| 2006年02月25日(土) |
日本母乳の会ワークショップ |
今日は琵琶湖畔の近江舞子に出かけました。
日本母乳の会の母乳育児ワークショップが開かれるので、そのスタッフメンバーの役割です。
京都駅から湖西線に乗り、快速で約30分でつきました。 小さな駅を出て細い道を曲がると眼前に琵琶湖が海のように広がっていました。透明度の高い綺麗な水でした。 会場の琵琶レイクオーツカは宿泊施設を備えたとても清潔な施設でした。
11時半から打ち合わせがはじまり、参加者を待ちます。 約70人の参加者が揃い、午後1時半からワークショップが始まりました。
基調講演があり、その後6〜7人にチューターと呼ばれる付添人とで、あらかじめ希望した11の小グループに分かれて、母乳育児を進めるための取り組みを行いました。
夜中までいろんな議論が戦わされました。
昨日の日記の中で赤ちゃんの性別を知っていた子のお話です。
いやいやながらお母さんと別れて新お兄ちゃんは帰宅しました。 お父さんは始めて息子と二人で寝るので、少し不安でしたがお布団を敷き、息子を抱いて寝ようとしました。 「おとうさん、ちがうよ!ここはお母さんが寝るところ!ぼくがこっちで、おとうさんはそっちだよ」 そう話しながら彼はお布団の真ん中に、お母さんの寝る形を両手で描きました。 仮想のお母さんを真ん中に、お兄ちゃんとおとうさんは仲良くお布団の端と端で眠りました。 姿は見えなくても、お兄ちゃんにとって、お母さんはちゃんとそこにいるのでしょう。
赤ちゃんが帰ったらどこに入ることになるでしょうね。
| 2006年02月21日(火) |
赤ちゃんを家族で迎える |
昨日からこどもたちが連れ立ってやってきます。
今日は早朝から夜半まで6人のこどもが生まれてきました。 そのうち二人のこどもの出産には家族総出で出迎えました。
遠く玉野市から陣痛が始まって駆けつけたご家族は、お兄ちゃん2人とお父さん、祖父母さんが一緒でした。 当分かかると思われたお産はなぜかさっと進み、お父さんの同伴のもと、元気な赤ちゃんが生まれました。へその緒を切る前に全員集合した家族に取り囲まれた中で、満足そうにカンガルーケアでお母さんの胸に抱かれた赤ちゃんは、みんなの祝福の握手攻めにあっていました。 みんなとても満足そうでした。
べつの一人はそれからまもなく、お父さんの同伴でこれまたさっと生まれました。 すぐにお兄ちゃんとおばあちゃんが参加しました。 女の子だったのでみんなびっくりしました。 それは、なぜか大人たちが男の子さと決めつけていたのに、お兄ちゃんがその朝行った保育園で、保母さんに「今日、女の子が生まれるんだよ」と言っていたのをお母さんが聞いていたからです。 でも、ひそかにお父さんもお母さんも女の子がほしかったので、やはりみんな大満足でした。
家の近くに竜の口山があります。 山そのものが、四季折々楽しめるグリーンシャワー公園として整備され、市民の散歩コースとして親しまれています。
散歩コースといっても普段着での散歩はふもとをめぐるコースです。頂上まで登ろうとすると、往復4kmほどになりますから、運動着などのいでたちが必要です。
昨日夕方、ふと気が向いて街歩きの格好のまま、山すその散歩に出かけました。 公園の中に入り、少し山道をたどっているうちになんとなく、登ってみようかな!という気分になり、何年かぶりに頂上まで上がってみました。
木々には芽が膨らみ、少しづつ下草が生えて、幹はなんとなく赤みを帯びて、自然はもう春を待つばかりでした。 行程は思ったよりきつく、途中「いのしし注意!」の札に辺りをうかがい、いのししとであった瞬間を想定しながら、休み休みの情けないものでした。
それでも頂上へ立った気分は結構いいもので、満足感がありました。 帰りは比較的楽に駐車場側に降りてきますと、見事な椿が迎えてくれました。
| 2006年02月19日(日) |
チンパンジーの乳離れ |
今日は「助産師のための母乳育児セミナー」の2日目です。
午前中二つの講演があり、そのひとつ「動物の子育て」という講演の司会を務めました。 演者は池田動物園飼育係長、河田純司さんです。
現在、園には4歳のトム、2歳のレーナ、28歳のルビーという3頭のチンパンジーがいます。この人たちが家族を形成する過程を興味深く話してくれました。 質問の中に「乳離れは何歳?」というのがありました。 答えは3才ごろ、人間でいえば6歳くらいというのです。 自然の形は案外こんなところにあるのかもしれませんね。
フラミンゴの子育ても面白い話題でした。 鳥はオス、メス両方で子育てをするのはよく知られています。 フラミンゴはお乳で育てるのはご存知でしたか? フラミンゴは胃で脂肪とたんぱく質から乳汁をつくって、くちばしから雛の口にたらしてやるのだそうです。 しかも、オスもメスと同じように乳汁つくり、雛に飲ませるのです。
いかがです!?
