あきらめて、諫早市の中心を流れる大きな川(本明川)を渡りました。実に立派な川です。 川底に5m幅くらいの水流がありました。しかしダムなどがなく、雨が降るとあっという間に水かさが増し、これまで何度も水害をもたらしたそうです。 諫早名物のウナギはこの川で捕れたそうですが、今はほとんど捕れなくなり、外国産の養殖ウナギを使っているということです。
仕事が終わり、夕方特急「白かもめ」に乗って帰路につきました。 水門に閉ざされた諫早の海は、潮の引いた泥の中に小さな漁船が点在し、さびしげな風景を見せていました。
午後外来を終了後、所用のため新幹線に飛び乗って長崎県諫早市へやってきました。岡山から降り続いていた雨は、諫早の街を冷たくぬらしていました。
泊まりは「道具屋」という屋号の「諫早観光ホテル」でした。歴史ある旅館からホテルへ転進したようで、植樹祭の折、天皇・皇后両陛下がお泊りになったことを誇りにしていました。
食事は海の町でもありますので、地の魚セットをいただきました。 なかなか美味しかったのはイカナゴの刺身でした。頭とわたを取った新鮮なイカナゴを2枚におろし、生姜醤油で食べるのです。20匹ほどびっしり並べた様は、それなりに食欲をそそりました。
妊婦健診のお母さんについてきた3才の女の子。 お母さんが超音波計測で横になっているベッドの隅で、カーテンを身体に巻きつけて顔を出そうとしません。
部屋に入るまでもなかなか時間がかかりました。 お母さんやスタッフがいくら呼んでも、診察室に入ろうとしませんでした。 もちろんお母さんの診察で、自分ではないとわかっていますし、最近までは平気で入って来ていたのに、急に恥らう仕草を見せるようになりました。
無関心を装って超音波で赤ちゃんの様子を見ていますと、カーテンは少しずつ緩み、子供の体が見えてきます。それでも知らないふりをします。自分に無関心かなと思ったのでしょうか、ついにカーテンから出てお母さんの足元にひっつきました。
「だいじょうぶ?」と問いかけると、ちょっと下を向いて「ダイジョウブ!」と答えました。呪文がとけたように、打ち解けた表情がやってきました。
3才は自分を意識し始めるときです。
1ヶ月検診に来られたお母さんが、生まれた日に呼吸障害で岡山医療センター新生児集中治療室に入院したお子さんの近況を教えてくれました。
1週間前に退院し、今は元気に大きくなっているという、嬉しい知らせです。入院した当初はとても心配され、毎日母乳を届けながらの面会を続けました。ある時ふと周りを見ると、入院している子どもたちのほとんどが、満期産で生まれたわが子より随分小さいのに気がつきました。
「うちの子だけ見ている時はちっちゃな赤ちゃんと思っていたのですが、何度も面会に行っているうちに、他の子に比べ、うちの子はとても大きいんだということに気がつきました」と感想を言われました。
30年前を思い出しました。岡山医療センターの前身である、国立岡山病院小児科で研修していた頃、新生児や比較的大きな子供たちを担当した後未熟児センターに入りました。そのあまりに小さな子どもたちに驚きました。約半年そこにいる間、それが当たり前になっていることに気がつきませんでした。
未熟児研修が終わり、一般病棟に移った時、すべての子どもたちが巨大に見えたことをいまだに鮮明に記憶しています。
人間の感覚は、環境により、どうにでも変化するものかもしれません。
今日は快晴です。 絶好のお花見日和なのですが、2〜3日前から空を覆っている黄砂のためか、あたりのうららかさを少しどんよりとさせています。
時間がとれたので運転免許の更新に、御津の岡山県運転免許センターへ行ってきました。わが家のある祇園から笠井山を越えて53号線桃の里に出たのですが、山に咲くいろいろな種類の桜の下をドライブするのはなかなか風情があります。
1時間ほどで新しい免許証をもらい、帰路は野々口から旭川沿いに牧山を通りました。この道もまた見事な桜の木々たちとの出会いを楽しませてもらいました。特に牧山の川沿いから見た対岸の山を覆わんばかりの山桜は、山水画を思わせる絶景でした。
町内会総会に出席した後、夫婦で笠井山へお花見に行きました。霊園に続く桜並木は訪れる人が少なく、例年古木の見事な花回廊を楽しませてもらうのです。 しかし、今年は木が病気のようで、ほとんどが花を咲かせる勢いに欠けていました。 痛々しい姿でした。
しかし、関西高校山岳道場の桜は今年も健在のようでした。 6分咲きというところでしたが、満開時の圧倒的な晴れ姿を思い浮かべる色合いでした。
今年もお花見ができました。
「さっきまでの痛さはなんだったんだろう?赤ちゃんの顔を見たら痛さを忘れると、友達が言っていたけど、本当だったんだ!」
赤ちゃんを産み終えた興奮から少し落ち着いて、胸で安らいでいる裸の赤ちゃんを感じながら、ふともらしたお母さんの言葉です。
陣痛は不思議なもので、産み終えると、どんな痛みだったかも定かではなくなってしまうようです。もちろん、陣痛はお母さん本人が持っている原初的エネルギーですから、その強さを表現するのに適切な言葉がありません。
棘がささったり、擦り傷のような外傷の記憶は、いつでも感覚を持って思い出すことが出来ます。しかし自分が作り出した強力なエネルギーは、嵐があってもそれが過ぎると何事もなかったかのようななぎの海のように、穏やかになってしまうのでしょう。
さらに、赤ちゃんを産み出した本能的な満足感と、いとおしい感情がつらさを消してくれるのも確かです。
このときの母の顔は、観音様のように穏やかに輝きます。
|