今日、姪の結婚式がありました。 場所は岡山市北長瀬、マスカット球場近くにある、「セフィロト」という結婚式をメインとしたイベントホールでした。
姪夫妻の心のこもったプログラムで、とても素敵な結婚式になりました。 それを見事に演出してくれたホールのスタッフに感動しました。
さらに、饗されたフランス料理がありふれた結婚披露宴では味わえないほど美味しいものでした。 ワインは白、赤、共に料理によく会ったおいしいもので、これまた感動でした。
ちなみに、セフィロトとは「生命の木」という意味だそうです。 それを描いた200年前のイギリスのステンドグラスが、メインホールにはめられていました。
今日受診された方から興味深いお話を聞くことができました。
数年前、2度の大きな車の事故に遭ったそうです。 1度目は高速道路を時速200kmで走行中の出来事でした。 この時フロントガラスを突き破って投げ出されたそうですが、あっと思った瞬間、深いフードの黒いマントを来た人が彼女を抱きあげて、「まだはやい」とささやきました。 気がつくと飛び散ったフロントガラスの上に正座するように座っていました。 怪我は軽い擦り傷くらいで、ほとんど無事でした。
2度目は一般道路での事故で今度は意識不明の重態でした。気がつくと集中治療室に浮かんでいました。部屋全体が見回せる位置にいましたが、ふと下を見ると、自分の身体を囲んで肉親たちが泣いています。横にもう一人ういている人がいました。下を見ると心臓のあたりに電極をつけて、よくテレビで見る電気ショックで心臓を動かそうとしています。 はっと気がついたらベッドに寝ていました。 これはうわさに聞く幽体離脱ですね。
後で聞いたところ、事故のときシートベルトがひきちぎれ、助手席に乗っていたのに運転席のドアの窓を破って外に投げ出されたということでした。 全身打撲と、内臓破裂で心停止にいたったということです。
肉体に戻る感覚はどんなものですか?と思わず聞いてみました。 それはよくわかりません。 ただ、傍に浮いていた人の話では、下にある自分の肉体をじっと見ていると戻るし、上を見ていると上がっていくようです。
不思議な、でもなんとなく納得させられるお話でした。
先日、メル友のように親しくしてくれているサン・クリニックファミリーの方からメールが届きました。
この日記の愛読者のお一人ですので、きっと読んでくれていると思います。 事後承諾ということで一部紹介させていただきます。
************ 海里風の保育園の一番仲良し〜 この子が後から分かったのですが 「サンクリニック産」!!!! 海里風の二ヶ月後で一緒に母親学級も会ってただろうね とか盛り上がったのはすでに二年前になります・・・
そのお母さんがなんと!!! 3人目を・・・・・すでに診察もそちらに行かれているそうで 羨ましいやら嬉しいやら・・・ 私などまだまだ三人目より 海里風に咲亜風・・・・ そちらに携われないのが寂しいので 「ノーバディーズ」に参加!!! ************** という楽しい内容でした。
海里風(かりぶ)君と咲亜風(さあふ)ちゃんは、この日記にも時々登場してもらっているとっても素敵な子供たちです。
このメールの最後に「ノーバディーズ」という言葉がありますが、「ノーバディーズ・パーフェクト(誰も完全なお母さんなんていない)」という、カナダから渡ってきた、“気づきと自己受容、家族のコミュニケーション”などの参加型グループワークです。
参加型ワークショップで大切なのが、参加者の意識の調和です。 どこまで協調作業ができるかで、深まりが変わってきます。 グループ自体が家族造形のようです。
| 2006年02月15日(水) |
赤ちゃんだから、大丈夫! |
二人目を妊娠された方が、妊娠の確認に来院されました。
順調に育っていることを確認し、お帰りになる前に、その方が感動で少し目をうるませながら、「先生!じつは上の子が妊娠を教えてくれたのです」と話し始めました。
「2週間ほど前、予定月経を過ぎたくらいに、生理通みたいにおなかがきりきり痛み出しました。もうすぐ生理かなと思いながら我慢していると、3才の娘が“お母さん、だいじょうぶだよ。赤ちゃんがくるんだから!だいじょうぶだよ!”と力づけてくれたのです。それで半信半疑でしたが、妊娠反応をしてみると反応が出たんです。本当に驚きました〜!」
目には感動の涙が流れています。 こどもは感動を運んでくれますね。
研修時代の同窓会 今日はとても嬉しい日でした。 私が研修させていただいた、国立岡山病院小児センターの同窓会がありました。
昭和51年、5年の産婦人科臨床の後、当時世界的にも知られていた山内逸郎先生の下へ研修に入ることができたのは、まさに恩寵としかいえない人生の転機でした。 この2年間が今の私の医療の礎となりました。
このとき出会った多くの看護婦さん、指導していただいた先生方、6人の同期、優秀な後輩の先生方と感動の再会の場を持つことが出来ました。半数は30年ぶりの再会でした。 当時、スタッフの先生方の間には、自分たちが日本の医療を引っ張っているという気概にあふれており、厚生省の打ち出したレジデント制度の始まりの年だったこともあり、研修医と共にほとんど寝泊りしている状態の熱の入った指導振りでした。専門性も進んでいて、いくつもの部門に分かれた小児内科、小児外科、心臓内科、新生児ICU、世界レベルの未熟児医療センターなど、まさに小児病院の感がありました。
行なわれていた小児医療そのものも、私がそれまで見聞きしていたものとは随分違っていました。プレイルームでのイベントの数々、中庭での運動会や花火大会、屋上への散歩の日課など、腎臓や喘息などの慢性疾患のこどもたちの心のケアに重点を置いていました。
活気あふれる日々を送った、同じ釜の飯を食べた仲間はその後各地へ散らばり、第一線の活動を続けています。
12時から始まった会は、あっという間に夕方を迎えました。 分かれた後も、とても暖かい気持ちが残りました。 この会を計画し、準備してくれた方々に、心より感謝です。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです」と満面笑みを浮かべて、目頭にきらりと光るものを見せながら、妊娠の診断に訪れた方が胎児の無事を、超音波画像で目の当たりにして感動していました。
その感動のわずか数分後、「赤ちゃんに異常はないでしょうか?ネットや雑誌で、30歳を越したらいろんな胎児異常が出やすいと書いてあるのを見ると、とても心配です。超音波で全部わかりますか?」と、さっきの笑みはいつも間にか消え、目を大きく見開いて真剣な顔つきです。
嬉しいけれど心配なのですね。 特別なものは除き、出生前診断は可能であることを、例をあげて説明しました。 しかしほとんどの検査は赤ちゃんを助けるためのものであり、またお母さんや家族にこころの準備を促すためにあることへの理解をお願いしました。
そのことを理解しないまま、何気なく検査を受けてしまうと、長い妊娠期間中、不安を抱え込んだまますごすことになります。 胎教にもきっといいことはありませんね。
お話が終わる頃には、なんとかまた素敵な笑みが戻っていました。
夜、「シンデレラマン」をビデオで観ました。
大恐慌時代のアメリカが舞台で、実在のプロボクサーをモデルにしたストーリーです。 家族をこよなく愛する、挫折したボクサーが奇跡のカムバックを果たし、家族との幸せを手に入れるという、まさにアメリカン・ナラティブともいえる内容でした。
主演のラッセル・クローとその妻を演じたレネー・ゼルヴィガーはさすが秀逸です。 一瞬、懐かしい「明日のジョー」を思わせるシーンがあり、楽しませてくれました。
最近医療をはじめさまざまな分野で「ナラティヴ」という言葉がよく見聞きするようになりました。日本語訳は「物語」でしょうが、「ストーリー」とは似て非なるもののようです。 個人では、人生行路が「ストーリー」であり、<らしさ>を感じる人生をデザインすることが「ナラティヴ」といえそうです。
クライエントの語る「自分」に共感し、こころを沿わせ、一緒にクライエントのより質の高い人生をデザインする「ナラティブセラピー」がアメリカなどで広がっています。
日本には既に「ベルセミナー」という物語療法があります。 誰でも知っている物語を道案内に、自分の人生の深さに気づき、新しい人生をデザインするというものです。まさにナラティヴなのですが、病気を対象においていないのが違いでしょう。
午前の外来に7ヶ月の妊婦さんが健診に来られました。
性別を見てほしいという希望だったので、超音波で映し出しますと、「まあ!やっぱり女の子だったのね!このところ赤ちゃんに話しかけていたんです。おなかをトントンしながら、“あなたは女の子?”ときくと、それに答えるように動くのです。でも“男の子?”と聞いても動かないので、きっと女の子だと思っていました。ちゃんと答えてくれていたんですね!すごい!」と大感動でした。
午後の外来に来た6ヶ月の妊婦さんもまた性別を尋ね、まったく同じように赤ちゃんと対話し、感動していました。
今日は赤ちゃんからのメッセージを受ける日のようです。
寒い日が続いています。 珍しく雪が今日は終日舞っていました。
退院のお見送りで外に出ると、ボタン雪とでも表現できる、大きな粒の雪が次々と頭に降ってきます。ボタン雪は湿り気が多いのが特徴ですが、今日の雪はシャーベットに近い感じですぐ溶けてしまいます。まさに地肌にしみてくる感じでした。 (スタッフは平気な顔をしていたので、もしかして私だけかも?)
公園の芝生に薄く積もった上を、下校中の小学生たちがうれしそうに、滑っては転んで歓声を上げていました。
災害と共感性 兵庫母乳・育児の会から招かれ、講演に行きました。
久しぶりの神戸はよく晴れていました。 お迎えの助産師さんたちとタクシーに乗り、看護会館へ行く道すがら、彼女たちが遭遇した11年前の震災の生々しい体験談を聞くことができました。
もちろんご承知のように市内には震災の爪あとはほとんど見ることはありません。 被害の程度は地域によって大きな差があり、ある助産師さんの住んでいた東灘区の一角はほとんどの家が、一夜明けて外に出てみると1階が消えていたそうです。 しかし、少し離れた地域ではほとんど被害がなかったという具合ですが、体験しなければ共感は難しい思いを何度もしたそうです。
対岸の火事を見て我が身の無事を感謝することはよくありますが、その痛みに共感することの少なさを反省します。
今日は息子の誕生日です。(もちろん節分でもあります)
夜、ささやかな家族パーティーをしました。 ケーキを食べながらひとしきりアルバムを見ながら、さまざまな出来事の思い出に花が咲きました。
岡山へやってきて、これまで4回家を替わっています。 最初のアパートの話になると、上の二人の時代なので、下の息子は少し残念そうです。
次のマンションは自分も存在していたので、何とか話題に加われます。 こどもたちや妻の克明なまでの記憶は、聞いていても驚嘆します。 一つ一つの部屋の様子や、そこに繰り広げられた感動の物語、その時の情景と感動体験など、今まさにタイムマシーンに乗ってその時代にいるかのような感がありました。
わが家には妻の想いから、3人の子供それぞれに専用アルバムがあります。もう11〜12冊づつになったでしょうか、不思議なことに子供の視点からできるのでしょうか、同じ場面を撮った写真でも子供によってまったく違う印象になるものです。
出産予定日を2週間あまりすぎてしまった若い初産婦さんが、2日かかりで出産になりました。 怖いといいながらも、落ち着きを失わず、とてもいいお産をしました。 赤ちゃんが出てすぐ、ご主人とお母さんに入ってもらいました。お二人とも交代でずっと付き添っていました。分娩室は感動で満たされました。
カンガルーケアで赤ちゃんのぬくもりを感じながら、ゆったりと安堵の中に浸るお母さんの傍らで、ご主人は赤ちゃんから目を離しません。
赤ちゃんってすごい!を連発していました。 「実際にこうして生まれてきた赤ちゃんをみて、初めて生命のすごさ、大事さがわかりました。今まで生命が大事とあまり考えたことがなかったけれど、すごいものですね」
父親になるイニシエーションを立派に通りました。
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